参-17 393e4f_此口
吸い付きたくなるほどの白い肌は、見る影もなかった。
服で隠れている部分はびっしりとおぞましい紋様で覆われているではないか。下着は身に着けているものの、その肌の大半は露わになっている。
「…っだよ…これ…。」
「……けじめ………。」
ルキの頬に一筋の涙が流れる。しかし、先ほどのようなすすり泣きではなく、まっすぐにこちらを見つめ、毅然とした表情だ。
「と、とにかく、状況は分かったから服着てくれないか、服。」
そう声をかけると、ルキは静かに先ほどまで着ていた服に手を伸ばし、もぞもぞと原状復帰する。
「で、なんだってそんなことになってるんですか、オキヒメさん。」
「あんたどこでその呼び方…あぁ、あそこね。まぁ…いいわ…。これは、蕁麻疹みたいなものよ。」
「蕁麻疹…?」
「そう…。」
すっかり威勢がなくなってしまい、話をしようにもこちらからかける声も見当たらず、沈黙がしばらく続く。
「ミズチ、見たでしょ。」
「見たって、なにを?」
「ワタシが……。」
「……ルキが?」
「人を食べるところ。」
「た、食べるってあれか…。」
「野生化しないようにするにはああするしかないのよ。」
「そうなのか…。でも、新しい居住区に住んでる人たちはどうなるんだ?」
「いずれはワタシが処理せざるを得ないわ。」
処理…。そんな言い方ないんじゃないか?元は人間だし、そもそもあんな状態になりたいと思っていたわけでもないだろうに。
「はぁ…つまり、ボクもいずれは“処理”されるって訳だな。」
ついむっとなって嫌味を込めてそんなことを言ってしまった。ルキは心の底から謝罪したのに、そんなことを言われたら…と、少しして気付いたがもう遅かった。
「…っ、あ、いや…。」
「なによ!人が頭下げてるって言うのに!」
どん、ばん、と大きな音を立ててルキは部屋から出て行った。そしてそのすぐ後に同じ音が聞こえる。自分の部屋に入ったんだろう。ボクはそろりとドアを開け、リビングに出る。
「ごめんね。あの子、人に謝るっていう機会がめったにないから。」
「あ、すみません。ボクが悪いんです。」
「いいや、ボクらの責任なんだ。今までのAクラスや研究部の実験体になっていた人たちには、本当に申し訳ないことをした。」
「そんな、サトイさんも知らなかったんですよね?」
「ん…。そんなところだよ。いや、僕が悪いんだ。ほんとうに。ルキは悪くない。」
歯切れの悪い返事に少しの違和感があったが、気にしている暇もなく、ルキが戻ってきた。
「ん…。」
ルキの手にはボクがここで仕事に使っていたタブレット端末が握られていた。
「これ…。」
「さっきは…その、ごめんなさい。……ここに、いてくれるなら…これ……。」
「僕からもお願いするよ。無差別輸血も、コンタギオン片移植も、もう全て終わったんだ。キミが望むなら証拠だっていくらでも用意するよ。」
ボクは少し戸惑った。ルキは、今にも倒れそうに喉の奥から絞り出した声で、お願いします、と繰り返している。それは良いのだが、いや良くないが、サトイさんがあまりにもいつもと変わらなくてもはや不気味の域に達している。
ただ、言っていることは分かるし、なによりここで断ってしまうとルキがもう死んでしまいそうだ。実際断って死ぬのはボクかもしれないが。
ボクはそっと手を伸ばして端末を受け取った。ボクが端末を掴んだ手に力を入れたその瞬間だった。ルキは膝から崩れ落ち、ボクの足元に倒れた。
「おい、どうした?なぁ。…っ!なんだこれ…。」
ルキの首筋には先ほどまで隠れていたはずの模様がうぞうぞと蠢いていた。大丈夫かと肩をぽんと叩こうと思い、ルキの体に触れると、Tシャツ越しでも伝わるほど熱い。相当な高熱だ。
