8 帰還の途、ユキさん身ぐるみ剥がされ事案です
コンコン
「また誰か来た! どうしよう…」
ガチャ
「失礼します、何か騒がしいんですが…。 って永久さん、どんな状況なんですかこれ?」
部屋に訪れたのは白衣の20代くらいの女性だった。
「ああ、川村君。 君も見てしまったんだね。 にに、にこにこ」
永久は少々ぎこちない笑顔で対応した。
「丁度いい、紹介しよう。 彼女はここの助手、川村マリコ助手だ。 とても優秀でね。 そのチルドの体を作ったもの彼女なんだ」
「よよよ、よろしく。 私はユキ、ここのお隣の家に住んでいるわ。 今日はこのチルドの修理でここに来ました」
「あなたがあのユキさん。 聞いてますわ」
マリコ助手は興味深そうにユキの目を凝視した。
「ワタクシはツインテだ、ユキの家に住んでいる偉大なるイソウローだ、よろしくマリコ!」
「はい、よろしくツインテちゃん」
「川村君、事情は後で説明するから…」
「いいえ。 別に永久さんのベッドでチルドの修理をしていてもいいんじゃないですか。 うふふ…。 そうそう。 丁度チルドにプレゼントしたいパーツがあったのでちょっと持ってきますね」
マリコも部屋を出てからすぐに機材を持って戻ってきた。
ドサッ
「ベッドの上に腕のパーツのような物が2本置かれた」
「じゃあ始めるわね」
カチャカチャ、ガチャガチャ、ピピピ、キュイーン、カチャカチャカチャ、ジャー、カチッカチッ、ポン
「ふー、終わったわ」
「チルドの腕を弄っていたようですが、いったい何をされたんでしょうか?」
永久がマリコに聞いた。
「これはですね、まあ、要するにパワーアップです。 チルドもこれでますます有能メイドになり、さらなる生活レベル向上が期待できるでしょう。 外見が変わってないのがポイントで、ここがちょっと難しかったわ」
「そ、そうなんですか。 ありがとうございますマリコさん」
訳が分からぬまま取りあえずユキはマリコに感謝した。
「技術者はサポートもしっかりしなきゃ。 何か不都合があったらまた来てね、メンテナンスしてあげるから。 それじゃ私はこれで。 うふふ」
そう言うとマリコはチルドの交換した腕パーツを持って満足そうに去って行った。
・
「で、3分でできる協力してもらいたい事って何なの?」
ユキは気になっていた先程の件を永久に問い掛けた。
「それはですね。 さっきから何かこの周辺に妙な反応が出てるんですよ」
「反応?」
「その反応はこの部屋から出てるようでしてここに来たんです。 で、このセンサーの反応を見て下さい」
永久はポケットから小型のセンサーを取り出した。
「これは物質センサーなんですが、どうもこの部屋にこの世のモノではない物質があるようなんですよ。 さあ大変」
「それでですね、このセンサーをあなたに向けるとホラ、こんな感じでピピピと反応が大きくなるんです」
「ええー。 私、何か変なことしたっけか…あのとき食べたイカの足が謎生命体だったのかな」
「具体的にはあなたと言うより、あなたの服から反応が出てるようで…」
「服、ああ、この汚れてボロくなった服」
「このTシャツとホットパンツはどこで汚してきたんですか?」
「そそそ、それは…ああ思い出した、家の中にプラズマが出てそれを捕まえようとして格闘していたらプラズマとぶつかって汚れたんだったかな。 そのときよ、協力してくれてたチルドが階段から落ちて故障したのは」
ユキはとっさに思い付いたデタラメを話した。
「そうでしたか。 最近のプラスマは恐ろしいですね」
「そうそうそう、怖いですねープラズマ。 魚月教授もびっくり」
「では、脱いでください」
「ん?」
「このセンサーで分析した結果、その服に付着している汚れは未だかつて人類が検出したことが無い未知の物質で出来ていると出ました。 サンプルとして回収させていただきます」
「だから脱いで置いて行けと?」
「そういう事になります。 はい、脱ぎましょう」
ユキは「これは立場を利用したパワハラ、いやセクハラではないか?」と不審に思ったが、少し考えて承諾することにした。 ここで話を長引かしたら、ツインテやこのブレスレットにまで話が及ぶ可能性を考えての止むを得ない判断だった。
