肆-1 00552e_安息
「はい下げる〜、上げる〜、下げる〜、上げる〜。」
「はぁ、はぁ、ル、ルキ、ちょっと休憩しないか?」
「はぁん?まだ始まったばっかりでしょ。」
「ルキ、もう30分以上やってるよ。」
「あら、そうだったかしら、しょうがないわねぇ、休憩しましょ。」
壁に手を付いて立ち、踵を上げたり下げたりする動作を30分もやらされた。
「アイくん、だいぶ可動域も広がって、筋力も戻ってきたね。このペースはかなり優秀な方だと思うよ。」
「そ、そうですかね。」
「指導者がいいのよ。」
「どこがだよ。根性論でスパルタなだけじゃないか。」
ルキとボクは、移植個体の処置に関する一連の動きの中で、2人とも右足首を負傷した。ルキは超人的な回復力を見せ、1週間も経たないうちに通常業務に戻ったが、ボクは簡単な事務作業の他はここ1ヶ月ずっとリハビリだ。ルキは珍しく、ボクの怪我に対してかなりの罪悪感を覚えたらしく、外での業務時間以外は基本的にボクのリハビリに付き添っている。
最初の1週間はルキもボクも静養するよう言われ、サトイさんが1日中慌ただしくしていた。ただ、ルキが勝手にトレーニングルームに行ったり、演習場に顔を出しに行ったりするもんで、かなりの頻度で喧嘩をする声が聞こえてきた。
ボクが聞いていた話では、ルキは完全に回復したように思えたが、サトイさんの目にはそう見えていないようで、もしくはボクの知らない症状があるのか、ベッドに縛り付ける勢いで大人しくさせていた。結局、リビングのソファの上で基本的に安静にし、ゲームはしていいことになったそうだが、ボクは自室のベッドにずっと寝っ転がっていたので、その場面は見ていない。
その後、ルキがサトイさんから見ても回復し、ボクも足以外は回復したところで、ルキの誕生日パーティーが開催された。実はルキと二人で居住区Ⅵに向かって出発する少し前に誕生日を迎えていたのだ。1日中自分で誕生日の歌を口ずさみ、昼も夜も脂っこい食べ物を食べ、サトイさんお手製の果物の乗ったタルトケーキを3/4平らげ、自分は19歳でお前は18歳なんだから敬えという趣旨の話を延々と繰り返しており、若干うんざりだった。
翌週には足のリハビリが本格的に始まり、最初はベッドやソファに寝た状態から、次に座位、さらには立った状態で曲げたり伸ばしたりをとにかく繰り返す。リハビリ中に隊員の出動があると、ルキが指示を出す仕事に回るが、その間ずっと屈伸運動を続けろと言われる。すこし厄介な敵が出てきて2時間放置されたとき、20分くらいで運動をやめたらルキに命令無視だなんだと文句を言われ、喧嘩になった。
他にも
「ちょっとアンタ何個目?1人2つまでよ!」
「2つだろ?2個目だよ。ルキが食べるの遅いからそう感じるだけじゃないのか?」
「なによ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。」
「あのね、それはこっちのセリフです。」
「まぁまぁ、2人とも、晩ご飯の後にもう1つずつ食べてもいいからね。」
のような言い合いは1日1回以上発生する。ちなみにこの時はサトイさんが焼いてくれたスイートポテトについての話だった。
先週からはボクの業務もほぼ元通りとなり、一昨日は半年に一回の、全大隊が集合する合同演習という名のランクマッチを観戦しにいった。生で見たのは初めてで、迫力満点で非常に面白かった。エンラージメントされた力で目標物をぼんぼん殴り、標的をじゃんじゃん打ち倒し、見ていて飽きなかった。最終的にLクラスの中でも上位層のB隊で、抗体の打ち合いによって今回の優勝者が決定した。
入隊してすぐに同じ演習を見たときは、劣等感を覚えた記憶があるが、今はもう何も感じない。むしろ、ルキの近くにいることで、場合によってはここにいる人達より大事に巻き込まれているからだ。
