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白の闘諍  作者: 死者モ
弐_狂気
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弐-4 752100_静脈

 おじさんたちの顔からますます血の気が失われていく。ボクは血の気ではなく血を失ったが。いつの間にかサトイさんはこちらの部屋の入口に立っていた。


「ちっ、生食ないのね。しょうがない、針、抜くわよ。ミズチ、立つとき気を付けなさい。」

「えっ、ちょ、気を付けて抜いてくれよ。」


 おじさんたちが立ち上がるのに手を貸すサトイさんに気を取られていたら、ルキが採血していた針を固定するテープをびりびりと剥がすのにびっくりした。


「うるさいわね~、IVDの免許くらい持ってるわよ。」

「は?」

「ルキの腕は確かだよ。」

「そ、そうですか。」


 昔は静脈注射と言ったら医者か看護師くらいしかできなかったらしいが、コンタギオンが現れ、より簡単に血液検査をする必要があったので、静脈注射に限った資格ができたのだ。悪用防止のため、かなり厳しい試験だと聞いていたが、ボクと同い年でIVD免許を持っている人なんて聞いたことがない、そんな資格も持っているのか…と感心しているうちに止血処置がすんなり終わった。


 おじさんたちを残し、退室しようとする。ルキとサトイさんに肩を支えてもらい、立ち眩みに闘いながらなんとか歩こうとするが、結局サトイさんにおぶってもらうことになった。


「すいません。」

「いや、いいんだ。僕の確認不足で、申し訳なかったね。」


 サトイさんがこんなに申し訳なさそうにしているのに、ルキと来たら、ボクの血液が入ったパックをゆらゆらさせてにこにこしている。


「それ、持って帰ってどうするんだ?」

「ん~、あの人たちから取り上げといてなんなんだけど、やろうとしてることはたぶん同じよ。」

「えぇ…。」


「なにしろ、今のところ全国でひとりだけの検体だからね。保護レベル5の人は研究部では検体を採取できないんだ。」

「それは、どうして…?」

「検体を扱う人数を減らすのよ。」


 なるほど。と、納得した。つまり、特殊な人間から採取した検体が、色々な人の手に渡るのがまずいというわけか。


「研究部の隊員より多くの知識や資格を備えている人は幹部にもいるからね。保護レベルの高い検体は幹部で取り扱うんだよ。」

「そうですか…。それで、その、幹部の方でその知識とかを持っている人は、どれくらいなんですか?」

「ワタシとちーちゃんくらいね。」


 ルキが涼しい顔をして答えた。ボクがきょとん、としていると、さらに付け加える。


「あんた幹部の構成知らないんでしょ。司令がパパ、次に副官、秘書みたいな人ね、それで副司令がワタシ、あとは各部署のトップね。」

「結局、検体を扱ったり、機密情報を含む研究をしたりするのはルキと僕、あとは副官だね。司令は基本的に報告を受けるだけだよ。」


 めずらしくサトイさんが『報告を受けるだけ』なんていうとげのある言い方をするなぁ。とどうでもいいことを考えている間に宿舎に着いた。8階までエレベーターで上がったので、さすがにくらっと来たが、なんとか818号室まで意識を保ったまま来れた。


「じゃあ、アイくんはしばらく休んで。僕は仕事の続きをするよ。」

「はい。分かりました。」


 冷蔵庫に入っていた水をがぶ飲みして、ベッドで小一時間休憩したら貧血は治った。針が刺さっていたところが若干内出血しているような気がするが、気のせいだと言い聞かせる。この日は結局、夕方から小一時間だけ普段通りの業務をして終業した。


 数日後、いつも通りに朝食を取っていると、先日採った、というか採られたボクの血液の話になった。


「今日いろいろ試してみるつもりだけど、あんたも見る?」

「えっ、いや、仕事あるし…。」


 仕事があるというのは建前で、あまり血を見たくないというのが本音だ。


「アイくん、残念ながら僕も検体実験を今日の業務予定として報告してしまっているから、キミはその補佐として実験を見学することになるんだ…。」


 なんとボクの今日の仕事が、ボクの血を使った実験の見学だった。朝食を片付け、少し休憩していると、ルキに呼ばれた。一旦居室から出て行っていたのだが、帰ってきて玄関から顔だけを覗かせて、ボクに声をかける。


「ミズチ~。準備出来たから、ちーちゃん呼んできて。」

「お、おう…。」


 たしかサトイさんはさっき洗面所に入ったな、と思い、声をかける。


「サトイさん、準備出来たそうです。」

「おっ、了解。」


 といいながら洗面所のドアを開け、ボクの分の洗濯物を渡す。それぞれ、寝室に洗濯物を置き、再びリビングに行こうとドアを開けようとしたところに、ちょうどサトイさんが向こう側から同じドアを開けようとしていたようで、両者とも驚いてしまった。


「うおっ。」

「おっと、ごめんね。ところで、アイくん、靴のサイズって何センチかな?」

「靴ですか、えっと、26センチ前後なら履けると思います。」

「僕のでは少し大きいかな。」


 そういって渡されたのは、足先はスニーカーのようだが足首あたりから長靴のようになっている不思議な靴だ。それに上下が繋がっている真っ白の防護服のようなもの、マスクに保護メガネもある。


「一応実験室は色々重要な検体があるからね。コンタギオンはもちろんだけど、普通の病原体も入ると困るんだ。」

「こうしている間にも、服なんかにはたくさん菌が付いているんですね。」

「そうそう。こうして防護服を着ないといけないほどたくさんいるんだ。そのすべてがコンタギオンになりうる可能性を秘めているんだよ。」


 なんて末恐ろしい話をするんだ。居室は空調が効いているが、廊下に出るとやや蒸し暑い。少し歩くと、803と書いてある部屋の前にたどり着いた。居室やトレーニングルームなど、ボクが自由に入ることのできる部屋の並びと、廊下を挟んで反対側の部屋の並びにある。


 サトイさんは、ルキも持っていた白いカードキーで部屋の鍵を開ける。ぴぴっ、と電子音が鳴ると、自動で引き戸が開いた。


 中は特にこれと言って特徴がない部屋で、何の変哲もない椅子がひとつと、背の高いラックが置いてある。ラックの一番下の段には、ルキが先ほど履いていったピンクの樹脂製サンダルが無造作にしまってある。


「靴を脱いでさっき渡したのに履き替えてね。服はその上から着てくれたら大丈夫。」


 おもむろにサトイさんが制服の上着を脱ぐ。制服の上着を脱いだ!?いつなんどきも、ボクが見ている所では絶対に制服をきっちり着ていたサトイさんが制服を脱いだ。普通の詰襟の下に着るような白いシャツを着ている。


「な、なんだろう。」

「えっ、あっ、いや、あの、その、サトイさんが、上着脱ぐの珍しいな、と思いまして。」


 流石に見つめすぎていて、気づかれてしまった。


「あ~、そういえばそうだね。寝る時まで着ているわけじゃないけどね。」

「なんかすいません。」


 ボクは少し暑くなってきたので、上着の下は普通のTシャツを着ていた。上着を着ているのも、朝二人に挨拶をする時と、街中で戦闘が起こったときくらいだ。ルキはわざわざ着なくていいというのだが、ボクはなんとなく、一生懸命闘ってくれているのだから、せめて見る時の服装くらい、きちんとしようと思っている。


 防護服を着た後は、この部屋の奥にある部屋で消毒作業を行い、さらに隣の部屋がようやくルキのいる実験室だ。


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