弐-15 e95464_父親
朝食を終えて、外出の支度が整った父親が居間にぬっとあらわれ、ぼそりとつぶやく。
「行くべ。」
父はすたこらと玄関に向かった。まだご飯を食べ切っていなかったのが悔やまれるが、ついていくよう母もジェスチャーをするので、とりあえず後を追いかける。
近所のガレージに父の好きな車がたくさん停まっている。一台だけ見たことのない車がある。丸いフォルムでハンドルのない自動運転車だ。他の車には目もくれず、父はそれに乗り込む。
「自動運転、買ったのか?」
「んだ。」
一言小さく呟き、目的地を入力すると、腕を組んで椅子に深く腰掛ける。ほんの数か月しか経っていないが、少し皺が増えたように見える。周りの友人に比べて両親の年齢が高く、小さい時は恥ずかしいと思っていたが、今はそんな風には感じない。ボクは助手席に座り、この少し頑固な親父と、なんとか会話をしようと粘る。
「え~っと、きゅ、急に帰ってきて、ごめんな。」
「……ん。」
「あの、どうして帰ってきたかって、聞かないのか?」
「……働かざる者食うべからず。」
会話が続かない。しかし、無口な親父の扱いは慣れっこだ。つまり、どうして帰ってきたかはどうでもいいから、家にいるなら手伝えということだろう。
「分かった。他の仕事が見つかるまで世話になるよ。」
「……。」
自分で言って初めて気づいたが、今ボクは絶賛ニートなのではないだろうか。軍に耐えかねて逃げてきた人間にできる仕事なんてあるのだろうか。まず、仕事というものはどうやって探すのだろう。う~んう~んと悩んでいるうちに、業務用の食品を売っている店に着いた。
自動運転はきっちりと駐車場の線に沿って駐車を決めた。ルキの運転とは大違いだ。いやいや、なにを回想しているんだ。今は目の前の仕事に集中せねば。
店に入ると店主の壮年男性が驚きの声を上げる。
「あれまぁ!おめぇ、帰ってきたのけ?」
「はぁ、まぁ、いろいろありまして。」
「大変だったねぇ~。それで、都会はどうだった?」
「う~ん、こっちの方がボクには合ってます。」
「んだねぇ、田舎者には都会は無理だべ。」
店主と話しているうちに親父はどんどん奥に進んでいく。
「すみません、おやじの手伝いします。」
「そうけ、親孝行ものだねぇ。」
何気ない一言が刺さる。軍から逃げたことでかなりの期待を無下にしてしまったのだから。
親父はある棚の前で立ち止まっていた。玉ねぎがたくさん並んでいる。どの箱にするか品定めをしているらしい。どれ一つ手に取らず、じっと見つめる。突然、ボクの右前方にある箱をつんつんと指で叩き、
「レジさ持ってけ。」
と、呟く。指定された箱を棚から降ろし、店主の座るレジへ持っていく。
「ごめんねぇ、運ばせてしまって。」
「いえ。」
再び親父のところへ走り、次はじゃがいもを運ぶ。ほとんどの仕事が事務作業だったので、4箱ほど運んだところでへとへとになってしまった。否、一度だけこんな感じで食糧を運んだことがあったか。
「あんれ、もうギブアップすや。軍隊さんでは力仕事はないのかね?」
「あっ、その~、都会では移動とか、全部車ですから…。」
ぜえぜえ言いながら、酷い言い訳を炸裂させる。店主はそうけ~と言って、納得してくれたようだ。結局大きな段ボール箱を5箱、小さな箱を3箱運んだ。店主曰く、普段はここまでまとめ買いしないらしい。恐らくボクに運ばせることが出来るから今日はたくさん買ったのだろう。
さらに、会計を済ませた後には、車まで食材を運ぶ必要がある。生の野菜を傷つけないように、慎重に運び終えたころにはすっかりくたびれてしまった。やはりボクには肉体労働は向いていない。早めに事務仕事を探そう。
来た道をすいすいと自動運転で戻り、駐車場に到着する。駐車場から店の冷蔵庫までも長い。わっせわっせと荷物を運び、店の厨房に繋がる勝手口を開けると、母親が掃除をしていた。
