16 チルド量産試験機です
「でわーそういうことで、すいませんね。 急に決まった実証試験なんです」
科学者永久はビデオチャットでユキと話していた。
「うーん、しょうがないなー。 くれぐれもプライバシー侵害するようなことはしないように。 3日間だけよ」
「それは約束します。 ありがとうございます。 それでは今日中にお届けしますので、よろしくお願いします」
プツッ
「はー、なんでこんな話が来るかな。 この家、今、変な魔法騎士達に絡まれて非常事態なんだけど…」
「ユキ、どういう話だったのですか?」
チルドが聞いてきた。
「なんかね、研究所で最近ロールアウトしたロボットの実証試験をこの家でやりたいそうなの。 断ると妙な疑いが掛かりそうなので、止む無くもうOKしちゃったんだけど」
「妙な疑いとは?」
「ほら、不思議現象満載でしょ、ここ。 一応プラズマがどうのこうのでごまかしてきたけど。 あっちは実証試験中に謎プラズマが出たら捕獲したいとかも言ってたわ。 本当にプラズマが未知物質を持っていると思ってるのね」
「まあ、そのデタラメはユキが言い出したものですからね」
「そうなのよ…。 嘘はだんだん辻褄が合わなくなってくるものね」
「そのロボットの製造には、あの提出した服から検出された未知物質が早速使わてるらしいわ。 高コストで量産不可能だったパーツを、低コストで作れる生産システムが開発できたとかなんとか」
「技術の進歩に役立ったんですね」
・
ピンポーン
「こんにちわー、研究所からのお届け物です」
「ああ早速来た来た…ハイハイ」
ドカドカ、バタン
ユキとチルドが協力してリビングに大きな箱を2個運び込んだ。
「はー、棺桶みたいなサイズの丈夫な箱がふたつ来たわね。 ではバールのような物で両方共開封の儀式を」
「ハイ」
バコバコ、バサッ、バサッ
チルドがさっさと開封し、箱内にあった梱包材をどかすとそこには美しい人型のロボットが入っていた。
「あれれ、この眠り姫はチルドとそっくり。 いったいどういうこと?」
「これは恐らく私の同型機、いや新型機でしょう…。 キボウベースのAIでロボットの体を与えられたのは私だけでは無くなったということです」
「ふーん。 メイド服を着ていて髪型もチルドと同じボブカットだけど2体共髪色は水色ね。 片方は区別の為か今風のメガネを掛けてる。 これもチルドみたいに喋るのかな…」
「会話可能のようです」
「鎖骨の下のところに型番が印字されてるわね…N1800だって」
「私の体がN1700なので、やはり新型になってます」
「これ、起動してもこの家の内部でのことは外部に伝えたりしない?」
「永久がプライバシー侵害はしないと言っていたのなら大丈夫だと思います。 念のため後で確認します」
「じゃあ、起動してみましょうか?」
「ハイ、起動」
ピッ
チルドが起動信号を送り新型機2体が起動した。
「ピキュイーン。 チルド2号機起動しました」
「ピキュイーン。 チルド3号機起動しました」
「おお、今度はピロリンじゃないんだ。 あのピロリンが良かったのに…。 こんにちわ、チルドシスターズ。 私はユキ。 隣にいるのがあなた達の姉、チルドよ。 3日間だけの付き合いになるけどよろしくね」
「よろしくお願いします」
2体が声を揃えて言った。
「3号機ちゃんがメガネっ子なのね」
「外見上での識別のためメガネを装着しています。 視力に問題はありません」
「そうなんだ。 …喋る子達の名前が数字なのは何か変よね。 名前はないの?」
「名称はチルド2号機、及び同3号機となります」
ハモらず2号機が代表して答えた。
「ちょっとチルドに比べてクールで硬い感じよね」
ユキが口元に手を添えてこっそりとチルドに言った。
「まだ、AIがこの人間社会に慣れてないのでしょう」
「うーむ、これはいかんな。 さっそく会議だ」
そう言うとユキはリビングにツインテとパープレアを呼んだ。
・
「以上! これがここまでの経緯よ」
ツインテとパープレアに一通りの説明をしたユキ。
「おう、ワタシとレアが昼寝している間にそんなことになっていたのか」
