肆-3 f08300_蜜柑
翌朝、決められた時間にパトロールを開始する。
「さて、今日はギャングの秘密の仕事のための、特別コースだ。」
「な、なんか恥ずかしいですね。」
「さぁさぁ、出発しますよ。」
「………。」
待機部屋を出て駐車場へ行くと、パトロール用の自動運転車から、ひとつ前の時間にパトロールしていた他の小隊の隊員たちが降りてきた。ボクたちはパトロール車の引継ぎを済ませ、ルートを確認しながら車を出発させる。
10分ほど車を走らせると、自動運転の速度が落ち、そこそこ大きな住宅街の一角に停車した。
「おっ、その辺に、最初の場所があるみたいですね。」
「そうだな。おい、ギャング、ブツの準備だ。」
「ブツって…。」
ボクは苦笑いをしながら、例の箱を取り出す。車が完全に停止したことを確認し、4人で降車して目的地へ向かう。そこには、50cm四方の箱を太い棒が支えている構造の物体が佇んでいる。建物と建物の間に設置されており、道路に面する方に小窓とドアが付いている。ドアには物理的な鍵が取り付けられている。
「これだ!さ、鍵を開けよう。」
「はい!」
ボクはサトイさんから預かっている、各ボックス全てを開けられるマスターキーをズボンの右前のポケットから取り出し、鍵を開ける。鍵とズボンはチェーンで結び付けられており、風呂に入っている時間以外は身につけているように言われている代物だ。中には、手に持っている箱が丁度収まるサイズの溝がある。ここに箱を収め、鍵を閉めれば任務その1は完了だ。
「よっしゃ!まずは1つだな!」
「この調子ですね。」
「………。」
あおちゃんは早く帰りたそうにするかと思ったが、案外乗り気で、興味津々な様子でボクが持っている箱を眺めている。他の2人も協力的で、本日のパトロールで設置する予定の箱は全て設置することが出来た。
その後も、ほとんどなんのトラブルもなく、全ての箱を設置することが出来た。唯一、3日目にまーくんが箱を見ながら、『熾姫を感じる』と言い始めたときは内心焦ったが、隊長が『そんなことねぇだろ。』と笑い飛ばしてくれて助かった。親ルキ派の実力を感じる出来事だった。
あっという間に予定の1週間が過ぎ、LnodeⅠへ戻る日になった。
「じゃあな。ミズチよ。」
「あっ、はい。……お元気で。」
隊長が別れ際にあだ名ではなく本名で呼んだので、ボクは若干の戸惑いを隠せなかった。
「熾姫によろしく。」
「はい、必ず。」
まーくんは相変わらずルキのことを崇拝してやまないようだ。
「…………。」
「…………。」
あおちゃんが黙っているので、ボクも釣られて黙ってしまった。
「おい、なんかしゃべれよ。」
「あ、あぁ、すみません。じゃ、みなさん、お元気で!」
「おう!またいつでも戻って来いよ!」
「はい!ありがとうございます!」
ボクは無事、初めてのおつかいを終え、帰路に着いた。前回居住区ⅥからⅠへ移動した時は、意識がないまま移動したので、なるべく景色を堪能して帰ることにする。飛行機からは日本の半分も視認できない。ルキはどれほど広大な面積を、どれほど多くの命を守っているのだろう。その規模の大きさは計り知れない。DCシステム、居住区のシールド、日頃の点検業務、戦闘の監視、軍の内政や取りまとめなど、本当に多岐にわたる仕事を1人でこなしている。
「そりゃ、多少過保護でも、有能な右腕が必要だよなぁ。」
ボクは小さく呟いた。ボクの力はルキの足の小指程度にも満たないだろう。
「いや、意外と足の小指ってバランスとるのに必要だし。」
また小さく呟く。
「よし、がんばろ。」
ルキのサポートがボクに出来るのか、という不安を払拭するために、ボクは小さくひとつ呟く。そして、このことについては考えないことにした。自分に出来ることを精一杯やるだけだ。
頑張ると宣言した手前申し訳ないが、早速投げ出したい案件が降り掛かってきた。
状況はこうだ。LnodeⅠに帰ってきたボクは、居室に帰るために階段をえっちらおっちら上り、ようやくたどり着いた818号室のドアを開けた。すると、中から女が飛び出て来て、ボクの太ももに縋り付きながらべそをかき始めた。主訴は
「ミズヂ~…!うぇ~ん!ワ、ワタ、ワタシのぉ゛~、み゛っ…、うっ、うわ~ん!」
ということらしい。全くなにを言っているか分からない。
