八十七話 武の頂点
俺とハミルは街中を疾走していた。
不安を圧し殺すように、ただただ真っ直ぐに。
道が分からないのでそうするしか、他に手がなかったのだ……
そんな中、情けなさ全開な俺達に救いの主が降臨した。
「ハミュウェル様~!」
突然上空より飛来したキツネっ子ユガケの声。
ユガケは大変悲しそうに目に涙を溜め、ハミルの胸に飛び込んで行く。
「どこ行ってたんですか~!」
「ご、ごめんね……、忘れてた訳じゃないんだよ?」
ユガケの文句に申し訳無さそうに返すハミル。
そういやコイツ居なかったな。全く気付かなかった。
「ハミュウェル様が私を置いていくなんて……。これもフレムのせいですね!」
「ええ~、おまえむしろ何処に居たんだよ」
ハミルの胸に埋もれながら俺を睨むユガケ。
濡れ衣もいいところだ。俺は一緒に居ると思ってたし。
「あ……、良く眠ってたからね、おにーさんの部屋に置いて来ちゃったんだ……」
拳を口元に置いて上目遣いで語るハミル。
とても可愛いから後でフォルテをひっぱたいた上でお礼を言っておこう。
あとあの部屋は俺の部屋じゃねぇ。
「は! ユガケよ……。キミは帝国ホテルの場所を知っているな?」
「そうだ! ユガケなら辿り着けるはずだね!」
俺の名案にハミルも気付いたようだ。
俺とハミルの期待の瞳を受け、ハミルの両手で鷲掴み状態で固まるユガケ。
「え? ええまぁ……。あの、本気ですか?」
「当たり前だ! おまえに期待するしかないんだよ!」
「そうだよ! 冗談言ってる場合じゃないんだから!」
若干引き気味の笑顔で言葉を濁すユガケに俺とハミルは必死に訴えかける。
するとユガケは左手の指先を右側にちょいと向けた。
俺とハミルは同時にその指先の方向に視線を移す。
俺達の真横、何処かで見た事あるような大きな建物が建っていた。
「ここですけど? ひょっとして、私が呼び止めなければ通り過ぎてたり……」
「そ、そんな訳……ないよね? おにーさん?」
「そ、そりゃ~……、とそんな事言ってる場合じゃない。法王のじーさん所に行くぞ!」
ユガケのジト目をかわすハミルの視線をかわし、俺は法王の元に駆け出した。
無論直ぐに先頭はユガケに代わって頂いた。
俺が先頭だと多分二階にも辿り着けないからな。
そうして三階に上がり、無事法王と合流する事が出来た。
相変わらずチノレ部屋の前で座禅を組む法王に事の経緯を説明する。
この街の信者達がゼラムル教団に寝返った事、カルマとリノレが残って対処している事、俺が法王を信者達に突き出そうとしている事を。
「なんですと! う……む、しかしですな……」
驚きをあらわにし、深刻な状況を察してくれた法王。
しかし歯切れが悪く、法王はチラチラとチノレの寝所を見ていた。
この期に及んでチノレから離れたくない様子である。
「アガレスも付いてるんだからそこまで心配しなくても……」
「そうだよ! リノレちゃんに何かあったらどうするつもりだよ!」
「確か……に……、リノレ様にもしもの事があればチノレ様に顔向け出来ませぬな! 急ぎましょう!」
呆れ気味の俺とハミルの言葉に、法王はハッとした表情で立ち上がった。
その姿はジジイとは思えぬ程凛々しく、瞳は鋭くも頼もしい。
さっそく法王主導で移動するが、帝国ホテルから出た所で法王が立ち止まる。
何やら真剣な面持ちで辺りを見回し、そして空を見上げた。
「不穏な空気が立ち込めておりますな……。フレム様、ハミュウェル、二人は城へ。恐らくこの騒動、信者の反旗だけではありますまい」
意味深な法王の発言に俺は冷や汗が出る。嫌な予感しかしない。
リノレの事も心配だが、そう言われてはセリオスの方も気掛かりだ。
