言葉が足りない
「ちげぇよ。俺がやったんじゃねぇ!最初からあそこに倒れてたんだ!」
「喧しいぞ犯罪者。貴様のような穢らわしい異教徒は、嘘しか吐かないその口を閉じろ!」
二人の兵士に無理矢理連行され、地下へ連れ込まれた。乱暴に投げ飛ばされ、壁にぶつかり、ゴン、と鈍い音がした。
「判決が出るまで大人しくしていろ」
木の格子で出来た扉が乱暴に閉ざされる。てか、今の話聞く限り、被疑者無しで裁判すんのかよ。憲法守れよ、っと思ったが、多分ここ日本でも無けりゃ、時代も違う。
「よし、脱獄しよう」
事態がわかったんなら、切り替えてくしかない。絶望的状況だが、諦めるほど馬鹿じゃない。
木の格子は結構粗く作られていて、一部分を削れば、俺の体は通る。
その辺に道具になる石は落ちてる。何があろうと生きてやる。
投獄されて二日。脱獄計画は順調だ。年季の入った木だから、すぐに削れる。後は、巡回の見張りが一番薄くなるタイミングを見計らうだけだ。
こっちへ…来てくれ…
まただ。このブタ箱に入れられてからというもの、下からこの声が聞こえる。完全にホラーだが、寝るタイミングには静かになるから助かる。気を遣ってくれてるのか?
来た。この時間帯は夜だからか、見張りのやる気が一番低い。かつ、次の見回りが来るまでの時間が長い。
「おりゃぁぁぁ!」
勢いよく振り抜いた石が木を突き破る。狭いが、何とか潜り抜けることが出来た。
最初に連れて来られた道を、記憶を頼りに突き進む。と、思うじゃん。
早速分かれ道でどちらへ行けばいいか分からなくなった。
「まずいぞこれは。かと言ってぶっ壊した牢獄に今更戻れねぇ」
取り敢えず、壁に沿って進む。こうすれば必ず迷路から抜け出せると何処かで聞いた。
しかし、それも上手く行かなかった。バレないように、他の囚人が収監されている部屋を避けると、その作戦は通じない。行き当たりばったり、その内誰もいない、松明が灯っていた痕跡すら無い洞窟へ来ていた。
「進むしか…ないか」
今更戻れないし、帰り道も分からない。幸いにも、パクってきた松明はまだまだ持つ。ワンチャン信じて飛び込んでやる。
洞窟はどんどん下へ向かっていった。確実に出口から遠ざかっているが、それに反して俺の心はワクワクしてくる。小学生の頃、川の上流まで探検した時みたいな、そういう気分だ。特に障害も無くトントン拍子で進めているから、危機感が薄れてしまう。
「あっ」
転んだ。違う。落ちてる。
「あああぁぁぁっ!」
思った側からこれだ。早かったな、俺の死も。
バッシャァァァン!
下は水だった。だからと言って、ダメージが無いわけではない。
「背中痛ってぇぇ…あ、松明消えた」
本格的にお先真っ暗と思ったが、その辺に生えてる苔が光ってる。視界は良好。
陸に上がって周りを見渡すと、謎の紋章が刻印された、黒い棒を見つけた。
その根元には、光のような、消えてしまいそうな存在感の美少年が縛り付けられていた。
その少年は普通じゃなかった。異常なまでに白い肌、背中から生える黒い翼。およそ人間とは思えない。
「あんた、何者だ?」
「僕は、堕天使だよ」
「…」
「え、何か無いの?堕天だよ、天使だよ、ロマンの塊じゃん」
一瞬こいつは中二病か何かかと思ったが、それ以上に俺がこの変な世界に来てるんだ。多少の非常識は目を瞑ろう。
「お前は、こんなところで何してんだ?」
「悪いことして、縛り付けられてるのさ。所で君は異世界人だろう。何も分かってないようだから、色々と教えてあげるね」
あっここ異世界なんすね。完全に相手のペースに飲まれている。
「何で俺が異世界人だと分かったんだ」
「そんな良い服、文明レベル的に来てる人いないよ」
そう言って、俺のワイシャツを指す。確かに、連行される途中に見た人は、みんな汚れた、粗く作られた服を着ていた。
「何も分かってなさそうだから、一から説明するね。ここは君がいた地球と同じ、時代的には十一世紀くらい、但しバベルの塔は崩されなかったけどね」
よくわからん。聖書の内容ということは分かるが…
「俺とお前の言葉が通じてるのも、そのせいか?」
天まで届く塔を人が作ろうとした時、神は激怒した。その塔を壊して、人が協力出来ないように、言葉をバラバラにした。それが無かった世界ということか。
「そうだよ。理解が速くて助かる。そしてこの世界は、原初の言葉が失われていない、魔法の存在する世界なのさ」
ガッツリ漫画の世界じゃねぇか。この世界に来た直後なら喜んだだろうが、牢屋に閉じ込められてからでは前途の多難さに目が眩みそうだ。
「そういや、お前は何をやらかしたんだ。こんな所にブチ込まれるなんて普通じゃないぞ」
「恥ずかしながら、数千年前、人間の女の子に惚れて、天の秘密をバラしちゃったんだよね」
ショボっ!もっとこう、反逆とかだと思ってた。
「反逆に関してはルシファーがやらかしてサタンになったね。僕も僕で、人間に文明を教えるという大罪だけど」
「つーか、お前の守秘義務違反がなかったら、人間どうなってたんだよ」
「そりゃ、何にも知らないまま原始人の生活を送ってただろうね。僕のやったことは戦争なんかを起こしたけどさ、同じくらい人を幸せにもしたでしょ。正直この刑は不服だよ」
自己弁護しだした。でも、人間としては、文明をくれたのはこの堕天使だから、割と感謝すべきなのでは、と思ってしまう。
「申し訳ない話なんだけど、一つお願いしていいかな」
数秒の沈黙の後、もじもじしながら切り出した。
「この僕、堕天使アザゼルと契約して欲しい」
「いいぜ」
「だよね、堕天使と契約なんてしたら…えっ、いいの?」
「いいよ」
「本当に?バレたら死刑どころじゃないよ。町中馬に引き摺り回されて、その後に三日間晒されたあと、火炙りになるくらいヤバイよ」
中世コワっ!まぁ、バレなきゃいいんだろ。
「お前には色々教えてもらったし、恩があるしな。何で契約したいんだ?」
「契約すれば僕は肉体の枷から放たれ、精神を君に宿してこの拘束から逃げ出せる。そして、同じく封印された仲間を解放しに行きたい」
「なるほど。ならとっととやっちまおうぜ。善は急げだ」
「どちらかというと悪なんだけど…本当にいいの?」
なかなかしつこい。俺を心配してくれるのは嬉しいが、殆どを失った身だ。恐れるものはない。
「どうやって契約するんだ?」
やっぱ血を使ってとか、そんな感じ?
「何でもいいんだけど、君に馴染みのありそうな”指切りげんまん”で行こうか。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます…指切った!」
まさかのやり方で拍子抜けしたが、直後に嵐が起こる。
アザゼルの体から黒い竜巻が起こり、一直線に俺に向かってくる。それは俺の胸へ至り、心臓へ至り、血管を通じて全身を駆け巡る。
「ガアァァァッ!」
俺の体からも黒い嵐が吹き荒れる。全身の皮膚を食い破り、肉を裂き、そして新たな体が形作られる。
神話のような激烈な出来事は終わり、俺は意識を手放した。