「免疫機能が暴走している人を体内に取り込んでいるからね。元は人間を守るための機能でも、暴走してしまえば悪だよ。」
サトイさんがルキを抱きかかえながら淡々と説明する。
「これ、ルキは治るんですか?」
「治さなきゃ、今隔離してる人たちはどうするのよ…。楽にできるのは、ワタ…。」
「ほら、今日はもう休みな。ごめんねアイくん、少し安心して力が抜けたようだ。」
ルキを抱えて部屋へ向かうサトイさんを追い越し、ドアを開ける。
「すまないね。ありがとう。」
「いえ…。」
少ししてサトイさんが部屋から出てきた。
「痣が出ている間は、常に40℃近い熱が出ているんだ。」
「よ、40℃…。」
「全身は疼痛、いや、激痛に襲われているようでね。僕が代わってやれればいいんだが…。」
「ルキにしか、出来ないんですよね。あの、ボクになにかできること、ありますか?」
「キミは優しいね。ほんの少し前に入隊して入れば、殺されていたかもしれないのに。」
「ええ。でもボクたちは今を生きているんです。」
「今、か。そうだね。ありがとう。早速だが、部屋をきれいにするのを手伝って欲しい。」
「お安い御用です。」
「すまないね。ここのところ、ルキの看病につきっきりで。」
それからは、夕飯をとってそれらを片付け、部屋中に散らかっている書類や服を片付けた。途中、30分に1回ほどのペースでサトイさんはルキが寝ている部屋に行って様子を見ているようだった。
「こんな感じで見に行ってやらないと無茶するからね。」
「無茶って、例えば?」
「う~ん、布団の中で事務作業したり、筋トレしたり、昨日なんか僕が風呂に入っている間に実験室に行っていたんだよ。」
「どうしてそこまで…。」
サトイさんは作業の手を止め、きょとん、とした顔でこちらを見る。
「どうしてって、キミが一番分かっているんじゃないのかい。」
ボクが一番分かっている?う~ん、と首をひねっていると、サトイさんはふふっ、と小さく笑い、
「ま、本人の口から聞きなよ。」
と、少し意地悪そうにつぶやいた。
サトイさんによると、生物兵器にさせられてしまった人たちを取り込むのは今回で2回目で、前回より無理をしてたくさん取り込んだそうだ。ボクがLnodeⅠに帰ってきた日の前日から、数日経っても熱が下がらない。
ボクは前にやっていた監視カメラのチェックや簡単な事務処理の仕事を再開することにした。脱柵からの一連の流れで体力のなさを痛感したので、暇な時はジムトレーニングをすることも心がけている。
日中は部屋に籠ってルキの看病と仕事をしているサトイさんだが、朝昼晩の食事の時間にはリビングに出てくる。夕飯を食べている時にサトイさんが頼みごとがあると話しかけてきた。
「それがね、明日、僕がどうしても外に出ないといけない仕事があるんだ。」
「え、じゃあ、ルキの世話はだれが。」
「そうなんだよ。申し訳ないが、いつもの業務に加えて、ルキの面倒も見てやってくれないか。」
ルキの為に出来ることはないか、と数日前に訊いた手前、二つ返事で引き受けようとしたが、思いとどまった。
「え~と、その、あの部屋ってボクが入っていいんですか?」
「あぁ、別に、機密事項は全てパソコンに入っていて、僕じゃないと開くことができないし、大丈夫だよ。」
ボクが心配したのはそうではないのだが。自分のご主人様を同じ年の、しかもぽっと出の男に看病させるというのに抵抗はないらしい。
「た、確かに、今まで入る用事がなかっただけ、と思えば…。」
「そうだね。ルキには伝えておくから。今日1日で大分熱も引いてきて、明日1日大人しくしていれば、というところなんだ。頼んだよ。」
「分かりました。」




