弐-12 009b9f_逃亡
少年の道案内で、コンタギオンが発生したあたりまで歩くと、ちょうど残骸の回収作業をしていた。ルキとサトイさんが現場に来ることはめったにないが、つい少年の後ろに身を隠す。
回収員、つまり研修を上がったばかりの新米戦闘員のひとりが、ボクたち二人に気付き、こちらに近寄ってくる。
「君たち、こんなところでなにしてるんだ?シェルターにはいかなかったのか?」
「すみません。シェルターがどこか分からなくって…。」
咄嗟に思いついた適当な言い訳が口から出る。
「あっ、あのっ!俺が犯人なんです!」
さっきまでしくしく泣いていた割にすぐに自首したので、ボクはさっきまでのめそめそは演技だったのではないかと思った。なんとか自然にこの少年が自首できるようにいろいろと会話を考えていたボクの努力はどこへやら。
「本当にすみませんでした!でも、事情があったんです。」
さっきボクに説明したのと同じ説明を始める。なるほど、これで同情を買えると踏んでの自首か。しかし、残念ながらそこにいる隊員は少年に罪を着せるかどうかなどという決定権は、なに一つ持ち合わせていない。事実を上に報告するだけだ。と言っても、決定権を持っているのはボクと年の変わらない少女だ。
ちょうどいい。少年が一生懸命その事情を説明している間にずらかることにしよう。コンタギオンの回収が気になるような素振りを見せ、隊員のお兄さんの死角に入る。野次馬のように、『こっち側はどうなってるんだ…。』と申し訳程度の演技をし、少しずつ少年から離れる。
お次は軍の乗り物を見に行くような雰囲気を醸し出し、どんどん離れる。ちょうど曲がり角があったので、少年から完全に見えなくなる位置まで移動する。少年と後方の回収員の死角に入ったところで、ボクは全力で走りだした。しかし、後ろの人々に気付かれないように頑張っていたので、完全に前方不注意だった。
どんっ、と正面衝突したのは回収係の係長である腕章を付けたおじさんだ。通常、回収員は新米戦闘員が務める。つまり、おじさんになっても回収員をしているということは、各地区に配置されるための検査をずっとクリアできていないのだろう。普通の会社で言うと万年平社員のようなポジションである。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
「なんだってこんなところに…そんなに慌てなくてもコンタギオンはもう倒したよ。」
あなたじゃなくて戦闘員がですよね。と突っ込みそうになった。回収員のおじさんはコンタギオンを倒せるような力は持っていないはずだ。民間人にはドヤ顔をしてもバレないと思ったのだろう。
残念ながらボクは民間人ではない。否、今から民間人になるのだ。それよりも、軍の人に見つかったという焦りが勘違いされて助かった。このまま逃げ遅れた少年として扱ってもらおう。
「あっ、あの、今日は、飛行機はどうなりますか?ボク、逃げ遅れちゃって…。」
「そうか…。怖かったろう、別の空港に向かうバスが手配されるはずだ。そうだな、とりあえずシェルターに行って他のお客さんと合流するといい。」
さらにドヤ顔をしておじさんは送り出してくれた。しかしボクも同じ状況だったらドヤ顔をするかもしれない。
「シェルター、シェルター。」
天井にぶら下がっている案内表示を辿りながら、お客さんたちが身を寄せているシェルターを探す。地下にあるものかと思ったが、意外にも野外喫煙所のような場所だった。たしかに地下のシェルター内でコンタギオンが発生すれば全員もれなく死んでしまう。こっちのほうがまだ逃げられる可能性は高い。
シェルターにたどり着き、その仰々しいドアに手をかけようとした瞬間、館内アナウンスが轟いた。
「館内のお客様にご案内します。先ほど、館内に発生いたしましたコンタギオンは、LEUKによって鎮圧されました。現場検証及び安全確保のため、第2空港は終日閉鎖致します。尚、本日搭乗をご予定しておられましたお客様におきましては、第1空港へのバスをご用意いたしました。30分後に、正面玄関より出発致します。」
ぴんぽんぱんぽん、とアナウンスの終了を告げる音が流れる。内側からぴぴっ、というドアロックの解除音が聞こえ、金庫かと言わんばかりに分厚いドアが開く。中からはスーツを着た壮年の男性や、メイクばっちりのマダム、繫ぎを着た作業員のような人、その他にも15人ほど、いろいろな人が出てきた。
奇妙なことに、誰一人として喋らない。ボクに気付きはするが、会釈するだけだ。ボクもぺこりとお辞儀をして、人々の列に加わる。葬送行進のようにしんとしたまま、建物の玄関まで歩いてきた。ボクが忍び込んだ滑走路とは建物を挟んで真反対にある。
そろそろ日も高い所まで登っているし、脱柵がばれて捜査が始まっていてもおかしくない。否、たった一人の落ちこぼれ隊員をそんなに必死で追いかけるだろうか。いやいや、隊員としてだけではなく、保護対象でもあるし、なにより軍が世に明らかにしていないであろう事実を知ってしまったのだ。追いかけられるに決まっている。
昨夜から一睡もせずに歩き続けたため、ボクの体はもう限界を迎えていた。別の空港に行くまでの車内の記憶は全くない。椅子に座ったが最後、自動音声の子守歌で深い眠りについていたのだ。
居住区はそこまで広くないので、車で小一時間ほど移動すれば別の空港にたどり着ける。こちらも小さな空港で、主に要人のチャーター機などが離着陸するそうだ。
肩をとんとんと叩かれ、ほげっ、と言いながら目を覚ますと、ようやく別の空港にたどり着いたことに気付いた。自動で開いたドアから降りると、既にバスは建物の中の駐車場に入っていた。どうやら説明によると、居住区ⅡとⅢへ向かう飛行機はたくさんあるらしい。しかし、やはり数字が大きくなると向かう人も少なくなるので、飛行機の便もかなり減る。
減るどころか、居住区Ⅳ、Ⅴ、Ⅵに行く人はまとめて20席ほどの小さな旅客機に乗せられ、順番に巡っていくというのだ。もちろん一番の田舎である居住区Ⅵは最後だ。
手続きをして田舎行き飛行機の搭乗口に近づくと、他のお客さんは既にチケットを買っていたようで、座って一休みしていた。乗客は第1空港のシェルターにいたサラリーマンとマダム、もうひとり、もとからこちらの空港にいたであろう、がりがりに痩せた眼鏡の青年、あとはボクだ。
居住区Ⅱに行く飛行機がやってきたことを知らせるアナウンスが鳴り響く。ボクはなるべく端っこの方に座るが、いつ軍の人がやってきて捕まえられるかと気が気でない。




