八十五話 迷子マスターズ
広いホテル内に木霊するセリオスの指令。
他国の警備兵を的確に動かすその姿は、誰の目から見ても一種異様に映る。
「急げ! 出入口の封鎖! 続いて各階も封鎖しろ! この建物から出すな!」
セリオスの指示でホテル内の警備は確実に固められていく。
時間はそう経過してはいない。
フレム達はまだホテル内に潜伏していると考えての事だ。
「ふ……、そう何度も私の目をかいかぐれると思うなよフレム!」
セリオスは警備兵を巧みに使い、ホテルの入口、裏口、階段、一階から現在居る三階までの全ての通路に兵を配備していく。
鮮やかな手際にて、瞬く間にホテル全域の半分を掌握した。
「セリオス王子! 兵の配備完了しました!」
「うむ、続いて四階、五階、六階も捜索しろ! 外に出ると言いつつ上に登る可能性もある! 奴等の感性を侮るな!」
ノリノリの兵士の報告を受け、着々とホテル内部を制圧していくセリオス。
通常の認識でフレム達は計れない。更に高度な予測だと感じていた。
しかし、どれ程捜索してもフレム達は一向に見つからない。
「報告します! ホテルから出た形跡はなく、それどころかフロントも見かけていないと申しております!」
別の兵士から追加の報告を聞き、セリオスは顎に手を添え深く思考する。
ここ、帝国ホテルの従業員は一流。
正面入口に居るフロント係がフレム達を見逃すとは考えにくい。
それにいくらフレムが気配を断っていたとしても、挨拶くらいはしっかりする男。
加えてどうしたって目立つハミルも側に居る。
そうした何十もの思考の果て、セリオスの結論が出された。
それは捜索を始めてから二時間程経過してなお……
まだ一階に降りられていないという事である。
「どこまでも私の思惑の上を行くかフレムよ……。諦めるな! 引き続き捜索に尽力せよ!」
セリオスは捜索を続けるよう兵達に指示を出し、三階の廊下を歩きつつ思考を巡らせる。
ホテル内部に見落としている潜伏場所があるだろうか……
もしくはホテルから出れなく、部屋に戻り寝直したか……
冷静に相手の考えを追う程に、セリオスは思考の迷路に落ち行く錯覚を覚えた。
どちらにせよ早く見つけなくてはならない。
本会議の為、そろそろ城に向かわなくてはならない時間なのである。
「ん? これは……」
廊下を歩いていたセリオスはふと風の流れに気付き、窓に目をやった。
一ヶ所だけ、不自然にも窓が全開になっていたのだ。
セリオスは立ち止まり、一つの考えに至る。
「いや、まさか……。いくらなんでもな……」
その考えを否定しつつも窓の縁を調べ、外を見渡すセリオス。
その眼下には三階からでも分かる程、地面が大きく抉れていた。
「ば、バカな……。この階から降りる事も出来なかったのか奴等は……」
信じられない事実を目の当たりにして驚愕するセリオス。
まさか一階も降る事が出来なく、だからといって窓から飛び降りるという発想に至るなど考えもしなかったのである。
ハミルが居る事で、フレムはより非常識な行動パターンを得ていたのだ。
「く……そ……」
窓の下を眺めながら震えるセリオス。
急いで一階フロントに移動し、すぐに兵士を集め指示を下した。
「奴等はすでに脱出している! 大至急本格的な捜索隊を組織しろ! 捜索範囲はこの街全土、もはや相手を人間と思うな! 街から出る可能性もあり、時が立てば国境越えすら有り得ると思え!」
自国の兵でもない三十名を越える兵士に細々と指示を出していくセリオス。
表通りや裏通りの探索班に加え、店や民家に対する聞き込みを行う班も構成していく。
そんなセリオスの前にカルマとリノレが通り掛かる。
「フレム様はまだ見つからないのですか?」
「ああ、困った事にな……。私はそろそろ城に向かわねばならん。捜索に協力してはくれまいか?」
特に気に止めてなさそうなカルマに協力を要請するセリオス。
断られるのは目に見えていた。
横で目元を擦り、あくびをする少女からカルマが離れるはずがないのだ。
「申し訳ありません……。私はリノレ様の警護を仰せつかっておりますので」
