参-22 c5c56a_解禁
「……これが?なに?」
「あら、知らないわけないでしょ。」
知らないわけないこともない。ボクが知っているのは地面に掘られた穴だけだ。今見えているのは、明らかに穴を掘られないようにコンクリートでガチガチに固められた柵の根本である。否、今はそんな屁理屈をこねている場合ではない。
「はぁ、全部ばれてるってわけか…。」
「ん~、ばれてるっていうより、知ってるっていうか~。」
「なんだよ?どういうことだ?」
「あら、フライトの時間だわ、行きましょ。」
「おい、どういうことだよ…。待ってよ。」
自分で寄り道しておいて、さも自分のせいでないかのように振る舞う。小型飛行機の近くにいた乗務員に会釈をして機内に乗り込む。
「なぁ、知ってたってどういうことだよ?」
ボクは少し苛ついてきて、声を荒らげた。
「おい、そもそもあそこに穴を掘ることになったのだってルキのせいじゃないか。ボクに大事なこと黙ってて、まだ完全に信用したわけじゃないんだぞ。」
「あら残念、ま、信用してようがしてまいが、地球から出るくらいしないとワタシからは逃げられないわよ。」
「はっ、どうだか。」
居住区Ⅵに戻った後で見つかってしまったとはいえ、一度は逃げられたのだ。
小型のジェット機は向かい合うように2つ座席があるのみで、ルキは進行方向と同じ方向に体を向けられるほうの席に座る。ボクは特に指示をされたわけではないが、どう見ても席はあと一つだったので、空いている席に座る。
「1回逃げられてるじゃないか。だからあそこ、コンクリで固めたんだろ?」
「ふーん……ねぇ、どうして逃げられたか思い出してみなさいよ。」
先ほどまで少しふざけていた声色は完全にどこかにいってしまった。その声に反応してついルキの目を見てしまう。
ボクはひゅっ、と息を飲んだ。とてつもなく暗く、深い眼差しがボクの眉間の辺りを焦がす。
「ど、どうって…。」
「さっきのとこで、監視に見つかったでしょう。」
「げっ、そんなとこから知ってるのか。」
「知ってるもなにも、あの時どうして監視があの場を離れたのか、考えてみればいいんじゃないの。」
「………まさか。」
「一介の監視だってワタシが抱えてる隊員よ。あんな状態で脱柵者を逃がすような愚かなことするように教育するわけないじゃない。死んでもひっ捕らえさせるわよ。」
「はぁ…。分かったよ。最初から見られてたんだろ。それで、なにかあの隊員に指示して、ボクをわざと逃がしたんだ。」
ジェット機は、基地にある飛行場の滑走路に入った。ごお、と大きな音を立てて速度が上がって行く。やがて、ふわり、と飛行機特有の内臓が浮く感じを覚え、機体は軌道に乗ったようだ。
「ん?ちょっとまってくれ、まさか、空港のコンタギオンって。」
「あぁ、あれ。ま、あれは本物よ。ちょっと利用させてもらったけどね。」
ここまですべてが仕組まれていると思うと、ボクの苦労は本当にいったいなんだったのだろうと感じる。
「まさか、父親と母親とも繋がってるのか?あ、しゅうぞーもだろう。」
「半分正解ってとこね。あなたのお友達、なんだっけ、まぁいいわ、お友達はワタシからはなんのコンタクトも取っていないの。本当の偶然よ。」
「じゃあ両親とはつながってるのか。」
「直接じゃないわよ。6区のちょっとしたお偉いさんに一仕事してもらったのよ。」
ボクが無職でふらついていた時に両親が軍に呼ばれてボクを呼び戻すように言ってきたときだ。
「そもそも、最初から仕組まれてた脱走なら、どうしてもっと早くに捕まえなかったんだよ。」
「……捕まえてほしかったの…?」
このド変態が、と言わんばかりの顔をして、さっきまで窓枠についていた頬杖を外してまでドン引きして見せる。
「ちっ、ちがわい!」
「そ、まぁ、どっちでもいいんだけど。あ…」
「まてまて、どっちでもよくはない。ボクは別に捕らわれたいわけじゃないぞ。」
「なによ、わかったわよ。」
話を遮ってまで訂正したのに、半笑いであしらわれた。これは後でまたいじられるやつだ。
「あんた、ほんとこういう人と人の駆け引きとか、弱いわよね。ワタシへの不信感マックスの状態で捕まえてみてみなさいよ。」
「あっ、確かに…。」
「せめてものけじめと思って、研究部をなくして、めちゃくちゃにされた人たちがせめて最後くらい自由に過ごせるように、新しい専用の居住区を作ってたのよ。」
メールで言っていた話だ。
「でも、ルキを騙して血液の採取をしていたのは、研究部じゃないんだろ?」
「実際に作業していたのは研究部よ。今回の移植案件も研究部が独自に行ったことだし、研究部の実態は酷いものだったのよ。」
「そういえば、あの日、見たな。」
研究部の施設で、まるでモルモットのように扱われていた人達のことを思い出した。
「ワタシでも、輸血の方をしていた人物は分からないのよ。パパに近しい人物っていうのは分かるんだけど。」
「……ルキでも軍のことで知らないことがあるのか。」
「………そうね。」
長い沈黙が続く。ルキが手元のボタンを操作すると、間もなくして乗務員室から一人の隊員が出てきた。パックに入った飲み物を丁寧にルキと僕それぞれの座席に付属しているテーブルに置いていく。ルキは置かれてすぐにその飲み物を手に取り、ストローを刺してちゅうちゅうと飲み始めた。
「つまり、輸血についてはまだ解決してないが、とりあえずその手先になっていて且つ独自に違う悪事も働いていた研究部を解体したって話か。」
「……。そうね…。」
歯切れの悪い返事だ。まだ実験体になってしまった人の件が片付いていないからだろう。ボクもパックの飲み物を飲んでみることにした。パッケージはシンプルで、栄養素の羅列が中央に書かれているのみだ。恐る恐る一口飲んでみると、まぁ見事に味がない。
味のない飲み物を啜りながら、窓の外を眺めると、遥か下方に明かりのある区画が見えてきた。居住区Ⅰからボクの地元に向かう途中には1つだけ違う居住区がある。恐らくそれが見えているのだろう。
「あ、居住区Ⅴじゃないか?」
「……。そうね…。」
話が続かない。どうやら心ここにあらずといった感じでなにか考え事をしているようだ。しょうがないのでボクも先ほどの会話を反芻してみることにした。