本当はこのじーさんが城に行かなきゃならないはずだが、余りに堂々とした態度が俺の発汗作用に拍車を掛けている。
何をしに来たつもりなんだこのじーさん。
「……任せられるのか?」
「一命に賭けまして!」
俺の問いに熱く応える法王。
命を賭けられても困るが俺は法王を信じ、城に向かう事にした。
どちらにせよ、この件もゴルギアート達に報告しなければならないのだ。
「よし! 行くぞ! ハミル! ユガケ様!」
「了解!」
「私が先頭なんですね!?」
俺の掛け声に答えるハミル、そして意図を汲み取ってくれたユガケ。
道案内が必要なのは当たり前だな。
もはや俺とハミルだけでは、何処にも辿り着けないのは明白なのだ。
ーーーーーーーーーー
レイルハーティア教会グロータス支部前。
カルマは向かって来た信者の杖を片手で捌きながら一回転し、信者の腹部に掌を叩き込み吹き飛ばす。
襲い掛かって来た複数の信者達は全て、カルマが事も無げに一蹴していた。
「へぇ、結構やるじゃない」
「おい、まずテメェは誰だ? なんでテメェが仕切ってんだ? まさかテメェがここの支部の責任者か?」
腕を組んだまま偉そうに見下す少女に向かって次々と疑問を口にするカルマ。
周囲に居る信者達の中には、どう見ても少女より徳の高そうな年配の者も居る。
こんなにも悪辣で態度の悪い小娘に、統率力やカリスマ性があるとはとても思えなかったのだ。
「不躾ね。私はリッシュ・フォウエル。大司祭クリストフ様の命で動いてるのよ。クリストフ様はゼラムル教団の教祖、ウェパル様の教えこそ尊いとお考えなの」
リッシュの語る大司祭クリストフ。
それはレイルハーティア教会グロータス支部の責任者。
本部のお偉方すら把握仕切れていないカルマにとって、支部の大司祭等知るはずもない。
だが少なくとも、クリストフという者がこの騒動の原因を作っているのは間違いないと考えられた。
「噂は聞いてるわ、カルマ・アルイン。大神官に弟子入りするため、ただ強さだけを求めてレイルハーティア教団に入った者」
「昔の話だ、今は違う。俺はあの日、破壊竜が現れた時に生まれ変わったんだ」
リッシュの言う通り、カルマは神など信じていなかった。
あの日、破壊竜を前にするまでは……
「哀れね。強大なゼラムル様を目の当たりにして心が壊れたのね。それが貴方達の最大の不幸。邪教に心を惑わされるなんて……」
溜め息混じりに呟くリッシュは指に挟んだ一枚のカードをカルマに向ける。
そのカードには禍々しい気配が満ちていた。
「《アクアプリズン》」
リッシュの唱えに反応した指輪が妖しく光り、続けてカードが魔力を放つ。
瞬間カルマを包み込む水泡。
浮力によりカルマの足が浮き、身動きも出来ずに捕らえられる。
「ぐ! がぼっ!」
息すら出来ずもがくカルマであったが、危機はすぐに脱する事になった。
水泡は間を置かず、内側から発生した薄いピンクの波動で弾け飛んだのだ。
それはカルマに手をかざしているリノレの力である。
「り、リノレ様……、ありがとうございます」
「これが新しい信仰対象……。凄い力……、化物ね」
己の油断を恥ながら感謝を述べるカルマ。
リッシュは自らの魔道具を容易く破ったリノレに苦言を洩らす。
その態度と言葉は、またもカルマの怒りを誘発させた。
「テメェ……、これ以上リノレ様を侮辱するのは……」
「おにいちゃん!」
爆発寸前のカルマの袖を引っ張り止めるリノレ。
その悲しそうな表情でカルマは我に返り溜飲を下げる。
「どうして……、喧嘩するの? リノレ悪い事してないよ? 皆と仲良くしたいよ?」
リノレの訴えに眉を潜め、慌て出したのは信者達。