優勝者が決定したところまではよかったのだが、ここからがちょっとした事件だった。春の優勝者は、居住区Ⅵで出会った前髪のまーくんで、親ルキ派だったからよかったのだが、秋季演習の優勝者は反ルキ派だった。ルキとのエキシビションマッチで、登場したルキに向かって中指を立ててしまい、ルキはブチ切れ。
20代前半だろうか、かなり若い短髪の男の隊員だった。挑発的な表情でルキを煽ると、親ルキ派からは大ブーイング、反ルキ派からは声援が飛び交う。他の隊員から見れば、ルキは表情1つ変わらず、冷静そうな雰囲気だったかもしれないが、ボクとサトイさんは
「あちゃ~、あれ、ルキ相当キレてますね。」
「うーん、そうだねぇ。どうしよう、今日の晩ご飯、ルキそんなに好きじゃないメニューだ。考え直した方がいいかも。」
「そうですねぇ...。ボクはとりあえずトレーニングルームのサンドバッグ、ほつれてたんでテープ貼っておきます。」
「そうしよう…。」
といった反応だった。
ルキはひたすらその隊員の抗体銃弾を避け続け、ひらひらとフィールドを飛び回る。何分避け続けたか分からないが、相当な時間それが続いた。男はかなり疲労がたまっており、銃を向けるスピードが格段に落ちている。それをあざ笑うかのようにルキは軽々とフィールド上を縦横無尽に飛び回る。会場のほとんど全員が飽き始めたとき、抗体が連なった鎖のようなものが、気が付いたらその男の全身を締め上げていた。
ボクは嫌な予感がして、息を飲んだ。しかし、流石にボクが考える最悪のパターンほどルキは我を忘れてはいなかった。だが、かなりの強さで締め上げているようで、若い男は既に意識が飛びそうだった。辛うじてか、ルキがわざとそうしたのかは分からないが、男の左手が自由になっており、ルキの抗体で出来た鎖を降参という意味でタップして試合は終了した。
その後、我々の予想通り、ルキはトレーニングルームのサンドバッグをぼこぼこにしたが、サトイさんが急遽夕飯のメニューを変更するファインプレーをしたことによって、なんとかボクは一命をとりとめた。本当に危うくボクがサンドバッグになって死んでしまう所だった。
一昨日はタカさんの倉庫へ食糧を取りに行った。倉庫へ行くのも2回目で、入隊直後に行ったときは、帰ろうとしたところでコンタギオンに出会ったのを思い出した。タカさんは、ルキについてくるAクラスの隊員が2回連続で同じ人間だったことに非常に驚いていた。
「おりょ?キミは、もしかして半年も特Aにいるのかね?」
「あら、半年どころか、この先もず~っといるわよ。」
「ほほ~、じゃ、お名前覚えておかなきゃね。」
「あ、饗ミズチと言います。」
「そ~かそ~か、ミズチくん、よろしく頼むよ。」
老人は調子のよい口調で挨拶し、ドアの奥へひっこんでいった。帰りは何事もなかったと言えば何事もなかったが、ルキの暴走運転に祈りを捧げながら帰宅した。
というように、なんやかんやあったものの、比較的平和な1ヶ月間だった。噂でしかないが、居住区Ⅵのコンタギオンは無事、減少傾向にあり、移植個体の為に作った区画も解体されたらしい。我々が居住区Ⅵに行っていた時、別行動していたサトイさんが当たっている問題は、とりあえず膠着状態らしい。今後の進展の様子とボクのリハビリ具合を見て、また積極的解決へ向けて活動をする、と聞いている。
休息も束の間、続いての厄介ごとが舞い込んできたようだ。夕飯後の食休みタイムにサトイさんから仕事の話があると言われてリビングに3人で集合した。
「さて、どうしたもんかね。」
「どうかしたんですか。」
「う~ん、それがね、まだアイくんの足も完全に治った訳じゃないのに、次の仕事が回ってきたんだ。しかもアイくんにとって初めての仕事がね。」




