8話 花咲冬花は手に入れたい
この男は見た目以上に厄介そうだ。慎重に言葉を選ばなくちゃいけない。
「ううん、全然待ってないよ? 話ってなにかな?」
まずは相手の出方を伺う。右に行けば右に合わせるし、左に行けば左に合わせる。今までそれをやってきた。
「まずはそのクソブサイクな仮面をとりなよ? 本音で話し合おうよ花咲冬花さん」
最初から挑発してきたか……。それとも、これが素なのだろうか……。まだ分からないから様子を見るしかない。
「仮面って何のこと? それに本音って何?」
どう返してくるか見物だな。何時も通りに可愛く小首を傾げてみたけど、多分、通用しないだろう。
「なるほどね……。何時もその感じでいってるんだ? なら、仮面を被ったままで良いや。そのままで僕の話を聞きなよ」
やはり通用しなかったか。当たり前だ、この男は私のことなんて端から見ていない。興味が無いといった様子だ。
「僕はさぁ……瑞人が大好きなんだよ。こんな性格ひん曲がっている僕と、友達になってくれたのは瑞人だけなんだよ。そんな瑞人がどうやら最近悩んでいるようでね? 僕はその悩みを解決してあげたいけど、この問題は瑞人自身で解決する問題だと思うから、我慢しているんだけどね? でも、ちょっとだけ手助けしたいから話合いに来たんだけど……。……あっ、ごめんね? 話が長くなってしまったよね? 僕が結局言いたいのは……本当を知らないお前が、瑞人の本当を奪おうとするんじゃねーよ」
こっちがこの男の素か……! それにこの男、私になんて言ったの……? 私が本当を知らないって……!!
……駄目だ冷静にならなくちゃ。ただの挑発だ……。軽く流せば良い。
「さっきから何を言ってるの? 私は本当を知ってるし、持っているよ?」
「あははは! それ本気で言ってるの? だとしたら、お笑い草だね?」
この男……! 何処までも私を挑発してくる……! 乗ってはいけない……乗っては……
「知らないなら教えてあげるよ。君の周りの物は全て偽りや見せかけだ。そうやって、君は今まで生きてきたんだろう?」
「──っ!! お前に……! お前に何が分かる!! どうせお前は平凡な家庭で平凡にのうのうと生きてきたんだろ! 私は違う! 母さんと父さんが毎日喧嘩して! 挙げ句の果てには……っ!!」
わ、私は何を口走ろうとしていた……? つい、むきになって感情のまま話そうとしていた……。一回落ち着かせないと、これまでの全てが無駄になる。
「そこに花咲冬花の原点があるのか……。良く分かったよ? あと、それと……仮面被ってない方が僕は好きだけどね」
「お褒めの言葉、ありがとう。ごめんね、寒くなってきたし私はそろそろ帰るね?」
「うん、そうだね。じゃあね、ばいばい」
私に背を向けて立ち去っていく。その背中を見て、私も家に向けて歩いていく。
今日は失敗だった。終始ムカついてしまった。うろたえてしまった。
これじゃ、相手にヒントを出し続けているようなものだ。次こそは上手くやる……。
そして、いつか───私は本当を手に入れる。
◇◇◇◇◇◇
俺が友人を連れて来たことによって、今日の夕飯は気合いが入ってて、とても豪勢だった
夕飯を作っている時の母さんの嬉しそうな顔を見ていたら、こっちまで幸せになった。
俺の家は父さんが仕事で遅く、姉も仕事で遅い。
姉の仕事が辛いと言ってビールを飲んでいる姿は、最近、父さんに似てきているのは内緒だ。多分、言ったら怒るから。
そんな姉が今日は早く帰ってきた。仕事が早く終わったらしい。俺を見るなり絡んできた。
「おーい瑞人ぉ? とりあえず、風呂入ってくるから、ビールとビールとビール用意しとけよ?」
