4 裏切りの憶測、彼女を信じるです
グオオオオッ!
鎧兵が水平に振った巨大なハンマーの直撃を受けたチルドは、受け身が不完全なまま吹き飛ばされた。
ブラウンのボブカット髪が乱れて激しく揺れた。
ズザザザザーッ、ヒュイン、ザー
石畳の床を10メートル位滑ってからチルドは床を蹴って敵と対峙する向きで立ち上がり、構えたままさらに数メートル後ろに滑った。
「靴を履いてきて良かった…。 武器は持っていない、この手足だけが武器。 まともに戦っても勝ち目は薄い」
1撃目が直撃したにも関わらずチルドが無事だったのは、背中に背負っていた水、食料の入ったリュックのおかげだった。
「ユキ、能力で鎖を切って脱出出来ませんか!」
「それが、ここに来てからなぜか能力が使えないの!」
「それは妙ですね、何か能力を無効化する力場のような力が働いているのでしょうか?」
「分からない」
グオンッ!
透かさず近寄ってきた鎧兵の2撃目がチルドへと打ち放たれた。
ヒュンッ
「残念、予備動作が短い分さっきよりスピードが劣ります」
チルドはぎりぎりで大きくジャンプして視界の狭い鎧兵の頭上を越え後ろに回り込んだ瞬間、思い切り後頭部を蹴った。
ガーン、ドゴンッ
空振りしたハンマーでよろけたところを視界外からの打撃を受けバランスを失った鎧兵は前方に倒れた。
重装甲な巨体鎧兵へのダメージは殆ど入ってないが、この短いが確実に存在する隙が欲しかった。
シャキン! バチバチバチ!
ユキを縛り付けていた鎖をチルドが手刀で勢いよく切って、激しい火花が飛び散った。
残った鎖を振り払い、チルドはユキを抱えて走り出し、広間から通路へ脱出した。
「ありがとうチルド! 腕は大丈夫? 私は大丈夫よ!」
ユキはチルドに感謝して、手刀を使ったときにダメージを受けた腕を心配した。
「これはまあ、帰れば直せますので大丈夫です。 帰れればですが…」
「出口の方向などは分かりますか?」
「それが今のところ全く分からないの」
「そうですか、それではしばらく逃げ回るしかないですね」
「幸いさっきのやつは大きくてあのドアを破壊しない限り出られない。 奴がこのダンジョンの住人か防衛機能だとするとそんなに自分の家を壊したがるとも思えませんので、たぶん直ぐに追い付くことは無いでしょう」
「あの大きさじゃこの通路を全力疾走できそうもないしね。 ああいうのが複数いたらどうなるの?」
「それはかなりまずい事になりますね…」
「そうよね…」
「ツインテはどうなりましたか?」
「彼女とは会えたのだけど、直ぐに間に壁が立ち塞がり別れ離れになってしまったわ…」
「そのときの表情はどうでしたか?」
「泣きそうな顔をしていた…」
「出口があればツインテ発見前でもそこから脱出します。 生還が最優先なので」
「それはだめ!」
「彼女も一緒に帰らなくてはだめ!」
「贅沢は言えない状況です。 それに能力が使えないのはここに来てからでしたよね」
「そうだけど」
「それはこの場の力場のせいで力が使えないのではなく、そのブレスレットの力ではないのでしょうか」
「そんな!」
「ブレスレットは外せますか?」
「うーん、うーん、外せない…」
「怪しいですね。 そのブレスレットを身に付けてから能力が使えなくなったのではないでしょうか? 彼女が地下室の隅で消えたのも我々が追ってくることを想定してでの行動だったのではないでしょうか?」
「そんな! それじゃツインテがこの状況に誘い込んだ犯人みたいじゃない」
「憶測ですが…ツインテは我々を罠に嵌めた。 最初から裏切っていた」
「それは無いわ!」
「断言出来るのですか? 出会ってからまだ数日ですよ?」
「彼女が裏切っているとは思えない。 あの最後に見た表情に嘘は無いと思う。 そう信じている…」
「…彼女は爆破の能力を持ってます。 ですが今のところ使った形跡は無いですよね。 彼女自身の意思で使って無いのではないでしょうか?」
「それもきっとここの何かに封じられているのよ」
「フウ…、困ったお姫様だ…」
チルドは機械の体で深いため息をついた。
「センサーで生命体を調べます。 正しこの壁のせいで周囲50メートルくらいまでしか調べられません。 移動しながら常に探索します」
「よろしくね、やっぱりチルドは頼りになるわ。 さすが超AIの万能有能メイド!」
ちょっとわざとらしい気もするが、褒められて悪い気はしないチルドであった。
・
タタタタタタタッ
通路をしばらく駆け回って逃げていたチルドだったが、チルドにお姫様抱っこで抱えられていたユキはチルドの足のオーバーヒートを気にして自分の足で走ることにした。
「ハアハア…、最近あんまり運動してなかったから辛いわね…」
「そうですね、帰ったらこれからは少し運動もしましょう。 しばらく休憩にしましょうか」
ふたりは通路の柱の物陰に座り込んで休息をとった。
「ああ、疲れた」
「リュックに少し食べ物が入っているはずですが…ハンマーの直撃を受けたのであまり期待しないでください」
ゴソゴソ
「ありましたペットボトルの水と…粉砕された保存食」
「ペットボトルの水は500ミリリットルの物を4本持って来ていたのですが、3本は壊されて水が漏れ出てしまいましたのでこの1本だけです」
「無いよりずっといいわ。 ありがとう。 ゴクゴク、フー」
「チルドも飲む?」
「いいえ私は水はいらないです。 冷却液も不足は無いです。 バッテリーもまだ残ってます」
「そうなんだ。 じゃあ半分くらい飲んじゃおう。 ゴクゴク。 モグモグ」
「これなんだろう。 変な味がする」
「いろいろ粉砕されて水浸しになって混ざってますからね。 何かのミックス味ということになります」
「ミックス、味は変でも非常事態ならこれはこれでおいしいわ。 モグモグ、あ、イカの足が出てきた。 うわ、千切れたビニールが入っていた…とんだダンジョン飯ね。 クスクス」
「ユキの靴も持って来てあるので後で履いてください」
「ハーイ」
ふたりは15分程休んでからまた動きだした。
「ユキ、消耗を抑えるためにここからはなるべく走ったりせずに行きましょう」
「そうね、長期戦になったらミイラになってしまいそうだし」
30分位探索しながら歩くと下へと繋がる階段があった。
「どうしますか?」
「ここで階段を見かけたのは初めてだし行ってみましょう」
カツカツカツカツ
「うーん、下のフロアもあまり変わり映えはしないわね」
「待ってください…、前方40メートル、右に曲がった所に何かあります。
微かですが、生命反応です」
「行きましょう」
ユキ達は足音を消して慎重に歩き辿り着いた。
「右のドアの中です」
「チルドが先にドアを開け入った」
「…これはいったい?」
「なになに?」
「これは…菱形のクリスタルの中に何かまだら模様の卵のような物が入ってますね」
「うん、これは確かに卵だわ。 鶏の卵の2倍くらいの大きさはあるわね。 私達はよそ者なんだから変に弄らないほうがいいかな」
ユキはそう言うと周囲を見回し、その部屋を出て行った。
ピキピキ
そのとき、まだら模様の卵に少しヒビが入った。 だが、それに気付く者は誰もいなかった。
「どんどん進みましょう。 前進あるのみ!」
「いや左右もあります」
「気持ちの問題よ」
テクテクテクテク
ユキ達のダンジョン探索は続いた。
その先にツインテが待っていると信じて…ひたすらに…。