「おけぇり~。あらぁ、そんなに買ってきて、どうすんべ。」
「地下さ、持ってく。」
この辺りは、寒冷な気候で、さらに地下はかなり涼しい。夏場でも食糧庫にできるほどだ。これから暑くなり、野菜の旬を迎えるが、地下に備蓄しておいて厳しい冬に備える家庭も珍しくない。我が家は店用の食糧庫として、かなり広い地下室がある。ボクはいつも、こんなに広い地下室が家の下にあったら家が陥没してしまうのではないだろうかと不安になる。
今日、店で使う分の野菜を冷蔵庫に入れ、それ以外を地下室に運ぶ。すべて運び終えた頃には太陽は既に空のてっぺんを通り過ぎていた。昼食はボクの好きなフレンチトーストだった。父親が無言で作り、無言でずい、とボクの目の前に差し出した。ボクの好物だということを覚えていてくれたのだろう。
昼食後は早速仕事を探そうかと思っていたが、まだ家の仕事が残っていたようだ。今度は肉を買いに行くというのだ。
「肉は今日の分だけだ。」
じゃあボクを連れていく必要はないのでは。と思ったが、昼食を作ってもらった手前、断るのもなんだか気が引けたので、ついていくことにした。
午前中と同じように車に乗り込み、今度は精肉店に着いた。ショーケースにはたくさんの肉が並んでいる。自動販売の機械を導入しているようで、ショーケースの端にある機械で種類や量を選ぶらしい。
「よっこいしょ。」
ショーケースの奥にある扉から、大きな肉の塊を持った青年が現れた。どうやら商品を補充しに来たらしい。
「お、らっしゃいませ~。」
ん?なにやら見たことある顔だな。と思い、青年の顔を覗き込む。すると、青年もこちらを二度見し、ちょうど目が合った。
「おっ、お前、ミズチか!?」
「しゅうぞー!なんでこんなところに?」
「こんなところにって、ここ俺の実家だよ!」
「そうか、そういえばしゅうぞーの地元、32地区だったな。」
なんて偶然なのだろう。否、父はこれを知っていて、ボクを買い出しに誘ったのかもしれない。
「ミズチ…やっぱり、お前も、いや、聞かないでおくよ。」
「うん。ありがとう。」
しゅうぞーと同じように都会になじめず帰ってきたということにしておいた方が楽だろう。ボクはそう思って、うん、と答えた。父親が肉を選んでいる間、少ししゅうぞーと話す。
「しゅうぞーは帰ってきてから、家の手伝いって感じか?」
「いや、別の仕事があるんだ。今日はそっちが休みで、店の手伝いしてる。上京してだめだったら元々働くつもりだったからさ。」
「そうか。」
数日前に帰ってきたばかりのはずなのに、もう仕事についているのか。しゅうぞーがボクの父親をちらっと見て、ボクにだけ聞こえる声量で話し始める。
「実は、仕事っていうのがな、軍の駐屯地、あるだろ?」
「LnodeのB支部か。」
今朝散歩で見たLnodeだ。全部で4つある支部のうちの2つ目なのでABCのBが名付けられている。
「そうそう。あそこの入り口の門衛なんだ。」
「は?じゃあ入隊したのか?」
「いや、居住区Ⅰでは門衛も軍の隊員らしいが、ここでは下請けの警備会社の社員なんだ。」
「軍の紹介でそこに?」
「うん。じろきちのアジトで俺を撃とうとしたあんちゃんいただろ。」
「あぁ、サトイさんな。」
「そうそう、その人が紹介してくれたらしいんだ。」
さすがはサトイさんだ。そこら辺のフォローは慣れているんだろう。
「俺から紹介しようか?」
「いや、遠慮しとくよ。ボクは一度軍に携わった身だ。」
「そうか、ま、がんばれよ!」
「おう。」
格好付けて店を後にしたが、すぐに恥ずかしくなった。なにが一度軍に携わった身だ、だよ。軍に関係する仕事なんかしたらすぐ見つかると思っただけだろう、と自分で自分を叱る。




