33 聖水補給ミッション、です
ユキ、チルド、ツインテ、パープレアがリビングに戻るとツナマヨのいない室内は少しだけがらんとした寂しい雰囲気に思えた。
「そういや結局誰もさよならは言わなかったなー」
テーブルのお菓子の残りを摘まんだパープレアが言った。
「隣の研究所に帰っただけだからな、レア」
「きっとまた会えるようになるわよ。 そうでしょ、チルド」
「そうだといいのですが、彼女達の予定は今のところ未定とのことでした」
「何かメールが来てるわ、研究所からね。 ええとこれは、お礼ね。 今ツナマヨ達が入った箱が届いたので永久とマリコからの感謝の言葉が書いてあるわ。 また何日かしたら連絡するって」
・
数日後の午後。
ドタバタ…
「無いわ…。 冷蔵庫に入れていたペットボトルの聖水が1本も無いの!」
「あぁユッキーよ、あの水ならさっきパープレアが飲んでいたぞ。 ルームランナーで走り込んだ後に水分供給だとか言って2本くらい飲み干してたな」
「貴重な最後の聖水が…これは由々しき事態! 早急に補給が必要となりました。 ちらり…」
そう言うとユキは近くにいたチルドの方に目をやったが、チルドはそれを無視して仕事に戻ろうとした。
「チルドちゃん。 ちょっとここに来なさい」
「私はこれから洗濯をしないといけないのです…」
「それ午前中に終わってるのは調査済みなの」
「…」
「チルドとはあの約束があったわね」
「全く覚えてません」
「ほう、否定から入るスタイル、かっこいい。 だが追及の手は緩まないのであった」
ユキは得意げに話しを続けた。
「あれは確かジキタリス達との決闘の前日、チルド達が機能の微妙バージョンアップを果たした日の事だったわね。 私が機能解放されたツナマヨ達の余剰冷却水の排水箇所を確認しようと思っていたらチルドは反対したわ。 そして私の出した代替案『その代わりにチルドが見せてくれればいい』に対してチルドはこう言ったの『分かりました』と」
「それは…」
「有能メイドに二言は無いはずよ。 さあ行きましょう。 バスルームが広くていいわね。 ニッコリ」
1リットルの空きペットボトル2本を両手にしたユキがチルドに笑顔で迫った。
・
バスルームにやって来たユキとチルド。 ユキはサッと手際よくチルドのメイド服を脱がした。
「これこの姿になる必要なんてあるのでしょうか…それに脱がせるの上手過ぎです」
「ふっふっふ、これは清らかな体にする一種の儀式ね。 こうする事によって有難味も増すと言うものよ」
「一体何が始まっているのでしょうか」
「さあ、ここに座って、しっかり見ててあげるから。 機能解放されたところからの排水を」
「ううう…」
「とうとうこの日が来たのよ。 これを見るまではジキタリス達になんて負けられない、絶対に死ねない、と思い頑張ってきたの!」
「そんな邪悪な考えで頑張ってきたのですか! 異空間からの帰還とかツナマヨ達とのお別れとかその後の感動エピソードが台無しですよこれ!」
「あれはあれ、これはこれ。 さあ、このペットボトルに余剰冷却水と言う名の聖水を入れるのよ! さあ! さあ!」
「いやー! ペットボトルの口を押し付けないでください!」
「おっと、ぷにっと、デリケートなところに失礼しました。 じゃあ1センチは離すからここからでOK」
「見られていると恥ずかしいです…」
「見られることに意味があるのです! 昔の人は言いました」
「言ってないと思います! そのペットボトルは必要なのですか?」
「回収した聖水は無駄なく再利用されます」
「どんな再利用ですか…」
「水不足が叫ばれる昨今、飲料用としても問題のないチルドからの排水は貴重な水資源なのです」
「またまたまた、適当なことを! 聞いたこと無いですよ水不足なんて、どこの世界の話ですか…」
「まあ、この家の冷蔵庫内のことなんだけどね」
「水道水でいいじゃないですか!」
「ダメよ、私には乙女の聖水が必要なの! これ絶対」
「はあ…」
チルドは諦めの表情を浮かべ頬を赤らめ、やむを得ずユキの指示に従った。
全てが終わると不意にチルドはユキに抱き締められた。
チルドは訳が分からないと言った表情をしたが、少ししてから察したように受け入れた。
もしかしたらこの人は心に何か隙間か傷があるのではないか。 チルドにはそう思えてきたのであった。
「私からの水ならいつでも差し上げます…」
小さな声でそう言うと、チルドもユキを軽く抱き締め返した。
「チルドはこの家からいなくならないで…」
「私はいつもユキのそばにいます」
・
ガタゴト
「ふー、これで我が家の飲料水供給問題も解決に向かい始めたわ」
冷蔵庫内に並べた水の入ったペットボトルを眺めたユキが満足気に腰に手を当てて言った。
「何か違うの、この水は? さっき飲んだやつは普通の水だったぞ」
「んもう、パープレア、もう無駄にゴクゴク飲んじゃだめよ、これ貴重な聖水なんだから」
「おお、そうだったのか。 これからは味わって飲むとするか。 でも私はコーラの方がいいかな」
「フンフンフン、夕食は何かな…いい匂いがするな」
ルームランナーで後ろ向きに歩いていたツインテがパープレアに言った。
パープレアがキッチンの方を見ると、そこにはテキパキと家事をしているチルドの姿があった。 小刻みに揺れるメイド服のスカートが、パープレアにはなぜかいつもより少し楽し気な雰囲気を出しているように思えた。
「今日は少し涼しいな」
ルームランナーから下り、近くのカーテンを少し開き窓から隣の研究所を見上げたツインテが言った。
「最近気温が少し戻ってきてるようね。 大災害での気候変動も少しずつ回復してきてるらしいわ。 喜ばしいことよ」
「そうなのか」
窓の外に数匹の赤トンボが通り過ぎた。
「研究所に何か見えるの?」
「いいや、何も。 あの壁の向こう側にはツナマヨがいるんだろうがな…」
そう言うとツインテはサッとカーテンを閉じ夕食の準備の手伝いを始めた。
季節感の壊れたこの世界の片隅に秋風にも似た風が吹き抜け、ユキ家の庭の木立が揺れた。




