参-3 333631_芥場
「おっ、メシだ、メシ。」
部屋の入り口となるドアの横に郵便受けのようなものが付いており、あおちゃんが目にもとまらぬ速さで中身を取り出した。白く、石鹸の箱のようなものが4つ入れられていたようだ。4つの箱を抱え、まず隊長にひと箱、びくびくしながらボクとまーくんにも渡してくれた。
さらに、ものすごいスピードで部屋を飛び出したかと思うと、すぐに帰ってきた。その手にはプラスチックのコップが握りしめられており、奥の流しで4人分のお茶を淹れてくれた。隊長とあおちゃんは、それぞれ専用のコップのようで、ボクとまーくんの為にプラスチックのコップを取りに行ってくれたようだ。
「ありがとよ、じゃあ、みんなで頂こうじゃないか。」
「ここでは、昼食もあるんですね。」
「そうか、都会もんには珍しいだろ。ここは地方出身の隊員が多いからな。生活のリズムを崩さないように、小分けに3回メシの時間があるんだ。」
まーくんのいた、LnodeⅡも1日2食だったのだろう。Aクラスはルキの意向で3食だったが、Ⅰでも他のクラスは2回の栄養食だったようだ。
他のクラスに配属されたらおなかが空いて倒れそうだと密かに心配していたが、杞憂に終わったらしい。まだ栄養食の普及していない地域から軍に入隊して、1日2食生活でお腹がすきすぎて辞めた事例というのは聞いたことがないが、生活リズムを考慮してくれるというのは非常に嬉しい。
各々、自分の席につき、箱を開ける。
「頂きます。」
人生で2度目、居住区Ⅰの空港以来の現代型栄養食だ。ちなみに旧型の栄養食というのは、主に味を付けていたころのものを指す。味がない。
「今日はカルシウム多めか~、あんまり好きじゃねぇんだよな~。」
「これに味の違いあるんですか?」
「あ~、慣れねぇと分かんねぇかな。」
「その日の成分表なんかを見ながら食べると、次第に分かるようになるよ。」
「確かに、なにが入ってるか分かったほうが、ぴんと来るかもな。」
隊長が、持っていた成分表をボクに渡す。辛うじて見たことのある栄養素の名前がつらつらと並べられている。
「う~ん、せっかく3食あるのに、これじゃあ味気ないですね。」
「これあんまし食べたことねぇってことは、ギャングは田舎の出身だろう?」
「むぐ…は、はい。」
もそもそとした食事がのどに詰まりそうになったが、あおちゃんの用意してくれたお茶で流し込み、返事をした。
「おや、でも、午前中の再召集説明会ではファーストにいたって、確認があったよね?」
「そうなんです。」
「ほぉ~、そりゃ珍しいな。」
しまった、その辺の設定を考えていなかった。どうして居住区ⅠのLnodeⅠに配属されたのか、理由を考えないと。ボクが会話のボールを持ったまま、数秒が経った。急にあおちゃんが立ち上がり、隊長の机の上にある書類をごそごそと勝手に物色する。
「え、あおちゃん?いいんですか?」
「あぁ~、いいんだ、あおちゃんは優秀だからな。」
相当、隊長に信頼されているらしい。あおちゃんがなにかを見つけたようなそぶりで1束の書類を手に取り、ぺらぺらとめくる。とあるページでぴたっと手を止め、隊長にそのページを見せた。
「んん?どこだ?」
隊長はページをそのまま見せられたのではどこか分からんと言わんばかりに、わざとらしく書類の前で首をかしげる。
「ん。」
あおちゃんが少し怒った声で指をさすと、隊長も気付いたようだ。
「おぉ、なるほどな。なるほどな!?おいおい、いったいどうなってるんだ?」
「なんですか?」
まーくんとボクも書類を見ようと隊長の席へ向かう。そこにあったのは、ボクが数か月前に受けた入隊試験の成績だった。
「そりゃあ、学術が満点じゃ、1区の配属になるわな。」
隊長は『○○区』派らしい、ボクやサトイさんのように正式名称で『居住区○○』と呼ぶ人もいればまーくんのようにファーストセカンドサード呼びの人もいるのでややこしい。さらに軍の話に限れば、駐屯地の名前にあたるLnodeで呼ぶ人もいるので目が回りそうになる。
「そ、そうなんです。でも体の方が、向いてなくて…。」
