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白の闘諍  作者: 死者モ
参_浄化
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参-26 f0908d_事故

 強い痛みを感じるときに起こる生理反応で、副交感神経の一種である迷走神経が脳に作用して血圧が低下し、意識を失う現象だ。


 悠長に解説をしている場合ではなくて、どうにかしてこの熱々の人をベッドまで運ばないといけない。ルキは大分細身なので、普通に運ぶのであれば問題ないのだが、ボクの手に反射が出るほどの熱を持っている。


 ルキを踏まないようにそろりと部屋の奥に進み、ベッドにぴったりと張り付いている布団を引っぺがす。その布団をルキにぐるぐる巻きにし、持ち上げようと試みる。


「あっちぃ。」


 ほっかほかの50キロ前後の物体を数メートル先まで運ぶという、本来ないはずの作業をなんとかこなす。ベッドにごろり、と転がすと、より顔面の蒼白が酷くなったような気がする。


「呼吸は…。」


 仰向けにベッドに寝かせ、胸部の呼吸による運動を確認する。本当は心拍も取りたいのだが、残念ながら脈を探すほど手を握ると、ボクの皮膚がただれてしまう。


 ひとまず、かなり浅いが呼吸はしているようだ。


 呼吸を確認した途端、どっと疲れがでる。午前中には肉片を、午後には人ひとりを運び、へとへとだ。しかし、ボクの仕事はここからである。指示を貰うはずの人物の意識はないが、やることは分かっている。


 部屋に入ったときから、視界に入っていたのだが、このホテルのような部屋には似つかわしくないサイズの冷蔵庫が置いてある。恐らくだが、前回のここへの来訪では、氷嚢などの古典的な方法で体を冷やしていたはずなので、それ用に導入されたものだろう。


 冷蔵庫の、恐らく冷蔵室であろう大きな扉を開けると、びっしりとジュースやゼリー、冷えピタがならんでいる。冷凍室を開けると、保冷剤がぎっしり詰められており、氷が大量に生産されている。この氷で氷水を作り、手を冷やそう、と思ったが、水の入れ物がない。


 洗面所に行ってみたが、特に水を溜められそうなところはなかったので、手を洗うところに栓をして、そこに水を張ることにした。水を流しながら、冷凍庫から手に持てるだけ氷を掴んで入れに行く。


「…っめてぇ~……。」


 氷水が用意できたので、ルキの靴を脱がせる。今日は作業服を着ているので、それに合わせて編み上げ靴を履いている。


 靴ひもをほどいたところで気付いたのだが、血圧が下がって失神しているのであれば、靴を脱がすと逆効果になるのではないだろうか。ふくらはぎの締め付けが緩まると、心臓に戻る血液が少なくなってしまう。


 そう思って靴ひもを持ちながらフリーズしていると、うめき声が聞こえてきた。


「うぅ〜ん……。」


といううめきは、苦しげな寝息に変わる。


「だめだ、とにかく冷やさないと。」


ボクは前回と同じようにルキに触れては手を冷やし、触れては冷やしを繰り返す。


心を無にして、というかあまりの熱さで邪なことを考える暇もなく、小一時間程で全身の処置を終えることが出来た。後半に差し掛かったあたりで、既にルキの寝息は穏やかなものに変わっていた。


袖や裾からちらちらと見えていた蠢く痣も消え、ボクも安堵の息を吐く。寝辛かろうと思い、靴と上着を脱がせ、靴は玄関付近へ、上着はハンガーへかける。左上腕の外側に階級章が付いている。


「少将、中将、大将…」


白血球を模したバッジが3つ、大将を示すものだ。それ以外はボクが着ているものと同じ。


階級章に手を触れようとした時、部屋のチャイムが、ぴん、と鳴らされた。


「はいはい。」


とつぶやきながらドアを開けると、配膳ロボットが鎮座していた。


「もうそんな時間か。」


回収係の居室と変わらず、定刻になると夕飯の栄養剤が運ばれてくるようだ。箱は2つ。ルキの分とボクの分だろう。


再びドアを閉め、1箱は冷蔵庫へ入れる。ついでに庫内の飲み物を物色する。


「おっ、これ好きなやつ。」


着色料にまみれた激甘ジュースを勝手に持ち出し、無味の栄養剤と共に頂くことにした。ベッドサイドの椅子にどっかりと腰を下ろし、ルキの様子を観察しながら栄養剤の封を開ける。


ところで、ボクの今日の寝床はどこなのだろうか。さっきまでは必死だったので分からなかったが、よく考えたらこの部屋にはベッドがひとつと椅子がひとつしかない。もちろん近くの部屋も同じような構造で、ボクの部屋も用意されているはずだが、ルキの指示がないままこの部屋を離れる訳にもいかない。かと言ってルキが


