参-6 b22222_現場
「そういえば、まーくんは久しぶりの回収作業だが、大丈夫そうか?まぁやっているうちに思い出してくれたらいいけどな。」
チャンスだ。この流れでボクも作業をあまり覚えていないということをアピールしよう。あまり、というか全くやったことがないのだが。
「あ、あの、ボクも、すぐ除隊になりましたし、その、実家に戻ってからは、あまり思い出したくもなかったので…。」
「ほ~ん、なるほどな。じゃあ、まーくんとギャングは細かい道具の使い方も、きちんとおさらいしたほうがよさそうだな。」
よかった。成功したようだ。
「おっ、いいことを思いついたぞ!今日は二手に分かれよう。と言っても5メートルも離れないがな。」
はっはっはっ、と隊長が一人で高らかに笑う。
「二手…ですか。」
「おう、そうだな…、まーくんとあおちゃんでペアになろう。あおちゃん、ちょうどいいじゃねぇか、俺以外の人間とも喋れるようにならねぇとなぁ!」
隊長は笑っているが、あおちゃんは顔面蒼白でぶるぶると震えている。
「ということは、ボクは隊長とペアですか?」
「うむ!そういうことになるな!おっ、そろそろ到着するみたいだな。」
到着という単語を聞くと、あおちゃんの顔面がますます青くなる。さすがのまーくんも、あおちゃんを見て不安そうな顔になっている。否、不安そうな顔が感染った、と言った方が言い得ているだろう。隊長は空気を読めないのか、読まないのか分からないが、あおちゃんは装甲車が止まるまで何度か首を横に振ったが、完全に無視だった。
「よし、まず、偵察は俺とあおちゃんで行ってくる。作業はさっき言ったペアでやろう。」
ほどなくして、装甲車はゆっくりと止まり、自動でスライド式のドアが開いた。まず隊長とあおちゃんが車の外にでる。車には窓はなく、通気口のような格子からわずかに外が見える程度だ。
目を細めて外を見ると、知っている光景のような気もするし、初めて見る光景のような気もする。すぐになぜそう感じたのかを理解する。ボクの実家がある地域は、さほど都会というわけでもなく、所謂片田舎の小さな町だ。そのボクが育った町から車で数十分ほど走れば、それなりに大きな繁華街に行くことが出来る。居住区Ⅵでは2番目に大きな街だろう。
ここだ。ここがその繁華街だ。見覚えがある建物がいくつかある。しかし、半分ほどの建物は窓がなく、全面がコンクリートで覆われた都会式の建物に変わっている。だから見覚えがあるようなないような感覚に陥ったのだ。
「無菌ホーム。」
「ん、ああ、どう考えても少ないよな。あんな開閉式の窓、部屋の中にコンタギオンを招き入れてるようなもんだぜ。」
ボクは無菌ホームが増えており、記憶の中の景色と違うという意味で呟いたのだが、まーくんは逆の意味で捉えたようだ。この辺りの繁華街は昼間でも色とりどりの看板が立ち並び、とても綺麗だったのを覚えているが、今では味気ない建物が多い。人が外に出ないというのが一番の原因だろうが、もう少し、強化ガラスを使うとか、外の景色が見えるようにすればよいものを。
外を見たって、意味はないか。だって人っ子一人歩いていない。街路樹もなにもない、動いているのは宅配サービスをする自動運転の車だけだ。
ぷしゅー、という空気の抜ける音の後に、がらがら、と大きな音が鳴り、装甲車のドアがゆっくりと開く。急に明かりが入ってきたので、少し目がちかちかした。
「待たせたな!もう完全に戦闘部隊も撤収してるし、周りに危なそうな気配もないし、回収作業始めるぞ!」
「は、はい。」
隊長とあおちゃんは装甲車の側面にある小窓くらいのサイズの扉を開け、なにやらガチャガチャと道具を出している。出した道具を小脇に抱えた二人を追いかけて、装甲車を後にし、少し歩く。ひとつ角を曲がると、大きなゴミ収集車のようなものが停まっていた。
そこまでは、なにも感じなかった。だが、その下に散らばっているものを見た瞬間、あまりの気色の悪さに1歩後ずさりしてしまった。
球体を少し引っ張って細長くしたような形のものが何個も地面に落ちている。小さい頃ポ〇フルとかいう名前のお菓子があったな…。形はそんな形だ。表面にはぶつぶつしたものがたくさんついており、大きさは50cm、否、1m程はあるだろう。
色はなんとも口では表現しがたい。明るい赤と暗い赤がまだら模様のように混在している、とでも表現しようか。鉄が錆びているような表面だが、明らかにそれは鉄のような固さではなく、ぶよぶよとしたやわらかいものであると分かる。
これがコンタギオン…。ここで、この赤茶色の物体と、人間が、殴り合ったのか…。
「さぁ、ギャングは俺について来な!あおちゃんとまーくんはそっちのほうを頼む!」
隊長が指示をすると、あおちゃんはぐったりとうなだれながらも、まーくんをちらりと見て、隊長から離れるように歩き出した。まーくんはなにか観念したような感じで、大人しくそれについて行く。
いかん、他の人を気にしている場合ではなかった。いよいよ作業が始まるのだ。隊長の後をとことことついて歩く。とことこ、という擬音は正しくないかもしれない。足元の物体を避けながら、つんつん、と言った方がよさそうだ。
「この辺りから片付けようか。そうだ、1区の回収屋はどんな感じで作業進めてたんだ?」
まずい。回収係の作業は818号室から画面を通して見たことはあるが、なんせ詳細が分からない。ええいままよ、見たままを話せばなんとかなるだろう。
「え~と、まずは残骸をはさみでちょきちょき切って…。一通り細かくしたら回収するんですけど…。居住区Ⅰでは排水溝のような所にその残骸を入れれば、あとはLnodeの基地に自動で送られるので…。」
「なに!?」
「えっ!?」
「そんなシステムがあるのか!?1区はすげぇなぁ…。」
「あっ、あぁ~なるほど…。」
一瞬、全く見当違いの事を言ってるのかと思って焦った。尤も、本当に自動でLnodeの基地まで送られるのかは知らないが。動画で見ていた限りではそのようにして回収を行っていたはずだ。
これはボクにとってすごくラッキーな事ではないだろうか。つまり、この居住区のシステムは初体験するということにしておけば、初めての作業だということを露呈することもないだろう。
なんだか、なぜボクはこんなにもビクビクしながら過ごさなければならないのだろう、ここにいる人たちは、別にLEUKや熾ルキの本性を知っているわけではないし、Aクラスだったことを明かしたからと言って、LnodeⅠの本部に情報が行ってボクを捕まえに来るなんてことはないのでは、と思い始めた。
そうだそうだ、こんなにものほほんと仕事が出来るのだから、ばれていないのだろう。どうせ今までの脱柵者と同様、なにかしらの権力でボクの脱柵はもみ消されているはずだ。こんな下っ端の人間を追いかけるなんて、労力の無駄遣いだしな、うんうん。
「…ぃ…。…おい、聞いてるのか?」