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11 死を告げる魔女、パープレアです


11 死を告げる魔女、パープレアです





「ユキ、この冷蔵庫にずらりと何本も入っているペットボトルの水はなんでしょうか?」


 冷蔵庫を開けたチルドは怪訝な顔をした。


「それね、それは聖水よ。 特に体への効能はないけど精神的なリフレッシュ効果が期待できるわ」


「スピリチュアル的な品ですか? それともオカルト?」


「いいえ、ただの私専用ミネラルウォーターの別称よ。 気にしないで」


「そうでしたか」


「たくさんあるんで飲みたいなら飲んでもいいけど」


「いえ、私は普通の水でいいです。 冷却液にも使えます」


 チルドはユキがここ4日間外出した形跡がないのにペットボトルの水が大量に増えていることを不思議に思ったが、それ以上の追求は止めておいた。 それが思いやり、そんな気がした。



「ユキ、ツインテはどこですか?」


「ああ、さっき隣の部屋でコンニャクを転がして遊んでたぞ」


「そうですか…ではお話があります」


「改まって何?」


「…昨日マリコと同じ部屋で休んだのですが、彼女と就寝前に少し話しをしました」


「ふーん、何か言ってた?」


「そこでの話のひとつなんですが、研究所でユキの服がサンプルとして回収された件の続きがありました」


「あーあれあの後どうなったか分かったの?」


「マリコの話ではサンプルとしての服からは確かに未知の物質が検出、採取され皆大喜びだったそうです。 ですが…」


 チルドは眉をひそめた。


「ですが?」


「調べた服のセットの中には下着は入ってなかったそうです」


「あー私のパンツとブラ。 ん~、ということは…どこかで抜き取られた?」


「そうなりますね」


「あー! あいつしかいないじゃん! やっぱりむっつりすけべ野郎だったか…」


「単純に考えると、科学者永久が抜き取ったという説が有力かと思われます。 ですが永久は問い詰めたマリコに対して、服と一緒に袋の中に入れてあった下着がいつの間にか消えていたと証言したとのことでした」


「ふーむ。 つまり、永久を信じるか信じないかという問題になるのね」


「そうです。 ユキは信じますか?」


「チルドはどうなの? 永久は生みの親でしょ? 信じるの? 信じないの?」


「被害者であるユキには大変申し訳ありませんが、私はこの件、これ以上の追及は止めた方がいいと思っています」


「珍しく有耶無耶な結論を望むのね、チルドらしくない。 どうして?」 


「永久も男性です、そのような欲望に突き動かされ間違いを犯してしまうこともあるかもしれません。 ですが、ここは気付かないふりをして見逃してやるのも思いやりなのではないかと考えるのです」


「うーん、妙な思いやりだけど…チルドは永久を庇いたいのね」


「生みの親だからと言われればそうかもしれません。 酷く身勝手な考えだとは思います」


「でも永久が本当にやってなかった場合はどうなるの?」


「それは…、想定していませんでした…」


「チルドにも信じてもらえてないのね、あいつ」


「…」


「わかったわ、あの下着が出て来るまでこの件は保留としましょう」


「ありがとうございます。 研究所内でも今のところこの件を知っている者は永久とマリコだけなので話が広がることはありません。 彼女もユキの判断に任せると言ってました」


「永久、あいつなー基本信じられると思うんだけど、変に軽いところもあるからなー。 疑われてもしょうがないか。 天才科学者には変人が多いってのも納得するわ」


ヴワーン


「ヘヘヘ、聞いたぞー! お前達の仲間エイキューは下着ドロのハンザイシャー!」


 リビング内に聞き覚えのない敵意溢れる女の声が響いた。


「侵入者!」


「え!? 誰?」


 ユキ達のいたリビングの天井の角に出来ていた小さな黒い隙間が広がりだした。


「これは…空間の裂け目! こんな場所にあり得ない…。 ユキ、危険です下がっていてください!」


 チルドは緊迫した声でユキに指示をした。


 空間の裂け目はみるみるうちに上下左右に広がり幅2メートルは超えた。


 そしてその空間の中に見慣れない容姿をしたひとりの人物がいた。


「私の知識の範囲内だとああいうのは魔女って言うんだけど…」


「正体不明の侵入者です、警戒してください!」


「ハッハッハ、お前達か、ツインテを誑かして連れ回しているという不埒者は。 見つけたぞ」


「あなたはどこの誰!」


 チルドが声を張り上げた。


「我が名は死を告げる魔女、パープレア。 ツインテは返してもらうぞ」


 パープレアを名乗る魔女は大きな魔女帽子のひさしを摘まみ、マントを翻した。 それは15歳くらいの小柄な体ながら異様な威圧感を放っている紫の服を着た人物であった。


 尖った魔法帽子には不気味な目玉が大小縦にふたつ並んでいて、周囲を見回すように動いていた。


「隠し立てすると容赦はしないぞ。 まずはこの家の壁が邪魔だな。 全て木っ端微塵に破壊してくれよう」


 パープレアからどす黒い殺意が溢れ出した。


「破壊魔法デウエクセクラッシュ」


ドグワーン!!!


