20 メイド裁判と姉の想いです
ユキ家の1階2階の廊下と階段に多大な被害を負わせたプラズマ捕獲失敗事件から一夜が明け、ユキ及び関係者一同はリビングのソファーに座り話し合いを始めていた。
「うんうん、昨日は後始末が大変で細かいことは聞けなかったけど、なるほどそういうことだったのね」
事の詳細を聞いたユキが両膝に手を起き頷きながら言った。
「今日の午後でツナマヨ姉妹が見習いメイドとして来てから約束の丸3日が経ちます。 今回の失態の件どうすべきかここで決めましょう」
チルドが今しかないといった面持ちで提案をした。
「どうすべきって、ここは厳しいようだけど心を鬼にし涙をのんでやはり『やらしー下着のままお尻をペチペチと撫でまわすように100回叩くの刑』ね。 これしかないわ、どうかしら」
ユキがやや軽い感じで主張した。
「まあツナマヨのやり方には問題があったが、研究所からのプラズマ捕獲の指示があったのも事実」
ツインテが批判と擁護の混ざったような意見をした。
「確か捕獲作業に入る直前のマヨに対して、ツインテが家は壊さぬようにと注意してたなー。 マヨの返事は『はい』だったはず」
パープレアは左の人差指を立て、斜め上を見ながら思い出すかのように話した。
「うむ。 チルドはどう思う?」
ユキがチルドに発言を求めると全員がチルドの方向を見た。
「今ここで裁判をすべきです」
チルドがそう決めていたように言い放った。
「さ、裁判? そんな仰々しい…」
ユキは少々驚いたように聞き直した。
「ここではっきりと決めましょう。 このふたりの為でもあります。 いくら命令が出ていたとは言え、人様の家でこんな大破壊を伴う失態はいけません。 限度があります」
チルドが厳しい表情で言った。
「うーん、ではこれから裁判を開きましょうか。 ツナ、マヨもそれでいい?」
「はい、お願いします」
ユキがツナマヨ姉妹にそう聞くと、緊張気味だったふたりは礼儀正しく答えた。
・
「ガヤガヤ、ヒソヒソ…」
コンコン
「ご静粛に。 では、これより『プラズマ捕獲失敗事件裁判』開廷します」
一番中立的だと思われたツインテが裁判長に任命され、ユキ家リビング内で即席裁判が始まり、罪状が読み上げられた。
「被告人ツナ及びマヨ、この罪状の内容で間違いないですかな?」
「はい。 間違いありません」
「まずは被害者ユキさんどうぞ」
ツインテ裁判長がユキに発言を求めた。
「そ、そうね。 ツナマヨ達には躾のためやっぱりちょっとしたお仕置きが必要かしらね。 詳細はさっきの通り『やらしー下着のままお尻をペチペチと撫でまわすように100回叩くの刑』がいいわ。 これはしょうがないことなのよ。 ああしょうがない、しょうがない」
「ザワザワ」
「チルドさん発言を許可します」
ツインテが挙手していたツナマヨの弁護人チルドを指名した。
「ツナマヨのふたりはまだ若いです。 AIメイドとして誕生してからとても日が浅いのです。 それにプラズマ捕獲の命令を研究所から受けていました。 それらを考慮すべきです」
「ふむふむ、それで?」
ツインテがいつの間にか掛けていた伊達メガネの端を摘まんで上げた。
「つまり情状酌量を求めます」
「ザワザワ…」
「どういった減刑が相応しいと申すのですか?」
「それは…」
室内が静まり返り緊張感が漂った。
「それは、姉である私が刑を受ける代わりにツナマヨを無罪とするという事です」
「ザワザワ、ザワザワ…」
場内が「いったいこれはどういうことなんだ」といった雰囲気でざわめいた。
コンコン
「ご静粛にー」
ツインテがありもしない口髭を弄るような仕草をして木槌でペンギン柄のコースターを叩いた。
「チルドさん、続けてください」
「今回のツナマヨの失態の件は先んじて適切な指導をすべきであった先輩メイドである私、このふたりの姉でもある私の監督不行き届きの結果であります。 従って、ふたりに代わって姉である私が刑の全てを受けるということです」
「ツナマヨさん発言を許可します」
挙手していたツナとマヨが指名された。
「私達はチルドお姉さまの案に反対です」
ツナが言うとマヨも透かさず頷いた。
「なぜならば、姉は何も悪い事をして無いからです」
いつもは無表情が多いマヨが力強く答えた。
「うむ…。 他に意見がある者は?」
「はいはーい!」
「パープレアさんどうぞ」
元気よく挙手したパープレアをツインテが指名した。
「朝見たら何でか知らんけど2階の廊下の穴は塞がって直っていたぞ。 誰がやったか知らないが、ツナマヨかチルドがやったのか? さっさと直したのならチルドの案を認めるか減刑してあげてもいいんじゃないか」
「ふむ、今のパープレアさんの証言ですが、2階の廊下の穴を直した者は誰ですかな。 挙手してください」
「ザワザワ…」
一同周りを見回したが、手を挙げている者は誰もいなかった。
「ふーむ、2階の廊下の穴を塞いだ者は不明と…。 いささか腑に落ちないこともありますが、他に発言が無いようでしたら皆さんからの発言、聞き取りはここまでとします。 まだ言い残した事がある方は挙手をお願いします」
「…」
「無いようですね。 では15分間の休憩の後、判決を言い渡します」
コンコン
「一時休廷」
・
ゾロゾロ
「ザワザワ」
重苦しい空気の休憩時間が終わり、全員が戻り席に着いた。
コンコン
「ご静粛に。 それでは判決を言い渡します」
「…」
