それからどしたの③
「あっ、おーい、アルス殿ー!」
中に入った後に俺達を出迎えたのは魔物の襲撃により疲弊しきった騎士と冒険者達の重苦しい空気。そしてその中から聞こえる俺の名を呼ぶ女性の声であった。
声のする方へと視線を向けると、鎧に身を包んだ金髪の女性がこちらに向かってくるのがわかる。
何やら親し気な感じで此方に向かってくるが、前世であったらともかく、今世の俺に騎士の知り合いなんていない。
「主人、しりあいか?」
「いや……」
一体誰なのだろうか。そう思いながら彼女がこちらに向かってくるのを待つ。すると、その距離が縮む程、その容姿が露わになり、俺は一つの可能性に気づいた。
「あぁ……」
彼女が身に付けている鎧は周囲にいる他の騎士とは違い、豪華な装飾が施されていた。
そして俺はその鎧に見覚えがあった。そう、なにを隠そう、その鎧は俺が地上で黒い怪物から助けた騎士が身に付けていた物と同じ物であった。
あの時は、兜を被っており素顔が見えなかったが、きっと彼女がそうなのであろう。
確証はないが、さっき俺の事を読んだ時の彼女の声が、あの時助けた騎士と同じ気がする。
「なんだ? やっぱり知り合いなのか?」
「うーん、ほら、黒い怪物に襲われそうになってたのいただろ。多分その人だよ」
「ふーん、本当にそれだけなのか?」
「それだけって、他に何があるって言うんだよ?」
「だってあの女……いや、やっぱりなんでもないのだ……」
そう言いながらも何故か不機嫌そうに頬を膨らませそっぽを向くリリム。
一体どうしたのだろうか?
兎も角、そうしてリリムと話していると、いよいよ彼女が目の前までやってきた。
「良かった! 無事だったのだな!」
「まぁな、アンタも無事で何よりだ」
「ふふ、貴殿のお陰でこの通りさ、それにしても本当にあの怪物を倒してしまったのだな……」
「まぁ怪物と言うか、正体はキマイラだったけどな」
「なに? あれがキマイラだと?」
「あぁ、なんか倒したら奴を覆っていた黒い靄が晴れてそれでな」
「そうか……」
「気になるんだったら、外に出て確認してくればいいさ。処理がめんどくさくて死体はそこに放置してあるから直ぐ分かると思うぞ」
「そう、だな。おい! 誰か手の空いてる者!ーーーよしっ、お前ら、上へ行って確認してこい」
俺の言葉に彼女は一瞬、言葉を詰まらせるも頷くと、近くにいる数人の騎士にそう指示を出した。
それから指示を受けた数人の騎士がキマイラを確認しに地下シェルターから出て行くのを見届けた後に、彼女は此方に向き直ると、俺の隣にいるリリムの方へと視線を移し口を開く。
「所で、そちらの方は?」
「紹介するよ、此奴は俺の仲間の――」
「リリムなのだ、宜しくなのだ!」
「うむ、私は……そう言えば私はまだアルス殿にも名乗っていなかったな」
「そうなのか? 主人」
「そう言われれば確かに……」
「うむ、では改めて、私はヴァルシャ帝国第一王女、ルーシェ・アマデウス・レーゼンベルグだ。宜しく」
そう言って金髪の女性――ルーシェは名乗ると同時に胸に手お当て軽く礼をする。
元々、彼女の身なりからして止ん事無き身分である事は何となく分かっていたが、こうして唯、礼をしただけであるのに、その作法が正に教養を受けた貴族の如く何処か貴賓を感じさせる綺麗な姿勢であり、改めて彼女が高貴な身分の者であると再認識する。
彼女のふわっとした金髪ショートの柔らかそうな髪が、礼をした際に軽く揺れ、女性特有の甘い香りを放ち、思わず息を呑む。
しかしその甘さとは逆に、丸型では無く、スラッと細長い輪郭と威光のあるの目付きは、美しいながらも、王族としての威厳を見せていて、正に上に立つ者として相応しい顔立ちをしている。そして鎧を身に纏っていても隠すことの出来ないその美しいプロポーション、それはまさに日本男児が理想とする、異国の女性像のようであった。
そう、例えるなら、英霊同志を戦わせる某アポクリファなアニメに出てくるオルレアンの聖少女さんの髪型をショートヘアーにした姿を連想してくれれば分かりやすいだろう。
まぁ、結局何が言いたいかと言うと、彼女もまたティアやリリム、そしてエリナ達学園グループに並び立つ程の美人であると言う事だ。
「……敬語使った方がいい?」
「いや、アルス殿たちならいいさ。と言うより私が王女と知っても驚かないんだな君たちは」
「妾はそう言うのよくわからないのだ」
そう言うリリムは兎も角、確かに普通なら突然話してた相手が実は王族でしたと知れば「え!? お、王女さまぁぁあ!?」みたいな感じで驚くのが通過儀礼かも知れないが残念、俺には勇者だった頃の前世の記憶があり、その影響を多少受けている所為だろうか、驚こうにも驚かない。
何せ、勇者なんてやっていたら、嫌がおうにも地位の高い人間、それこそ王族とかと接触する機会は多々ある。故に何処か慣れてしまっている感がある。
とは言えそんな事正面きって言ったとしても信じられないだろうから、ここは適当に答える。
「俺はそれなりに驚いてるぞ? 近所のお婆ちゃんの名前の読みが花子じゃなくて花子だった位には」
「……」
「……」
「……ところでアルス殿」
あれ、無視!?
