壱-4 c9171e_反逆
びーーーー。なにかのブザーが鳴った。
「え~いま食べ始めたばっかりなのに~。」
「アイくん、今からボクたちは仕事だ。まぁそれほどやることもないけど。」
ボクは慌てて口に入っていた蕎麦を飲み込み、箸を置いた。置いたはいいものの、どうしていいか分からず、とりあえず背筋を伸ばした。
ルキはソファー横の物があふれた棚からリモコンを取り出し、壁にかかっている3つの画面のうち、二つの電源を付けた。片方にはどこかは分からないが市街地の映像、もう片方には名前と緑色のランプがずらっと並んでいる。ルキはまたもや棚をごそごそと捜索し、インカムのようなものを取り出した。
「さぁ、アイくん、街が映ってる方の画面があるだろう?あれが今DCシステムによってコンタギオン発見の報告があった街だ。」
なんの変哲もない街だ。画面左上にⅡ-58とあるから居住区Ⅱの58番目の区域ということだろう。特に荒らされた形跡もないが…コンタギオンはどこだろう。
画面がパッと切り替わるとそこには、ごつごつとした軽石のような表面を持ち、とても大きな球状のコンタギオンがいた。2mはあろうその巨体はうぞうぞと捕食対象を探してその歩を進める。表面にはヒトデのようなものがへばりついている。
「ひっ…。」
「初めて見たかい?」
「いえ、地元で一度。しかしこんな形では…。」
「まぁ、いろいろなコンタギオンがあるからね。これはライノウイルスの一種だね。」
「ライノならいっか。」
ルキはインカムを外し、昼食を食べる手を進める。
「あ~現場の雰囲気だけでも、見る?」
そういうとあと一つの画面の電源を付ける。そして真ん中の画面のボリュームを上げる。
しかし、これと言って音は聞こえてこない。
「だれも外にいないの、不思議じゃない?」
「え、あぁ…確かに、今は日曜の昼下がりなのに。」
「そうね、居住区Ⅰでは、今、ほとんどなんの武装もなしに外に出る人はいないわ。」
ボクの地元とは全然違う。日曜の昼下がりと言ったら多くの人が外出を楽しんでいた。人口が多い地域の方がコンタギオンが出現しやすいというのは本当だったのか。
ごしゃっ。という音がしたのでぱっと顔を上げ、画面を見るとコンタギオンが吹き飛ばされていた。
「始まったね。」
全身真っ黒の服を身に付け、フルフェイスのヘルメットに、野球のキャッチャーのような防具を身に纏い、手には殴られたら痛そうなごつごつとした小手が付いている人が3人、画面に現れた。よく見ると、両手のあたりがぼんやりと白く光っている。どうやらこの3人がライノウイルスを吹き飛ばしたらしい。
3人は間髪入れずコンタギオンを殴りまくる。しかし、もう少し効率の良い闘い方はできないのだろうか。
「銃とか、ないんですか?いまいち、効率が良くなさそうですが…。」
「まだ1匹しかいないからね。たくさん人を喰って増殖すれば、飛び道具を出さなきゃいけなくなるが。」
「どうして最初から使わないんですか?」
「飛び道具がなにでできているかを考えれば分かるでしょ。あんた折角いい脳みそしてるんだから使いなさいよ。」
どうしてこう上から目線なのだろう。上司とはいえ同い年だぞ。しかもその役職だってどうせコネで貰ったんだろう。
まぁいい、仰せの通りに考えるとするか。まず、今画面越しにコンタギオンをボコボコに殴っている人たちは恐らくGクラスの戦闘員だろう。Gクラスは顆粒球という防御機構を応用した攻撃を行う戦闘員、という風に参考書に載っていたから、あの光は顆粒球パワーのようなものなのだろう。ん…?
