3 自宅で遭難、これダンジョン? です
「おはドプシュー」
起床直後に爆発する魔人少女ツインテの癖は完璧な処置で対策されていた。
爆発の力が湧き出てきたところで、全身の毛穴からその力を吸収させて体内に戻すという強引な方法ではあったが効果は十分であった。
その装置はとりあえずダンボール箱に収められていたのでツインテは今日もダンボール箱内で目覚めたのであった。
「どうやらうまくいってるみたいね。 あの子の対策」
朝の洗顔から戻ってきたユキは食卓の椅子に座るとやや満足そうな表情をして言った。
「当然です。 私が行ったのですから」
チルドが家事の手を休めずに胸を張って主張した。
「良くやったチルド。 さすが有能メイドだ」
「エヘン!」
「うぐぐぐ…、何か体の表面に痺れが残っているのだが…これでいいのか、おはケホッ…」
ダイニングに入ってきたツインテは不完全燃焼気味に挨拶した。
「そう言えばツインテが来てからもう5日は過ぎましたが、これからこの人をどうされますか? 最初の話では滞在させるのは2、3日とのことでしたが」
「それな、どうしようか」
「ワタクシはここに住むぞ! …と主張する!」
「とにかくもう害はないんだから、記憶が戻るか新しい住み家が見つかるまでここに住まわしてもいいんじゃないかな」
「うんうんソレがよろし!」
「すごく甘いような気がしますが、しょうがありませんね…。 だけどツインテ、これだけは覚えておいてください。 あなたが今後また何か騒ぎを起こしたら庇いきれないかもしれないと」
「その場合、最悪怖いおじさん達が来て連れて行かれ、あなたは実験室に閉じ込められ好きな物も食べられない自由の無い監視され続ける人生を長く送ることになるのです」
「それが嫌なら大人しくしていてくださいね」
「はいな、チル! グブッ!」
ツインテは朝食を頬張りながら返事をした。
・
ギューン、キラキラキラ
食後、ツインテは立ち上がり精神を集中させるような素振りをして何やら腕を前に突き出した。
閉じた掌から光が溢れ出して、数秒後そこに何かが生まれたように少し拳が膨らんだ。
「ここに置いてくれるお礼にこれあげる」
ツインテは手を開き、掌の上の物をユキに見せた。
「ええと、これはブレスレットのように見えるけど何かな?」
「これは私がここに来たときから持っていたアクセサリー。 お礼にこれをあげなければならないような気がしてきたのであげるのです。 私にはこれしかできないのです」
それは金色の細い金属に小さなヒエログリフのような象形文字か模様が入った腕輪であった。
「こういうの普段は身に着けないんだけど、まあ断るのもなんだしね。 ありがとう!」
そう言うとユキはブレスレットを受け取り早速左腕に着けた。
「何か肩コリとかに効きそうようねコレ」
「ウン、まあまあ似合うと思うゾ」
「まあまあかいな」
ユキは腕を斜め上に掲げて嬉しそうに見上げた。
シンプルながらキラキラと奥ゆかしく輝くそれは歴史のある物に見えた。
・
「あー、このおじさん生きてたんだ。 確か生配信中に大災害に巻き込まれて放送中断してそれっきりだったんだよなー。 あの状況からよく生き残れたものだな」
しばらくしてユキはネットの動画サイトを見ていた。
「この方は存じ上げませんが、どういった人物でしょうか」
手際良くコーヒーを淹れていたチルドはちらりと視線を移し質問してきた。
「この人はハゲヤンって言うユーチューバー。 大災害前からこの生活生配信をやっていて、無職ながら毎日のように自分の髪と貯金の減り具合を世界に向けて発表し続けていた50代のおじさんよ」
「見たところ冴えない感じの特に芸も無さそうな人物ですが、どうしてそんな人に興味があるのでしょうか?」
「うーん、何て言うか、難しわね。 とにかくこのおじさんはハゲヤンっていうこの世にひとりしかいない個性的で稀少な生物なの」
「そうですか…」
有能メイドは「確かにこれは少し難しいですね」と言った表情をして首を傾げた。
「先程からツインテがいないのですが、どこへ行ったのでしょうか?」