ツインテ裁判長の方向を皆が見上げ息を呑んだ。
「判決、被告人ツナマヨを無罪とする。 ただし、その代わりに姉チルドを監督不行き届きの罪として『やらしー下着のままお尻をペチペチと撫でまわすように100回叩くの刑』に処する」
「ザワザワザワザワ…」
場内のざわめきがピークに達した。
「尚、この判決は情状酌量により、被告2名の罪に対する尻撫でまわし叩き100回ずつの合計200回を100回に減刑してでの判決である。 刑の執行はユキに一任するものとする」
「意義あり! 意義ありです!」
ツナマヨが手を挙げて激しく抗議した。
「…ツナマヨ止めなさい…もう判決は下されたのよ…」
チルドが静かにふたりを制止した。
「ですが、お姉さまは全く悪くないのです! 例え半分の重さの刑でも罰を受けるなんて間違えてます! 理不尽です!」
「ふたりとも見苦しいわ、黙りなさい!」
チルドが声を強めた。
「嫌です! 嫌です! そんな姉さまがー!」
「いいですか。 これをいい機会として弁えるのです」
そうチルドが諭すと、ツナマヨのふたりは生まれて初めて泣き崩れた。
ユキはチルドの想いを察し、それを静かに見守るように口を閉ざした。
コンコン
「これにて『プラズマ捕獲失敗事件裁判』を閉廷とします」
「はー、疲れたわ…」
ツインテ裁判長は閉廷を告げると、つい小声で本音を漏らしてしまった。
・
昼食後、ツインテとパープレアは先ほどの裁判の件を話し合っていた。
「ツインテ裁判長、ご苦労様でした。 で、大きな声では言えないけどさ、どうせあの判決あれだろ、仕込みってやつ。 チルドが全責任を負って罰を受けるってなってるけど、元から判決はああなるってユキとチルドの間で決まっていて、実際はユキが刑の執行をしない筋書き。 んで、そんな事とは露知らずなツナマヨ達に猛省を促し、結果良い方向に導くってやつだろ」
「さらに言えば、何か月か、何年かしてツナマヨのふたりが落ち着いてきた頃、実はあの判決の刑は最初から執行される予定の無いものだったと種明かしして、じんわりとあの時ツナマヨ達の為、一件落着丸く収めようとして何が起こっていたのか分かってもらおうと。 全くニクい演出だねこれ」
パープレアがヒソヒソとツインテの耳元で囁いた。
「どうかな…。 そんなシナリオ聞いたことはないが、少なくとも判決は公平に下したつもりだ。 なんかこっちは軽い気持ちで裁判長なんて役を引き受けてしまったが、思ったよりヘビーで疲れたわー。 はー、甘いものでも食って休むとするか」
「やだわツインテおばあちゃん、さっきアップルパイ食べたばっかりでしょ…」
「そうだったかのう…。 でもやはりユキがチルドにお尻叩きはないよな…」
「ないでしょうね。 全く想像できない光景で、あったら見てみたいものです。 まさかね…」
ふたりは苦笑いしながら顔を見合わせ、意見の一致を確認した。
「そうそう、2階の廊下の穴を夜の内に直したのはツインテでしょ、修復魔法で。 何で裁判中に言わなかったの?」
「ゲフン、ゲフン。 んーレアよ、お茶はまだかのぅ?」
「はいはい、答えたくないんでしょ。 お茶ですね、今淹れますよ。 …あのプラズマ出現、本を正せば私達に原因がありますからね…」
・
「えーそんなー、あと3日待ってくれって!」
裁判が終わってから約3時間過ぎた午後、科学者永久とビデオチャットで会話していたユキが困り顔で声を張り上げた。
「すいませんねー。 どこで聞いたんだか突然の査察が入って来てしまいまして、役所の怖いおじさん達が『お前ら未知物質を隠し持ってるだろー、さっさとよこせ! しばくぞゴルァー! 入手元も吐けぇ!』てな感じで脅して来るんですよー。 あー怖い怖い」
「でもチルドの量産試験機には未知物質は直接使われてないんでしょ?」
「それがですね、調べれば製造マシンの方に未知物質が使われていると直ぐに分かっちゃうんですよこれが。 参ったなぁ。 製造マシンの方はサッと隠せたんですがね」
「はあ、しょうがないわね。 了承するけどこのツケは高く付くわよ。 覚えておいてくださいね。 ニッコリ」
「ゾゾゾ、そりゃもう、あれこれさせて頂きます!」
「まあいいわ。 あの見習いメイドのふたりはまだまだ未熟なので、もう少し教育したいところもあったし」
「ですよねー、この世の何たるかをバッチリ教えてあげてください!」
「あんたらがプラズマ捕獲なんて命令したからややこしくなってるんですけど!」
「えっ、プラズマ出たんですか!?」
「もういいです、3日後の午後3時に迎えに来てください。 切るわ!」
プツッ
「ふー、アイツと話すとどっと疲れるわ…。 …あっちも今頃「ああ、あの子と話すと疲れるわー」とか言ってるのかな…」
「…」
「でも、お別れ会の準備もできてなかったし…、丁度いいかな、あと3日」
ソファーに深くもたれ掛かったユキは、キッチンでチルドからの指導を真剣に受けているツナマヨの方を見た。
「いい子達なんだけどね…これ以上いられたら手放せなくなってしまいそうで…」
「コラッ、ツナ、腕のバーナーで魚を焼いてはいけません!」
「ですが、チルドお姉さま、こちらの方が火力が強くて効率的です」
「あのですねマヨ、繰り返しますが効率ではなくてですねっ」
カンカンガクガク、ドタバタ、トダバタ
「メイドが3人もいると賑やかなもんだな…」
そんなほのぼのとした雰囲気の中、ユキは3日後の別れのことを思うのであった。