『流石は王女なのだ。出会って間もない主人の扱い方を理解してるのだ』
『え? 俺の扱い方ってなに?』
『さっきみたいに偶に変なこと言う時の対処みたいな?』
『え? 面白くなかった?』
『そう思う主人は一度人生やり直した方がいいのだ』
『まさかの人生否定!?』
「アルス殿? どうかしたのか?」
「え? あ、いや、何でもないよ。それで、どうしたんだ?」
「う、うむ、その、べ、別に大した事ではないのだが、本当に大した事ではないのだが、リリム殿との関係が気になってな。2人はどう言う関係なのだ? ま、まさか恋人同士なのか?」
顔を赤くしながら、何処か危機迫ったみたいな感じでそう言いながらルーシェは再びリリムの方へと視線を向けると、それに気付いたリリムもまた彼女へと視線を向ける。
なんだろう、決してお互い睨み合ってるわけじゃないけど、他者が割り込めない様な何とも言えない空気感が出来上がっている。
「いや、リリムとは、何というか相棒みたいなもんかな?」
「そ、そうか」
「それよりいいのか? こんな所で俺たちと話し込んでて」
「え?」
「見たところ負傷者の手当てが間に合ってないんじゃないか?」
「……そうだな。アルス殿のおかげで幸い死傷者は出なかったものの、負傷者の数は多くてな、まぁ見ての通り回復の手が追いついていない状態だ。私も回復魔術が使えれば良かったのだが、苦手でな……」
俺の問い掛けにルーシェは先程までの明るさは何処へ行ったのやら、まるで悲しさと悔しさが混ぜ合わさった様な複雑な気持ちが、隠しようもなく表情に表れていた。
それはまるで自身の力不足を責めている様で、俺はそんな彼女に対してかける言葉が無く、逃げる様に、悄然と気落ちしているルーシェを尻目に追いやり、周囲を見渡す。
視界に映るのは、魔物の襲撃で負傷した騎士と冒険者達。
その数、見たところ、ざっと50は優に超えており、対して治療を施している者の数がほんの10人程度しかおらず、圧倒的に数が足りていない。
負傷者の中には重傷者もおり、当然そう言った者から治療が優先されるが、しかしそれも僅差でしか無く、後回しにされた者たちの苦痛の声が響き渡り、非常に痛々しく、まるで地獄絵図の様で思わず耳を塞ぎたくなってしまう。
俺は何処かルーシェと話す事でこの地獄の様な光景から目を逸らしていたのかもしれない。そしてそれは彼女も同じな気がする。
ほんと死傷者が出なかっただけでも救いである。
しかしそれも時間の問題であり、このままの人数でこのままのペースだと、最悪の場合、治療を後回しにされた者たちから死者が出て来るのを逃れない。
だから俺は――
「(やっぱこう言うのは、転生しても慣れるもんじゃ無いな)……手伝うよ、俺、回復魔術使えるし」
「いいのか?」
「あぁ、寧ろこの人数くらいなら俺一人で何とかなるよ」
「え? それはどう言う――」
「まぁ見てなって」
戸惑う彼女をよそに、俺は早速魔術の詠唱を始める。
「《執行者となる我が命じる/癒しの力よ/慈愛の檻となりて/祝福したまえ》!」
詠唱を唱えるのと同時に地面に大きな翠緑の魔法陣が表れ、シェルター内に居る全ての人を捉える。
《第三階位魔術》【エリアヒール】――俺は詠唱省略して唱えたが本来の詠唱は六節で、《執行者となる我が命じる/癒しの力よ/世界へ霧散し/慈愛の檻となりて/かの者らの傷を癒やし/祝福したまえ》となる。
回復効果自体は《第二階位魔術》である【ハイヒール】と同じで欠損部位を除く、例えば骨折などの大きな怪我を治すことが出来るがしかし、その分類は対人魔術では無く、対軍魔術である事。つまり一度に複数を相手に回復を施すことが出来るのだ。
しかもその範囲は、術者の魔力量によって変わるから、魔力次第によっては対国魔術に至る可能性もある優れた魔術だ。
因みに今の俺の魔力量は既に一万を超えており、これ位であれば、このシェルター内全ての人に治療を施すなど雑作もない。
浮かび上がった魔法陣から発生した翠緑の粒子が光のベールへと姿を変えると、やがてそれは、まるで大きな鳥籠の如くシェルター内を覆い始める。
鳥籠の中は暖かな優しい風で満たされ、その風に触れた負傷者達の苦悶に満ちていた顔はまるで嘘であったかの様に、晴れて穏やかなものへと変化していた。
そして――
「……傷が、治ってる!」
誰がそう言ったのだろうか、その言葉を皮切りに、次々と負傷者たちから驚きと歓喜の声が挙がり始める。
そんな彼等の身体には最早、傷一つ無くなり、精神ともに完全に癒えていた。
その光景を最後まで見届けたルーシェは最初こそ驚きで体を硬直させていたものの、ふと我を取り戻すと何やら神妙な面持ちで俺の所まで詰め寄って来て――
「アルス殿! 貴殿に頼がある!」
そう言ったのだった。
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