5 森林フロアの嘘と石棺 です
「これで6つ目の階段を下りました。 …ユキの服、だいぶ汚れましたね」
ユキは上が地味な柄の入ったTシャツ、下はデニムのホットパンツだったが、縛られたり逃げ回ったり探索したりの間にだいぶ汚れていた。
「ああ、チルドのメイド服もかなりの破れ様だぞ。 全くもって破廉恥極まりない姿だ。 けしからん! もっとやれ!」
「どうしてそうなるのでしょうか? 理解不能な発言ですね。 頭でも打ちましたか?」
「いいの! 気にするな、気にしたら負けだぞ!」
チルドは「この人はいったい何と戦っているのだろうか?」と思った。
「今のところこのダンジョンはそこそこの迷路状になっている以外変わった
ギミックは無いな…最初の頃にツインテと別れ離れにされた壁の仕組みくらいか」
「…おっと、言ってるそばから何かあった、チルドこれなんだろう」
ユキは今まで見かけなかった台座の前で立ち止まった。
「この台座の上にある物は原始的なスイッチに見えますが、これも下手に弄らない方がいいと思います」
「でもほら正面に重そうな金属製の扉があるじゃん?」
「こうスイッチを回すじゃん?」
「あー、また勝手なことを、危険かもしれないのに! 警戒心が足りな過ぎます」
ズゴゴゴゴ…
「でも扉が開いたから、さっさと行こう。 考えるよりまず行動って名言があるらしいぞ」
「いやいやいや、それはまずいでしょ。 あなたがここに飛ばされてしまったのも、元を辿ればその後先考えない行動が原因です。 ここではもうちょっと注意深く行動しないとすぐに死にますよ!」
「ハイハイ、ご忠告肝に銘じて」
・
タカタカタカタカ
7つ目の下り階段はそれまでの物より数倍長かった。
「あーこれ明後日くらいに筋肉痛が来るやつだ」
「生きていられればの話ですね。 それに17歳とは思えない発言です」
「一応、病み上がりの自宅療養中な身なもので…」
ユキは「それ酷くない?」といった表情で階段を下りながら抗議した。
ゴゴーン、ガタガタガタ
「何か振動があったわね」
「このフロアよりだいぶ上。 卵のあったフロア付近からですが、ツインテの爆発の衝撃とはだいぶ波形が違います」
「そうなんだ…。 気になるけどツインテと関係無いのならまあいいか…。 先を急ごう!」
長い階段を降りて到着した通路を1分ほど直進すると急に視界がひらけた。
今までで一番広く明るい部屋が見えた。
「ここってあれよね、森。 天井も他のフロアに比べてだいぶ高くて青い」
「でも、端の方は森の絵が書いてあるだけなので幅はそんなにないです。 精々60メートルと言ったところでしょうか。 中央に道のような部分があるので片側だけだと30メートル足らずです。 前方への奥行はもっとあって約500メートル」
「あと…中央の広場のような所に何かがあるようです」
「とにかく行ってみましょう! もちろん最大限の警戒をしながらね!」
キョロキョロキョロ、テクテクテク
「結局、地雷も罠もなかったわね」
「まだ油断はしないでください。 広場中央に設置されているこれ、石棺のようです」
「そしてここの台座にまた例のスイッチのような物があるのだが」
「これはやっぱり回すしかないわよね」
「さっきのスイッチと仕組みは同じようですが、小さいものがふたつ、おおきいものが一つあります」
「何が起こるかまでは分かりません。 罠の可能性もあるので私が回します」
「おそらくこの中央の大きいスイッチが、石棺の蓋の開閉スイッチだと思われます。 象形文字の形からするとそのように推測できます。 残念ですが左右の小さなスイッチの象形文字の意味は全く分かりません。 科学にも限界はあるのです」
チルドは近くを見回し森の中から適当な1メートルくらいの枝木を持って来た。
「これでツンツンとつついて回します。 右手は壊れているので左手での作業になりますが問題ありません」
ツンツン、ツンツン、ツンガチャリ
「おお、なんと器用な有能メイド!」
「このくらい簡単です。 エヘン」
ゴゴゴ、ズリズリズルリ、ガッコン!
