八十八話 信仰の果て
窮地の戦場に一切の迷いなく、力強く立ちはだかるカルマ。
その気迫に言いようのない憤りを感じるリッシュ。
「粋がったところで……、クリストフ様、私にお任せを! 《アクアプリズン》!」
リッシュはカルマの気迫に触発され、前方に踊り出て魔術を行使する。
淡く光る指輪から魔力がカードに移り、水泡が再びカルマを包み込む。
「はぁぁぁぁぁ!!」
カルマに動揺はなく、放たれる咆哮が水の牢に波紋を起こす。
水の浮力がカルマの身体を浮かせる前に、水泡はカルマの気合いと共に破裂し、水蒸気と化して辺りに広がった。
「そんな!? いえ! もう一度! 《アクアプリズン》!」
「無駄だ、もう俺には届かねぇ!」
リッシュが水泡を配置するより早く、その場より一歩前に飛ぶカルマ。
配置型魔術である水の牢獄は空振りし、それを見たリッシュはカードを器用に袖口から出した二枚と入れ換える。
「調子に乗らないで! 《ヴォルテックフォティア》!」
懐に入られては危険と判断したリッシュは即座に別の魔術を発動させた。
配置型暴風壁と流動系火炎の術札。二つの術式が混じり合い、リッシュの眼前に紅蓮の火球が逆巻く。
「避けなきゃ死ぬわよ!」
力に溺れ、恍惚とした表情を浮かべるリッシュ。
リッシュの与えられた魔道具『封魔の指輪』は、込められた魔力を他者が行使出来る機能がある。
ゆえに現所有者であるリッシュの精神力は関係無く、一定の威力を持つ魔術を行使する事が出来るのだ。
カルマは逃げる素振りすら見せず火球の眼前で仁王立ち。
更に火球に向けて右手の指二本を突き出し、左手で右の肘を固定した。
「ハッ!」
一声と共に放たれるはカルマの神聖術。
指先から速く鋭く、闘気の矢とも言える閃光が駆け抜ける。
爆炎は中心から霧散し、衝撃波がリッシュの持つカードを貫き、髪を掠める。
「な……に? 今のは?」
震えながら、リッシュはこの状況を認められずにいた。
自らが得た強大な力。選ばれし自分に与えられたそれを、目の前に居るたった一人の退魔神官があっさりと破ってしまったのだ。
「下がれ」
クリストフはリッシュに冷たくそう告げる。
目の前に立つカルマに為す術なく震えていたリッシュは、怯えた表情で振り返った。
「で、でもクリストフ様……」
「下がれと言ったな? お前に傷付かれてはウェパル様に会わせる顔がない。魔力の充填もせねばならんだろう? お前はファシル神殿に戻ってウァラク殿に伝えてこい。こちらは先に始めるとな……」
叱られた子供のように落ち込むリッシュ。
クリストフはリッシュに、この街に古くから伝わる神の神殿にて待機するよう命じた。
リッシュは悔しそうな顔で、目の前のカルマを睨み付ける。
「構わねぇよ。その指輪、もうほとんど力も残ってないんだろう? ケリの付いた奴をなぶる趣味はねぇからな」
カルマはそれだけ言うと、リッシュの背後に立つクリストフに意識を移す。
その表情に一切の油断も慢心もない。
リッシュはそれを受けて口惜しげに後退り、その場より走り去った。
「脳筋の荒くれかと思えば、恐ろしい程研ぎ澄ませた神聖術を行使するとはな。木っ端と侮っていたわ……。だが私相手に通用するとは思わないことだ。他の者は見ていろ、邪教に飲まれし者の末路を……な!」
言葉を紡ぎ終えると同時に一足でカルマの懐に入るクリストフ。
その手刀がカルマの首筋を掠める。
最小限の動作にて、紙一重で攻撃をかわしたカルマの拳がクリストフのみぞおちに入り、大きく後退するクリストフ。
かわされた事、攻撃を受けた事でクリストフは余裕の表情を崩しカルマを一瞥する。
「ほう……、先程とは別人のようだ。末恐ろしい……。生かして飼ってやろうかとも思ったが気が変わった。お前も後々邪魔になる。ブェリョネィースの前にお前はここで確実に殺して置こうか……」
