九十四話 攻勢の狼煙
どちらともなく玉座の間で始まった戦い。
金属音を奏で、セリオスとアドラメレクの刃が激しくぶつかり合う。
とはいえ未だ互いに牽制、手の内の探り合いをしている状態であった。
数多の剣閃を重ねた後、大きく一合切り結び、両者は距離を取る。
「ヴァンパイアシードとお前の能力を使い、各国の主要人物と入れ替わってこの混乱を静める……。ゼラムル教団の信者、そのほぼ全てを捨て石にするつもりか?」
「そうだ。だがお前が同志になるのなら、入れ替わる必要もない。お前なら世界をまとめる指導者足り得るだろう。お前の支配する世界で、私はゆったりと生き長らえさせてもらおう」
状況分析をするセリオスはアドラメレクの回答に違和感を募らせた。
その言葉全てを真実とするならば、そもそもゼラムル教団など必要なかったのではないのかと。
「ここまで入念な準備を行っておいて大胆な事だな。残りの幹部は七体だったかな?」
「私、ハジュン、ゼノン、プルートを筆頭にウェパル、モラクス、キマリスと言う者が居る。あとは上位竜族が一体と、先程お前が会った二体に協力を要請した。この機に乗じ、それら強力な個体は全て始末する計画だ」
対話にて探りを入れるセリオスだが、やはり何かがおかしいと感じた。
アドラメレクの言葉自体に偽りはなさそうである。
常に歴史の影に隠れて来た事から考えると、自らに比肩する力持つ存在を排除し、セリオスをトップに据えて自らは平穏に過ごすというのは理解出来た。
だが、アドラメレクは真逆の行動も取っているのである。
アドラメレク自身をも越える可能性があるヴァンパイアシードの活用。
セリオスが使えばアドラメレクを越える可能性もあると言っていた。
つまり制御は不可能。わざわざ驚異の芽を作っているのだ。行動に矛盾が生じている。
そしてもうひとつ、セリオスが一番放置して置けない事。
「ルールを破り質問ばかりですまないがな……。これだけは看過しきれん。エトワールを拐った目的はなんだ?」
「ははは、それは聞くまでもあるまい? 限りなく人に近い構造を持ち、無限再生するエサだぞ? あれを手に入れる事が最終目的と言っても過言では……」
「戯れ言は良い」
立て続けの問いにアドラメレクが答えたものを制止するセリオス。
そんな答えはとうに予想が付いている。セリオスにとって、そんな後付けの理由は聞くだけで不快なだけだった。
「それ以外の理由だ。辻褄が合わんのだよ。そもそも鉱山の崩落からお前達が関わっているのなら、いくらでも機会はあったはずだ。二千年の時を生きるお前が……、破壊竜の驚異を知り得たお前が、その驚異を利用してまで行おうとした事はなんだ?」
「……その計画なら保留だ。だからこその停戦協定よ。エトワールをガデスに食わせるのが目的であったが……。こちらには天使兵器を感知する術があってな。どうやらガデスは消えてしまったようだ。エトワール共々な」
感情を押し殺し語るセリオスに、不自然な程冷淡な口調で答えるアドラメレク。
まるでその事実を受け入れられないかのように。
そこでセリオスの中で一つの答えが出る。
天使兵器でなくなったエトワールは当然として、ガデスとはガブリエルの事。
それはフレム達が討伐した天使兵器の名だ。
推測ではあったが、ガデスの能力でセリオスとエトワールは命を繋いだ可能性がある。
やはり、あの時点でまだガデスも存命していたと考えられたのだ。
「魔の頂点……、魔王ガデス。無尽蔵の魔力と無限再生するエトワールを生け贄として捧げれば……、ゼラムル程度に負けはすまい。あのエサならば、無意識に発動するあの恐ろしい能力も制御出来たやもしれん……」
「……ふ……ふふふ……、はっはっはっはっは!!」
口惜しげに語られるアドラメレクの目的に対し、セリオスは高笑いを上げた。
フレム、ラグナート、そしてマトイから聞いた話を照合し、辿り着いた答えに思わず笑いが込み上げて来たのである。
「どうした? 気でも触れたか?」
「いや……、アドラメレク。おまえの一貫性の無い言動と行動に得心がいっただけだ。なるほど……、これ以上おまえに怒りをぶつけても仕方がないな。詰まるところ、おまえは私と同じなのだ」
ルーアの声と姿で眉をしかめるアドラメレク。
セリオスは導き出した己の答えが、あまりにも荒唐無稽だと感じている。
しかし、それ以外に思い至らなかったのだ。
セリオスが聞き及ぶところによると、ガデスは温もりを欲していた。
無意識に生物を食い殺す事を嘆いていた。
ヴァンパイアシードは生物を強化し、エトワールは生物を癒す。
一体で生きて行ける者が、歴史の影に隠れて存命を望む者が、なぜ危険を犯してまで暗躍する必要があるのか。
破壊竜を、そして破壊竜を越える驚異を、何故わざわざ復活させる必要があるのか。
アドラメレクは気付いていない。己の矛盾に、己の感情に。
「何を言い出す……。私がお前と同じだと?」
「ああ、そうだ。同じ立場なら、おそらく私もおまえと同じ事をしたよ。だが、我らの道は交差した。もはや相容れることはない」
動揺を見せたアドラメレクに、セリオスは改めて離別を宣言する。
アドラメレクの目的にセリオスがどれだけ共感しようと、共存する道を選べない以上共生は不可能なのだ。
「息巻いたところで、街中に広がった魔神共をどうにかする手立てはあるまい?」