「見て見てチルド! 重そうな石棺の蓋が開くわ!」
完全に開いたところでふたりはゆっくりと石棺に近付き覗き込んだ。
「ついに念願のツインテを発見したぞ! ここでファンファーレのような音が欲しいところだな」
「あいにく私にそういった機能はございません」
「まだまだだな、有能メイドの称号は返上せざるを得ない」
「…それにしても何か順調過ぎませんでしょうか? このスイッチも少し前にいかにも練習できるような物がありましたし…」
「あまり気にするな。 そういう事を言ってるとハゲる…いやフラグになるぞ」
「おい、ツインテ! 寝ている場合ではない、お迎えが来たぞ!」
ゆっさゆっさ
「半袖体操服の中で体とは違うタイミングで左右に揺れている大きな物がふたつあるが、今は非常時、この際無視しなければなるまい…」
「完全に寝てますね」
「ほらっ! お前の好きな魚肉ソーセージだぞ! 起きろ! 偉大なる魔人様
なら起こされて3秒以内に起きられるはず!」
「くっ、本物の匂いがないとだめか」
「全く起きる気配がありません。 とても深い眠りについているようです。 もっとも今起きられると爆発防止装置が無いので危ないんですけど」
「それ、忘れていた。 超重要だ」
「…」
「あ、なんか今、『多くは語るまい』みたいな顔したなチルド!」
「…そんな事より彼女を石棺から出しましょう」
ユキ達はぐっすり寝ているツインテを石棺から出してチルドが背負った。
「右手は大丈夫?」
「右腕の拳以外は動くので問題ありません」
「さあ、行くわよユキ家御一行帰還の途に!」
ドガガガガガ、ガガガッ!!!
「あーーー! またこいつか!! しかも2体同時だと!!!」
ユキの顔が青ざめた。
広場左右の森林が描かれた壁を崩して鋼色の3メートル鎧兵が2体出現した。
1体は巨大なナタ、もう1体は巨大な斧を持っていた。
「ユキ、非常にまずい状況です。 あれを2体同時に相手しながらあなた達を守るのは困難と予想されます。 ユキはツインテを背負って先に逃げてください」
そう言うとチルドは急いでツインテをユキにあずけた。
「いいですか、真っ直ぐ奥へ走るのです。 戻ってはいけません。 私は敵をまいてから脱出して後を追います」
「だめ! できない! そんな事言ってひとりで戦う気でしょ! 絶対にみんなで帰る!」
「これはゲームではありません。 命を大切にしてください。 それにツインテの事もあります」
「ダメ! ダメ! 絶対にダメ!」
「17歳のだたっ子はかっこ悪いですよ」
「そんなのどうでもいいっ!」
ユキは地面にしゃがみ込み、2体の鎧兵が目前に迫った。
グワン!
いきなりユキとツインテを片手でつまみ上げたチルドは、ふたりを放り投げ石棺の中へ叩き込み、勢いよく右足で石棺を蹴飛ばした。
ザザザザー、ドカドカ、ガッシャーン!
石棺は地面との摩擦で火花を出しながら高速で地面を滑り、200メートルほど移動したところで傾き砂煙の中、止まった。
ツインテを抱きかかえていたユキは衝撃で短い間気絶していた。
「私は…今何を…、何を…していたのか…。 何か大事なことを…」
『…使える…チカラ…。 使えるよ…チカラ…』
朦朧としたユキの頭の中で何かの声がこだました。
「今…何かの声が…聞こえた…」
「私は戻らなくてはいけない…私の踏み留まるべき場所へ…だいじな家族が待っている…場所へ…」
ユキは数秒で意識を取り戻した。