発する言葉に狂気を含ませるクリストフ。その身体から異様な魔力が溢れ出す。
先程までとは明らかに違う気配。
不気味な雰囲気を纏うクリストフに、今度はカルマから攻撃を仕掛けた。
しかしカルマの拳が直撃する瞬間にクリストフの姿が消える。
次の瞬間、クリストフはカルマの左隣に立っていた。
「なに!?」
驚きをあらわにするカルマにクリストフは直立状態から裏拳を放つ。
カルマは瞬時に左腕を機転とし、両腕で受け止めるもその身体は宙を舞った。
「ほう……、見切れたというのか?」
表情を変えずに淡々と語るクリストフ。
対するカルマは想像以上の事態に奥歯を噛み締めた。
急所に叩き込んだ攻撃が効いてない事もそうだが、何の予備動作もない直立不動からの裏拳。
そんな攻撃にこれほどの威力など出るはずがないと感じていた。
理屈は不明だが、直撃したらただでは済まないだろうと理解する。
カルマは腰を落とし、静かに拳を握った。
カルマの敗北。すなわちそれはリノレの危機に直結する。
勝てない強敵、敗北、それは考える必要も価値もない事。
ただ全力で駆け抜け、己が意思を貫く事しかカルマに出来る事はなかった。
「私の動きが見えてもいないくせに……。どうやら実力の差が分からんらしいな……。良いだろう、今度こそ一突きで楽にしてやる」
クリストフは直立不動にて、大地を蹴り駆け出したカルマを待ち構える。
カルマが拳を繰り出すその瞬間に合わせ、クリストフもカウンターで抜き手を返す。
寸劇の交差。カルマの拳はクリストフの腕に叩き込まれ、その威力にてクリストフの腕はへし折れた。
攻撃を捌かれただけで終わらぬ結果に、目を見開き制止するクリストフ。
「お……のれぇ!」
攻防は終わらない。激昂したクリストフは残った左手で抜き手を放つ。
カルマは身を捩り、その抜き手を右肩を犠牲に受け止めた。
「ぐっ……」
「相討ちに持ち込むつもりかと思ったがな……。右腕を潰せば私が止まるとでも? それともただ臆しただけか……。いずれにせよ、残念だったな」
苦痛に顔を歪めるカルマ。クリストフの抜き手は指の第二間接までカルマの体に埋まっている。
互いにダメージは大きくも、クリストフの表情には余裕が出ている。
「相討ちになるつもりも……、臆したつもりもない……。俺はただ、全身全霊を……お前に撃ち込むだけだ……」
カルマは攻撃の際に引いた左の拳に力を集中させた。
昨夜体得したばかりの技法、生命力のコントロール。
起きながら休み、力を留めて置けるなら、その逆もしかり。
留めた力を呼び覚まし、身体中を満たす闘気。
カルマの生命力の高まりが腰に付けた玉石と呼応し、神聖術に昇華され左拳に宿る。
「不印流……、空破! 弦響!」
気迫と共に全力で解き放たれたカルマの左拳が、クリストフの胸元に叩き込まれた。
荒ぶる力を宿す拳は直撃と共に空振を起こし、その威力がクリストフの体を駆け巡る。
吹き飛ばされ地面を滑り、クリストフは大の字にて仰向けに倒れた。
「はぁ……、はぁ……」
「やってくれたな小僧……」
肩で息をする度、肩口から血が溢れる満身創痍のカルマ。
程無くしてクリストフは何事もなく立ち上がる。
右腕は折れ、あばらも折れているはずなのに息一つ乱してはいない。
「正直予想外だが……、ここまでだろう? お前を始末するのは用意だが、私に傷を付けた礼はせんとな……。お前達! 構わん……、あのガキを殺せ」
クリストフは倒れているリノレの始末を周囲に居る信者達に命じた。
その言葉に信者達は互いを見合せながら狼狽えている。
「し、しかし……、いくらなんでも……」
「そ、そうです。あんな子供を……」
壮年の男性信者、若い女性信者に続き、皆不満を口にし始めた。
その様子にクリストフは溜め息をつき、信者達を睨み付ける。
「ならば、お前達から死ぬか?」
殺意のこもったクリストフの言葉。
