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八十一話  デモンブラッド

 同種の異様を持つザガンとプルート。

 向かい合う二体の魔神が放つ瘴気、そして高位魔術の応酬により死の領域と化す戦場。

 野に咲く花や草は枯れ、大気は淀み大地は腐敗していく。



「出来れば早急に終わらせたいのだが……な!」



 ザガンは手の平に作り出した漆黒の火球をプルートに放つ。

 火球は大地に黒い焼け跡を残しながら飛翔した。

 対するプルートは両手の指を合せ術式を組み立てる。

 プルートを中心に発生したヘドロのような濁流が、岩盤を捲り上げながら火球を呑み込み、そのままザガンをも飲み込んだ。

 土砂を被り泥人形のように全身を泥で覆われてしまうザガン。


 プルートはその様子を見て違和感を感じていた。

 相手は自分と同じイデアルリッチだと推測している。

 肉体と精神を融合させた半実体の上位魔神、その最たる存在。

 精霊魔術の効果はほぼ無く、暗黒魔術の耐性も高い。

 生命力を起源とする神聖魔術が有効だが、肉体的存在が希薄なプルートには使いこなせない。

 だからこそ、精霊魔術と暗黒魔術を組み合わせた高位魔術をお互いが行使していたはずなのだが……



「やるな。だがこれしきではなんのダメージにもならんぞ?」



 ザガンは水流を操り、被った泥を丹念に落としている。

 泥の術はプルートが攻撃を防ぐために行使した術。

 防御のついでにザガンに向かわせただけの精霊魔術だった。

 効かないのは分かっている。

 むしろプルートはザガンが何故泥を被っているのか不思議に思っていた。

 半実体であるリッチに対し、物体など多少の抵抗はあっても付着するはずがないのだ。



「貴様……どのような存在だ?」


「イデアルリッチ……。先程汝がそう言ったではないか」



 プルートの問い掛けに半実体というリッチの特徴を無視し、完全に実体化しているザガンはそう告げた。

 怪訝に思うも、プルートとて好きでこの姿をしているわけではない。

 人から魔神に変化する過程で肉体が消失し、精神と融合した結果、朽ちたこの姿で定着したのだ。


 しかしこの魔神、ザガンは違う。完全なる実体。

 異現魔法を用いて実体化しているのならば、何故わざわざ骸骨の姿を取っているのか……

 実体を持てば自然の法則に束縛されてしまう。

 魔術戦というこの状況では不利にしかならないはずだ。

 そしてその状態で肉体があるかのように動き、喋っている。

 膨大な魔力の無駄遣いであろう。

 ならばイデアルリッチなどではなく、別の存在と解釈するのが自然というものである。

 そう結論付けたプルートは、その正体に興味を持った。



「貴様はいつ、どのようにしてその姿になった?」


「覚えておらんな。気付けばこの姿だった」



 プルートの質問に間髪入れずに答えるザガン。

 これだけの魔力を持つ上位種で自らが変容した時の事を覚えていない。

 プルートの疑念が益々深まっていく。



「なるほど……。私の予想を遥かに上回る存在のようだな……。まさかこれほどの魔力を持つ者とは」



 けして相手を侮っているつもりはなかったプルート。

 自らと同程度の魔力を持つことも視野に入れ、警戒してはいたのだ。

 実際はそれでも認識不足であった。

 どのような存在であるかが不明な上、その魔力はプルートを凌いでいる。

 だが魔術戦において実体があるということは、それこそが弱点になりうる。

 そして何より、魔導においてプルートは誰にも負けない自信があった。



「お前が何者かは捨て置こう。お前が私以上の魔力を持っている事も認めよう。だが、こと魔導において私の右に出るものは居ないと自負している」



 片手を振り上げるプルートに呼応するように、ザガンの周囲に巨大な魔法陣が形成される。

 その魔法陣が黒く輝くと、ザガンの足元の岩盤が持ち上がる。



「我が命に応じ、暗き暗礁にその身を委ねよ。《フラガラッハ》!」



 プルートが言の葉を紡ぐと、黒い瘴気の濁流がザガンを呑み込み天に昇る。