「何で俺が……ってもういねーし……」
姉を一言で表すならば自由な人。家では俺をこき使い。俺が何かと注意しても、「断る」と屁で返事をしてくる始末だ。
「私の辞書に自由以外の文字はない」とまで豪語していたに、仕事をきちんとやってきてるのが、未だに信じられない。
姉のために、優しい俺はビール三缶を用意しといた。そして、ソファーに寝転がり何気無くテレビを見始めた。
「おっすおっす! 上がったぞー!」
「体と髪の毛ちゃんと拭いてこいよ……。床がびちょびちょじゃねーか……」
何時もながら、この姉は体と髪の毛をちゃんと拭いてこない。しかも、下着姿だ。色気もクソもないな。
だから、この歳になって彼氏の一人も出来ないのだろう。
この憐れな姉に、どうか救済の手を……アーメン。
「何拝んでんだ? まぁ、そんなことよりビールだ……ビール……」
ビールに手を伸ばそうとしていた手が止まり、方向転換して俺の方に向かってきた。
「おい、瑞人! あれはどういうことだ……!」
「いや、ビールだろ? ビール三缶……」
「あたしがなぁビールとビールとビールって言ったら……夕飯とビールとおつまみだろうが! 何故分からん!」
「分かるかボケ!」
くっそ理不尽な事言い始めたぞこの姉……! むしろ最初からそう言えよ! 伝わらねーんだよ!
「別にこれでも良いけど」
「良いんかい!」
なんなのこの姉!? 駄目だ……相手していると疲れる。さっさと自室に戻ろう……。
「おい、何処行くんだよ?」
「何処って、自分の部屋だけど?」
「一杯くらい付き合えよ? ……露骨に嫌そうな顔をすんなよ……」
「ほら、ここ座れ」と差し出された椅子に座らずに、ちょっと遠目の椅子に座る。
「たくっ、可愛げがねーな……。それよりもだ……何かあたしに話したいことねーか?」
「特にはないな」
「じゃあ、あたしから言うぞ? 瑞人お前、花咲冬花って女の子と付き合っているらしいな?」
「──どっ、何処でその話を!」
「深子から聞いた」
そう言えば、この姉と深山は仲が良かったわ……。ご近所でも美人姉妹として名が通っていたわ……。姉妹じゃないけど。
「昔はよく、深子ちゅきちゅきーって言っていたのに、他の女の子と付き合うなんて以外だったぞ?」
「そんなこと言ってねーよ!」
「じゃあ、お姉ちゃんちゅきちゅきーだっけ?」
「それも言ったことねーよ! それどころか、言いたくもねーよ!」
「まぁ、冗談はここまでにして……。ここからは真面目な話だ」
雰囲気が変わった。こんな真面目な表情の姉初めての見るかもな。
「瑞人、お前逃げてんだろ? 確かに逃げることは悪いことじゃないが、時と場合はちゃんと選べ。もし、どっちかを傷付けてしまったとしても、生きてれば関係なんて修復可能だ。何度だってやり直せば良い。気楽にやれ。答えなんて最後に当たってればそれで良いんだからよ。とまぁ、真面目タイムはここで終了だな」
確かに俺は逃げてた。いや、逃げ続けていた。怖かった。ただ怖かった。大切な友人、大好きな人を傷付けてしまうのが。
だけど、これは俺の独りよがりだ。自分だけが辛い思いでもして、ヒーローにでもなったつもりか俺は……!
あんな頼りになる友人が近くにいるのになんで相談しなかった……!
何が言う気はないだ……! あの時のちゃんと言えば良かったんだ……!
俺は今、ちゃんと気付いた
気付かせてくれた姉に、感謝の代わりに戸棚から高いおつまみを出した。
「おっ、これたけーやつじゃん?」
「やるよこれ」
「まじか! いやっほーい!」
何時もの姉に戻ってしまった。この姉も真面目な姉も悪くは無いなと思った。