壱-2 000b00_絶望
軍の敷地は広く、ボクにとっては目新しい巨大なビルも聳え立っている。その中でもひときわ大きな講堂に人の波が吸い込まれていく。波にのまれて講堂に入ると、ずらっと並んだ椅子に新人たちが座り始めた頃だった。
こんなに人がいるのか…後ろの方は保護者席か、それでも新人隊員の席は100人分、いや500人分ほどありそうだ。LEUKは3つの大隊に分かれており、それぞれGクラス、Lクラス、Aクラスに分かれている。
500人の1/3はおよそ160人…その中のトップということか。ボクは誇らしげになり、鼻息をふんふん言わせて自分の席を探した。
手元のケータイで入隊式の前にメールで届いた隊員番号を確認する。
Aクラスはどこだ。ない、ない。おっ、そこに座っている男性ふたりに聞いてみよう。
「失礼、Aクラスの席ってどのあたりですか?」
ボクがそう話しかけると、ふたりは目をぱちくりさせた。しばらくきょとんとした後、
「…ッ、くくく…。」
と笑いをこらえたような声を出した。なぜだろう。二人とも腹を抱えている。
「こいつ…フフッ……Aクラスで式出るヤツいるのか…ハハッ…ヒ~おもしれ~。」
「おいやめろよ…フハッ…だめだ、笑いが…アハハッ。」
「なにがおかしいんですか?ボクはAクラスの宣誓を任されてるんです。式には出るでしょう。」
すこし腹が立ったのでそう反論すると、さらにヒートアップしてしまった。
「やべぇ~アハハハ…わらかしてくれるじゃんか…ククッ…フハハッ。」
「まじでやめとけって…ククッ…こいつたぶんなにも知らないんだって…グフッ…。」
「…ッハハ…は~そんなことあるか?まぁそうゆうことにしとこう、すまんな…ッヒ…Aクラスの席は…ンハハッ……あそこだ…ヒ~だめだ早く行ってくれ、腹筋が壊れる…アハハハ。」
なんだあいつらは。ボクは非常に腹立たしくなったので早々とその場を後にし、片方の男が示した方へ向かった。
ずらずらっと並べられた椅子は右端の一列だけ椅子がひとつで、ぽつんと置いてあった。まさかと思い近づいてみる。そのまさかで、付近にAクラスの番号が貼ってある椅子は見当たらず、このひとつだけだ。いやしかし宣誓で壇上に上がる必要があるからここに座席があるということもありうる。
ボクは心を落ち着かせ、とにかく宣誓に集中しようとした。しかし十数分後に事実を知らされることになる。
「え~それでは入隊式を始めます。今年はGクラス327名、Lクラス194名、Aクラス1名の全522名が厳しい試験を突破してくれ…。」
この言葉より後はいまいち覚えていない。俯いて式が終わるのをただひたすらに待っていた。
Aクラスは毎年こうなのか?いやよく考えたら式の前に話しかけた二人はAクラスに配属されて入隊式に出る人はいないと言っていた。
つまり、そうゆうことか、なるほど。
初対面で笑われるほどの成績の新人が配属されるということか!ボクは1人中1位で、しかも出来損ないだったのだ!