 物質を腐蝕させ、精神さえも自壊に追いやる高位魔術。

 下位竜族ですら滅ぼせる圧倒的な魔導であった。

 ザカンはその身を構成する魔力を削られながらも、その濁流から片手を突き出し反撃に転じる。



「万里を駆けし神槍、彼の者を貫け。《グングニル》!」



 ザガンの指先に人の腕よりも太く赤く、巨大な槍が形成される。

 放たれた槍は閃光のようにプルートの胸部を突き抜け、その余波は大地を削り取った。



「ぐぬっ!」



 プルートが作り出した防御用の結界は易々と貫かれ、その身体の中央には円形の大きな穴が空く。

 直ぐ様修復が行われ、元の姿に戻るも大量の魔力を失うプルート。


 片手を薙ぎ、瘴気の渦を打ち払うザガン。

 威風堂々ローブをはためかせ、プルートに向けて再び指先をかざす。



「光り満ちて焼き尽くせ烈光。《クラウソラス》!」


「何!?」



 ザガンの瘴気がプルートを包み、その闇は瞬く間に光へと変じる。

 物体を焼き、精神を虚無へと誘う高位魔術。

 光の球体に包まれるプルートの姿は焼け落ちるように削られていく。



「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」



 存在を揺るがす力に叫び声を上げ、プルートの魔力は確実に削がれていった。

 光が収まり、耐えきったプルートは驚愕する。

 自らの解読した太古の魔術。その術と同等、もしくはそれ以上の高位魔術を返されているのだ。

 恐れを抱き動揺したのはそれだけではない。

 プルート程の上位種でさえ、自らの性質を大きく離れた高位魔術の発動には陣と言霊が必要であった。

 だが相手の魔神、ザガンの魔術を構築するはずの陣が全く見当たらなかったのだ。

 これほどの高位魔術を内部計算のみで行使しているという事になる。

 だとすれば本来、詠唱すら一切必要ないはず。



「貴様……、その魔術をどこで……どうやって……」



 プルートがザガンの出自に再び疑問を持ち出した所で異変が起きた。

 ここより離れた場所で異常な程膨れ上がる魔力を感じたのだ。



「なんだ!?」


「これは……マトイか?」



 プルートとザガン。双方が驚きをあらわにする。

 マトイとネプトゥヌスが飛び去った方向から突如伝わる爆発的な魔力の奮起。

 それは遥か彼方に見える暗雲の真下、ネプトゥヌスの魔力反応があるその場所に現れた。



「信じられん……。これが天竜の魔力なのか……」



 プルートにとって上位竜族の基準はネプトゥヌスである。

 現れた魔力は、上位竜族の中でも最高と思われるネプトゥヌスの魔力を凌駕していた。

 無論、その魔力はプルートをも大きく越える。

 相手の戦力を完全に履き違えていたのだ。



「ふ……、どうやら我は過保護過ぎたようだな……。プルートとやら、こちらからも良いか?」



 ザガンは少し落ち着きを取り戻していた。

 マトイの予想外の活躍もそうだが、ゼノンの魔力の揺らぎを見るに、カイラ達の方も善戦しているようなのである。



「なんだ?」


「汝……いや、汝等は我等を殺すつもりがあるのか?」



 咄嗟に聞く姿勢を見せるプルートであるが。

 ザガンの問い掛けは命の奪い合いを行っている場に相応しくないものだった。



「何を今更……、命乞いというわけでもあるまい? この状況下だ。貴様ら全員を始末するつもりに決まっていよう」


「ゼノンと言う者は言葉は荒いが殺意を感じなかった。先程のドラゴンはどちらでも良いようだったが……。汝は違うな……、確実に殺める事を避けている」



 プルートの恫喝を気にも止めずに語り続けるザガン。

 やや勢い任せの思考は完全に停止し、考察に余裕さえ生じていた。



「なにを……」


「始めに現れた時、まさかあれほど瘴気を垂れ流したまま竜の背に乗っていた訳ではあるまい? わざわざ実力差を誇示したのは何故だ? マトイに掛けた術もそうだな。精神系魔術のようだが心を揺さぶる程度の効果しかない。生き残る可能性を与えた……というのは事実のようだな」