「いいや、私は信じる事を学んだ。人事は尽くしてある。そう簡単に……おまえの思い通りにはならんよ……」
もはやアドラメレクの恫喝などどこ吹く風のようなセリオス。
アドラメレクの方が困惑するほどに、セリオスの浮かべる静かな微笑みには力強さがあった。
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城に向かう一本道を爆走中の動力車の中で、俺は一人不安と戦っていた。
外は敵がぞろぞろ居るが、不思議なくらい車内は明るい雰囲気なのだ。
「ほほう、あの有名な悪魔払いの……。まだ若いのに大したものだな。路上で抱き合っていたので驚いたぞ。フレムにそんな甲斐性があるとは思わなかったからな」
「えへへぇ、フレムおにーさんやイリスおねーさんにはいつもお世話になってますー」
ラウレル卿とハミルはとても楽しそうに会話をしている。
俺はイリスパパに質問されるととても困る事があるのだ。
せめてイリスの名を出すのはやめてほしいのである。
「時にフレム。イリスの事なのだが……」
「ひゃい!? わ、わたくしは何もぉ……」
突然イリスパパに話を降られ、声が裏返ってしまった。
俺の様子に溜め息をつくラウレル卿はとても呆れているように見える。
ラウレル卿は突然真面目な顔付きになり、神妙に話を始めた。
「この際だ……、はっきり言っておく。私に気を使うのはやめろ。正直お前がイリスと一緒になろうと、そうでなかろうと、どちらでも良いのだ」
「うん? いったい何のお話しでしょうか?」
とても真剣に語り始めたラウレル卿に焦りを覚えた俺だが、想像とは違うお話しに理解が追い付かない。
俺の不安を察してくれている訳ではなさそうである。
「好きに生きろと言っている。この十五年、私はお前を実の息子と思い接してきた。いい加減少しはなついてくれ」
「なに……を……、いきなり……。お、俺は……他人で……」
ラウレル卿が何を言い始めたのか分からなかった。
唐突過ぎて言葉が上手く出てこない。
この人にとって、俺は迷惑そのものだったはずだ。
突然現れた見ず知らずの子供。娘の生き方を妨害する邪魔な存在だったはず。
俺はいつ世話を焼いてくれるこの人に愛想を尽かされるのかと、常にビクビクしていたのだ。
こんなにも俺を思ってくれており、息子とまで言ってくれるなんて考えもしなかった。
声も出せないくらい困惑していると、突然動力車がドリフトし急停止する。
一瞬急速に酔ったがそれすらどうでもよくなるほど、俺の頭は混乱していた。
「どうやらここまでのようだ。城門は目前だが、ここより先は明らかに妙な力が働いている……」
「モヤモヤしてますね。入るのは簡単ですが出るのは難しい……。アソルテ館の森の逆パターンのような結界なのです……」
蜃気楼のように、風景が揺らいでいる空間が目の前に広がっている。
これを見たラウレル卿の言葉にユガケが自らの見解を述べた。
「ならば無理に入る必要はないな……。城にこれ以上敵が入らぬようにする事も立派な戦術だ」
「いや……、俺は行くよ……。なんだかんだでセリオスが心配だ……」
つまりラウレル卿は、俺に残れと言ってくれているのだ。
だが、そんな訳にはいかない。好意も、善意も、期待も……
いつまでも気付かない『振り』は続けられない……
自分自身がそれに足る人間だとも思えない。それでも……
やるべき事は、応えるべき事は理解しているつもりだ。
「なら……、その顔をどうにかしろ。息子が王子殿下の前で恥をかくのは忍びないぞ?」
諭すように優しいラウレル卿の声で、俺は頬が濡れている事に気付いた。
俺はどっから出てきたか分からない水気を袖で拭い、動力車から飛び降りる。
ほんの少しの望み。ほんの少しの歩み。
今まで違うと否定し続けたそれを、俺は初めて素直に受け入れた。
俺はこの人に、嫌われてなどいなかったのだ。
やるべきなんて使命感ではない。俺にはやりたい事がある。
絶対に手放したくない物があるんだ!
「ここは任せろ。何があっても、絶対に生きて帰れよ放蕩息子!」
「ああ! 任せとけクソ親父!」
父親の激を受け、感謝を込めて答えた俺は城を眼下に収め覚悟を決めた。
思いをありがたく受け入れ、迷いも不安も、今は共に飲み込んで。
「お義父さんも気を付けてね!」
「うん? あ、ああ……、ありがとう……」
ハミルもラウレル卿に一言激励を送り、ユガケを肩に乗せて俺の横に並び立つ。
一瞬ポカンとしたラウレル卿だったが、なんとなく空気を察したようで微笑みを返す。
「さて、我が子達が頑張ろうと言うのだ。私も無様は晒せぬな……」
ラウレル卿も動力車から降り、ライフルに弾丸を一発装填して天に目掛けて発砲した。
赤い煙を上げ舞い上がる狼煙。反撃の合図である。
それからすぐに周囲の建物から弾薬帯を身体に巻き、重火器を携えた執事やメイド達が現れ、ラウレル卿の周囲に展開した。
続々と飛来する外敵に銃口を向け、ラウレル卿は叫ぶように名乗りを上げる。
「アーセルム王国特務三銃士、ラウレル・メインシュガー! 推して参る!」
猛々しいラウレル卿の一声を皮切りに、グロータスの街全土で地を這う魔物や飛来する魔神達との戦闘が幕を上げる。
俺とハミルはその声を背に受け、城に向かって駆け出した。