「このまま朝まで寝ていたら…?」


途中から口に出ていたようだ。普通の病気で例えれば、まだまだボクの治療法は治験段階で、本人が目覚めるまで安心はできない。だが、ボクにも睡眠は必要だ。出来ればルキの傍で仮眠が取れるといいのだが、如何せんボクは座った状態で寝られないのだ。かと言って勝手に部屋を出て、近くの部屋に勝手に入ることもやめておいた方がいいだろう。とはいえ同じベッドに入ることも出来ない。


結局、日付が変わる頃までルキは目覚めず、仕方なくその部屋のシャワーを借りて、ルキを運ぶ時に使った掛け布団を床に敷いて少し寝ることにした。


「「ぎゃぁあ!」」


狭いホテル風の部屋に2人分の短い悲鳴が響く。


状況としてはこうだ。ボクはルキが寝ているベッドのすぐ脇の床に寝転がっていたが、ルキからは死角になっていた。ボクも仮眠を取るために部屋を暗くしていたので、ベッドから起き上がったとしても視認することは難しかっただろう。ルキは意識を取り戻し目が覚めたが、喉が渇いたらしく、ベッドを降りようとした。だが足を下ろしたところは床ではなく、ボクの脛の上だった。次の瞬間、ルキはバランスを崩し、ボクの上に勢いよく倒れてきた。で、先程の悲鳴という訳だ。


「ぐぉお…いって〜…。おいちょっと早くどいてくれよ…。」

「そうしたいのは山々なんだけどね…。あんたなんでこんなとこに寝てるのよ…。っいた…。」


お互いに寝起きで回らない頭で文句を言い合う。とはいえそろそろどいてくれてもいいはずだが、ルキはなかなかボクの上から起き上がろうとしない。


「ルキ?まだ具合悪いか?」

「…あ〜これまずいわね…。」


ルキは寝転がったままボクの上から横へ転げ落ちた。ボクは上半身を起こしてベッドサイドを探り、電気をつける。


「ごめん、他に寝るとこなくて。」

「ベッドで寝たら良かったじゃないのよ!ぎゃあ!いった〜ぁい!」


ルキは右の足首を抑えて唸っている。よく見るとかなり腫れているようだ。


「どっ、えっ、ちょっ…。これ、え?」

「あ〜あ、脱臼ねこれ。いててて。」


本人は痛がっているものの落ち着いていて、ボクばかり冷や汗が噴き出す。


「いやその、大丈夫か?大丈夫じゃないよな。ごめん、その、横にならないと寝れなくて…。」

「あ〜もう分かったわよ!まぁワタシがあんたの寝床、指示出す前に倒れたのが悪かったわね。」

「いや、どのみち目が覚めるまでは心配だったし…ってそんなこと言ってる場合じゃなくて、どうしよう、誰か呼んだ方がいいよな。」


ボクは慌てて自分の荷物から通信端末を取り出そうとしたが、直ぐに止められてしまった。


「ストップ。ミズチ、あんたそれで誰にかけるつもりよ。ワタシを治療できる人間と知り合いなの?」


ボクを煽るくらいの余裕はあるようだ。確かにその通りなので、ボクの端末ではなく、ルキの端末を渡し、足首の観察に務めることにした。


「あ〜、ワタシ。うん、ちょっと困ったことになってね…。」


口調からしてサトイさんにかけているのだろう。


足首はみるみるうちにパンパンに腫れ上がり、色がおかしくなってきた。ボクは柔らかいタイプの保冷剤を持てるだけ冷凍庫から取り出した。


「いった!ちょっと!もうちょっと優しく扱いなさいよ!」

「ご、ごめんって、これでも最大限やってるよ。」

「あ〜あ、普段ならエンラージメントで治しちゃうのにな〜。」

「は?そんなこと出来るのか?」

「うーん、治療自体は出来ないけど、固定くらいは出来るわよ。」

「あ〜、骨にボルト入れるみたいな?」

「そ。」


とりあえず、その辺にあったタオルとビニール袋を使って保冷剤ごと足を固定し、サトイさんが遠隔で手配した救護を待つことにした。時刻は丑三つ時。


「かなり寝てたのね。あっ、シャワーも浴びてないし、夕飯食べ損ねたわ。」

「冷蔵庫にあるよ。取るか?」

「うーん。いいわ、お腹減ってない。」


食べ損ねたという事実を述べただけで、食べたい訳ではなかったらしい。


しばらくしてキビキビした動きの救護班が到着し、ルキは搬送されて行った。ボクはこれにてお役御免で、左隣の部屋で休むように仰せつかった。ルキからの連絡があるまで待機ということらしい。

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