1 新居でAIメイドとツインテ魔人です
今日はある大事件に巻き込まれて6ヵ月間の入院をしていた元黒髪のセミロング少女『ユキ』17歳の退院の日だった。
なんか今日も来るらしいな、あいつ。
ドカドカドカ、トントン
「あーどうぞ」
「永久凍土と書いて『ながひさとうど』です!」
「でも小学生の頃から『えいきゅう』と呼ばれることの方が多いのでどっちでもいいです!」
科学者永久40代男性は笑顔で病室に入ってきた。
「退院おめでとうございます。 あなたの住む部屋は手配してあるんですよ、ささ帰りましょう」
「相変わらずお調子者な感じだな。 何か悪い予感しかしないんだが…」
「そんな事はないですよ。 ただちょっとだけやってもらいたいことがあるだけです」
「あー早速来たか。 私、病み上がりなんですけど」
「でもほら、髪の色だいぶ戻ってるじゃないですか。 元が黒、あの事件で真っ白になりましたが今はグレーですよね」
「色の問題じゃないんですけど」
「半分戻っているということは例の能力もある程度戻っているんじゃありませんか?」
「だったらどうなの?」
「少々協力して頂きたいことがありましてね、ね、ね」
永久は手を口元に近付けてヒソヒソ話のポーズで話した。
「うざっ」
その後荷物をまとめたユキは病院玄関で待機していた自動運転タクシーに乗せられ、途中コンビニに寄ってから、永久の案内で仮設住宅へと帰ることになった。
ウイーン
「到着しましたよユキさん!」
「ん?聞いていたよりだいぶ大きいんだけど、アパートのような感じ?」
「いえいえおひとりで住むんですよ。 あーでもメイドとかも来るかもしれませんね」
「すぐ隣の大きな建物は何?」
「さすがお目が高い! これですか? これは国連の研究所ですね、ほら、あの大災害の後始末で今もいろいろと対策の研究をやっているんですよ」
「で、何でお隣なの?」
「それはですね、あなたが近くにいると今後とても都合がいいからです!」
「はあ…」
ユキはまたこれかといった表情で肩を落とした。
「しょうがないな。 帰る所はここしかないんだろ」
「そーなんですよ!」
ここは南極の街、J地区。 比較的日本人が多い区域でもあった。
1年前地球を襲った高熱を伴う未曾有の大災害は半年前のユキ達による決死の行動でひとまず収まった。
とは言えその傷跡は大きく、地球上では人間の住める土地は狭い範囲に限られていた。
現在、量子コンピュータ上で動作するAI達の考案により大量の汚染除去用自動機械が用意されつつあり、徐々にではあるが人間の住める範囲は広がり、絶望を脱した街々には復興に向けた確かな明るさがあった。
とりあえず家に入ったユキは、片付けもそこそこにしてコンビニで永久が買ってくれたとろろそばなどを食べ、用意されていた床に就いた。
「スヤスヤ、スースー…」
・
翌朝、低い位置の太陽ながら窓からはきれいな朝日が射し込んでいた。
トントン
「おはようございます」
朝になって、あるはずのない挨拶が聞こえた。
「ハッ! 誰だー。 この家の鍵は私しか持ってないはずだぞー」
「失礼します」
ガチャ。
寝室のドアが開けられた。
「おはようございます、ユキさん。 朝食が出来上がっております」
そこにはメイド姿の14歳くらいの少女が立っていた。
「あんた誰?」
「お忘れですか?」
「??? 分からんぞ。 てか知らん」
「ピロリン! 量子コンピュータキボウに搭載された超AIチルドです」
「半年前にあなたと一大オペレーションに参加して一緒にぎりぎりのところで生還しました」
「その後修理され人型ロボットの体を与えられ、この中に搭載されたのです」
「お、おう、そうだったのか。 どう見ても人に見えるぞ」
「ありがとうございます。 今日からここで働きます」
「聞いてないぞ。 いや…ああ、聞いたかもしれないが、これのことだったのか」
「何か性格が3か月前にちょっと会ったときとも違うが、どうしたんだ?」
「あまりにはっちゃけ過ぎて先行きを心配した科学者永久に調整されてしまいました。 ですが、これも進化成長としてはまあありかなと思います。 前向きなんです」
「そりゃっまた…。 …で、監視役なのか?」
「とんでもございません。 あなたの生活をサポートすることが使命の有能メイドです。 よろしくお願いいたします」
「ユキさんはまだ当分の間自宅療養が必要とのことで、私のような存在が遣わされたのです」
「うーん、まあうざくないんならいいけどね。 今、自分の事さり気なく有能とか言ってた気がするけど…」
「クスッ」
「あー今何か口元が笑わなかったか!?」
「いえいえ全くそのような事は…それより朝食が冷めてしまいます。 なるべく早くに食卓へ」
そう言うとチルドはいそいそと戻って行った。