年端もいかない少女を取り囲んでいるこの状況に、疑問を持つ者も出てきていた。
「お話しすれば……って言ってたかしら? 無邪気で能天気……、良いわね子供は。世の中の理不尽を知らない無垢な心……。イライラするわ。その綺麗事はね、力ある者の言葉よ。ゼラムル様を前に奮闘した? それは力があるからよ。そんな事も分からないなんてね、本部の連中は馬鹿ばかりね」
リッシュは薄笑いを浮かべながら語り、リノレを一瞥した後カルマを見下す。
鼻からリノレの事など眼中にないと言わんばかりに無視していた。
カルマは震えるリノレを見つめ、リッシュに向き直る。
「ああ、なるほどな……。さっき最大の不幸って言ったか……。確かにその通りだ。あの時、破壊竜を目の当たりにしなかった事はお前らにとって最大の幸運だったのは間違いない。だが……、あの時……」
「リッシュ。いつまで遊んでいる」
「クリストフ様!」
カルマの言葉を遮り、リッシュの背後から現れた男。
三十代半ば程に見える線の細い優男。
リッシュがその名を呼んだ大司祭クリストフ。
途端にその場に居た信者達が頭を垂れて道を開けた。
「城に向かい、法王を捕らえろと言ったはずだ。よもやウェパル様のお気に入りだからと言って調子に乗ってはいまいな?」
「いえ! けしてそのような! ほ、法王の側近と邪神の子が邪魔をして来まして……」
不機嫌そうなクリストフに慌てて弁明するリッシュ。
クリストフは成る程といった表情で中央のカルマとリノレに視線を移す。
「テメェが親玉か。覚悟は出来てんだろうな?」
「ふむ、法王の付き人か。覚悟するのはそちらの方だ、邪教の徒よ。邪神に付き従うのなら共に滅びてもらうしかないぞ?」
「は! やってみやがれ!」
挑発するカルマにクリストフは脅しとも言える言葉で返す。
カルマは応じ、クリストフに向かい躊躇なく殴りかかった。
しかし、その拳は片手で簡単に止められてしまう。
カルマは続けて回し蹴りを見舞うも足を捕まれ投げ飛ばされる。
「やれやれ。ブェリョネィースも落ちぶれたものだ。この程度の輩を側近として連れてくるとはな。まだヴァズァウェルの方がマシと言うもの」
「クソが!」
冷ややに言い放つクリストフ。悪態を吐き捨て起き上がるカルマ。
前を見据えるカルマの眼前に、クリストフは瞬時に近付いた。
驚きのあまり反応が遅れたカルマの額に、高速で伸びるクリストフの手刀。
それはリノレの小さな手が、クリストフの腕を掴む事で妨げられた。
「やめてよ! おにいちゃんに酷い事しないで!」
リノレは泣きそうな声を堪えつつ懸命に呼び掛ける。
仕留めるつもりで放った手刀をあっさり止められ、クリストフは驚愕の色を隠せない。
更に危機感を感じ、クリストフは咄嗟に手を振り払い飛び退いた。
「なるほど……、恐ろしい内包魔力。ハジュン様の言って居られた奴で間違いなさそうだな。だが……」
クリストフは薄く笑みを浮かべると、懐から短く黒い杖を取り出す。
リノレに向けられたその杖の先端は鈍く怪しい光を発する。
「闘竜眼! その能力を停止したまえ!」
クリストフが言葉を発すると同時にリノレはその場に両膝を付いた。
リノレの身体からは魔力が見る間に消失して行く。
淡いピンクの髪は色素が抜けて真っ白に、その瞳からは光が消える。
「あ……れ?」
「リノレ様!」
ふらふらとバランスを崩し、倒れそうになるリノレを咄嗟に支えるカルマ。
突然光を失ったリノレ、当然カルマにも何が起きているのかを知る術はない。
「ドラゴンオーブ。竜の力の末端を行使出来る第三級天使兵器……。この娘が破壊竜と戦えたのはこの強大な力があったからこそだ」