「ちょ、ちょちょ、ルキ、どうしたんだよ。う~ん重いよ。ボク階段で来たから疲れてるんだよ~。」
「ミズヂ~。」
「わかったよ。なに、もう、なんだよ、入ろうよ部屋に。」
8階まで階段で上がってきたところに縋り付かれ、ボクの両足は限界だ。しかもまだ右足首は完治していない。ボクはほぼ倒れ込んでルキごと足を引きずりながら入室する。なんとかしてルキをひっぺがしてソファに座らせ、ボクも持っていた荷物をおろして近くの椅子に座る。終始ルキは目にいっぱいの涙を浮かべ、口をへの字に曲げている。ボクはティッシュを差し出しながら問いかける。
「なぁ、どうしたんだよ。泣いてたら分かんないだろ?」
「だってぇ~……ワタシの……うぅっ、ワタシのミ゛ガンがぁ……うぇ~ん…。」
「ミカン?ミカンがどうしたんだ?」
ルキの口から聞き取れたのはそれだけで、台所を指さすので行ってみると、半分腐ってぐじゅぐじゅになったミカンが床に投げ捨てられていた。それ以降はボクが質問して状況を理解するしかなかったが、
食べようとしたミカンが腐ってたのか? → 首振り(縦)
他のを食べたらいいじゃないか? → 首振り(横)
他にはもうないのか? → 首振り(縦)
という反応が得られたのと、台所をもう一度よく見ると、ゴミ箱に、かぴかぴに乾いたミカンの皮が何枚か捨ててあったところから結論が導き出された。
恐らく、1日1個かなんかのルールが自分の中にあったのだろう。ルキは自分で決めたことは絶対に守るタイプなので、食べすぎないようにルールを決めていたと思われる。それで今日の分が最後のひとつで、さぞ楽しみにしていたことだろう。その1つを手に取ってみたところ、多分1番下にあったことも効いているだろうが、腐っていたから食べられなかった。ということだ。
ルキの食べ物への執着とこだわりはかなり面倒くさい。見たところサトイさんもいないようで、慰めても貰えず、仕事のストレスもあるのだろう。部屋中に資料が散乱している。大きなものを背負っていて立派だと、つい数時間前に感心していた相手は今、ソファで足を抱えて小さくなり、鼻をすすっている。そのギャップで風邪を引きそうだ。
「な、なぁルキ、代わりに、これとかどう?」
奇跡的にボクはLnodeⅥでパトロール中に、大きな栗の木を発見し、みんなで栗拾いをしていたのだった。隊長によると、近々居住区として再整備する際に切り倒されてしまうとのことだった。拾った栗を滅菌処理をしていくつか持ち帰り、ルキとサトイさんへのお土産にしようとしていた。
ルキは怪訝な顔でボクが差し出した栗を眺め、ゆっくりと手を差し出した。
「はい。」
差し出された手に加熱処理された栗をそっと置くと、ルキはしげしげと観察し、口へ運ぶ。ミカンのことは忘れられない様子だが、栗は多少喜んでくれたようだ。次第にいつもの表情に戻り、挙句の果てにはかなりの量の栗を貪り食い始めた。
「ル、ルキさん?時間も時間だし、それくらいにしておけば?晩ご飯、食べるんだろ?」
ボクが帰ってきた時点で時刻は18時を回っていた。ルキは、たしかに、という表情をして、残りの栗が入ったタッパーを持って立ち上がる。冷蔵庫に片付けに行くのだろう。ボクも自分の荷物を片付けようと立ち上がる。
ここで、ボクよりルキの方がキッチンから遠く、ルキよりボクの方がボクの自室から遠かったため、我々の進む道はクロスする形になっていた。普通であれば、どちらかが迂回することでぶつかる可能性を減らすわけで、ボクがその役割を担おうと、ルキを避けて進もうとしたその時だった。
ルキは、あろうことかわざわざボクの迂回ルートに侵入してきて、ボクに抱き着いて来たのだ。
「えっ、えっ?ちょ、ちょ、ルキ?」
「ミズチ~~~。」
どうやら謝意を表す抱擁のようだ。このような抱擁に慣れている文化圏の方ならば、どういたしまして、の気持ちで抱きしめ返すのだろうが、生憎ボクはそのような文化の中で育っていない。
「あ、あの、なぁルキ、サトイさんが帰ってくるかもだろ?」
「はん?」
ルキはボクに抱き着いたまま顔をあげる。流石に慣れてきたとは言え、そういえばルキはかなりの美少女だった。その顔面を至近距離に置かれることの破壊力たるや。ボクでなければ爆散していただろう。
「ちーちゃんしばらく帰ってこないわよ。」
「えっ?」




