壱-13 00552e_計画
「さ、帰りましょ。こんなところにいたらいつ襲われるか分からないわ。」
おお神よ、帰りも安全運転でお願いします。ボクの願いも虚しく、LEUKの基地につくまで事故すれすれの運転とお得意のドリフトに揺られることになった。
車庫につくと、サトイさんが待っていた。
「やぁ遅かったね、また寄り道してたのかい?」
「いいじゃないちょっとくらい。」
ルキはぷくっ、と両方の頬を膨らまして不満げな顔になった。3人で手分けをして食品を居室の隣の部屋に運んだ。
「だぁ~!疲れた!」
どすん、とリビングのソファーに腰を下ろし、自分の貧弱さを感じた。二人はほとんど疲れた素振りを見せない。
遅めの昼食はおにぎりだ。サトイさんのおにぎりは塩加減が絶妙で最高に美味しい。
「そういえば、しゅうぞーが、あ、しゅうぞーってのは地元の友人で、一緒に上京したんですけど、今日違反で捕まって…。」
「ああ、聞いているよ。」
誰から聞いたんだろう、ルキはなにも話していないはずだ。
「君たち、帰りが遅かったからね、連行されてきたお友達の情報の方が僕のところへ早く来たよ。」
また心を読まれたようだ。
「それで、その、しゅうぞーが言ってたんですけど、都会の食べ物は栄養食しかないってどうゆうことですか?」
「あ~、そうだね、他の部隊や民間人は栄養だけを効率よく配合したペースト状のものを摂取しているね。」
「ワタシ、あれ嫌いなのよね、人間味ないじゃない?だから今日みたいに、わざわざ食品を取りに行って、きちんとご飯作ってるのよ。」
「僕がね。」
サトイさんがつっこみを入れたので笑ってしまい、少しむせた。それを見てルキが笑い出し、サトイさんも釣られて笑い始めた。3人で笑いあった。なんとなく元から兄弟であったかのような感覚に陥った。Aクラスというわけあり人間の寄せ集めだからだろうか。
結局、午後は休みをもらい、しゅうぞーがどうなったか案じたり、部屋の掃除をしたりしているうちに日は沈み、床に就いた。
明くる日、終業時刻、と言っても朝食が準備される時間の15分ほど前に、まだ目覚め切っていない脳みそを引きずってリビングへ出た。
「おはざ~す。」
すっかりここでの暮らしにも慣れて、実家にいたときと同じような朝の挨拶をかましている。他の部隊だったら、朝は短い時間で準備して、朝礼して、それから朝食なのか…。ボクは随分楽な暮らしをしているなぁ。ぼんやりしているとサトイさんが朝食のトーストを運んできた。
「おはようアイくん。制服に着替えてもらったところ、申し訳ないんだけど、今日は午前休にしようかと思うんだ。」
「えっ、そうですか。う~んと、それならジムを使わしてもらってもいいですか?」
「もちろん。ジムは814号室だよ。物理キーがそこにかかってるから自由に開けてね。」
「はい!ありがとうございます!」
『そこ』というのは818号室の玄関、と言ってもリビングに敷いてあるカーペットがそこで切れており、下靴を置けるだけのスペースだが。その横にコルクボードが掛かっており、たくさんの鍵がぶら下がっている。
「ルキはお昼まで出ているけど、ボクはずっとこの部屋にいるから、分からないことがあったら遠慮せずに聞いてくれ。」
「わかりました!」
他の二人は仕事なのにボクだけぼーっとしていていいのだろうか、と思ったが、あの二人にしかできない仕事なのだろうと思い直した。二人でトーストをかじったところでサトイさんから訂正が入った。
「あごめん、午前休という言い方は少し違ったかもしれない。始業を13時にずらすと言ったほうがよかったね。今日は夜に仕事をしてもらうことになる。」
「そ、そうなんですか。」
あまりくたびれるまで運動しないほうがいいな、と心に決めた。
朝食の後片付けを引き受け、結局2時間ほど思いのままに体を動かしてしまった。これは明日筋肉痛になるだろう。シャワーを浴びて再び制服に着替えると既に時刻は12時を過ぎており、サトイさんは昼食の準備を始めていた。慌ててキッチンへ手伝いに行った。
