弐-17 fff3b8_職安
「言っていいのか、わからんけども、ミズチくんが帰ってきたの、あんまりよく思ってない連中もいるみたいだねぇ。」
「そ、そうですか。」
「カワギシさんとこの奥さん、ほら、ミズチくんに試験で負けたぼっちゃんのお母さん。」
「あぁ、はい。」
人口と軍に入ることのできる人数は比例しており、居住区Ⅵは1人、つまりボクしか入隊できなかったのだ。試験で2位だったのはひとつかふたつ年上のカワギシ君という人だった。そもそも、そのカワギシ君とボクしか試験は受けていなかったが。
「それでねぇ、自分の息子を蹴落として軍に入ったのに、す~ぐ帰ってきやがったちゅうて、あんたんとこの店の営業妨害してるらしいねぇ。」
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。あんたのお母さん、怖いばけもんも増えとるし、営業妨害もあって、売上が減ったって言ってたっちゃ。」
最近めっきりお客さんが減っていたのはそういうことだったんだ。その後もミヨコさんに話を聞いたところ、ボクが帰ってきたからコンタギオンが増えたという噂を流し、うちの店に行くとウイルスが付くと言いふらして営業妨害をしているらしい。
これはいよいよ早く新しい仕事を探して、家を出なければいけない。カワギシ君のお母さんに物申す?いいや、ボクはそんなことはしない。逃げるが勝ちである。両親には悪いが、放っておけばそのうち飽きてくれるだろう。
そもそも、カワギシ君だが、めちゃくちゃにあほなのだ。2人しか受けていない試験の平均点と自分の点数を見れば、相手、すなわちカワギシ君の点数は分かる。ボクの点数の半分ほどしか取れておらず、そもそも入隊の基準点を超えていない。恐らくボクより年上なので、2~3回は入隊試験を受けているはずだが、毎年そうなのだろう。カワギシ君しか受けていない年でも落ちている。
田舎では、そんな噂は一瞬で広まる。しばらくすれば、地域の人も、カワギシ君は元からボクと闘うまでもなかったということを思い出してくれるだろう。今は放っておこう。うん、それがいい。逃げるが勝ちとはそういうことだ。
ルキも若くして軍の総長となり、親のコネだわがままお嬢様だなんだと、かなり悪口を叩かれていたようだが、無視に無視を重ねていた。逃げるが勝ちの精神はルキから学んだことだ。
ミヨコさんは20分ほど待ったが、一向に連絡が付かず、結局帰ってしまった。お昼を食べる約束をしていたので、おなかが空いているだろうと思い、冷蔵庫にあった少し高そうなプリンをあげた。
母親か父親、どっちのプリンだったかは分からないが、一言書置きを残す。
「…ので、ミヨコさんに…、ゴメンネ。よし。」
先ほどは躊躇していたが、今度こそ仕事を探しに行くことにした。よれよれのTシャツを普通のTシャツに着替え、一応財布とケータイを持って家を出る。
と言いたいところだが、鍵を持っていない。軍に入るとき、お坊さんが現世を捨てるように、家に関する一式は置いてきたのだった。玄関の下駄箱の上に置いてある小さな箱を開ける。ここには自転車や車の鍵、だれのものか分からない腕時計や、変なキャラクターのストラップなどが入っている。
案の定、ボクが使っていた家の鍵はここに入っていた。鍵を閉め、早歩きで公共職業安定所に向かう。大体の道は分かっているが、時折、ケータイに入れてある電子地図を見て確認する。
20分ほど歩くと、小ぢんまりとした古いビルにたどり着いた。ここの4階に職安が入っているはずだ。ビルの入り口から中に入ると、幸いエレベーターがあったので、上に向かうボタンを押して少し待つ。
ぴん、と少し割れた音でエレベーターが到着したお知らせが鳴る。4階につくと、絨毯の敷いてある廊下が続き、透明のガラスドアに職安の名前が書かれていた。
きぃ、とドアを開けると、中では50代くらいで、派手な色の服を着た女の人が相談していた。ボクに気付いた職員さんが、奥のソファーとローテーブルに案内してくれた。
「ありがとうございます。」
「こんにちは。今日はどのようなご用件で?」
職安に来たのだから仕事を探しに来たに決まっているだろう。と、思ったのだが、大人しく返答することにした。
「えっと、仕事を探しに…。」
「ご本人様ですか?」
なるほど、さっきのボクのターンは、そのあたりの話をするターンだったのだ。
「はい、先日、職を失ったので…。」
自分で言って悲しくなってきた。
「前のお仕事は、どのような職種でしたか?」
「えっと…。」
軍に入っていたことくらいは言っても大丈夫だろうと思い、これまでの経緯を軽く説明した。もちろん、逃げてきたとは言わず、除隊という体で、だが。
結論から言うと、居住区Ⅵの中で今のボクに出来る仕事は、軍で任されていた程度の雑業くらいだそうだ。大学を卒業していないので、簡単な仕事しかないのだろう。ほとんどの仕事が機械任せになった今、機械の知識を身に付けていない人間に1人で食べていけるほどの仕事はないのだそうだ。
なんと世知辛いのだろう。とはいえこのご時世、大学進学率は90%を超えているし、特別な資格を持っていなければほとんど仕事はないと言ってもいい。しゅうぞーだって、焦って高卒で都会に就職したからあんなことになったのだろう。
とりあえず今回は仕方なく諦めることにした。