「うーん何かさっきまで魚肉ソーセージを咥えながら廊下を行ったり来たりして探検とか言ってたぞ。 この家には外部には繋がってない防犯カメラがいくつか付いているから映像を確認すれば分かるんじゃないかな」
「確認します」
「ピロリン、………」
「過去1時間の防犯カメラの映像を確認しましたが、地下室に入った後の行動が確認できませんでした。 今も地下室にいるようです」
「地下室? あそこに何かあったっけ?」
「今は一部予備の食糧などの保存用に使ってますが」
「まさかつまみ食いでもしてるのかな…しょうがない行ってみるか」
トタトタトタ…
「ここです。 入ります」
ガチャ
「ツインテ、いるかー?」
「…センサーで室内全てを調べましたがいないようです…、食品に手を出した形跡もありません。 ただ…」
「なんだ?」
「そこの床の隅に僅かな熱の反応が残っています。 ここで何かがあったようです」
「ムムム、これは事件の匂いがするぞ!?」
ユキはその隅の床に近付いた。
「いけません不用意に近付いては!」
チルドはユキを制止しようとしたが僅かな差で引き止められなかった。
シャララララララ…
ユキのつま先が隅の床に触れると同時にユキの全身は白い光の粒子になって見る見る間に消えてしまった。
「全センサー追跡モード」
チルドは小さな声で即座にそう言いセンサーを全開にし、その場で目を閉じ静止した。
「失うわけにはいかない…」
・
「位置がトレース出来ない」
消えたユキの居場所をセンサーで数分間探したチルドであったが、その位置は全く特定出来なかった。
近くにあった保存食をユキの消えた床に投げ込むとやはり光の粒子になって消えた。
ユキの消える瞬間は短いものだったが、つま先から頭まで完全に消えるまでは1秒ほどあって、その間叫んだりせずに普通に動いていたので痛みは感じてないように見えた。
足から消滅したら痛いだろうから、そうではなく体は全て繋がったままどこかへ転送されたように思えた。
「消滅してないのなら追いかける意味はある」
チルドは急いでリュックを持って来て、中に保存食やペットボトルの水を入れ床の隅に行き、この現象が何なのか分からぬまま後を追った。
光の粒子になった後に到着した場所は薄暗い通路だった。
壁は薄っすらと光っていて歩くだけならば十分な明るさ。 作られた時期が特定出来ない不思議な素材の壁だった。
窓は無く多少の埃っぽさ、さっきまでいた地下室より少しひんやりとしていて湿度はあるが空気の流れは無い。
壁には所々小さな文字のような模様のようなものが横書きで書かれていた。
GPS機能も使えず、チルドはとにかく先に進むしかなかった。
数メートル歩き右に曲がり左に曲がり。 十数メートル直進したらT字路になり。
「これはもしかして噂に聞く地下ダンジョン?」
チルドにはそう思えてきた。
30分程歩いて空気に僅かな振動を感じた。
「この先に何かいる…」
ギギギギギ
通路の奥にまで辿り着いたチルドは目の前にあった木のような材料で作られた扉を開いた。
中に入るとまた通路。 だが今度は何かの気配がする。
ずっと先から微かに人の声のような音が聞こえて来た。
チルドは足音をさせないように慎重に近付き、次の半分開いたドアを見つけた。
隙間から中を覗くとそこはちょっとした広間で通路よりは明るくなっていた。
そしてその突き当りの柱に縛り付けられているひとりの人物を発見した。
「見つけた! あれはユキだ」
しかしチルドは一気に部屋に入る事はせず警戒。
「縛り付けた何者かが近くにいるはずだ…」
センサーで調べるが反応はない。
ゆっくりとドアを開け室内に入る。
チルドがユキの5メートル程まで近寄ると目を閉じていたユキも気付き目を開いた。
ドガガガガガッ!!!
室内に急に壁が崩れるような爆音が響いた。
「チルド避けて!」
チルドの背後から何かが飛び出しチルドに突進した。
「グッ、大きい、まさか怪物か!」
後方から振られたハンマーの直撃を背中に受けたチルドが宙を舞った。
チルドの目に映った対象は巨大なハンマーを持った身の丈3メートルは優に超える鋼色の鎧兵だった。