冗談には聞こえない圧力。重く低い言葉にその場の空気が凍り付く。
「させねぇよ……。リノレ様だけじゃねぇ、この場に俺がいる限り、お前には誰も殺させねぇ……」
自然に口から出た言葉。誰よりも、カルマ自身がその言葉に驚いた。
何の打算もなくこの身が、この口が動くなど考えた事もなかったからだ。
下らぬ嫉妬に身を焦がし、他人の事など考えない……
今まではただプライドを守り、優越感に浸るためだけに生きてきたのだと……、改めて己を恥じた。
自分の中に沸き上がる感情を握り締め、カルマの気力は更に上がっていく。
「よくぞ言った!」
突然響く声。カルマは後方に意識を向ける。
リノレの側、そこには法王ブェリョネィースが立っていた。
「やはりお主を連れて来た事に間違いはなかったようだ……。よく堪えてくれたな。後は私に任せ、お主はリノレ様の御側へ」
ブェリョネィースはカルマの横を通り過ぎ、クリストフと対峙する。
カルマは法王に一礼してから、ふらふらとリノレの側に歩いて行った。
「暴動が起きていると聞いたが……。原因はお主か?」
「くく……、お久しぶりですなぁ法王。お見掛けするのは二年ぶりと言ったところでしょうか?」
真剣な面差しで尋ねるブェリョネィースに口元を緩めて答えるクリストフ。
徐々に歪み出すその表情からは、先程までの毅然とした態度は消えかけていた。
「お主が原因かと聞いているのだが? そもそもお主は誰だ?」
「く……、はっはっはっはっは! 聞いたか信者達よ! 哀れ法王! 下らぬ邪教に心奪われた結果、己の直弟子すら忘れ去るとは……、度し難い!」
ブェリョネィースの発言により、弾けたように笑った後に怒りをあらわにするクリストフ。
周囲の信者達も今の発言は看過出来なかったようで、法王に対して暴言を吐く者までいる。
「いや、すまんな。聞き方が悪かったようだ……。改めて問おう」
そこまで言ったブェリョネィースは暫し沈黙を挟む。
信者達の見損なった、最低だ等の謗りが止むのを待ち……
再び重々しく口を開いた。
「クリストフはどうした?」
ブェリョネィースは眼光鋭くクリストフを睨み付ける。
カルマも周囲の信者達も皆、驚いたような顔でクリストフに視線を集めた。
数秒の沈黙を挟み、クリストフの表情はみるみる崩れて下劣な笑みを浮かべる。
「はひゃひゃ! ああ……、コイツなぁ、見て分からんか? 二年前だ。死んだよ! とっくになぁ!」
弾けたような高い声色。クリストフの雰囲気が一変する。
顔を下品に歪め、醜く笑う姿はまで別人。
口調や仕草に先程までの厳格さは微塵も無い。
「その魔力には覚えがある。もう何十年も前だがな……」
「覚えてくれていて嬉しいよブェリョネィース。そうだ、私の名はキマリス。かつてお前に殺されかけた者だよ。くくく……、五十年この時を待っていた。お前が衰え、無様に私の前で死に絶えるのをなぁ!」
ブェリョネィースの言葉に、興奮を押さえられない様子のキマリスと名乗る者。
若き日の出来事、そしてセリオスから忠告を受けていた魔導器の存在を思い出し静かに語るブェリョネィース。
「魔神キマリス。フィルセリア東部の村を襲っていた吸血鬼か……。覚えておるぞ、確かに討ち取ったと思ったが……。まさか、吸血鬼の実というやつか……」
「ご名答。俺は元々ヴァンパイアシードから進化した魔神だ。コイツは俺の苗床にさせてもらっているぞ」
ゴキリと音を立て、キマリスは答えながら折れた腕を元の位置に戻した。
数秒と待たずに指を動かし確認するキマリス。
異様なその姿を見た信者達に動揺が走る。
「そんな……俺達を騙してたのか!?」
「指標がなければ動く事すら出来ぬ愚物が偉そうに……。お前達に言った通り、新たな世界を見せてやるさ。エサになる短い間だがな」
信者の問い掛けにつまらなそうに答えたキマリスは指をパチリと鳴らした。
それを合図に信者達の武器がうごめき始める。