「ふふ、やっぱりね。理解したかしら? 力が欲しいなら貴方もゼラムル教団に入信したらどうかしら? 教祖ウェパル様に気に入られれば私のように強大な力を授けて貰えるわよ」
リノレの力を説明するクリストフの言葉も、指輪をチラつかせ勝ち誇り勧誘を始めるリッシュの言葉も……
カルマにとってはどうでも良かった。
「リノレ様、暫しご辛抱を……」
カルマはその場にリノレを寝かし、クリストフとリッシュを見据える。
神経を研ぎ澄まし、拳を構えるカルマ。
その姿を見て呆れたようなクリストフが言葉を紡ぐ。
「そんな者にすがらなくても……、ゼラムル様は信心深い者に力を授けて下さる。下らない権力者や魔物にさえ怯えなくて済む圧倒的な力を……。ソレに止めを刺せ。さすればキミもゼラムル教団に迎え入れてやろう」
その言葉はカルマの胸に突き刺さる。
他者を圧倒する力こそが全て。
強い力を持つからこそ強い存在を打ちのめす事が出来る。当たり前の事だ。
万に一つの可能性があるからこそ、勇者は、英雄は、強大な敵と対峙する事が出来る。
だからカルマは生まれながらに力を宿すカイラが嫌いだった。
神剣に選ばれたシリルが嫌いだった。
「ゼラムル様が滅んだ事を気にしているのかしら? それなら大丈夫よ、ゼラムル様は三度甦る! こんなにも素敵な力を下さったウェパル様がそう仰ったもの!」
リッシュが興奮して語る事もカルマは理解出来ていた。
自分自身も圧倒的な力が欲しかったからだ。
そうすれば誰もが認める存在になれると信じていた。
そう、思っていた。破壊竜と対峙するその時までは。
大地に膝を付き、憐れな程に泣き、震えながらその驚異を見上げる事が精一杯だったカルマ。
破壊竜と戦える力があったなら……。動く事が出来たなら……
自分はどうしていただろうか? 考えるまでもない。
我先に逃げ出して居ただろう。それほどまでにカルマは恐怖していた。
怒りと破壊を撒き散らす死の権化を前に、抵抗する意味など見出だせなかったのだ。
「さぁ、決めたまえ! 強大な力を、キミ自身が得るかどうか……、簡単な問題だろう!」
あれほど欲した力、それを与えるというクリストフの言葉。
にも関わらず不思議な程何の興味も感じないカルマ。
カルマの内にあるのは見出だした新たな力への渇望。
恐怖と絶望に涙を流して居たあの時、その目に映った少女。
力持つ存在。だがカルマは理解していた。
その少女でも破壊竜に遠く及ばないと……
少女も分かっていたはずだ。その身は震えていたのだから。
それでも少女は破壊竜に向かって行った。勝てる訳がないのに。
傷付き、倒れる度により強く立ち上がる少女。
それでも及ばなかった。最後には全ての力を使い果たし、その場の誰よりも弱々しい姿に変わる。
しかし……、それでも少女は立ち上がろうとしていた。
「強大な力? 何言ってんだか……。そんなもん、力でも何でもねぇ。天使兵器だ? リノレ様のお力は……そんなもんじゃねぇよ……」
カルマは己の中に、弱さを教え、強さを示した女神の姿を思い起こす。
力無き身で破壊竜を威圧し続けたチノレは言うに及ばず。
己が意思の元、灰になるまで戦おうとしたリノレもまた、カルマの目指す武の頂点……
その、遥か先に存在する者。
「本当に不幸だよ……。あの時、リノレ様とチノレ様をその目に出来なかった……、お前達がな! 俺の目指す力はこの意思の果てにある! お前らの言う力になんぞ、もう欠片も興味はねぇ!」
力を知らぬ過去との決別。
弱さを知ったカルマは本当の強さをその目に収めている。
かつて無いほどの気力と闘気を身に纏い……
カルマは己が信じる武神の生き様を示す闘いに挑む。




