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再びドアを開け、檻のひとつを開けるようにルキが指示を出したので、錠にマジックペンで書かれている番号と同じ番号を持った鍵を探す。視界の端に青白い光が見える。ルキのデバイスなしでの抗体のエンラージメントだ。
ボクは荷物の中から穿刺器を出し、ルキが差し出した左手の小指に刺す。ぷつ、と小さい音を立て、真っ赤な血が滲み出る。そこからエンラージメントされた青白い光を放つ抗体が次々と発生し、目標物へ近づいていく。
ぶぅん、ぶぅん、と羽音のような飛行音を立てながら、通路右側、近い方から2番目の檻の中へ抗体は進んで行く。入隊してまもないころに見た、抗体の蝶ではなく、普通の抗体が大きくなったものがただ単に飛んでいる。
「まさか、抗体は自走できるのか…。」
「あら、今更?」
間もなくして、人だったそれは断末魔を上げる。ルキとふたりで立っていたところからは檻の内側はよく見えなかったので、少し移動しようとしたところ、ルキに止められた。
「…見てどうするの。」
「え、いや……その…。」
不謹慎かもしれないが、純粋に好奇心が強かったので、自然と足が動いただけだった。
「まぁいいわ。ゲロ吐かないでよ。」
無数の抗体が目標物を取り囲んでいるが、目測で2割程がその体に触れた瞬間に、じゅっ、と音を立てて粉々になっている。逆に、粉々にならなかった抗体は物体を締め上げようとするので、締まっているところと締まっていないところが発生する。締まっていないところから、コンタギオンの欠片がぶしゃっ、びちゃっ、と音を立ててちぎれ、辺りに飛び散る。
「もうちょっと抗体出せないのか?」
「うるさいわね。できたらやってるわよ。」
「でも…。」
「…。無理よ。……これ以上出すと4区のシールドが崩壊する。」
4区というのはここから1番遠い居住区だ。そこにも居住区全体を覆うバリケードを敷いているのだろう。
ボクはあまりにも無力だった。しかし、ボクに出来る最善の選択は『何もしない』であることも自明だった。ここで檻の中に飛び込み、コンタギオンの塊と応戦すれば、ボクは間違いなく負ける。
体感で20分ほど経っただろうか。徐々に目標物は小さくなり、拳程度の大きさになった。檻の中には十数個の大小様々な肉片が散らばっている。戦っていた抗体はほとんどがルキの周りに戻ってきているが、ルキの周りをぶぅん、ぶぅん、と飛び回るだけで、体内には戻っていかない。
程なくして、ルキの抗体は包んでいる最後の肉片をぱっ、と離し、ルキの方に戻ってきた。その肉片は、他の飛び散った肉片と同じように床にびたっ、と落ちた。
「ドア閉めて。」
「分かった。」
檻のドアを閉め、再び鍵をかける。ルキは更に建物からも出るように目線で合図を送る。ボクたちは建物から出て、大量の鍵も元通りにした。
ルキの周りには相変わらず抗体が渦巻いている。
「いい?今ここにある抗体は、さっきの移植個体を吸い取っている状態。ワタシは今からこれを体内へ取り込みます。恐らくこの量を取り込んだら気を失うわ。倒れると思うけど触らないで。」
「なんでだよ、熱が出るんだろ。」
「取り込んですぐが一番熱いのよ。しばらく経ってから触ってもあれだけ熱がってたんだもの。耐え難いと思うわ。とにかく、触らずに自然に意識を取り戻すまで待ってちょうだい。本当はもうちょっと安全な場所に移動してから実行したいんだけど、もう抗体たちが限界だわ。何かあったらワタシは置いて発着場目指して逃げて。小屋に専用の無線があるわ。それで飛行機を呼べる。いいわね?」
「…………。」
「…いいわね?」
「……了解。」
ルキが右手の小指をこちらに差し出す。ボクは穿刺器をその白くて可憐な小指に近づけ、ぎゅっと握る。
滲み出る血に向かって、抗体は列をなして集まり、目に見えないサイズに縮んでルキの体内へ戻っていく。半分を過ぎたあたりから、ルキの額から脂汗が止まらなくなってくる。例の痣が右手の小指から急速に広がって行く。表情は酷く歪み、痛みを堪えているようだ。
数日前はこれをルキ1人で耐えていたのかと思うと、やるせなさがこみ上げる。この少女が背負う罪はあまりに大きすぎる。それも背負う必要があるのか分からないものを。
どんどんと抗体は取り込まれ、最後のひとつもルキの体内へ戻って行った。直ぐにルキはふらつき、松葉杖を放り出して地面に倒れようとする。
ボクは持っていた鍵を放り投げ、ルキの正面に入って抱き抱える。ルキと触れたところに激痛が走る。
「うぐぉっ…。」
「!?バカ!なにして…。」
そのままボクは膝をまげ、地面に座り込みながらルキを抱きしめる。さらに痛みは酷くなる。
「ぐぅっ…。ああ!クソ!忘れたのか!?ボクはお前に嘘つかれてたんだぞ!誰が信用するか!取り込んで直ぐが一番熱い?嘘だ嘘!全然熱くないじゃないか!」
痛みの発生源を退けようと、脳はルキから手を離すように体に命令する。
「…ぐぁあっ!…クソ!クソ!クソ!!誰が離すか!ボクだけ逃げろ?誰が言うこと聞くか!Aクラスだって嫌々入ったんだぞ!ルキの言うことなんて聞くわけない!ボクは…ボクは国民をスマートに救うために軍に入ったんだ!!」
どんどんと痛みは増し、ボクも気を失いそうになる。腕の中のルキは次第にぐったりと脱力していき、呼吸は乱れ、大量の汗をかいている。
「…スマートどころか、なにも持ってない?…だれも救えないじゃないか。かっこ悪い。」
体中が燃えるように痛い。目がちかちかする。
「ルキが全部いい所持って行くんだ。……ひとりで。じゃあ、ルキは……、ルキは誰が救うんだよ……。」




