参-27 942343_蠢動
翌朝、否、翌昼、ボクの端末が震えている音で目が覚めた。
「も、もしもし?」
「あ、起きた?ちょ〜っと厄介なことになったわ。出かける準備して10分後にこっちの部屋に来て。」
最低限の準備を済ませ、隣の部屋の扉をノックする。中から、どーぞー、と気の抜けた返事がするので入ると、片足がギプスで固定された女がベッドに腰かけていた。
「あ、おはよ。さ、行くわよ。」
「は?行くってどこに。」
「どこって、仕事よ。ワタシ、足こんなだもの。ひとりで行けないから着いてきてもらうわ。」
『仕事』というのは、移植個体の処置作業のことだ。
「いやいや、流石にそんな状態でどうやって作業するんだよ。ちょっとくらい日程遅らせて貰えないのか?」
「……。」
ルキが目で語りかけてくる。残念ながらそれは出来ない、という内容の訴えだ。口は軽く微笑んでいるが、伏せがちの目は笑っていない。確かに、通常業務もありながらの処置で、サトイさんが対処に当たっている件もある。ただ、怪我をしているのにあんまりだ。一因にボクも含まれてはいるが。
部屋を出て飛行場へ移動し、居住区Ⅰからここに来た時と同じ小型機に搭乗する。ルキは松葉杖で移動し、他の隊員が付き添っていたが、機内で着席すると、再び2人きりの状態になる。
「おい、ほんとに大丈夫なのかよ。」
念の為小声で喋りかける。
「フッ、優しいのね。足は亜脱臼よ。これくらいじゃ作業は止められないわ。」
「優しいって…。誰でもこれくらいの心配はするだろうよ。というか、ボクも原因だし。」
「アンタ、普通にL隊に入ってたら生きていけなかったかもね。この程度の怪我、心配の『し』の字すら貰えないわ。」
「えぇ…。」
「ま、入れてないから大丈夫。」
「おい。」
「冗談だってば。そのお優しい性格、軍隊では無用ってこと。」
「まぁ、それはそうだろうな。」
「でもねミズチ」
急に真剣な声色に変わる。
「アンタは忘れなくていいわ、その感情。感情は人を人たらしめる要素のひとつ。忘れちゃだめ。」
「なんだよ、急に。分かったよ。」
「ふふっ、そうよ。イラッとするのも感情。」
直ぐに元のテンションに戻った。
数十分で目的地に到着し、小型飛行機を降りる。しかし、おかしい。ボクとルキ以外にも搭乗員はいるはずなのに、降りてこない。それどころか、搭乗口は閉まり、再びエンジンがかけられた。
「え…?もしや……?」
「?あぁ、言ってなかったっけ。普段はちーちゃんとワタシ以外の立ち入りを禁じてるから、あれも一旦戻ってもらうのよ。」
どうやら、これはとんでもない機密事項らしい。
「そんなとこにボク入れちゃだめだろ。」
「いや、アンタ不正デバイスの時に見てるじゃない。あれと同じよ。」
「あれ、公表されてない技…技?なのか。」
「技…でもないけど、ま、そうね。」
「ボクが言いふらさない確証ないだろ。」
「あら、言いふらさないようにするのよ。」
冗談めかしているが、これは本気だろう。
小型飛行機を見送り、徒歩で作業場所へ向かうようだ。即席の発着場から数百メートルの位置にプレハブ小屋が立っている。ボクはルキの荷物、といっても中で何かがカチャカチャと音を立てるクラッチバッグひとつと、飛行機を降りる時に搭乗口にいた隊員に預けられたキャリーバッグひとつを運ぶ。
「なぁ、これ、何が入ってるんだ?」
「あぁ、特になんてことは無いわ。収容施設の鍵よ。」
「鍵にしては随分ずっしりしてるな。」
ボクの疑問は数十分後に解決されることになる。まずはプレハブに入ってキャリーバッグの荷解きをした。数日分の非常用食糧と飲料水など、災害時の備えのような荷物だった。しばらく休憩して、プレハブからさらに茂みの奥に移動すると、何重にも鍵がかかっている別のプレハブに到着した。ルキの指示で、ドアに付いている5つの南京錠をひとつずつ開けていく。