カルマはセリオスの予想通りの反応を示した。
だがセリオスが話を振った狙いはそこではない。
「おにいちゃん探すの? リノレがお迎え行きたい!」
「うむ……、それは助かるが……。リノレ殿を長時間歩き回らせてはアソルテ館の者達に申し訳が立たん……」
リノレの懇願にセリオスは目を伏し、少し困り顔をして見せた。
その内心はほくそ笑み、終息への足掛かりを得た事を確信する。
「セリオス王子。わたくしが付いておりますゆえ、何の心配もありません! この街の信者達にも協力を要請し、必ずや短時間でフレム様を見付けて御覧に入れましょう!」
「そうか! すまぬな! よろしく頼むぞ!」
狙い通り不自然な程に手の平を返すカルマ。
セリオスの目的は地理に詳しい現地のレイルハーティア教団の信者達だった。
よもやここまでして見付からない事はないと願うセリオス。
どちらにせよ時間切れであり、本会議にフレムは間に合わない。
そしてエトワールとロザリーはすでに起床して居たが、チノレとアガレスがまだ起きて来ていなかった。
それにより、法王ブェリョネィースも会議に来ない事が確定している。
アズデウス公国、グレイビア王国、ジュホン帝国の代表はすでに城に向かっていた。
必然的にこのホテルに残る事になるのが、フィルセリア共和国代表である法王ブェリョネィース。
そしてまだ起きて来ないチノレ、アガレスの三名。
フレムとハミルは街中に解き放たれ、カルマとリノレはそれを追う。
セリオスは全員の動向を整理し、意味深に薄く笑みを浮かべる。
それからエトワールとロザリーを伴い、セリオスは迎えの動力車に乗ってリヴィアータ城に向かった。
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巨大迷路から脱出した俺は背中に妙な寒気を感じていた。
おそらく先程の恐怖が残っているのだ。
げんなりしている俺と明るく元気なハミルは街中を並んで歩いている。
「死ぬかと思った……」
「大冒険だったねおにーさん!」
俺とハミルは二人して帝国ホテルから脱出する事が出来なく、仕方がないので窓から降りるという作戦に出た。
俺はゆっくりと降りる事を考えていたのだが、ハミルの方はそんな悠長な思考は持っていなかった。
いきなりハミルは地天の杖ヴャルブューケを振りかざし、俺はひよこ型結界に包み込まれた。その結界ごと俺は窓の外に放り投げられたのだ。
結界のおかげで全く痛くなかったが地面に落下する恐怖を味わった直後、上から笑顔でハミルが落ちて来るという結構なトラウマを受けた。
俺は咄嗟にハミルを抱き止めたが、結界も無しに普通に受け止めたら間違いなく潰されていただろう。
これからは咄嗟の行動でも少し慎重にならねばなるまい。
ハミルと一緒に勢いのまま動いたら死にかねないのだ。
そんなこんなで俺達は目的地の一つである街の工務店に足を踏み入れた。
色とりどりの旬の野菜が店頭に並び、なんとも食欲をそそるではないか。
……違うよ。ここじゃない。
俺とハミルは肉と野菜をパンで挟んだ無駄に美味い食べ物を頬張り、冷たい飲み物やアイスを口にしながら目的地を探した。
猫や犬、ウサギなどが居る店、剣や鎧等が置かれている店が俺達の足を執拗に止めてくる。
「工務店はどこだ!」
「おにーさん! 今度はこっちに入ろう!」
道端で叫ぶ俺を楽しそうな笑顔で呼ぶハミル。
俺はハミルの指差す方向にある店に迷い無く飛び込んだ。
慎重? 躊躇? そんな過去に縛られてはいけない。
俺達は今を生きているんだ。
「わぁ~! おにーさんこれ面白い!」
ハミルは店内に置かれた小さなケースに夢中である。
液体で満たされたケースの上部から、カラフルな小さい水玉がゆっくり落ち続けるインテリア。
色合いや形、落ち方のパターンなど様々な種類があるのだが、どれもハミルは食い入るように眺めている。
「液体砂時計だな。安いし気に入ったなら買ってけば良いよ。何なら俺がプレゼントしようか?」
