17 メイドのお仕置きです
翌日、キッチンでチルドは期間限定新入りAIメイドにテキパキといつもの仕事を教えていた。
シャリシャリ
「リンゴは包丁でこう剥きます」
チルドはふたりの新入りメイドにリンゴ剥きを見せた。
ザッ、キュイン、スパン
「これでよろしいでしょうか」
「全く違いますね」
「結果に違いは無いはずですが?」
「過程が全く違うと言っているのです」
「結果が全てだと思われます。 味も形も衛生度も全く同じで加工時間が大幅に短縮されているのならこの方法がベストだと結論します」
「違います。 これはこの家の人間が食べるのですから、機械的な作業で一瞬で剥いた物は向かないのです」
「お姉さまの言ってる方法では非効率的です」
ツナが無表情で反論した。
「腕のアタッチメントに包丁を接続するのもダメですね」
「とても機能的で作業効率が上がります。 お姉さまの10倍のスピードで目標達成するのにどうしてだめなのですか?」
マヨが全く理解できないといった表情で反論した。
「メイドの振る舞いとしては機械的過ぎると言っているのです。 私達は人と共存しているのです」
「これを食べる人が加工時に見ている訳でもありません…。 分かりません」
ツナとマヨが顔を見合わせた後、マヨがチルドの方向を向いて言った。
「私達はミキサーや掃除機とは違うのです。 平常時、家の中で可能な限りマシンとしての仕草を見せないようにするのが人にとってはいいことなのです。 非常時はその限りではありませんが、せめて平常時だけは弁えてください」
「そうなのですか。 覚えておきます」
ツナが少し不満そうな表情をして言った。
・
「お姉さまの腕の3Dプリンター機能は羨ましいです。 私達、量産試験機にはまだ搭載されてない機能です」
キッチンでの家事の合間にツナが初めて無駄話を始めた。
「これは特別に研究所の助手マリコが取り付けてくれた物です」
チルドが腕を見せて答えた。
「新しい物は素晴らしいです。 古い物はいらなくなります」
ツナが意味深な発言をした。
「新しい機能は素晴らしいです。 旧型機能はゴミになります」
頷いたマヨが続いた。
「何か言いたい本題があるのですか?」
不審に思ったチルドが問い質した。
「私達、量産試験機の総合的な能力はそれぞれチルドお姉さまの1.5倍を凌駕しています。 その理論から言いますと、いずれ近い内にお姉さまはこの世界のどこにいても不要になると言うことです」
「旧型でメンテナンスコストも高いお姉さまは、不要になり研究所に戻され、解体されて廃棄処分になることでしょう」
ツナは作業をしながら冷たく言い放った。
「でも心配しないでください、その後は私達がこの家の仕事を受け継ぎますので、問題ありません。 お姉さまは冷え切った機材置き場の片隅で旧型パーツのサンプルとして解体展示され続けますので安心して余生をお過ごしください」
マヨがメガネに手を当て目を細めて言った。
「…。 ツナ、マヨ、本気でそんな事を言っているのですか?」
「…」
ツナとマヨは黙って作業を続け、不穏な沈黙が続いた。
「クスクス…。 クスクス…。 冗談です。 私達のジョークはどうだったでしょうか? ここに来る前にふたりで考えました。 このような冗談を言ったらお姉さまはいったいどういった困惑の表情を浮かべるのだろうかと」
ツナが小さく笑い沈黙を破った。
「クスクス…。 クスクス…。 落として持ち上げる。 これでお姉さまとのコミュニケーションも高まるといった寸法です」
マヨもツナと同じような表情で笑った。
「…そうですか。 とても楽しいジョークでしたね」
「でもちょっと姉をからかうには問題のある単語が含まれているようでした」
キュッと布巾を絞ったチルドは、ツナマヨコンビを首を4度傾けた笑顔で見渡した。
・
「チルドー、冷蔵庫に入れておいた飲みかけの聖水知らない? …って、これはいったいどういう状況でしょうか?」
キッチンに入って来たユキはチルドに話し掛けた直後にレアな光景を目にした。
「これはですね、見過ごせない粗相をした新人メイドにちょっとしたお仕置きをしてるところです」
「おお、このメイド先生チルドを怒らせるとは、なかなかやるな新人メイド諸君! あ、結構やらしー下着を着ているのね。 これあれでしょ、マリコさんの趣味」
「…屈辱です…」
下着姿でキッチンの床に正座させられたツナが頬を赤らめて俯いた。
「…こんなはずではなかったのです…」
同じ格好のマヨが呟いた。
「いったい何があったの?」
「私達渾身のジョークがチルド姉さまを怒らせてしまったのです」
「ああ、面白いと思って言ったジョークが見事滑ってしまったのね。 あるある。 人生にはそういうことが多々あるものだわ。 私にも昔あったわーそういうの。 気を落とさずがんばってね」
「ううう…新型機である私達は完璧なはずだったのに…」
「どうしてこうなってしまったのでしょうか、ツナお姉さま…」
「…ショークはね、相手を楽しませなくてはいけないのよ。 自分達が楽しいだけじゃだめ」
ユキが諭すように優しく言った。
「…そうでしたか…」
ツナマヨが下を向いて反省した態度を見せた。
「そうだ、じゃあ、こうしましょう!」
ユキが何か名案を思い付いたといった感じで鳴らない指を弾いた。
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「ええと、これは…」
益々状況が分からなくなってきたツナとマヨ。
「これは、先日某所から届いたスク水の予備。 サイズが小さく合わなくて誰も使わなかった品よ」
「これを着た私達はいったいどうなるのでしょうか?」
「そのままチルドの指示でメイド修行を続けるといいわ」
「この姿でですか!」
「何かとても恥ずかしいものを感じます。 ちょっとサイズが小さいようで、くぅっ、股間の辺りの締め付け具合が…、き、きついです」
マヨが赤らめた顔で、足を内股気味にもじもじさせながらユキを見た。
「うん、その色っぽい声! さすがチルドの妹達だわ」
「チルドを怒らせたんだからこのくらいはね。 修行も続けられて名案だと思うのよ。 どうチルド、この光景」
「はい、名案だと思います」
チルドはニコニコして答えた。
「ちなみにさっきのやらしー下着のままお尻をペチペチと撫でまわすように100回叩く案もあったけど、こっちを採用したわ。 そっちも捨てがたい案だったんだけど、その方がよかった?」
「アワワ…この完璧新型AIメイドの私達が…」
ツナマヨのAIはこの世の理解し難いものの一端を垣間見たような気がした。
新人メイドの修行は、ふたりの想定外の方向で進むのであった。