宣誓もなにを喋ったのか思い出せない。用意されていた文章は読み上げたのだろうか。辛うじて覚えているのは後ろから聞こえるかすかな嘲笑だけだ。
ボクは式が終わるとすぐ退出し、居室へと急いだ。その道中、すれ違いざまにクスクスと笑われる。
「おい、あいつ、お飾りAクラスの新人だぞ。」
「今年のお世話係はあいつか。」
「恥ずかしくないのか?俺だったら式でねぇわ。というか配属辞退するわ。」
どうしてこんなことになったんだ…?自慢じゃないが地元の高校では断トツで優秀だったし、学術試験も解けなかった問題はなかった。なにかがおかしい。どうしてだ。
逆にどうしてみんなAクラスがどういう部隊であるか、という内部事情を知ってるんだ?そうか、地方にはそういった情報は回ってこないんだ。
今すぐ荷物をまとめて出て行きたい。しかし盛大に送り出された手前、地元にもどることもできない。ボクはこのままバカにされて生きていくのか…。
後ろ指を指されながらなんとか居室にたどり着いた。電気が消えている。スイッチはどこだ。あった。ぱちん。
今朝のトーストは平らげられ、皿だけになってローテーブルに放置されている。
自分の部屋に入り、ベッドに身を投げ、目を閉じる。このまま永遠の眠りに付けたらいいのに。
こんこん。自室のドアがノックされた音で目が覚めた。疲れて小1時間眠っていたようだ。
「アイくん?いるかな?式、出てくれたんだね。」
サトイさんの声だ。そういえば説明の続きを聞くんだった。サトイさんもAクラスにいるということは落ちこぼれか、と思うとなんだかやる気がなくなってしまった。とりあえず体を起こす。
「入ってもいいかな?急ぐわけじゃないけど、少し心配になって。」
「どうぞ。」
少しぶっきらぼうな返答になってしまい、すぐさま後悔する。
かちゃ。音を立てないようにドアを開け、部屋に入ってきたサトイさんはボクの隣に腰を下ろした。
数秒間の沈黙。
「し、知らなかったんです。」
ボクは声を絞り出した。
「知らなかった、か。ウチがどうゆうクラスか、ってことかな。」
「はい…。ボク、居住区Ⅵなんです、出身。田舎なんで、情報もなにもなくて。」
「そうか。じゃあ、今日聞いた情報を教えてくれるかな。」
今日聞いた情報か…。ものすごく言いたくない…。しかしそれはあくまで噂話であって、真実は違うかもしれない。そう信じたい。頼むサトイさん。真実を教えてくれ。
「Aクラスの新人は、ボク一人。お飾りクラスとも聞きました。」
「そうか…。残念ながら、その通りだ。ウチはお飾り部隊でほとんど戦闘には出ない。」
終わった。
「そ、そうですか。し、しかしですね、ボクはそこまで成績は悪くなかったはずなんですが。」
早口で取り繕う。自分でも哀れだと思う。
「ほんとだ、学術満点じゃん。」
入口の方から声がしてパッと顔を上げると、オキさんがドア枠に背中を預け、足で開いたドアを支えて立っていた。床に脱ぎ捨てていたあのスエットらしき服を着ている。今朝サトイさんが見ていた資料らしきものをぺらぺらとめくりながら、ふーん、と口をとがらせている。今こうやってじっくり見るとめちゃくちゃ美少女じゃないか…。
「こらルキ、向こうで待ってろって言ったじゃないか。」
「暇なんだもん。どうせその新人くん、ワタシのお世話係なんだからしゃべらせてよ。」
所謂、細いけれど出るとこは出ている、というやつで、顔面は絶対的美少女、髪型は今朝と同じだがきちんとすれば破壊力は増すだろう。ボクはこの美少女のお世話係なのか。なんだかそれはそれでいいような気もしてきた。
「あの、お世話係とは…。」
「キミ、ほんとになにも知らないんだね。驚いた。いいわ、教えてあげる。ワタシのパパは“ロイコ”の元帥なのよ。だからワタシ専用の部隊を組んでもらってここで働いてるの。」
“ロイコ”?ロイコとはなんだ…。
「ロイコはルークをドイツ語読みした時の発音だよ。」
「フェッ…なぜそれを…。」
サトイさんの声に驚いて奇声を発してしまった。心を読む能力があるのだろうか。
「大体の人は英語読みするからね。ルキはなぜかドイツ語読みに拘るんだ。」
「は、はぁ…。してそのルークとは?」
「うそでしょ、キミ、自分の入った軍の名前も知らないの?“オベンキョウ”しかできないのね。」
オキさんにバカにされてようやくわかった。“LEUK”はルークもしくはロイコと読むのか。英語の試験はなかったんだからしょうがないじゃないか。
「ルキ、言いすぎだ。知らないことは悪じゃない。これから知ればいいんだ。」
サトイさん大好きです。
それにしても軍に入って人々を脅威から守る活動ができると思ったのに、配属されたのはお嬢様のお世話係か…。どうしてこんなことになったんだろう…。待てよ、さっきオキさんが学術試験は満点と言ったような…。ますますわからん。
と、途方に暮れているとオキさんの声色が変わった。
「ちーちゃん、これどうゆうこと?」




