9 自宅でのんびり、新機能と訪問者Mです
ユキ達は帰宅後喜び合うのも程々に最低限のシャワーや食事をして、その疲労と安堵感もあってすぐに床に就いた。
その後2日間は、お互いのダンジョン内で起こった体験を確認し合うように会話しつつ比較的大人しく過ごしたのであった。 そして帰宅後3日目になった。
リビングの低いガラステーブル前のソファーに座りユキとチルドは雑談をしていた。
「あー、やっぱりまだ足腰痛いわ。 チルドのペースでダンジョン内を進むのはやはりこの乙女体質にはきつかったな」
「あのときの日頃の運動が必要との発言はお忘れですか?」
「忘れてないよ。 これからやろうと思っていたところ。 でも、もうあんな事はないでしょ。 心身共にハード過ぎ。 オーバーワーク甚だし」
「備えあれば憂いなしなんですけどね…」
「小言が多いメイドだなぁ」
「ユキの為です…」
ドカドカドカ、ダダダ
「なんの話をしているんだ? ツインテも混ぜろ! あ、そのお菓子ワタシも食べる! パクパク、モチャモチャ。 お茶もくれ」
「相変わらずですねツインテは…」
チルドは軽く呆れ顔をした。
「そうそうチルド、腕の調子はどう?」
「せっかくツインテが修復魔法で直した直後だったのに、助手マリコさんが来て交換して行ったのよね。 生活レベル向上に役立つって何かしら」
「それはですね」
チルドは右腕を前に出しテーブルの上に載せた。
カチャッ
「これです」
キュイーン、ギュワギュワギュワー
「おお、これはいったい?」
「3Dプリンター機能です」
「そのようですな」
ギュワギュワギュワワー、クシュシュ、キュイーン、カタ
10秒程するとガラステーブルの上にダークグレー色の5センチくらいの造形物が出来上がった。
「これは特殊な材料で出来た造形物になります。 特殊と言っても主原料は窒素、炭素、水素、酸素等なので空気中からも取り出せます。 それにほんの少しだけ特殊な材料を混合して射出、成型しています」
「ふーん。 小さい猫に見えるけど」
ユキとツインテはお互いを見てうなずいた。
「造形物には分子構造にいくつかの細工がなされていて、非常に堅い物から弾力のある物まで作れます。 そして…」
グワーン
チルドは今度は左腕を突き手を広げ、軽く念じるような表情をした。 すると掌が淡く赤く光りだし、弱い衝撃波のような波動が造形物に送られた。
ピュイーン、グググ、カタカタカタ
「あ、猫のおもちゃが動きだした…。 これはいったいどんなテクノロジー?」
「3Dプリンターで打ち出した物体をコントロールする機能です。 物体が100%自立して動いている訳ではなく、かなりの部分をこちらでコントロールして動かしています」
「おお、面白い機能ね」
「おもちゃだークレクレ! ウゴホッ」
「もうちょっと待って下さい」
お菓子を頬張ったツインテが欲しがったが、チルドが静かに制止した。
「さらに…」
チュイーン
赤く光っていたチルドの左手の掌が出力を上げ、先程の赤よりもやや明るい青色に光った。
ドリュリュッリュリュー
「あ…」
お菓子を食べながら見ていたふたりの手が止まった。
猫のおもちゃはピンク色に光り出し、見る見る間に大きくなり40センチくらいまでになった。
「うわー! 実物大になった。 すごーい。 何か便利そうねこれ!」
「記憶喪失のワタシでも知ってるぞー!、ピンク色の点々があるけど、これは確かに本物サイズの猫だー!」
「これをこうします」
集中力を上げるように造形物を凝視したしたチルドは、また何かを念じるように目を細めた。
ブルブルブル、テクテクテク、ぴょん、テクテクテク、ニャー
「大きくなっても動くのか! これはいいな! 動きもネコそっくりだ。 クレクレ」
ニャオーン、テケテケテケ
コツン、パタン…
所々ピンク色の発光する点があるダークグレーの猫は、床にあった空のペットボトルにぶつかりペットボトルを倒した。
「立体映像ではなくて、ちゃんとしっかりした物質があって物にぶつかるのね」
「ですが…」
猫は1分くらい部屋を歩き回るとピンク色の各点が点滅を始め動きが緩慢になり、やがて停止してピンク色の光の粒子に分解してチルドの左腕に戻ってしまった。
「ああ、もう終わりか? 花火みたいに短い命なんだな。 ガッショー」
ツインテが少しがっかりしたように言った。
「そう、これには時間制限があって、がんばっても3分程度が限度の芸当です。 素晴らしい技術ですが、この腕のサイズに収めるにはこれが限界だったのでしょう。 長く扱ったり、拡大率を大きくしたりすると、それに応じた大きなエネルギーを消費します。 あと、これには意思も命もありませんので合掌をする必要はありません」
「何に使うかは工夫次第といったところね」
「そうですね、応用すればいろいろと出来そうです。 あと…もうひとつ欠点がありまして…」
「なになに?」
「それは、使用者が実物を見たことがある物しか作り出せないという事です。 量子コンピュータの機能を利用応用している関係で映像や資料、複製されたデータからでは作れません」
「まあそうね、物事は往々にして実体験がないと身に付かないものなのよ」
「いいこと言ったなユキ!」
「褒めてももうお菓子は出て来ないわよ」
「トホホ…。 あ、じゃあチル、3Dプリンターで出してくれ。 お菓子!」
「食用にはなりません。 あしからず」
「ホント、使い所が難しい新機能だな」
「指示した人がアホだと何も出て来ないのよ」
「なんだそうだったのかー! まったくチルドはアホの子だなーわっはっは!」