まだ眠そうなツインテがソファーに座りチルドシスターズを見上げた。
「ふあっ。 もぐもぐ。 ほんと、色とメガネ以外はチルドとそっくりだな。 これが科学の力と言うモノか。 もぐもぐ」
パープレアがコンビニのツナマヨネーズ味おにぎりを食べながら、物珍しそうにチルドシスターズを見回した。
「そこで議題はこのチルドシスターズの名前よ。 今は2号とか3号なので数字じゃないちゃんとした名前が欲しいわ」
「このチルドシスターズのふたりは名前を欲しがっているのか?」
ツインテがユキに質問した。
「そうね。 ふたりの意見も聞かなくちゃね。 ふたりは名前、欲しい?」
「どちらでも構いませんが、長い名称だと呼び難いのは確かだと思います」
「よし、では名前の案がある者!」
「…」
「じゃあ最初は私から…。 2号ちゃんは『チル子』、3号ちゃんは『シス子』」
「ハイハイ!」
「ツインテ君どうぞ」
「デスルドーとダークルドーだ」
「チルドは何か案があるか?」
「そうですね。 シンガタとメガネと言うのはどうでしょうか」
「パープレアは?」
「んじゃ、『ツナ』と『マヨ』で…」
…激論の末、最終的に本人達に選んでもらうことになった。
「はい、では決まりました。 2号ちゃんの名前は『ツナ』、3号ちゃんの名前は『マヨ』で決定です!」
「おお、結局パープレア案の短い名前に決まったな」
ツインテはパープレアを褒めた。
「そうね。 短いのが良かったのだったわ。 それでは、改めまして、よろしく。 『ツナ』ちゃんと『マヨ』ちゃん。
「その『ちゃん』はいらないです。 長くなりますので」
ツナがクールに言い、マヨが頷いた。
「そう、ではツナ、マヨ、よろしく!」
「よろしくお願いします。 みなさん」
そう言うとツナとマヨは深くお辞儀をした。
「ツナとマヨに聞いておかないといけないことがあります」
チルドがふたりに質問した。
「なんでしょうかチルド姉さま」
「あなた達はこの家で見聞きしたことを外部に伝えるように指示されているのでしょうか?」
「この家の人達の指示に従うようにと言われてます」
「それではこの家での事は外部に伝えないようお願いします。 ここは人が住む家、プライバシーの問題です」
「分かりました。 私達がここへ送られた目的はこの家で経験を積むことです。
それが実証試験の主な目的です。 この家のパライバシーを暴くことではありません」
ツナとマヨはチルドの話に了承をした。
それを聞いたユキは、ほっと胸を撫でおろした。
・
「こちらからも質問よろしいでしょうか?」
ツナがユキに聞いた。
「どうぞ」
「こちらの薄紫の髪の方の事を私達は存じ上げません。 与えられていたデータに該当する人物がいないのです」
「うーん、そうね。 この子はパープレア。 居候ツインテの遠い親戚よ。 要するに居候2号ってところね」
「ハッハッハ、よくぞ聞いてくれた、我が名は死を告げる魔女パープレア!」
ドカバキッ
チルドがパープレアを押さえ付けユキがパープレアの口を塞いだ。
「…」
「急にどうされたのですか?」
ツナとマヨは目の前の光景を不思議に思った。
「これは…そう、プロレスごっこよ。 偶にあるでしょ、こういうことをしてみたくなることが」
「そうなんですか?」
「パープレアは魔法少女アニメが大好きなのよ。 この歳で今後そんな恰好をすることもあるかもしれないけど、ちょっとマニアな子のコスプレみたいなもんなんで広い気持ちで見守ってあげてね。 あ、この水着はこの子の専用ユニフォームなので気にしないで」
「はい」
「ゲホゲホ、よくわからんがそういう事だ。 ああ、おにぎりもうひとつ食っていいか?」
「どうぞどうぞ」
ユキはテーブルに置いてあった袋からコンビニのおにぎりを4つほど取り出してパープレアに選ばせた。
「ウーン、じゃ、これにしようかな」
パープレアは梅おかか味おにぎりを手に取った。
もしさっきパープレアが食べていたおにぎりがその梅おかか味だったら、ツナとマヨの名はウメとオカカになっていたのだろうか。 ふと、そんな事を考えるユキであった。