杖や分銅付きの錫杖等、多彩な形状であった武器は黒く染まり、液体のように信者達の手から離れ、そのまま信者達の足を固めた。
生物のようにうごめくそれは地面にも染み入り、それらは法王とカルマの足元から大地を割ってツタのように現れ、法王とカルマの上半身を縛り付ける。
「どうだ? かつての仲間もいない。地天の杖もない。衰えた貴様をジワジワくびり殺す時をどれほど待ちわびた事か……。新しき神を盲信し、信用すら失い、哀れな最後を遂げる……。素晴らしい、これで私の復讐は完成する! 絶望しろ! 後悔しろ! 泣き叫べよブェリョネィース! なんならこの世界に降り立ったという神に懇願したらどうだぁ? あっははははぁ!」
両手を広げ勝ち誇ったかと思えば顔を押さえ高笑いを上げるキマリス。
かつてキマリスは下等生物と見下した人間に追い詰められ、人質を取る無様まで見せた。
その人質に乗り移ることで、なんとか逃げ果したのだ。
耐え難い恥辱をすすぐため、宿主を変えながら復讐の時を待っていた。
全てはこの時のために。
ブェリョネィースは縛られたままうつむき、吐き捨てるように呟いた。
「下らぬな……。この地に神など居るものか……。このような戯れ言に惑わされるとは、やはり……レイルハーティア教団は解体するべきであったな……」
法王ブェリョネィースの発言に耳を疑う信者達。それは神を崇拝し、教えを説く立場にある者が言ってはならない事。
まして信者達の中には法王を尊敬して今まで着いてきた者も多いのだ。
「良いぞ! 命乞いかブェリョネィース! だが無意味だ! お前は四肢をもいでまだ生かしておいてやる! この国にも居るかつてのお前の仲間、そして血縁者、知人、全てをお前の前で引き裂き、食い殺してからゆっくりと始末してくれる!」
キマリスの叫ぶような声を青白い顔で聞く信者達。
ただ一人カルマだけは拳を握り、法王の言葉を真剣な眼差しで聞いていた。
「まずは片目を貰おうか……。その後は耳だ。良い声で鳴けよブェリョネィース……」
キマリスは片手を水平に構えると黒い翼を広げ、ブェリョネィースに狙いを定める。
対するブェリョネィースの顔には恐怖や動揺は微塵もなく、ただ淡々と言葉を紡いだ。
「神とは、各々が心に宿す存在。己が信ずる者の呼び名だ……。そして我が心に宿る神は、そのお心一つで絶望を払いたもうた御方……。我が足は大地に付いておる。我が首はまだ繋がっておる。この身縛られた程度で絶望など……、出来るはずがない!」
「抜かせ、ジジイがぁ!」
身動きすら出来ず語り続けるブェリョネィースにキマリスは飛び掛かった。
迫るキマリスを前に、ブェリョネィースの足元の地面に亀裂が走る。
ブェリョネィースは動く首を後ろに倒し、その姿は天を仰ぐかのような体勢。
「おお! チノレ様! 我に力を!」
天に咆哮するブェリョネィース。放たれるは神速の頭突き。
突撃して来たキマリスの手を額で受け止めその手を砕く。
勢いのままキマリスの頭部にめり込む法王の頭は固く、キマリスの身体を弾き飛ばす。
「ぐ、ぐお! なに!? バカ……な。老いた今のお前のどこにそんな力が!」
「全盛期などとうに過ぎ去ったと私も思っていたよ……。だからこそ前線より退き、後人を育てる事に尽力してきたのだ……。だが、それは間違っていた……。間違っていたのだ!」
地面を転がりながらも体勢を立て直したキマリスは激しく狼狽する。
叫ぶように応えるブェリョネィース。呼応するようにその身体を縛る黒いツタが軋みを上げる。
「ふん!」
ブェリョネィースが気合いを放つと同時に黒いツタは粉砕され、追従してカルマや信者達の拘束すら解けていった。
ほとんど破れ去っていた上半身の法衣を引きちぎり、放り投げるブェリョネィース。
躍動する凄まじい筋肉があらわになる。