その横顔は美少女メイドと言った雰囲気でブラウンの整ったボブカットの髪が軽く揺れて微笑しているようにも見えた。
・
朝食後ユキはソファーに座りだらだらとネットのテレビを見ながらパリポリとお菓子を食べ背中を掻いていた。
「意外とだらしないんですね、太りますよ?」
近くで片付けをしていたチルドがちらりと見て行った。
「久しぶりに自宅と言えるところでくつろいているんだ。 このくらいいいだろー」
「ハイハイ」
ピンポーン
「どなたかいらっしゃったようですね。 今日は来客の予定はないはずなんですけど…」
ピンポーン
「南極急便っす! お届け物に上がりました!」
「はーい」
チルドが大き目のダンボールを受け取り持って来た。
それを見たユキは芸を覚えた猫のようだなと思ったが黙っていた。
ダンボール箱には殴り書きのような字で大きく『J地区、ユキ』とだけ書いてあった。
「これだけの住所で来るのか。 すごいな南極急便」
「ユキさんへのお届け物です。 開けます」
掌でキュンと回されたハサミで箱はササっと開けられた。
「おおこれは!?」
チルドの意外な声にユキも箱を覗き込んだ。
「えええ!? 何これ!」
「これは人ですね。 ユキさんと同じくらいの歳の子です」
「今ちょっとスキャンしてみましたが、どうやら生きているようですよ」
そこに入っていたのは膝を抱えた体制で収められていた白い肌の金髪ツインテール少女だった。
「これは保健所に持って行くべきか? それとも警察?」
「でも何か意味があって送られてきたのでは? 手紙は入ってないようです」
「本人が目を覚ましてから聴くしかないか。 じゃあ、ちょっと様子を見てみよう…最悪面倒そうだったら永久に押し付けちゃいばいいんだから」
「あいつこういうの喜びそうだし」
そう言うとユキはまたソファーに戻りお菓子をパリポリ食べながらテレビを見始めた。
「この番組のUFO否定派、魚月教授、まだやってんだなー。 お元気で何より」
「怪獣星人はプラズマの見間違えだってさー、ははは…」
ガタガタガタガタ
「お! 地震か、最近減ってきたと思ったんだが、そう簡単にはいかんか」
ユキは慌てて飲み物を押さえた。
ドドドドド、ドッカーン
「ツインテ復活!!!」
ダンボール箱が爆発し、近くの家具や壁が吹き飛んだ。
ユキ達が慌てて音がした箱の方を見ると、金髪ツインテールの色白美少女が
力の籠った妙なポーズで立っていた。
「何だこいつ、また変なのが現れたぞ!」
「さっきの箱の中身のようですね」
「とうとう復活したのよ! 我こそは大いなるパシフィク帝国の偉大な支配者ツインテ大魔人様だー!!!」
「…」
ユキ達は目が点になった。
「あれ? ここってどこ? もしもしここはいったいどこなのでしょうか?」
魔人ツインテを名乗った少女はポカンとした表情でユキに尋ねた。
「…あのなあ、お前が本当に偉大なら今そこに空けた壁の穴が塞げるはずだ」
冷静さを戻したユキは面倒に巻き込まれたといった表情でツインテに言った。
チルドはこのセリフを、半年前のあの怪獣星人の相手を誘導する発言の応用
なのかなと少し思ったがそんな暇もなかった。
彼女の中では密かに攻撃態勢が整っていた。
「うぐぐ、直す、偉大なるものはこんなこと朝飯前にできるのだ」
「修復魔法リペエイデス…」
ジュルルルルビ…
小さな声の詠唱と地味な音と共に壁は元通りに直りついでに壊れた家具も直った。
「フフフッ、まあこんなものさ、フッ」
ツインテが得意げに腕を組んで自賛した。
「で、この場所を知らないようだけど何のために来たの?」
「それですけどねー、記憶が曖昧なのです」
「さっきなんたら帝国の支配者とか名乗っただろ? 魔法みたいな術も使ったし」
「あーあれ、あれね。 あれは何かそう言わなければいけないような気がしたのですよ。 魔法は体に染みついているというか何といいますか」
「どうやら送り主が箱の中内の緩衝材をケチったせいで運送中に箱の中で頭を打ったらしいのです」
「アホすぎるだろ、送り主」
「ですよねー、私もそう思います☆」
「お前もだよ」
「ユキさん、どうしましょうかこの生ゴ…いえ珍客は」
ツインテはここにいさせてといった表情でユキを見つめた。
「…うーん、面倒そうなので放り出したいところだけど、行く所が無いのなら2、3日くらいはここにいてもいいわ」
「おう! さすがユキ大明神!」
「大明神はやめてくれ、『~さん』でいい」
「おう! ユキ姫!」
「それも相応しいとは思えないからダーメ」
「ユッキー!」
「…もう勝手にして」
チルドは「いいな、その呼び方、私もしてみたい」と思考して羨ましかったが堪えた。
こうして3人による、ゆる騒がしい新居生活が始まった。