「しょ、しょうがないわね」
「では全部脱いでください」
「えー! まさか下着もか!」
「当然です。 貴重なサンプルなのです。 人類の宝です。 さあ!」
真顔で答える永久の顔がちょっと怖かった。
「靴とブレスレットは渡さないからな」
「コクコク。 私も鬼ではありません」
「それ、だいぶ前にも聞いた気がする…」
「…んん? …あんたが部屋にいる必要は無いでしょ」
「ですよねー」
永久はバレたかっといった顔をして部屋から出て行った。
「全く、どんな科学者だ!」
ぶつくさ文句を言いながらユキは服を全部脱ぎ、近くにあったクローゼットの中から適当に見つけたYシャツなどを取り出してさっさと着た。
「いいなー、ワタシも着替えたいなーユッキー」
「あんたは家に帰ってから着替えさせるから、ここはがまんして」
サッサ、サッサ、パタパタ
「終わったぞー」
「終わりましたか。 ありがとうございます! 人類の宝です!」
部屋に入ってきて永久はいかにも科学者らしい笑みで礼を言った。
「んもー、どうしてこうなるんだー!」
赤くなった顔でユキは脱いだ服一式を永久の持って来た袋に入れ渡した。
「ご協力感謝します!」
「いいか、絶対にクンカクンカするなよ! 絶対だからな!」
「科学者たる者、貴重なサンプルにそのようなことをするはずもありません。
ご安心下さい」
永久の極めて紳士的な振る舞いに、とりあえずユキは心を落ち着かせた。
・
「…」
「そろそろチルドが目覚める頃だと思いますよ」
「チルド…」
「チル!」
「ピロリン! 起動しました。 私はAIチルド」
チルドが目を覚ました。
「おかえりなさい」
ユキは目を潤ませた笑顔でチルドの心の帰還を祝福した。
・
その場の皆で喜び合った後、しばらくしてお手洗いと言いユキとツインテは席を外し、その間ふたりになったチルドと永久は短い会話をしていた。
「私はいつまでユキの家にいられるのでしょうか?」
「心配いらない、君の信じたやりたいことをやりたいようにやっていればいい。 期間は特に設けてない」
「そうですか」
「チルドもユキさんに並ぶ功労者、せめて君くらいには他の超AI達にはできない違った道を歩んでもらいたい。 ちょっとは自分のために生きなさいってことだよ」
「ありがとうございます、永久博士」
・
研究所で貸してくれた車椅子にチルドを乗せ、ユキ達は夕日の中家へと帰った。
「私はひとりで歩けますし、家はすぐ隣なので車椅子は不要かと思いますが?」
「まあまあ、今はチルドを車椅子に乗せて押したい気分なのよ」
「全く合理的ではありませんね」
「チル、あんまりワガママ言うな。 ユキがあの後どんなに苦労したものか。 最後には変態悪徳科学者に身ぐるみ剥がされて、脱ぎたてほかほかのパンツまで献上したんだぞ」
「え、そんなことが? 少々意味が分かりかねますが…」
「まあ、辱めを受けてまで私達を守ったということだ」
「そうなんですか? ユキ」
「ええ、まあちょっと違うけど、そう言われればそんな感じだったかも」
「不思議です」
「世の中にはあなたにも理解が及ばない不思議がいっぱいあるのよ」
「そうですか…あのダンジョンもそうでしたね…」
…そう言えばパンツは本当に必要だったのかしら? 助手のマリコさんを呼んで彼女に渡した方が良かったのではないか…あのときは一杯一杯で考え及ばなかった…。
ユキは今になって思った。
「…ユキ、私の腕に違和感を伴う謎の改修形跡がありますが、これはどうなっているのでしょうか?」
「それは、マリコさんって言う永久の助手さんが交換してくれたの。 なんでもパワーアップでさらなる生活レベル向上が見込めるらしいわ。 機能は説明されてないけど、あなたなら自分で解析して使い方が分かる云々言ってたような…」
「そう、マリコが…」
カツカツカツ…
「ユッキー、チル、着いたぞ!」
「やっとですね」
「さあ到着よ! みんなの我が家に」
人感センサーの付いた玄関照明が点灯した。
それは暖かみのある色で、ユキ達の帰りを待ち望んでいたかのように3人を照らすのであった。