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白の闘諍  作者: 死者モ
参_浄化
57/60

参-20 ffff05_心配

「ル、ルキはどうしてさっき一回遠慮したんだ?」

「……覚えてない。」

「覚えてないってどういうことだよ。なんかボクが戻ってからおかしいぞ。」

「しょうがないわ、輸血個体の吸収は精神も侵すのよ。」


 しばらくしん、静まり、布の擦れる音だけがいやに響く。


「ほら、手止まってるわよ。残りもやってちょうだい。」

「はいはい。…って、残りは、その、いや、なんでもない。」


 「残り」というのは、女性がプールに入るときに最低限隠す範囲だ。


「なによ、触れないっていうの?ここまでやっておいて逃げないでよ。」

「いや逃げるっていうか、まてまて、一回冷やしたいよ。」


 ボクはベッドから降りて、もうぬるま湯と化した水が入っている桶に手を突っ込む。ルキにちらりと目をやると、早くやれと言わんばかりの目力だ。


「も~痛いって言ってるじゃないの。早くっ。」


と言いながらボクの左手を強引に自分の胸骨のあたりにどん、と当てる。


「いたっ!」

「そりゃそんな勢いで叩いたら…。ちょっ、そんなに押し当てたら熱いって。」


 ボクがひいひい言っているのなんぞお構いなしにギリギリと手を押し付けられる。おおよそボクと同い年の女の子の力とは思えない。


 ボクは熱さが限界を突破してしまうと思い、右手でルキの肩を押し、自分の左手を解放しようと強引に動いた。それがまずかった。ルキはボクの左手を持ったままベッドに倒れた。


 ボクも手を引っ張られてしまい、ルキに覆い被さるように倒れた。その瞬間、ボクの平らな胸板は、ある感触を覚えた。同じ部位のはずだが性別が違うというだけで特別になるその部位。


「あっっち!!!!」


 天国から地獄とはまさにこの事で、先程の感触はすぐさま消え去り、ボクの胸板は焼けるような熱さを覚えた。慌てて飛び起きたが、時既に遅し。ひりつく肌を撫でながらルキに目をやると、なにか思い付いたかのような、にやにやした笑みを浮かべている。


「なんだよ、人が痛い思いして助けてるんだぞ。」

「痛い思い?心外ねぇ、今のだってわざとなんじゃないかしら。」

「なっ、ルキがむりやりするからだろ。」

「ふん。まぁいいわ、残るはここだけよ。」


 ボクはベッド脇に座った状態から片足だけ完全にベッドの上にあげている体勢だったが、その片足にルキの尻がどすんと乗る。


「あっっついよ!まてまてまて、あつい!ちょっと!あついってば!」

「なによ大袈裟ねぇ。いちいちちょこまか手で触るより効率いいじゃないの。あっ、効率以前にあんた女の子のあんなとこやこんなとこ、触ったことないから無理ね。」

「分かったから早く退いてくれよ…。」


 重さと熱さでもう足の感覚がない。それなのに次の瞬間、ルキはこちらを向いて座り直したのである。ボクの太ももを股に挟む形で。


「はぁっ…。つめた…。」

「……あの。」

「ん、…っ。冷たくてきもちい…。」

「ちょっと?」

「…っ……。」


 ルキは内腿から鼠径部にかけてをボクの足にすりすりと擦り付ける。


 ボクは限界だった。


「あの、ちょっと、もういいかな?これで全身だよね。じゃ、あとはおとなしく寝ててくださいね。それじゃ。」


 訳が分からなくなって、意味不明な口調で早口に暇の挨拶をしながらルキをおろし、桶を持って部屋を出る。


 パニックのままリビングでいつも通りの仕事をこなし、桶を片付けたところ辺りまでかろうじて覚えているが、それ以降はいまいち思い出せない。ボクは気がついたらソファーでうたた寝をしていたようだ。


「えっ、ルキ?ちょっと、なにしてるんだ?アイくん?これはどういうこと?」


というサトイさんの声で目が覚めた。


「えっ。あっ、お帰りなさい。」

「あら、お帰りちーちゃん。」


 ルキはいつの間にやらリビングに出てきていて、フローリングにクイックルワイパーをかけている。


「いや、お帰りではなくて、いや、えっ?」


 サトイさんがめずらしく、というかボクはこんなに困惑しているのを初めて見た。確かに、ルキは滅多なことがなければ自ら掃除などしない。でも掃除をしてるくらいでそんなに戸惑うことがあるか?


と呑気なことを考えたコンマ数秒後に気づいた。そうだ、違う、そんな呑気な話ではなく、このクイックルワイパー女は今日丸一日高熱で寝込んでいるはずだったのだ。そりゃぐったりしているはずのご主人が、人に看病を任せた途端にピンピンしていたらだれでもこうなる。いくらサトイさんでもこうなる。


「いやっ、あのーですね。ちょっと、違うんですよ。おいっ、ルキ、説明してくれよ。もう大丈夫なんだろ?」

「んー。どうかしら。」

「ど、どうかしら!?なんちゅうことを言うんだよ。そんなことを言ったらボクの監督責任が…。」

「ルキ、来なさい。」

「……。」


 サトイさんは珍しくルキに強い口調で指示を出した。ルキはしょぼんとして着いていった、ように見えたのも束の間で、部屋に入る直前にこちらを見てにやりと笑う。


「なんだよ…。」


 ボクは悪態を吐きながらも、いつも通りのルキに戻っているのを感じて少しいい気分になった。


 しばらく部屋の中は静かだったが、やがてルキのいつもの文句垂れが聞こえてきた。どうやら体調が悪いのに動いていたという疑いは晴れたが、その体調をどうやって戻したかについて言い争っているらしい。


「だーかーらー、ミズチが触ると消えるの!」

「痛みも?」

「そう。」

「模様も?」

「そうよ。」

「熱も?」

「そうよっていってるじゃないのっ。しつこい男はきらいよ!」

「しつこいって、なぁ、ルキ、僕はルキのためを思ってだな…」

「なによ、ワタシのためを思うんだったら早くそのやかましい口を閉じてごはん作りなさいよ。」

「はぁ、しょうがないなぁ。で、なにが良いの。油ものはだめだよ。病み上がりだから。」


 サトイさんにしては珍しくモラハラ男のような発言が見られたが、ルキのお家芸が出るといつもの調子に戻ったようだ。


「いやぁ、ごめんね。アイくん。」

「いえ、その、勝手してすみませんでした。」

「救命行為よ。勝手じゃないわ。」


 ルキが横から口を挟む。


「ほんとうにすまん。ここ数日思うように動けなかっただろうから、今日明日は相当振り回されそうだ。」

「いえ、いいんです。そのために戻ってきたんですから。」

「…ありがとう。……さて、今夜はアイくんの好きなものにしようか。」

「どうしてミズチなのよ。ワタシの好きなもの作りなさいよ。」


 その後もルキがかなり口を挟んだ結果、ほとんどルキ用の夕食となったが、久しぶりの3人での夕食はとても楽しいものであった。


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