「なぁ、これだけ鍵かけてても、このカバンに全部鍵が入ってたんでは意味ないんじゃないのか?」
「これね、開けられないようにするためじゃなくて、時間稼ぎなの。」
「時間稼ぎ?」
「そ。見て。」
ルキがそう言った瞬間、プレハブの壁にびっしりと免疫細胞の模様が浮かび上がる。
「樹状細胞…。」
「この建物はワタシの樹状細胞をエンラージメントしたもので保護してある。外からも中からも『なにか』されれば、情報が入るのよ。それに、樹状細胞の壁は頑丈だから壊れない。ただ、入口がなきゃいけないんだけど、そこには壁を構成できないのよ。」
「ドアは別で保護したらいいじゃないか。」
「出来たらやってるわよ…。抗体と違って直ぐにエンラージメントできないし、めちゃくちゃ重いのよ。」
「そういうもんなのか。」
「そ。で、普段は人払いしてあるから、駆けつけるまでに時間がかかる。」
「なるほど、それで時間稼ぎって訳か。」
ドアを開けると、今度は檻が現れ、その入口にも鍵がかかっている。奥の方からはLnodeⅠの研究部の地下で聞いたのに近い唸り声が聞こえてくる。しかし、前回この『ヒトだったもの』と対面した時とは様子が違う。 唸り声は明らかに人のそれではない。もっと低く太く、映像の中でしか見たことがない猛獣のような。ルキが懐中電灯を付けるよう指示し、ボクがそれに従って部屋の中を照らした時、その違和感は確かなものとなる。
「……これ………。」
「………進行するのよ。」
「移植によるコンタギオン化…か…。」
もはや、檻の中に蠢く『それ』は人間ではなく、かと言ってコンタギオンでもなかった。LnodeⅥでボクが散々回収してきた欠片がびたびたとくっついたような造形だ。
「これ、どれくらいのペースで進んでるんだ…?前見た時はまだ人の形を保ってたと思うんだけど…。」
「分からないわ。こんなこと、誰もやったことが無いもの。ただ、ここ2週間くらいで急速に進行してるの。」
ルキは自分の右足を気にしながら、つぶやく。
「時間がないのよ。」
がしゃーん、と檻の中から何かが暴れる音がする。
「よくない言い方で分かりやすく言うと、飲み込みにくいのよ。喉越しが悪いっていうのかしら。ただ、これ以上変化されると取り込めなくなるっていうのは、はっきりと分かるの。」
「だから急いでるのか。」
「そう。足が折れようが、片目が潰れようが関係ないの。輸血と移植については、ワタシの責任。」
「……。」
木々のざわめきの中に、呻き声と鉄格子を叩く音が虚しく響く。ルキはボクにドアを閉めるように指示する。呻き声が少し遠くなる。
「責任って…、ルキは悪くないんじゃなかったのか。」
「ワタシが悪いし、ワタシの責任よ。」
「知らなかったんだろ?」
「知らなくても、よ。それにAクラスがやったっていう噂もワタシのせい。」
ルキは180°向きを変え、壁によりかかる。
「データベースあるでしょ。」
「あぁ。うん。」
コンタギオンが出現し始めた頃に、インターネットで情報が錯綜し、軍と政府が個人でのインターネットの使用を禁じた。しかし、その代わりに、それに匹敵する情報量の『データベース』を作成し、それにアクセスする権限を国民に与える策が取られた。現在使われている端末では、電話、専用回線によるメールと、データベースアクセスが出来る。
「あれの管理も軍がやってるんだけどね。」
「ほお。」
「ワタシがちょっとした隙を見せた瞬間に管理者権限でアクセスされて、書き換えられたのよ。」
「それで、Aクラスが輸血をやってたってことに書き換わったのか。いや、でも、なんで、ルキともあろう人間がそんなこと…。」
「ま、それは追々、ね。未熟だったのよ。ワタシも。移植だって、輸血から着想を得てるから、軍総長の責任。あと、こうなったら処置ができる人間がいないのよ。」
「…。ルキが急ぐ理由はわかったよ。」
「なら、始めましょ。」




