参-23 f09199_照合
ジェット機に乗ったところからもう一度復習し、それとボクのLnodeⅥでの生活を照らし合わせると、1つの分かったことと、1つの疑問が現れた。
「なぁ、向こうで会ったときさ、ルキ、すごい悔しそうな顔、してただろ。それってやっぱり、実験体にされた人のこととか、輸血のことが解決できてないから、だったりするのか?」
「………。」
ルキの首は急に錆びに錆びたブリキのおもちゃのようにぎぎ、と動いてこちらを向いた。だが、ボクと目が合う角度になった瞬間に、元々見ていた窓の方にすぐ向き直ってしまった。
「……ちがう…。」
蚊の鳴くような声でそう聞こえたように感じた。
「えっ?」
「……ちがう………。」
今度はもう少しはっきりと聞こえた。いや、違うんかい。なにが、「分かったことが現れた。」だよ。全然わかってないじゃないか。と自分で自分にツッコミを入れていると、再び蚊の鳴くような声がボクの鼓膜をわずかに震わす。
「……かったのよ。」
「は?なんて?」
まったく、このお嬢様は声が大きくなったり小さくなったり、厄介だな。もう一度、なんて?と聞こうとしたら、今度は想定外のクソデカボイスで返答があった。
「うるさいわね!!あんたを危ない目に合せたから悔しかったのよ!!!」
あまりの音圧にボクは少し身をよじらせた。ルキは殺気立っている猫のような目でボクを睨んでいる。
「…は?もしかして、空からコンタギオンが落ちてきた件についてか?あれは、でもルキのせいじゃないだろ。」
「……~~っ、ワタシのせいなのよ!」
「どうして、ルキは悪くないだろ。」
ボクが話せば話すほど、ルキの目に涙が溜ってくる。ボクは焦って行き場のない手でパントマイムをしながら慰めようと試みる。
「だって、あんな空飛ぶコンタギオンなんて、誰にだって予想できっこないよ。」
「……。」
ルキはとうとう我慢の限界が来たのか、がばっと立ち上がってしまった。
「ちょ、どこ行くんだ。わかった、もうこの話は…。」
ボクが言い終わらないうちに、ルキはボクの座っている所にゆらり、と近づいて来た。ボクは平手打ちを覚悟し、歯を食いしばったが、ボクの頬には平手ではなく、ルキの顔が近づいて来た。
「…ちょ、は?」
「しっ、しずかにして。」
ボクの座席のヘッドレストに右ひじ、ボクの左右の足の間にある座面の小さな部分に右ひざを預け、ボクの右耳に限りなくルキの顔が近づいている。
「乗務員室の扉、開けてすぐのとこに1人控えてるのよ。」
「だからって…。普通に耳打ちすればいいだろ。」
「いいから。そのまま聞きなさい。」
あ~もう、この状態でなにを聞けというのだ。ボクは童貞丸出しの反応で肩をびくびくさせながら観念して話を聞くことにした。
「あれはね、飛んでたんじゃないのよ。6区全体に抗体で作った透明のバリアを張ってたんだけど、迂闊だったわ、あそこはまだそこまでコンタギオンが出てないから施工が甘かったのよ。」
「……まさか。」
「そう。あそこまで大量に上られると流石に重さに耐えられなかったのよ。」
空飛ぶコンタギオンだと思っていたものは、透明の天井の上を這っているだけだったのだ。
「でも、それとルキがどう関係が。」
「抗体の色、変えられるの、ワタシしかいないのよ。」
「……え?いや、でもまさかそんな、居住区全体にシールド貼r」
「しっ!」
「ヴッ。」
ルキに思いっきり口と鼻をふさがれたので、呼吸困難に陥った。どうやら、ルキの抗体はなんにでも使えるようだ。まさか居住区全体を覆うようにバリアを張れるとは。たしかに、どれだけ壁を建設したところでコンタギオンの元になるウイルスは空中を移動してくる可能性だってあるのだから、街を覆ってしまわないと侵入を防ぐことは不可能だろう。
そして、そのバリアを張っている抗体を作っているのはルキただ一人ということだ。ルキのこの反応を見るに、これは機密事項なのだろう。そろそろ酸素を摂取しないと死んでしまう。
「もご…。うっ…。」
ルキはそっと手をどけた。
「ぷはっ、わかったよ。でも、居住区Ⅵにあれだけのコンタギオンが出たのは予想できなかったことなんだろ?」
「……いいえ。」
「いいえ?いいえってどういうことだよ。」
ルキがボクからふらふらと離れ、自分の座席に戻る。
「あの後、もう一度大量のコンタギオンを見たでしょう。」
「あぁ、あの塀の外側にいたやつか。」