俺は液体砂時計に夢中になるハミルにそう提案した。
最近俺はイリスやセリオスの仲介もあり、野菜の取引や小物の製造販売等を請け負っている。
なのでそれなりに儲かっていたのだ。
何だかんだでお金の使い道ないしね。
「え、でも……」
「遠慮するなって。ハミルには世話になってるしな」
遠慮気味なハミルであったが、俺は怪我の治療や訓練のお供、警護などでも助けてもらっている。
このくらいのお礼はさせてもらいたいのだ。
「じゃ、じゃ~ね。これ!」
ハミルは嬉しそうに手の平サイズで卵型の液体砂時計を指差した。
俺はさっそくそれを購入してハミルに渡し、キラキラと目を輝かせて喜ぶハミルと共に店を後にする。
「むふふぅ。嬉しいな。ありがとうおにーさん!」
「どういたしまして」
満面の笑みでお礼を言ったハミルに俺も笑顔で応える。
こんなオモチャでここまで喜んでくれるとは、こっちまで嬉しくなってしまう。
それからハミルは笑顔のまま、そっと俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
腕に当たる柔らかな感触で意識が飛びそうになりながらも、俺は前から気になっていた事を聞いてみる事にした。
「なぁ、ハミル?」
「何かな?」
「いや、嬉しいんだけどさ……。どうしてそんなに俺になついてくれるんだ? そんなに気に入られる事をした覚えもないんだが……」
呼び掛けに疑問符を浮かべるハミルに、俺は意を決して問い掛ける。
こちらとしては本当に心当たりがないのだ。
自分がモテるとも思えない。ましてやこんな可愛い子に。
俺とハミルは立ち止まり、ハミルはいつになく真剣な眼差しで俺を見上げてきた。
「おにーさんとお話ししてるとね、凄く面白くて……。おにーさんと一緒に居ると……優しくて暖かくて……、凄く安心するの。だから僕……、気付いたらおにーさんが好きになっててね……」
顔を赤らめて照れ臭そうに笑いながら語るハミル。
固まっている俺は内心物凄く慌てていた。
話を振っておいてなんだが、突然過ぎて理解が及ばない。
それはつまりどういう事だろうか?
友達として、という解釈で良いのだろうか?
何故か弾む心が自分のものではないように感じる。
「な、何かそれはそのままこっちのセリフのような……、す、凄く嬉しいんだが……。そ、それはその、あの……」
笑えるくらい言葉が上手く出てこない。
落ち着け俺。深呼吸だ。ペースを乱されるな。
相手はかなり年下の可愛くて優しくて面白いただの美少女だぞ。
「あ、あとね。なんか不思議なくらい懐かしい気持ちになるんだけど……。僕達ってアーセルムの港町であったのが最初だよね?」
何故か二人して慌て始め、言葉に詰まっていたところでハミルが思い出したように口に出した言葉。
ハミルの言う懐かしい気持ち……。実は俺も少し感じていた事だ。
先程世話になってると言った事も、実は大半がこれに起因している。
もっとずっと前から、助けてもらっている錯覚がしていたのだ。
「間違いなくあの場所で会ったのが最初のはずだが……。俺も不思議な事にどこか懐かしい雰囲気を感じててな……」
いつの間にか俺とハミルは真面目な表情で見つめ合う。
おそらくハミルも同様だと思うが、心底不思議な心境に陥っていた。
そんな時、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「おにいちゃーん!」
声がする方向に振り返ると、リノレが手を振りながらカルマと共に小走りでこちらにやって来た。
まさかデートか? おにいちゃん許さないよ?
「リノレ様と共にお迎えに上がりましたフレム様!」
大変良い笑顔、幸せそうに語るカルマ。
迎えとは? と感じたところで大変な事に気付く。
ああ、そういえば……、本会議を忘れていたよ。
セリオス……、怒ってるかな? 怒ってるよね……
俺はセリオスの鬼の形相を想像して恐怖した。
ついでに無表情で目を見開いた、今にも射殺しそうな視線をカルマに送っているハミルの形相に戦慄した。