「チノレ様をこの目に焼き付けたあの時から、我が全盛は今なお加速を続けておる! 私はレイルハーティア教団を抜ける……。そして! チノレ神団の一信者として生まれ変わろう!」
「く、くそ! 本当に人間なのか!? ふざけおって! もはや手心は与えん! なぶり殺しだ!」
老いも緩みも感じさせず、眼光鋭く佇み宣言するブェリョネィース。
その前にキマリスは懐から出した五つの石を放り投げた。
石は土を巻き込み二メートル程の石人形に変化する。
「たとえ全盛期の力を宿していたとしても、これだけのゴーレムを相手取るのは難しかろう! ましてこのゴーレムは特別製……。神聖術に抵抗力を持っているのだからな!」
自信ありげなキマリスに答えず、ブェリョネィースは静かに歩み始めた。
歩くと言うにはおぼつかず、舞うと言うには緩やかに。
その足音はまるで、大粒の水滴が木の板に落ちたかのように独特。
緩やかな歩調と激しい足音は噛み合わず、周囲には夢幻の如く不可思議に映る。
ブェリョネィースは滑るように、ゴーレム達の身体を撫でながらその間を通り過ぎて行った。
刹那。ゴーレム五体の頭が、胸が順に吹き飛んでいく。
先程キマリスが投げた魔石が地面に転がり、ゴーレムは瞬く間に土へと還った。
「は? それはまさか! いやしかし、そんな技では……」
「雨音桜舞。主も知っていようが、不印流歩法術の奥義よ。流れに乗り、相手の力を利用する。だがすでに私は……大気の微少な流れすら力に変える境地に至った……」
性質上苦手と思われたゴーレムを瞬時に撃破され、戸惑いを隠せないキマリス。
告げられたブェリョネィースの言は、当然キマリスの理解が及ぶところではなかった。
「そんなバカな……。バカなバカなバカな!!」
錯乱するキマリスの身体から瘴気が溢れ、ブェリョネィースに襲い掛かる。
それもブェリョネィースが眼光で一瞥すると同時に、瘴気は浄化され消え去った。
「うわ、うわぁぁぁぁぁ!」
半狂乱のキマリスは幾度も抜き手を放つも、ゆらりゆらりと舞うブェリョネィースにはかすりもしない。
キマリスは攻撃を続けながら懐から出したナイフを黒い液体に変え、地面に溶け込ませる。
液体はブェリョネィースを囲う黒い輪へと変じ、キマリスは後方に飛び退いた。
同時に黒い輪からおびただしい黒いツタが、ブェリョネィースを貫かんと伸びていく。
「なんだ……と……」
キマリスは地面にへたり込み呆気にとられた。
貫くどころか、ツタはブェリョネィースに触れた側から崩壊して消え去ったのである。
拘束も、攻撃も、キマリスの取れる全ての手段は何一つ、ブェリョネィースに通じはしなかったのだ。
「すまぬクリストフよ……。もっと早く気付いておれば……。全ては私の落ち度……。せめてその亡骸……。拳王ブェリョネィース・レイクザードが……、今生最高の一撃にて弔ってくれようぞ!」
後に続く犠牲者を作った五十年前の己の未熟を思い知ったブェリョネィース。
もう二度と悔いは残さぬと決意をその拳に込める。
腰を落とし抜き手を型どり、半足引くと同時に右手を追従して下げる。
腰に付いている丸まったチノレを模した玉石が凄まじい光りを放ち、迸る生命力がブェリョネィースの内部で吹き荒れる。
「再び思い知るが良い! 拳王と呼ばれし我が秘拳、その極地を……。不印流滅技! 天破……」
ブェリョネィースが技を繰り出そうとしたその時、異質な気配が辺りを支配した。
後方の空に突如として、巨大な船が姿を現したのだ。
不吉な空気を纏い、リヴィアータ城上空に浮かぶ第四級天使兵器。
「は、ははは……。終わりだ! ついに始まるぞ! リヴィアータ帝国最後の時がな!」
船を視認したキマリスは怯えた表情から僅かに口元を緩ませ、腰を抜かしたまま逆転勝利を唄う。
それはここより始まる開幕の鐘の音。
リヴィアータ帝国、工業都市グロータスの地にて……
本当の戦が、戦争と言う名の悪夢が幕を上げた。