 室内で急激なエネルギー変換が始まり近くにあった家具類が巻き込まれて光になって分解されていった。


「ほれ、死ぬがよい腑抜け共」


ピシピシ、ズギャーンッンンンンン!!!………


 部屋全体が一瞬光って光が収まるとそこは通常空間と異次元空間が半々に混ざったような光景になっていた。


「ん? なんだ? 聞いてないぞ。 この空間の周囲が時空断層化された…魔力エネルギー変換が不安定だ…」


テクテクテク…


 隣の部屋からコンニャクを持った金髪ツインテールが入って来た。


「あまり家をガタつかせるな…乱暴者。 …久しぶりだな、パープレア。 ワタクシは今曖昧記憶喪失なのだ。 だが、お前のことは知っている。 退け、死を告げる魔女パープレア」


 ツインテはまるで別人のようないつもと違う落ち着いた口調で喋っていた。


「我々の世界に帰るつもりは無いのか?」


「全く無いな。 ここがワタクシの住む家だ。 さっさとひとりで帰れ。 言っておくが争ってもオマエに勝ち目は無いぞ」


「ハハハ、つまらぬ冗談を、私があなたに負けるとでも思っているのですか?」


「まだわからんのか、お前では勝てない。 なぜならば…」


「オマエはここにいるこのふたりさえ倒せないからだ」


「ふざけた事を抜かすな! この寝ボケ爆発魔人が!」


 激高したパープレアは青白いスパークを含む黒い闇を周囲に纏わせた。


 ユキとチルドはアイコンタクトを取り咄嗟に左右にジャンプ。


 この空間では、部屋の壁や仕切りは薄っすらと見えていても意味が無くなっていて、思いの外広く行動できた。


 ユキとチルドによる反撃が始まった。


「うるさい小物共が」


キュユィー、ズバン!


 パープレアが両手を広げると掌の黒い闇から一筋の光が放たれた。


 ユキとチルドの足元の半異次元化した床が光で切り裂かれた。


 光はユキの体にも掠めたが自力で張っていた霧状氷雪シールドで防がれた。


「危な!」


「ん!? この人間多少能力を使うのか…」


 パープレア右手側にシールドを増強しながら駆けるユキ、そのシールドが接触しそうになる寸前、パープレアは掌からさらに強力な光を撃った。


「無意味なことを!」


ズバン!


 光の直撃を受けた霧状氷雪シールドが激しく霧散し周囲を白い靄が包んだ。


「クッ、小賢しい!」


バッ!


 片手で虫でも追い飛ばすかのような素振りをしてパープレアは靄を払った。


「うぐ?」


 ユキと靄に気を取られたパープレアが瞬間、左側に遠ざかっていたチルドを見失った。


 本来見失うはずがなかった。 パープレアの魔法帽子には正面の上下に2個の目がある他に真後ろにも目がひとつあり、それらの視野が本体とリンクしていたからだ。


 獲物を見失ったパープレアの帽子の目が、激しく上下左右に動き索敵を行った。 


「ばかな…どこに行った。 必ず視界内にいるはずだ…」


 薄く残った靄の向こう側に、ダークグレーの板状の何かが数個置かれているのを帽子の目を通してパープレアが認識した。


「遮蔽物か? それで隠れたつもりか! 薙ぎ払ってくれるわ!」


 それはチルドの腕の新機能から作られた人間が身を潜められるサイズのダークグレーの板だった。


ズキャズキャズキャッ!


 すれ違いざまに振り返ったユキが氷結魔法の尖った氷を撃ち込んだ。


グワンバサッ!


 マントの大きな一振りで防いだパープレアだったが、氷の結晶が飛び散り一瞬だが再び周囲の視認性が低まった。


「くどいわ!」


 パープレアは目を細めて苛ついた。


チュイーン、ドリュリュッリュリュー!!!


 遮蔽物の後ろに隠れていたチルドからピンク色に光る物体が放たれみるみる間に拡大して人型の物体になった。 遮蔽物と同じくチルドの作り出した造形物だった。


「あれは! …鋼色鎧兵!」


 ユキが叫んだ。


 色はダークグレーにピンク色の点々模様だったが、その形は確かにあのダンジョンで見た鋼色鎧兵だった。 


 鎧兵は射出時のスピードを保ち、遮蔽物を次々ぶち破り突き進んだ。


ビュン、グワン!


