壱-14 949495_巣窟
「あぁ、どうしよう、ほんとに死んでしまうかもしれない。」
ボクはぶつぶつと申し訳程度のお経を唱え、神様と仏様に助けを乞う。そうして過ごしているうちに時刻は午後6時をまわった。居室の玄関に集合し、流れをもう一度確認した。
「さ、行きましょ。しゅうぞーくんが待ってるわ。」
例のAクラス専用通路を通り、今度はガレージではなく宿舎の入り口の方に抜ける。筋肉自慢の大男に囲まれてしゅうぞーが震えていた。
「全員揃ったわね、ヒトハチマルナナ、袋の鼠作戦、開始。」
もちろん制服ではなく、路頭に迷って仕方なく悪事に手を染めるような人間の恰好をしている。と言ってもボクは寝間着だが。車に乗るわけにもいかないので徒歩でじろきちのアジトへ向かう。大通りを避けて5分ほど路地をぬって進んだところでルキが集団から別れた。
「じゃ、よろしくね。」
ボクはなぜかすごく寂しくなってしまい、別れ際に呼び止めて、もう一度作戦を確認するふりをして最後になるかもしれない会話を終わらせまいとした。しかし時間は迫る。ルキは暗闇に消えた。
さらに15分ほど歩くと路地の奥に半地下になっている外階段が見えた。ライブハウスのような入り口の前にはガラの悪いお兄さんが立ちはだかる。合言葉を問われ、しゅうぞーが答える。ボクたちの話も通っていたようで、というかしゅうぞーのケータイでルキさんがむりやり通したので、申し合わせてあった偽名を名乗り、中に入れてもらった。
アジトの中の廊下は暗く、じめっとしていた。照明は蛍光灯が数本じじっ、という音を立てて辛うじて点灯しているのみでほとんど真っ暗に近い。入り口にいた男に案内された部屋は音楽スタジオのような有孔ボードで覆われた部屋で、非常にたばこ臭くてむせそうになった。
「おう、お前らが新入り候補か。おおよそお前が、しゅうぞうってやつだろう。」
「ひへっ、はっ、ミ゜…。」
しゅうぞーが名前を言い当てられ、ビビり倒してしまう。ぷるぷると体を震わせ、捨てられてそぼ濡れた子犬のようだ。
「それで…後ろの二人を仲間に入れて欲しいってか。」
ボクとサトイさんが言及された。途端に恐怖の度合いが跳ね上がる。証拠を掴むため、眼鏡のフレームに付けた小型カメラでやつを捉えないといけない。意を決して顔を上げる。
顔面中に刺青が入っており、片目がどんよりした灰色だ。上半身は素肌の上に虎柄の羽織、ニッカポッカのような黒いズボンを履いて、足元はサンダル。ヤンキー漫画でも見たのかこいつは…。
「そうだなぁ…。しゅうぞうくんは入れてやってもいいが、後ろの二人はどうかなぁ。」
にたり、と笑って見せる。ボクは背筋がぞわぞわっとなった。
「…ん?匂うな…。」
そう言って立ち上がると、ボクら3人の周りをぐるりと1周、なめるように見ながら歩いた。目の前でにたりと笑った顔は気味が悪い。
「よし、お前、こっちに来い。お前はここにいろ。」
ボクが指名された。サトイさんはここに残されるらしい。ヤンキー風情はドアを開け、ボクを手招きした。ドアの外に待たせていた子分になにか耳打ちする。
先ほどの廊下をさらに進み、一度右へ曲がり、とある部屋に入れられた。腕をぐい、と引っ張られたので少し顰め面になってしまった。見られていたら殴られていたかもしれない。
「さぁ~て、一緒に遊ぼうか、ミ、ズ、チ、くん??」
……は?いやいやいや、どうしてこいつがボクの名前を知っているんだ?ボクは偽名で通っているはずだ。
「おっと?この眼鏡、フレームがいかしてるじゃないか、ちょっと見せてくれよ。」
まずい、カメラに気付かれた。否、元から知っていたのか。ボクはとっさに身をよじり、顔を背けた。
「おいおい~ちょっと触ったくらいでそんな嫌がらなくてもいいじゃないか~。それとも、なんか隠してんのかぁ~?」
分かっているくせに…。と思ったが、ボクにはそれを口にする勇気はなかった。いつばれた?どこでしくじった?
にやにやとこちらを見るやつと、恐怖に慄きぷるぷると震えるボクはにらみ合った。かなり長い沈黙が流れる。
とんとん、と遠慮がちにドアをたたく音がする。どうやら子分が来たようだ。こそこそとなにか伝達事項を伝える。子分が去ると、先ほどより数倍気色の悪い笑みを浮かべ、こちらに近づく。
「坊や、一緒に来たお兄さんは軍の回し者だって吐いたそうだぞ?お?分かってんぞゴラ!」
ぐい、とボクの胸ぐらをつかみ、持ち上げる。
「ぐっ…。」
「小細工しやがって。」
ボクの眼鏡をぐわしと掴んでむしり取る。わざと自分の顔を画面に映し、舌を出したり寄り目をしたり散々遊んで、結局足元にかちゃーん、と落とし、サンダルで踏みつぶし、ぐいっと捻って完全に破壊する。
またにたりと笑って、
「ちょっと待っときな。」
と一言捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。ボクは慌てて眼鏡を掬い上げたが、粉砕されていて通信は途絶えてしまったようだ。最初だ。最初からばれていたんだ。
再びドアががちゃり、と開く。そこにはヤンキーとしゅうぞーが立っていた。しゅうぞーの手にはライフルが握られている。ヤンキーに肘でぐっと押され、部屋の中に入ってきた。ヤンキーの方はドアによりかかったまんまだ。しゅうぞーの手はぶるぶると震えており、今にもライフルを誤作動させそうだ。
「さぁ、しゅうぞうくん、どうだ?旧友を裏切った気分は?」
「裏切った…?」
「ごめん…ごめんミズチ…。」
しゅうぞーの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「しばらく音信不通、急に2人仲間に入れて欲しいなんて、この俺が疑わないとでも思ったか?へっ、ちょっと金積んでやったらすぐ吐いたよ。」
「そんな…。」
「まぁ、しゅうぞう君はよくやったから、ここでオトモダチを裏切るなら俺たちの仲間に入れてやるってことさ。」
そう言ってしゅうぞーの持つライフルをボクに向けさせる。
「これは普通のライフルだぞ?当たれば脳みそが吹き飛ぶぞ~?」
気色の悪い笑みを浮かべてしゅうぞーの持つライフルをつんつんと指さす。しかし、次の瞬間、やつはそれまで浮かべていた笑みを消し、低い声で
「やれ。」
と一言呟いた。ボクは恐怖と裏切りのショックでがっくりとうなだれた。
その時だった。二人の後ろから落ち着いた声が聞こえる。