壱-10 387d39_眉雪
ドアを開けると、そこには単車や外国産のいかつい車がたくさん並び、工具などが散乱していた。
「ここは?」
「ガレージよ。今日はどれに乗ろうかなぁ。」
今となっては趣味のものとなった手動運転の車が並ぶその光景はどこか懐かしく感じた。ボクのおやじが車が好きだったからだ。
「ほら、ボケっとしてないで乗りなさい。」
「えっ!?あんたが運転するのか!?」
「他に誰が運転するのよ?免許あるの?」
それもそうか。怖いなぁ。というのも偏見か。と少し反省したが、その2分後に反省をしなければよかったと反省する。
「ちょちょちょ、街中でドリフトとかやばすぎでしょ。」
「いいのよっ。ほとんど人いないんだからっ。」
そういえばそうだ。初めて居住区Ⅰの市街地に来たが、いつも画面越しに見ているように人っ子一人いない。
運転は上手いのだが、いかんせん公道をレーストラックだと思っているようだ。窓を開けているので、どでかいエンジン音にかき消されてしまわないよう、大声で話す必要がある。
「どこまで行くんだ!?」
「もうちょっとで着くわよ!」
10分ほど危険運転に耐えると、とある頑丈そうなシャッターの前で停車した。と言ってもどこの家も同じようなシャッターで、初めて見るボクにはどうやって見分けるのかさっぱりだ。少し待っていると、シャッターが大きな音を立てて自動で開いた。
慣れた手つきで入庫すると、それを待っていたかのように自動でシャッターが閉まった。
「さ、着いたわよ。」
蛍光灯が付いているが、なんだか薄暗い車庫の奥にあるドアを押して開けると、段ボールが高い棚にぎっしり並べられている。棚と棚の間から小汚いエプロンをした老人がぬっとあらわれた。顔にはたくさんの皺が刻まれているが、背筋はしゃんとしている。
緑色のエプロンのポケットにはぐしゃぐしゃのメモ用紙やペンが雑に入れられている。
「おや、今日は相方が違うじゃないか。」
「こないだ入った新人くんよ。」
「へぇ、ま、見ていきなよ。」
老人はこちらをちらりと見ただけで奥の部屋に引っ込んでしまった。
「ミ~ズチ、どしたの?ほらこれ、持って。」
なぜか老人が入ったドアから目が離せなくてぼーっとしていたところに声をかけられたので少し驚いた。ルキから渡されたのは大量の食料品だった。
「うわっ、おっも!え、これどうするんだ!?」
「車に持っていくのよ~。」
と言って鼻唄混じりに次の棚を物色する。持たされた大量の荷物をどうにかこうにか車のトランクに詰め込み倉庫に戻る。
「おっそいわね~、はい次。」
「うっ…。」
次々渡される荷物はトランクだけに収まらず、後部座席一杯になった。たとえ直通通路があるとはいえこれを8階まで運ぶと思うとぞっとする。
ルキは老人が引っ込んでいったドアをノックして声をかける。
「タカさ~ん?終わったわよ~。」
「はいはい、気を付けて帰れよ。」
「はぁい。じゃ、またね。」
タカさんと呼ばれた老人はドアを閉める直前、こちらを見てにやっと笑みを浮かべた。ボクは軽く会釈し、車庫に向かう。たくさんの箱をパズルのように詰め込み、トランクと後部座席のドアをしっかり閉め、車に乗り込む。
「さ、帰りましょ。」
「もう終わりか?」
「他に何があるのよ。食糧取りに来ただけよ。」
助手席に座り、シートベルトを締めながら、ここはルキ専用の倉庫かなんかであの老人も召使いさんなのだろう。と、勝手に解釈する。そして無事に戻れますようにと静かに祈る。
「さぁ~帰りも攻めるわよ~。」
神様仏様お助け下さい。目をつぶってさらに祈る。どるん、とエンジンがかかると、またもや待っていたかのように自動で目の前のシャッターが開く。
「げっ……。」
ルキがなにかまずいものを見たかのような声を出すので目を開けると、そこには50cmほどのたくさんの球体が細い紐のようなもので繋がってにょろにょろと動いている気味の悪い物体が立ちはだかっていた。色はくるくると変わり、マーブル模様になっている。
「あ~、まぁその…逃げるわよ!」
言い終わらないうちにアクセルを思いっきり踏み込み、あろうことか目の前のコンタギオンをどーんと跳ね飛ばしてずんずん進んでいく。
「えええええええ~!」
ボクの叫びも虚しく、ぐんぐん加速する。後ろをちらりと見ると、うねうねとうねりながら車を追いかけてくるが、その姿はどんどん小さくなった。細い路地を右に左に曲がり、少し広い道路の路肩に停車した。
「ここまで来たら大丈夫でしょ。」
そういうとケータイを取り出し、通話を開始する。
「ん、ちーちゃん、見てる?うん、うん、ごめんってば。ああしなかったらタカさんのガレージに入ってきてたのよ?うん、そうね、うん。」
話をしながらなにやら運転席のボタンを操作してダッシュボード上部からぬっと画面を出現させた。いつもの戦闘が映し出される。先ほど通ってきた道で戦闘員が一生懸命コンタギオンを殴っている。
「コクサッキーA16、手足口病って聞いたことある?」
「あ~、子どもが罹る病気。」
「ま、コンタギオンは大人子ども関係なく喰うけどね。」
始めのうちはルキが入れた一発が効いていたようでコンタギオンはまともに戦闘員の殴打を食らっていたが、次第に効果が薄れ、圧倒的にコンタギオン有利になってきた。
「車で跳ね飛ばすとかいう物理攻撃も効くのか?」
「う~ん、正確には効いてないんだけど、球と球の配置をずらしたって感じ?絡まって動きづらくなった感じかしらね。」
つまり車の一発はHPを減らすことは出来なかったが、動きを押さえられたということか。なんて考えていると、4人の戦闘員のうち1人がうねうねに捕らわれた。関節が極まってしまったようで、顔からさっと血の気が引く。
「早く上級隊員を…!」
焦ってルキにそう促すと、ルキはまさに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「キラーT要請も通るかどうか分かんないわ。」
そう言って無線のスイッチを入れる。
「こちらAO01、LnodeⅠ、応答しなさい。」
いつもの毅然とした声で指示を入れるが、表情は傷口に触れられたかのような厳しい顔のままだ。
「32地区に隊員番号L2-1857およびL2-1921の出動を要請する。DCシステムに可否を確認のこと。以上。」
隊員の出動はその地区のLnodeに配備されているDCシステムによって可否が判断される。戦闘用の制服には生命活動を判定する機器が組み込まれており、心臓の拍動や血管の色を感知している。他にもいろいろな情報を統合して、Gクラス隊員が本当に危なくなったらDCシステムはようやくLクラス隊員の出動を許可する。といった仕組みらしい。
「ザザッ…こちらLnodeⅠ、LO53、DCシステムの判定、不可です。」
「了解。可能になり次第、2名出動させるように。」
本部の人と話しながらこちらに顔を向けて首を横に振る。そうこうしている間にも捕まったGクラスの戦闘員の顔から生気が失われていく。その時、コンタギオンのひとつの球が破裂した。映像は音声を再生していないはずだが、車の中までぱぁんという破裂音が届く。