 3メートルを超える鋼色鎧兵の巨大斧が振り下ろされた。


「ちいっ、ウルセーナー」


 一瞬遅れて鎧兵に気付いたパープレアが左手からの光線で鎧兵を薙ぎ払った。


 その猛烈なエネルギー量の攻撃にあっけなく粉砕された鎧兵だったが、本体より硬度を上げた設定で射出成型されていた巨大斧だけはパープレアの真上から落ち、パープレアは反射的に後ろに仰け反って小ジャンプした。


ズシャッ


「ぬあに!?」


 着地したパープレアは足に大きな違和感を覚えた。 見ると両足が凍り付いていた。


「小細工を!!!」


ドリュリュッリュリュー!!!


 氷を薙ぎ払う前にチルドから2体目の巨大ハンマーを持った鋼色鎧兵が放たれた。


 動けないパープレアを鋼色鎧兵の巨大ハンマーが襲い、防御体勢を取ったところでさらにユキの放った氷雪魔法で下半身が分厚く凍らされた。


「なめるなー!!!」


グワワワワンッ!!!


 パープレアは殆ど詠唱無しの強力な破壊魔法で足元の氷を爆砕し、その爆風で鎧兵とハンマーをも弾き飛ばし塵にした。


「…」


 ツインテの口元がほんの少し歪み、微かな笑みを浮かべた。


「ハア、ハア、ハア…調子に乗るなよ腑抜けクズ共…」


 収まる爆炎の中から下着以外の衣服が飛び散り、激しくダメージを受け髪の乱れたパープレアが現れた。



「もうヤメロ、パープレア、今の無理に行った詠唱無しの魔法でお前はもう魔力切れだ。 それはもう魔法使いとしての敗北を意味する。 もう負けだ」


「ゼイ、ゼイ、ゼイ…負けるわけがない! 私を誰だと思っているのだ…グフォ」


 片膝をついて体勢を崩したパープレアが詠唱を始めた。


「…」


 ユキとチルドは身構えたが、ツインテは腕を横に突き出し制止するようなジェスチャーをしてふたりを止めた。


「…!」


グッグワアアアアアアッ! ギャアアアアア!!! ァァァァァァ……


 パープレアが絶叫し、発生した青白い炎の中に倒れ込んだ。


「バカなヤツだ…出涸らしの不完全な魔力で自滅しおった。 破壊魔法は繊細な物なのだ。 全神経が焼かれる思いだっただろう…」


「今楽にしてやる。 眠れ、死を告げる魔女」


 そう言うとツインテは魔力を集中させ、倒れ込んだパープレアを爆破魔法のターゲットにした。



「待って…。 待ってツインテ…。 この子を殺さないで…」


「ふう。 甘いなユキ…。 お前はいつもそうやって見捨てず解決しようとする」


「一緒に生きられる道がきっとあるはずだから…」


 そう言うとユキはその場にへたり込んだ。


ピキーン、ガキャガキャガキャ…


 ユキの左手の細い金色のブレスレットが淡く輝き太いチェーンが現れた。


「え、何これ?」


 チルドの生み出した3体目の鎧兵がユキに近付きそのチェーンを拾い、倒れて意識を失ったパープレアをきつく縛り上げた。


 「それは多分魔力を封じるチェーン。 ブレスレットからのささやかなプレゼント」


 ツインテが遠くの空を見つめるような視線で静かに語った。




 3体目の鎧兵は時間切れになり、ピンク色の粒子に分解してチルドの左腕に戻った。




ズギャーンッ…ピシピシ


 周囲の光景が元に戻り始め、ゆっくりといつもの風景に戻った。


 ツインテが張った時空断層魔法のおかげで部屋の被害は比較的少なかった。


「そいつの下着を調べろ。 鎖は外すなよ。 後は任せる…」


 ツインテはコンニャクをぷにゅぷにゅと弄りながらまた隣の部屋へと戻った。


 ユキにはその横顔がいつもより大人びたような雰囲気に思えた。




「チルド…部屋を片付けるわ。 手伝って」


 きょとんとして取り残されたユキが我に返ってチルドに言った。


「はい、ユキ」


「この子の扱いはこれからゆっくり決めましょう」


「そうですね」




「この子の下着を調べろってどういう意味かしら…」


「さあ、私にも分かりません…」



               ・



 部屋に戻ったツインテは厚みのあるマットレスに仰向けになり足を組み、両手を頭の後ろに置き、河原の土手にでも寝転がっているような体勢をして寛いでいた。


 ツインテはどこで拾って来たのか草の茎を咥えて、上機嫌そうに鼻歌を歌うのであった。


「フンフンフン~フンフフフン~フーフフーフフフ~♪」


 いつの時代の歌なのだろうか。


 それはツインテにもわからなかった。


 歌は静寂を取り戻した家を癒すように優しく響いた。




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