「配膳くらいは出来ますよ。」
「じゃあ、これをお願いしようかな。」
やけにサトイさんの声のトーンが暗い。
「あの、どうかしました?」
「いや、その、今日はかなり難しい仕事になりそうだ、ということだけ伝えておくよ。」
「そ、そうですか…。」
いままでこんなことを言われたことがなかったので、戸惑って沈黙していると、ごん、がちゃ、がこっ、ばたばたっと大きな音を立てながらルキが帰ってきた。それにしてももう少し静かに入室できないのだろうか。
「はぁ~疲れた~。今日のお昼は~?」
「パスタだよ~。さ、着替えてきな。」
着替えてくる、というよりその場で制服を脱いでTシャツ姿になっただけだが。3人とも食事を済ませて後片付けを終えた頃には13時半近くなっていた。ルキはソファーに座り、ボクとサトイさんは床にあぐらをかいて座った。ローテーブルの上には2束ほど紙の資料が置いてある。昼ご飯のときとは打って変わって二人とも顔が真剣だ。
「じゃあ、今日の作戦について説明するわよ。」
「うん。」
「作戦…?」
「そ、例の不正デバイス、製造元が判明したのよ。そこに今夜、カチコミかけるわよ。」
「え、それは、もちろん…ボクも…だよな…。」
急にそんなヤンキーの喧嘩みたいなことをしろと言われても困る。部屋で待機してモニターを見る役割とかでありますように、と、ひそやかに念じた。
「当たり前じゃないの。Aクラスで初めてお手伝いポジションの隊員が特殊任務に参加するのよ。あ、ちょっと、意識飛ばさないでよ。」
今日が命日かもしれないと思うと気を失いかけるのも無理はない。
「ミズチがへますると全部狂うんだからしっかりしてよね。」
「なぜそんな重要な役をボクに…。」
「大丈夫だよ、ルキが大げさに言ってるだけだ。僕もついてる。」
サトイさんは普段から神様に見えるが、今はより一層そう見える。ああ、後光が…。ただの照明だった。
「まず事情から説明するわね。…。」
と二人からいろいろと説明を受けたが、要するに、製造元の人物を逮捕するには現場を押さえないといけないらしい。その為に、しゅうぞーが友人としてボクとサトイさんを親玉に紹介する子芝居を打つ。それを小型カメラで撮影し、証拠とする。ここでルキが突入という流れだ。
「ほんとに上手くいくのか?そもそもしゅうぞーは一度捕まってるし、元々親玉どころか不正デバイスを作っているグループと面識がないんだぞ。」
「う~んと、こないだ、車で轢いたコンタギオンいたでしょ。」
「あ、あぁ。手足口病ウイルスか。」
「そうそう。あれ、結局しゅうぞーくんの一発はあんまり急所に当たってなかったんだけど、クリーンヒットってことにしたのよ。記録を改竄してね。」
「は?」
「コンタギオン討伐のデータは民間にも公開されるんだけど、現場を中継とかはしてないの、しかもガラスの窓なんてめったにないから直接見てる人もいないわ。だから改竄し放題ってことよ。」
本当の悪の親玉はこの人じゃなかろうか。意外と軍もクリアな組織じゃないんだな。もしかしたらボクがもし普通の部隊に入っても、外の人間が思い描くような生活は出来なかったかもしれない。
「案の定、しゅうぞーくんは成果を上げたからやつらの本部からお呼びがかかったってわけ。」
「なるほど、そこに付いていくのか。分かった。」
「カチコミは今夜7時、作戦名は『袋の鼠作戦』よ。」
「袋の鼠?」
「そ、不正集団の名前、じろきちっていうらしいのよ、昔の泥棒の名前ね。盗んだものを貧しい人に分け与えてたのよ。つまり、不正デバイスでコンタギオンを倒してることが正義だって思ってるのね…。」
「それがどうして鼠に?」
「じろきちの別名が鼠小僧っていうんだ。いや、逆だ、鼠小僧の別名がじろきちかな。」
なるほど…。この後も詳細な説明を受け、いったん解散となった。ボクは遺書を書くことにした。地元の母や友人に宛てて感謝と、ボクの軍での本当の立ち位置、サトイさんとルキさんにも申し訳程度だが感謝を述べる。