ユキとチルドは「お前のことだよ!」とツッコミを入れたかったが、何となくかわいそうに思えたので言わなかった。
・
ピンポーン
「誰か来ました。 見てきます」
時計の針が午後4時くらいを回った頃、突然の呼び鈴にチルドは席を立った。
「はい、どなたでしょうか?」
チルドはモニター付きインターホン越しに訪問者を確認する。
「こんにちわー助手の川村マリコですー。 いきなり来ちゃってごめんね」
「はい、こんにちわ。 何かご用でしょうか?」
「それがね、今日は研究所の仕事が早く終わったので帰りに仮設商店街に寄ったの。 そうしたらおいしそうなケーキを売っていたのでたくさん買っちゃって…。 私ひとりじゃ食べきれないのでユキさん達にもあげようかなーと思って」
「少々お待ちください」
「ユキ、助手マリコさんが来ました。 ケーキを買い過ぎたので持って来たそうです。 どうされますか?」
「えーと、今、何もまずいことはないわよね…。 上がってもらっていいんじゃない?」
ユキはあたふたとした動作で返事をした。
「ケーキか? ワタシは食うぞー」
「あなたには聞いてないの!」
チルドは割って入ってきたツインテをたしなめた。
タタタタタ、ガチャリ
「こんにちわ、どうぞお上がりくださいマリコさん」
「マリコでいいって言ってるでしょ。 突然の訪問なのにありがとう。 結構重いのよこれ」
「ではマリコ、お上がりください」
「そうそうチルド。 それでよし。 うふふ」
そう言うと私服姿のマリコはずっしりと重いケーキの箱をチルドに渡した。
バタバタ、ドタバタ
「こ、こんにちわーマリコさん。 ちょっと片付けとかあってドタバタしていて出迎えられなくてごめんなさい。 脱いだ服とか床に放置してあって…うわ、何か生温い物を踏んだ!」
「ツインテも手伝ってるゾ、ドタバタ。 あ、それはさっきまでワタクシが懐で温めていたコンニャクだ」
「まあ、賑やかなのね。 改めましてこんにちわ。 川村マリコです」
リビングに案内されたマリコは笑顔で挨拶した。
・
「わーいケーキだ! でかしたぞリコ!」
チルドとマリコがケーキを箱から取り出しテーブルに並べ、それを見ていたツインテが喜んだ。
「リコって…マリコさんって呼びなさい」
「いいのよユキさん。 ツインテちゃんはリコでいいわよ。 うふふ」
「あれ? ケーキひとり分多くないですか? チルドは物を食べられないので」
ケーキは計16個あったがそれぞれテーブルの4か所に寄せて置かれていた。
「4人分に分けたということですよね。 これ」
「私も変だと思いました」
チルドも首を傾げた。
「うふふ。 私がそんなミスをするはずがないじゃないですか」
「え? でも」
ユキが驚いた表情でマリコを見た。
「先日チルドの改修作業をしたわよね。 あのときにちょっと腕以外も弄ったの。 それでチルドも物を食べられるようになったのよ」
「そ、そうなんですかー」
ユキは両手を肩の位置まで上げて驚いた。
「いつもチルドだけ食事に参加できないのはかわいそうでしょ。 だから機能を開放したの」
そう言ってマリコはウインクをした。
「解放と言いますとそれは以前からあった仕組みなのですか?」
「そうよ。 でもまだ動作に不安な部分があったのでこちらで同じシステムのテストを繰り返していたの。 それでこのほど十分に使えるデータが揃ったので、この前の腕の改修のときに体の方も少し調整して新しいデータを入れて機能解放したの」
「…」
「あら、勝手に機能開放しちゃってまずかったかしら?」
「いいえ。 …でも私が物を食べてエネルギー吸収をするという事は、科学的には非効率的な行為なのではないでしょうか?」
「そんなことはないわ。 みんなと一緒に食べるのがいいのよ。 例えロボットでも、AIでも、メイドでも。 それが人の形をしていて人の意思があるのであれば」
「そうよ。 私もその意見に賛成だわ」
「ワタクシもいいと思うぞ。 よく分からんがその方が楽しく食べられるような気がする」
「ねっ…。 だから食べていいのよ」
「…みなさん、ありがとうございます」
「そうそう素直でよろしい。 うふふ」
「さあ、食うゾー。 ケーキひとり4個だー。 モグモグ。 ウッマー」
ツインテが勢いよくケーキを頬張った。
「いただきまーす。 パクパクパク。 おいしー」
「味がします。 多分これはケーキ味」
「うふふ。 ケーキを食べ終わったら最後はシメのとろろそばよ」
「もぐもぐ。 なんでとろろそばなんですか? もぐもぐ。 永久もコンビニで買ってくれたことがあるんですけど?」
「今、研究所で流行ってるの」
「へー。 流行ってたんですかあれ。 アハハ…」
「そうだ! マリコさん、よかったら今日はここに泊まって行きませんか?」
「えーそうね。 そうしましょうか」
「みんなでお風呂に入りましょう! どういう訳かこの家のお風呂は普通の家よりもだいぶ大きいのよ」
「そうだな、4、5人くらいは一緒に入れそうだったなー。 リコが入るんだからチルも入れよ。 ああ、さすがにロボはフロには入れんか」
「私のIP57規格を満たす防塵防水機能を甘く見ないでください」
「お、言ったな。 では見せてもらおうじゃないか、その何たら規格とやらを」
「いいですとも」
「チルドが乗せられるとは…ツインテちゃんもやる子ね。 あ、口元にクリームが付いてますわよチルド」
「うあ、マリコすみません。 難しいものですね食べるのも…」
ユキ家の賑やかな食事会とお喋りは、チルドの腕の新機能の話なども相まってその後も夜まで続いた。
それは4人にとってちょっとしたパーティーのような楽しいひと時であった。