壱-15 460e44_悵恨
「そこまでですよ。」
パッと顔を上げると、ヤンキーが寄りかかって開いているドアの向こうにサトイさんが立っていた。
「ごめんね、アイくん。少し手間取ってしまった。」
「んだコラ!」
ヤンキーが少し驚き、焦った様子でサトイさんに殴りかかる。サトイさんはゆらりとそれを躱し、みぞおちに一発右アッパーを入れる。間髪入れずうなじを後ろから拳で殴り、倒れたヤンキーの首を踏んづける。
ヤンキーの意識が飛んでいることを確認したサトイさんは、しゅうぞーにゆっくりと近づき、ライフルを奪い取った。そして、あろうことかしゅうぞーにその銃口を向ける。
「サトイさん!」
「アイくん、こいつは軍を裏切ったんだ。もちろん軍に利用された身でもあるが。」
「やめてください!」
サトイさんの右の中指がトリガーにかかる。
「サトイさんっ!くそぉっ!」
ボクはしゅうぞーに飛び掛かり、なぎ倒し、上に覆いかぶさる。ボク一人が覆いかぶさったからと言って、しゅうぞーが助かるという保証もないが、とにかくしゅうぞーを守りたかった。
「はぁ…。まぁ無理もないか。僕には友達というやつがいないから分からないが…。いいよ、しゅうぞーくん、ついておいで。決めるのはルキだけど…。」
最後の単語を発するのと同時に、ライフルを地面に落とした音が部屋中に響き渡る。ボクとしゅうぞーの手を引き、立ち上がらせる。友達、というよりは同郷のよしみと言ったほうがいい。取り立てて地元で仲良くしていたわけではない。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
しゅうぞーはぶつぶつと謝っている。
「おい、しゅうぞー、聞いてるか?」
「ひっ、許して下さい…。ごめんなさい。」
顔はすっかり青ざめ、こちらの話は届いていないようだ。
「行こう。こいつは本当の親玉じゃない。」
震えるしゅうぞーを引っ張り、なんとかサトイさんについていく。
「さっきのが、じろきちの親玉じゃないんですか?どうしてもっと早く来てくれなかったんですか?ルキはなにをしてるんですか?」
「う~ん、申し訳ない。不意を付かれてね。ばれてるのは分かっていたから、敢えて身分を言って脅そうとしたんだが…。どうやら神経毒の入ったガスを撒かれたようでね。」
「えっ…。」
「その部屋にいた子分ごと殺そうとしたんだ。卑劣な…。」
「でも助かったんですよね?」
「子分たちは即死だったよ。僕は特殊体質だから大丈夫。それでも少し感覚は鈍ったがね。」
どんな特殊体質なんだ…。
「一人だけ、僕が軍の人間だとばらしたあたりで部屋を出た子がいてね。その子が廊下にいたから問いただしたら、アイくんのいる部屋を聞き出せたよ。」
「そうですか…。それで今はどこに向かっているんですか?」
さっきから暗い廊下を行ったり来たり、非常階段を上ったり、エレベーターで昇ったりどこを進んでいるのかさっぱりわからない。
「これからが本番だ。本当の親玉に会いに行くよ。恐らく神経毒もそいつがスイッチを押したんだろう。」
セキュリティー付きのドアの前に来た。どうやら暗証番号を入力しないと入れないらしい。サトイさんはゆっくりとドアから離れると、勢いをつけてドアに体当たりした。金属製のドアが衝撃に耐えられず、向こう側にがしゃん、と倒れた。
中で待っていたのは暗闇に浮かび上がる大量の画面と、その真ん中に座る一人の男だ。
「随分派手な登場じゃないか。……おや、これはこれはサトイ副大隊長、いやお世話係さんとでも呼んだ方がいいかな?後ろの子は新しいお手伝いさんかな?」
ヤンキーの笑みは下品極まりなかったが、この男はどちらかというと上品ににやにやと笑う。よく見ると三つ揃えのスーツに髪はびっちりとワックスで整えられている。
「お前は…。そうか…お前が主導してたんだな…。」
どうやらサトイさんとは知り合いのようだ。
「アイくん、この人は昔アイくんと同じ立場だったんだ。」
「というと、Aクラスだったんですね。」
「お前ら、そんなたらたら喋ってていいのか?お嬢様が待ってるぞ?」
そういうと、右手の指をぱちんとならした。
モニターの奥から、2人の男に後ろで手を押さえられたルキが出てきた。口にはガムテープが貼ってあり、苦しそうにしている。
「おい、貴様ルキになにをした。」
サトイさんが怒鳴る。
「なにって、お前らが僕にやったことに比べたらかわいいものだろう?」
ルキが男を睨み付ける。
さらにぱちんと指を鳴らすと、ルキを押さえつけている男のうち一人が包丁のようなものを取り出した。ルキの首元に押さえつける。
「さぁ、後ろのぼっちゃんに聞こう。お前もひどい目に逢っているんだろう?こいつらは残酷だ。そうだろう?さぁ、こっちにおいで。一緒にこいつらを殺してしまおう。おっと、お前は動くな、お前が動くとお嬢様の首が飛ぶぞ。」
サトイさんの動きは封じられてしまった。ボクは震えながら答える。
「そんなことない。この人たちは…この人たちは酷いことなんてしない。」
「おや、知らないのか。まぁいい、いずれ知るんだから教えてあげよう。」
「それ以上喋ると首が飛ぶぞ。」
サトイさんは聞いたこともないような低い声で脅す。しかし、目の前の男は微塵もびびる様子を見せない。
「その前にお嬢様の首が飛ぶって言っただろ?どうしても殺して欲しいのか、じゃあお前からだな。」
スーツの内ポケットから拳銃をそっと抜き、安全装置を外す。
「動くなよ~少しでも動いたら先にお嬢様がゴーアウェイだ。」
ボクはこんな時だというのにこいつの鼻につく喋りに、少し笑いをこらえていた。顔が笑っているのがばれるとまずいので少し視線を落とした。すると、スーツ男の、銃を構えていないほうの手が視界に入った。椅子の陰に半分隠されており、後ろの男ふたりに見えるようにカウントダウンをしている。
もしかして、サトイさんが動かなくても、このカウントダウンが終わったらルキの首が飛んでしまうのではないか。しかし気付いたところでカウントは0だった。
「ばん。」