弐-8 302833_禁秘
反射的にボクは歩き出していた。しかし後ろから手を引かれ、肩が抜けそうになる。
「おい!なにしてるんだよ!あの子が連れていかれて…。」
ルキは無言で階段の方へずるずるとボクを引っ張っていく。
「待てよ!待てってば!助けなくていいのか?!」
「今あの研究員に突っかかって、どうするつもりだったの。」
低く、しかしはっきりした声色でルキが言い放つ。深くかぶった帽子の下から、光を失った目がボクを睨む。肌が白いからか、真っ黒な髪と目があまりにも深い黒に見える。どこまでも沈んでいきそうだ。
「行くわよ。」
「どこに。」
「さっきの子がどうゆう風になるか、見ておきなさい。」
そう言ってまた、階段をひょいひょいと降りていく。3階と2階の間に階数の表示がない入り口がある。先ほど6階分上ったと思ったのはどうやら正しかったようだ。階数の表示がない階の分を計算に入れれば合っている。
なにやらじめじめして薄暗い廊下が続いており、少し前に訪れた、反軍団体が入っていたビルを思い出す。
「おい、まてよ。なんなんだここは?」
「どうもこうも、見たらわかるわよ。」
ボクの質問には答えようとせず、きょろきょろとあたりを見渡しながら、目的の場所を探しているようだ。廊下の突き当りに、窓のない金属製の扉が立ちはだかる。ドアの脇に数字が並んだパネルが設置されている。ルキはそれを見て、まず自分のカードをかざしてみるようだ。
なにも起こらない。というかまずカードをかざすようなところが見られないのだが。数字を入力するパネルに直接ばん、と当てるものだから、1つ勝手に入力されてしまったようで、ぴっ、と音が鳴る。
「何番かな~。」
まるでおもちゃで遊んでいるかのように、適当な番号を入力する。ぴっぴっぴっと残りの番号を入力すると、不正解であることを知らせるようなブザーが鳴る。ボクはびびり散らかし、廊下の後ろをちらちら確認したり、ルキに戻るように頼んだり、そわそわと落ち着かない。
2回目は流石に少し考えてから入力を始めるようだ。ん~、と口をとがらせ、左の胸ポケットについた略綬をいじくり回す。右の人差し指を天に向け、番号を心に決めたような素振りを見せ、パネルに手を伸ばす。
ボクの目に間違いがなければ、ルキはパネルを引きちぎった。発泡スチロールでできているのかと思う程簡単に、パネルをぐわしと掴んで引っ張り、壁から引っぺがしたのである。
「おっ、えっ!?ちょちょちょ、なにしてるんだよ!」
「だってぇ~、番号知らないんだもの~。」
くそっ、美少女の分かりやすいぶりっこに負けてたまるか…。分かりやすいのに、かわいい…。ボクの完全な敗北だ。もう壊してしまったものはしょうがない。黙ってついていくことにした。
鍵の壊れたドアを開けると、そこにはたくさんの檻が並んでいて、まさに刑務所みたいだった。なにかが腐ったような、汚物のようなにおいと、そこかしこから聞こえてくるうめき声、肌にまとわりついてくるようなじめじめした空気、なにもかもが不快に感じる。
少し歩みを進めると、檻の中でうめき声をあげている生命の正体を確認することが出来た。それは人間、のような形をしているが、凹凸が酷く、青色や灰色など人間ではありえない体表の色を示している。
「酷いわね…こうなったらもう…。」
「助からないのか?この人たちはどうなってるんだ?」
「おやおや困るね~、いくら元帥様のお嬢様とは言え、不法侵入と器物損壊、あとは機密情報の不正アクセスかな?」
後ろから壮年男性のものと思しき声がしたので、びっくりして振り返る。先ほど少年を連れてどこかに行った人が付けていたような腕章を付け、眼鏡をかけている。薄暗がりなのではっきりとは見えないが、恐らく白衣の下はジャージだろう。
「白々しい。競り場で監視カメラに抜かれてたの、気付いてるわよ。どうしてここに入る前に止めなかったのかしら?」
「ははっ、そこのぼっちゃんに、現実を見せに来たんだろう?ちょうどいいと思ってね。どうせお前もこうなるんだ。なぜかは知らんが、お嬢さんお抱えの様だからね、先に現実を知らせてあげてもいいかなと思ってね。」
「黙れ。ぺらぺらと五月蠅い。」
「分を弁えろよ。ここは俺の島だ。」
両者額に青筋を浮かべての罵り合いが始まる。とりあえずこの場を収めようと一石を投じる。
「ちょっと待ってくれ。ボクがこうなるって、どういうことなんだ?」
「おや、聞いてないのか。」
「黙れ。」
ルキが遮るが気にせず続ける。
「普段はアンクリネスどもを実験体にしていてね。しかし、キミはG適不可どころか、MHC適応もゼロときた。こんないい実験体はないよ。」
「いい加減にしなさい。アンクリネスも禁止されてる言い方よ。」
どう転んでも口喧嘩になってしまう。アンクリネスというのはG適やMHC適応が少ない人への差別用語のようだ。
「俺らは個人個人が自己防衛できるように研究してるんだがな。別に奴らを殺そうと思っているわけじゃない。むしろ武器が少ない人間に武器を与えられるようにしてるんだよ。施しだよ、ほ、ど、こ、し。」
単純に喋り方が気色悪い。
「無差別輸血のどこが施しなのよ。コンタギオンをそのまま摂取させるのはどうゆう見解よ。」
「前の総会で説明したじゃないか。ここにいるやつらは今、コンタギオンとしての力を手に入れたんだ。自我を引き換えにね。目には目を、歯には歯を、だよ。コンタギオンにはコンタギオンを。あんなもさい闘い方、美しくないだろう?」
「科学者風情がっ。」
これ以上汚い言葉を吐かないでもらいたいのだが、二人とも勢いが凄すぎて口を挟めない。
「ぼっちゃん、どう思う?そんなわがままお嬢のお付きじゃなく、コンタギオンをばったばった倒して、人類に貢献したいと思わないか?今のままでは蔑まれ、こき使われ、Aクラスに殺されるのがオチだ。」
「蔑んでいるのはあなたではないですか?Aクラスに殺されるとは?」
あちらから口を挟むよう要請されたので、震える声でなんとか反抗してみた。
「おやおや、なにも知らないようだね。」
はっはっはっ、とわざとらしく笑う。
「Aクラスの新人がなぜ1年経たずに殉職するか、気になるだろう?」
「いい加減にしろよ、この犬が。」
無視を続けていた研究員のおじさんも限界に達したようで、反論するようだ。