とにかくあおちゃんのファインプレーを心の中で感謝し、口では白々しい返事をした。まーくんが隊長の背後に立ち、書類を眺める。
「う~ん、そうだねぇ。適性検査の方は、なかなか渋い結果だ。」
ん?なかなか渋い結果?ボクの記憶が正しければ、とんでもない結果だったはずだが?その結果のせいでとんでもない部隊に配属され、とんでもない事実を知らされ、命からがら逃げだしてきたのだが…。
「ちょっと、それ見せていただいても?」
「ああ、いいですか隊長?」
まーくんが一言隊長に断りを入れ、ボクに書類を渡す。そこには、ボクの入隊試験と検査の結果が表にまとめられていた。学術試験の方は満点だが、検査の結果がボクの知っているものとは違う。G適は不可で変わらないが、MHCの値が記されている所には、『500K』とある。Kはひとつで1000を表す。つまり、ボクのMHC値は50万ということだ。
「ということは、ギャングは俺と同じタイプだな。」
隊長がにやりと笑ってこちらを見る。
「同じって、じゃあ、隊長も?」
「おう、G適は不可、抗体検査は2万よ。」
「にっ、2万ですか!?」
まーくんが驚いて大きな声を上げる。
「あっ、いや、その、すみません。」
「はっはっはっ、驚くのもしょうがねぇ。俺が入隊した時はまだ2万でも普通だったんだがな。」
「失礼ですが、隊長のご年齢は?」
「俺ァ、来月で42だ。LEUK軍の1期生だぜ。」
鼻高々に1期生をアピールする。ボクが14期生だから、かなりの古株になる。G適も不可となると、軍には入れないはずだが、創世期には入ることが出来たのだろう。
「そういえば、入隊前は会社にお勤めとおっしゃってましたね。」
「そうそう。コンタギオン不景気で潰れたけどな。」
俗にコンタギオン不景気というと、のちにコンタギオンへと進化する強力な病原体や、初期のコンタギオンによって街中の人出の減少し、消費も減ってお金が回らなくなったことを指す。実は入隊試験では軍やコンタギオンに関する歴史も問われるのだ。その辺の知識は完璧である。
「失って初めて気が付いたが、仕事が生きがいだったんだな。なんだか空っぽになっちまってよ。半ば自暴自棄になって、やけくそで応募した入隊試験に受かっちまってな。」
「まぁ1期は定員も割れてましたし、当時は基準点もなかったでしょうしね。」
「そうなんですか。」
流石に入隊試験に関する歴史は問われなかったので、知識の範囲外である。
「ま、メシと寝床があるし、それなりの給料も出る。万年雑用でもそれなりに楽しくやってるよ。」
「なるほど。」
まーくんはかなり真剣に話を聞いているが、ボクはどうも身が入らない。隊長に仲間意識を持たれたのが良いのか悪いのか、ボクの心は判断しかねているようだ。ボクは耐えかねて話を別のところに振ることにした。
「そういえば、まーくんはLクラスの中でも、B隊にいたんですよね?」
「ん?ああ、そうだ。春季演習でLクラス優勝したって、そういえばギャングは知ってたな。」
「まじか!おいおい、そりゃあとんでもねぇ逸材だな。」
「いえいえ、もう体も思う通りに動きませんし…。」
まーくんは悔しさを噛み締めるように、ゆっくりと、謙遜の言葉を発した。あおちゃんが先ほどのボクの情報が載った資料とは別の紙束を手に取り、ぺらぺらとめくる。またもや隊長の目の前にずい、と突き出す。
「ん。」
「なになに、ふむ。う~ん、こりゃひでぇな。かわいそうにな…。」
「そうですね。しかし、こんな体になっても、LEUKのために、居住区民のために役に立てるんですから、嘆いてる場合じゃないですよね。」
「まぁ、それでまーくんの気が晴れるのなら、俺もまーくんを迎えられて良かったよ。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
なんだか感動のシーンを見ているようだが、あおちゃんはそんなことお構いなしという感じで、昼ご飯という名の栄養素の固形物を食べ終え、包装していた箱とコップを片付けて寝室へと戻って行った。




