参-9 00ffff_燐火
どんどんどん、ごんごんごん、というタイヤと階段がぶつかる音がする。暗いところから明るいところに出たので、モニターが一瞬真っ白になる。次第に光量が自動で調整され、あたりの様子を映し出す。辺り一面にうねうねとうごく巨大ミミズが現れる…と思ったのだが、そこには予想を裏切る光景が広がっていた。
ミミズはうねうねではなく、ほとんどがぴくりぴくりと痙攣するばかりで、それの命を感じることはできない。30ほどあった結核菌はひしゃげて地面に転がっている。そのそばには2人の若者。1人はうずくまり、辛そうに呼吸をしている。もう1人はふーふー、と呼吸を荒らげ、上半身を少し反らして仁王立ちしている。野生動物が天敵を威嚇するために体を大きく見せるのと同じだろう。さらに、眉間にしわをよせ、鬼の形相で周りに転がるコンタギオン片を睨み付けている。
ボクと隊長は急いで装甲車を降り、うずくまっているまーくんに声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「……うぅ…。」
「どう見ても大丈夫じゃねぇだろ、おい、ギャング、そっち持て。よし、持ち上げるぞ、せ~の。」
二人でまーくんの体を持ち上げ、ゆっくりと車まで運ぶ。まーくんは長身なので、足を折り曲げてなんとか後部座席に寝かすことが出来た。顔色が悪い。寒そうにぶるぶると震えている。座席の下を探すと、申し訳程度の毛布が出てきたので、それをまーくんの体にそっとかける。
一方隊長はまた装甲車の外へ出る。いつもの大声であおちゃんを呼ぶ。
「お~~い!戻るぞ!!」
あおちゃんは、はっ、と顔を上げると、さっきまでの険しい表情はいつものびびっている表情に戻る。続いて、仁王立ちだった姿勢もへっぴり腰になり、こちらへ小走りで駆け寄ってくる。車に到着したあおちゃんはぶるぶるといつにもまして震え、第1小隊の半分が顔面蒼白で震えているというなんともカオスな状況になってしまった。
あおちゃんが装甲車に片足を踏み入れたときだった、一番近くに横たわっていたコンタギオンが息を吹き返したかなにかで、音もなく急に飛び上がった。びたん、びたん、と2回跳躍すると、そいつはもうあおちゃんの背後に迫っていた。
「危ない!」
ボクがそう叫んだのと同時だった。あおちゃんが目にも止まらぬ速さで、まず視線を、そして顔を、続いて右手の順に後ろへと振り向く。その瞬間、あおちゃんの右手がものすごい勢いで発火する。そう、まさに、発火したのだ。
ガス火のように真っ青な炎が右の拳を包む。青い炎に包まれた拳は、見事な右ストレートをコンタギオンに決めた。ボクが叫んでからここまで1秒にも満たないだろう。さらにその2秒後には、コンタギオンは再び地面に力なく倒れた。
「……っ、すごい………。」
「ヒッ…。」
衝撃の光景を目の当たりにし、思わずつぶやくと、またあおちゃんは元通りの顔色に戻った。カサカサと車に乗り込むと、急いでドアを閉める。運転席に座り、訝しげに手動運転のハンドルを眺める。
「あっ、すいません。それ、ボクが使ったやつです。」
「……。」
ちろりとあおちゃんの視線がこちらに向く。ボクが外しても大丈夫、というジェスチャーをすると、無言で前を向き、そっとハンドルを外す。すいすい、とタッチパネルを操作すると装甲車はゆっくりと発進する。
発進してまもなく、本来戦闘するはずの隊員を乗せ、大きな音でサイレンを鳴らす車とすれ違った。しかも数台が駆け抜けていったところを見ると、かなり事態は急を要するようだ。
しばらくすると、しん、と車内は静まり、ざりざりとタイヤが進む音がやけに大きく響く。あおちゃんは相当な手練れのようだ、なぜこんな回収係をしているのだろう。それに空を飛ぶコンタギオンなんぞ、生まれてこの方聞いたことがない。まーくんは大丈夫だろうか。まーくん?はっ、とした。そうだ、あおちゃんの衝撃の事実に気を取られて忘れていた。まーくんは一体どうしたというのだ。と、ちょうど心配する気持ちを取り戻したとき、その心配は取り除かれることになった。
「うっ…。俺…。ここは…。」
2列目に座っていたボクと隊長が、3列目を振り返る。
「気が付いたか!どうだ?具合は?ひでぇのか?」
「あ、あ~いえ、咄嗟に薬を飲みましたから、大丈夫です。」
「おっと、まだ起き上がらない方がいいんじゃねぇか?」
「いえ、随分楽になりましたから。……。それにしても、誰がコンタギオンを討伐したんです?」
またもや、静寂が車内を包む。ボク、隊長、まーくんの視線は運転席にゆっくりと注がれる。その青年は、運転席に三角座りになり、恐怖のあまり涙目で震えている様子だ。
「ははっ、こりゃあたまげたな!」
「えっ、では、やはり…?」
「いやぁ~話には聞いてたんだがな~」
隊長の話によると、あおちゃんはG適が優、MHC適応もそれなりに多いらしい。運動神経もバツグンで、本来はLクラスに配属されてもおかしくないどころか、かなりいい線まで行ける実力なのだが、如何せんびびりすぎて話にならないのだという。恐らく、今回はあまりに窮地に陥ったので実力を発揮できたのだろう。
「いやぁ~念のために持たせておいた抗原注射を使う日が来るとはな!がはは!」
「笑い事ではないような気が…。」
「全員無事だったんだ、ここで笑わなくてどうするよ!あっ!」
「…っ!どうしました!?」
「隊長!?」
「もしかして、俺の采配がよかったってことか!?」
「いや…あの…。」
「わはは!」
ボクはまだ体がこわばっており、ひきつった笑みしか浮かべることが出来なかった。しかし、それも事実だろう。手動で車を動かせるボクが装甲車の近くにおり、自動運転では入れない地下道を通った。車に乗れなかったものの、あおちゃんの実力のおかげでもう2人もなんとか生き延びることが出来た。
「あの、ほんとに大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、問題ない。」
「でも、あんなに苦しそうだったのに…。」
「そらぁ、いっぺん心の臓に穴が開いたんなら、つれぇ時もあるよなぁ。」
「は!?そんな…そんな重篤な怪我だったんですか!?」
まーくんと隊長はきょとん、とした表情でボクの顔を見つめる。数秒後、そういえばこいつは知らなかったな、というのが丸分かりの表情に変わり、説明が始まる。
「そうなんだ。あれは本当につい最近のことだったよ。」
意外と話が長く、基地の居室に戻るまで話が続いた。ただ、話をまとめるとたったの1文で、コンタギオンとの戦闘中に心臓に近い血管を貫かれたものの、奇跡的に生還し、後遺症として激しい運動をすると痛みが発生するという話だった。今日も走って逃げようとしたところ、酷い痛みに襲われたとのことだ。
「はぁ~あぁ~。今日は大変だったなぁ~。」
「それにしても、あれは一体なんだったんでしょうね…。」
「あれって、あれか?空飛ぶコンタギオンってやつか?」
「えぇ…。あんなものが存在するなんて…。」
結局その日はそれ以降出動はなく、いやに緊張したまま消灯時刻になった。部屋は真っ暗で、たまに隊長のふがっ、とか、んごっ、とかいう寝言のなりそこないが聞こえてくる以外は静まり返っている。