「この人たち、Gクラスですよね?顆粒球を戦闘に応用できる力に特化しているんですか?」
「そうだね。Gクラスにはたくさんの抗体を武器に出来る人は少ない。ほとんどが基本的な型のみ、つまり100万通りくらいしか適応していないということになるね。だから抗体を使わないGクラスにいるんだ。」
「なるほど、逆にLクラスの人は適応している抗体をたくさん持っているけど顆粒球の力は応用できないということですか?」
一瞬の沈黙が走る。これは今朝から幾度となく感じた空気だ。ボクがとんちんかんなことを言ったのだろう。
「う~ん、というわけでもなく、大体のLクラス隊員も顆粒球の力は応用できるんだ。」
サトイさんの丁寧な説明が入ったが、なんとなく分かってしまった。
「つまり、Lクラスの方が優秀だということですね。そして顆粒球にも嫌われ、抗体も少ししか使えない落ちこぼれがAクラスということ…。」
「そそ、ミズチは全くだけどね。検査の結果、見る?」
ただでさえしょぼくれていたのにルキがとどめを刺す。彼女が蕎麦をもぐもぐしながらがさごそと書類を探していると、サトイさんの顔が変わる。
「ルキ。」
にやにやしていた彼女の顔から笑みの成分が消える。
画面を見るとコンタギオンを殴る戦闘員の後ろからなにかが飛んでコンタギオンに突き刺さっている。
「う~ん、めんどくさ。」
ルキは非常に顔に出やすいタイプだろう。美少女がぐしゃっと崩れるほどにいやそうな顔をした。箸を持ったまま、その手で蕎麦の横に置いたインカムを拾い、マイクの部分だけを顔に近づけて指示を出す。
「こちらAO01、LnodeⅡ、応答しなさい。」
「『エーオーマルイチ』というのはルキの隊員番号、『エルノード』というのは軍の基地の名前だよ。各居住区にLnodeはひとつずつあるんだ。」
サトイさんがルキの言葉の解説をしてくれる。
「Ⅱ-58地区にて無断発砲を確認。コンタギオン討伐後、発砲者を特定し、本部に徴集すること。以上。」
どうやら先ほどの飛翔物は無断で発射された飛び道具のようだ。ルキはふぅ、と一息つき、インカムを外す。
「最近多いのよ、これ。」
「飛び道具、つまり抗体を作るには、コンタギオンの抗原型を知ってそれに合った抗体を巨大化する必要があるのは分かるかい?」
「はい、わかります。」
「僕たちはその巨大化するということをエンラージメントと呼んでいるんだ。」
「なるほど…。」
「抗体をエンラージメントするのはLEUKで管理しているデバイスが必要なんだけど、最近非公式のデバイスが出回っているんだ。」
「どうしてそんなことを…。」
「Lランク隊員レベルの力を持った人物は民間にもいるんだ。LEUKをよく思っていない人は、勝手にコンタギオンに手を出すんだよ。」
その人が倒せるならそれでいいのではないだろうか。そもそも民間人が飛び道具を作れるなら軍もさっさと出せばいいのに。
「勝手に手を出されると困るのよ。Lクラスを出動させる可否は管理されるべきことなの。」
ボクも大概顔に出やすいタイプらしい。どうもこのふたりには心を読まれているような気がする。
「参考書にコンタギオンがどうやって我々の攻撃に抵抗するか、書いてなかったかい?」
珍しくサトイさんに皮肉を言われてボクは気付いた。
「逆にコンタギオンが学習してしまうんですね。相手からしたらこちらの抗体が抗原だ…。抗体に抗うための抗体…。試験に出ました。」
「そう。抗体に耐性がついたコンタギオンに逃げられたらまずいからね。出来る限りまでGクラスの戦闘員に闘ってもらわなければならないんだ。」
Gクラスの隊員が応用している顆粒球は、もともと人間の体内で非特異的な攻撃を行う。それと同様にコンタギオンに対しても非特異的に物理攻撃を当てることが出来るというわけだ。