5話 水田茉莉は鋭い
次の日になり、俺は学校に行きたくない気持ちをこらえながら、学校に向かう。
昨日は色々とあった。いや、ありすぎたくらいだ。
俺はこれからどうしたらいいんだろう ?そればかりを考えていた。
「手野君、おはよう!」
信号待ちをしている最中、そう声をかけてきたのは花咲さんだった。
後ろから声をかけられたため、少し反応が遅れてしまった。
「──はっ、花咲さん……!」
「ごめんね? びっくりさせちゃった?」
昨日、あんなことがあって意識しているせいか、体が硬直して声が上ずってしまった。
そんな俺に、まるで何もなかったかのように何時もの感じで花咲さんは接してくる。
「いや、大丈夫だ。少しぼーっとしていただけだから」
「そっかぁ……。ぼーっとし過ぎて、車にひかれないように私が見張っててあげるから、一緒に学校に行こ?」
もちろん、俺はこの誘いを拒否は出来ない。昨日の電話で花咲さんが提示してきたルールの一つだからだ。
きっと聞いてきたのはただの建前で、俺が拒否出来ないことを知っているから、聞く必要はないはずだ。
それでも聞いてきたのは、多分、周りに人がいるからだと思う。
なので俺は「よろしく頼む」と言うしかなく、クラスまで一緒に登校した。
花咲さんと一緒に登校した俺は注目の的になっていた。
花咲さんという美少女と登校してきた、地味で冴えない男として。
下校時にはほとんど一緒に帰ってはいるが、それは深山と水田がいるからという言い訳ができる。
だが、今回は二人で来ているためにそれは出来ない。
男子から向けられる嫉妬の目が痛い。女子は女子で花咲さんを取り囲んで、事情聴取をしているみたいだった。
俺が席に座って眠ろうと机に突っ伏していたら、女子達から「おめでとう!」と聞こえてきた。
多分、花咲さんが女子達に俺と付き合っていることを話したのだろう。
花咲さんはとても人気がある。女子にも男子にも。
そんな花咲さんが男子と付き合い始めたとなると話題性があり、良いネタになるだろう。
だから、花咲さんと俺が付き合っていることは学校中に知れわたっていくことになると思う。
そうなると当然、深山の耳にも入ってしまうわけで……。
それは困るのだが、今の俺にはどうしようもない。
女子達の事情聴取が終わったみたいで、花咲さんは隣の席に座って俺に話しかけてきた。
「瑞人君。今日デートに行かない?」
名前呼びは、付き合っていることをアピールするためだろう。
女子達が「きゃーきゃー」言ってるし、ここで断りでもしたら大ブーイングだろうな。
はなから断れないけどな。
「ああ、そうだな。何処に行きたい?」
断れないなら、話に乗っかってこの会話を早く終わらすのが得策だ。
「んー……。これと言ってないけど、駅前をぶらぶらしよっ?」
「そうしようか。ぶらぶらしている時に気になった店に入れば良いしな」
「うんっ、そういうこと」
それに「了解」とかえして、また机に突っ伏そうとしたら、花咲さんが耳元で「手野君、大好きだよ? もちろん、玩具として……ね?」と言ってきた。
この状況やこの後起こる展開を楽しんでいる。
だから、クラスで火を着けて煽った。全ては花咲さんが望んだ展開だ。
俺はこう思う──。
花咲さんはやはりどこか狂っていると。
昼休みの時間、水田に呼び出された。話の内容は多分あれだろう。
俺は嫌々ながらも向かう。呼び出しに応じないと確実にクラスまで来てしまうから。
一階にある保健室に向かう。保健室と聞くとやましい感じが出るが、水田なのでそれはない。
さらに水田は保健室の神山先生と従姉妹の関係なので、お願いして部屋を借りたのだろう。
保健室の前までつき、一旦、深呼吸してから引き戸になっているドアをガラガラと開く。
中には腕組をして怒っていますよアピールをしながら、水田が待っていた。
「遅いよ、てのっち!」
「いやいや、急いで来たからね? 昼飯まだ食べてないからね?」
「あっ、それはごめん。パンあるから食べる?」
「いや、今日は弁当だから良いや」
「えっ、弁当? 珍しいね?」
「昨日、晩飯のおかずが余りまくって、それを弁当箱に詰められて今日、母親に渡されたんだよ」
「へぇー、そうなんだぁ」
そこからちょっと間が空き、「──って違ーう! こういう話がしたいんじゃないの!」というセルフツッコミをしていた。
無駄にテンションが高いやつだなぁ……。
「てのっち! ふゆっちと付き合い始めたって本当なの!?」
「あぁ、本当だ。昨日、告白されてな」
「告白されたことなんて知ってるよ。事前にふゆっちから聞いていたから」
やはり知っていたか。というわけは深山も事前に聞いているわけだな。
「私が聞いているのはそういうことじゃないの! なんでふゆっちと付き合ったの!?」
「なんで付き合ったのって……」
付き合った理由を正直に言えるはずがない。水田に言えば確実に深山まで伝わるからな。
だから、ここは話をそらす。
「それよりも、事前に知っていたっていうことは応援してたんじゃないのかよ?」
「応援してたよ? 応援してたけど……。てのっちはみこっちのこと好きだから、絶対断ると思っていたから……」
俺が断ると思っていたから安心して送り出したわけか。
あと、深山が好きなことバレすぎじゃね?
「確かに深山のことは好きだけど」
「じゃあ、なんでふゆっちと付き合ったの?」
「色々とあったんだよ」
「色々ってなに?」
「色々は色々だ」
俺がごまかしごまかし発言していると水田は詰め寄ってきた。
そして、俺の顔を必死な顔で見上げながら、こう言ってきた。
「その色々を知りたいから聞いてるんじゃん!!」
水田のこんな必死な顔は初めて見た。
「なんでお前がそんな必死な顔をしているんだよ?」
「ふゆっちも、みこっちも、てのっちも、私の大切な友達だから! ふゆっちとてのっちが付き合っても二人がそれで幸せなら、私は素直に祝福できたけど! でも………! でも! てのっちもふゆっちも付き合っているのに悲しそうな顔をするから!」
その言葉に俺はドキッとした。
こいつは無駄に鋭い。だが、事情を話すわけにもいかないし、これ以上探られたくもない。
「ああ、そうだな。確かに悲しい顔してたよ俺は。でも、水田、お前には話せない。もちろん、深山にもだ。落ち着いたら必ず話すから、それまで待っててくれ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。俺も大切な友達に嘘はつきたくないからな」
「うん、分かった。力になるから必ず話して」
少々気恥ずかしいが、俺もこいつらといると楽しい。大切な時間だ。だから、俺は必ず守ってみせると心のなかでまた強く誓った。
「そろそろご飯食べて良いか? 休み時間、もう20分ぐらいしかないし」
「しょうがないなぁ……。食べてよしっ! 私は教室に戻るから」
「俺は犬か。ああ、行ってらー」
水田は鞄を持って、ドアの前まで歩いていく途中で「──あっ!」と鞄の中をあさりはじめた。
そして、中からパンを取り出すと、それを俺の方に投げてきた。
「これ食べて、頑張ってね!」
「食べ物を投げるんじゃありません。でも、あんがとな」
今度こそドアを開けて出ていった。投げ渡されたパンを見てみるとクリームパンと表記されてあった。
俺はクリームパンを袋から取り出すと、一口かじった。
「くそ甘ぇ……」
そいういえば、俺、甘いの苦手だったわ……。でも、少し元気が出た気がした。