「そう。あの時には既に『壁』を強化してたから、大丈夫だったんだけど。」
『壁』というのは我々の目に見える壁ではなく、抗体で作られているシールドのことだろう。
「あのコンタギオンはね、1区から新居住区に実験体を輸送した時に現れたのよ。輸送は2回だったわ。」
「あの実験体になった人たちが、コンタギオンを増殖させてるってことか?」
「正しくは、実験体につられて移動するのよ。コンタギオンが。」
「……確かに、2回とも同じ方向に行こうとしていた…。」
再び、長い沈黙が続く。ボクは味のない飲み物を飲み干してしまった。あまりに衝撃の事実が続いたので、一旦静かに脳内を整理する。
ボクたちは文字通り、ルキに、ルキ『ひとり』に、守られて過ごしていた。一体この少女一人に何人分の命がのしかかっているのか。ボクには計り知れないプレッシャーだろう。また、それくらいの命を守っているというプライドもまた大きいのだろう。否、プライドを大きく保っていないと、やっていけないのだろう。
コンタギオンをシールドの天井から侵入させたのは、プライドが相当傷ついたに違いない。だからボクに会ったときに、苦虫を噛み潰したような表情だったのだ。
さて、ここで、ボクが先ほど思い浮かべた疑問に戻るとしよう。
「な、なぁ。ちょっと話戻していいか。」
「いいわよ。」
ルキは相変わらず窓の外を見たまま返事をする。
「あの会議室で、ボクたちは対面して会ったけど、他の隊員には隣の部屋で事情を聞いたらしいけど、それはどうしてだったんだ?」
「……?」
ルキはこちらをちらりと見るが、その顔には怪訝の二文字がでかでかと書かれていた。
「いや、その、空を飛んでいた原因は機密事項だから、ボクたちに事情聴取したのも分かったし、ボクたちが危ない状況になったのも、ルキのプライドが許さないから怒ってたんだろ?」
「……?」
「でも、どうしてボクだけ別で直接事情聴収しなきゃいけなかったんだ?それこそ、まだボクはルキに反感を買っている時期だったわけだし、直接会うのが安全策だったとも思えないんだけど…。」
「呆れた…。あんた、ほんっっっとにバカね…。」
急に罵倒された。
「なっ、バカとはなんだよ。理論的に考えた結果の疑問じゃないか。」
「……はぁ。その理論的に考えるのがバカねって言ってるのよ。」
「………どういうことだ?」
「ワタシはね、軍で一番強いの。元帥の娘っていう権力も持ってる。あんたの持ってる端末にアドレスをねじ込むのだって、ちょっとその筋にお願いすればなんてことないのよ。」
「げっ、あれ、やっぱりそっちでなにか操作してたのか。」
一度消したアドレスが蘇ったのを思い出した。
「で?それとボクがバカっていうのがどう繋がるんだよ。」
「今説明するわよ。うるさいわね。」
流石のボクもイライラしてきたので、自然と足が貧乏ゆすりを始める。
「一介の回収係に機密事項が漏れたところで、あんな事情聴収なんてしなくてもなんとでもなるのよ。」
「……ほぉ。じゃ、なんで研究部も方が付いてないのに、ボクにだけわざわざ会いに来たんだよ。」
「…………どんっっかんねぇ…。自分で言ってるじゃないの。」
なにを言ってるんだこいつは。
「どういうことだよ。」
「もう一度さっきの、言ってみなさいよ。」
「研究部も方が付いてないのに、ボクにだけわざわざ会いに…。」
「そこよ。」
「ボクにだけ……わざわざ会いに………?」
「分かったなら何回も言わないでよ。」
「………………は?????」
ボクの足は貧乏ゆすりをやめて、体が硬直する。ルキの方に視線を動かすと、窓の外を見ているものの、耳まで真っ赤に染まっている。
「いやいやいや、待てよ。それじゃあまるで、喧嘩して距離置いてたけど、危ない目に遭ったから心配で会いに来たやつみたいじゃないか。」
ルキは頬杖をついたまま、真っ赤な顔をわずかにこちらに向け、
「……悪い?」
と、小さく呟いた。
「別に、6区の隊員の誰が襲われようと、知ったこっちゃないわ。」
「なんてことを…。」
「でも、報告書にあんたの名前があったから、新居住区に行く途中で予定を変えたのよ。それで、あんたに会ったら、もうちょっとちゃんと施工しておくべきだったって思ったのよ。アドレスだって、やろうと思えばこっちから連絡取れたけど、直接会う理由が欲しかったのよ。さっきも言ったでしょ。ほら、もう着陸するわよ。準備して。」
「は、はぁ~???」