 答えに詰まるプルートに、捲し立てるように質問をするザガン。

 プルート達には言葉程の悪意が無い事に思い至っていたのだ。



「ふ……、その通りだ。我等は殺戮や餌集めになど興味はない。我等は各々別の目的があってゼラムル教団に手を貸しているに過ぎん。私は生体物理実体化の異現魔法……、それが欲しいのだ」



 肯定し目的を語るプルート。その戦意はやや鳴りを潜めた。

 プルートとて異現魔法は使える。

 瘴気を刃に変えたり、物質の構成を変える事も出来る。

 だが複雑な生体機構を持つ変異までは作り出せない。



「知っているとは思うが異現魔法はいわばその個体の持つ性質、特殊能力に近い。思い通りに扱う事が出来る者など上位竜族か、一部の上位天使や魔神くらいしかいないのだ」



 別段隠し立てするほどの事でもないとばかりに口の軽くなるプルート。

 プルートにとって、最初からこの戦いに意味はないのだ。



「私はこの醜い姿を変えたいのだよ。実体化の能力が得られないのならそれでも良い。むしろそれでは魔力消費が激しいしな。この身を受肉する術、転生の法、憑依の呪法。どんな形でも良いのだ。私は再び生を感じたいのだよ。そうした新たな魔導を産み出す可能性のある生物を極力殺めたくはないのだが……。膨大な知識を内包し、強力無比な魔力触媒になるという石が現存していると知ってな」


「知識を内包だと? そのような物が……」



 一頻り語ったプルートに、詳しく聞こうと割り込むザガン。

 しかしその言葉を遮るようにして、プルートは更に話を続けた。



「お前も錬金術師を名乗るのならば知っていよう? 私は眉唾の逸話に信憑性を得たのだ……。この機を逃すつもりはない。さあ、お喋りはここまでにしよう。お前も急いでいるのであろう?」



 プルートにとって現状はすでに負け戦に近い。

 この場を覆す手段を早急に見つけ出さねばならなかった。



「《アビステンペスタ》!」


「ぬ、気になる話の途中で……」



 プルートの行使する魔術により、ザガンを包み込んだ魔法陣から黒い噴煙を伴う竜巻が発生する。

 その暴風はザガンの身体をズタズタに引き裂き宙に霧散させた。


 竜巻が収まり、霧状に散ったザガンの身体は徐々に集り、元の姿を形作る。

 ザガンを観察するプルートはある事に気付く。

 身体を構築しているのは瘴気だけではないという事に。



「水蒸気? まさか……」



 大気に混じり飛散した水気を見て、自らの考えに疑心を覚えながら。

 プルートは指先に小さな魔法陣を作り出した。



「《ブラックマルス》」



 プルートの呟きと共に黒い炎がうねりを上げる。

 おぞましき黒炎はザガンを足元から包み込む。



「ぐぉぉぉ!」



 シュウシュウと音を立て、ザガンの身体が蒸発していく。

 魔力も削っているが主に体表に効果を発揮していた。

 水分が気化するように薄い気体を発しているのだ。



「まさか……、粘液生物スライム!? バカな……、そんな魔物に知性があるなど……。なれば精霊種か?」



 短くも悩み抜いたプルートの出した見解は擬態。

 本来の性質を異現魔法により変化させているという事。



「どちらにせよ……、性質さえ解ればいくらでも対処出来る!」



 プルートの周囲、空中と地面に小さな魔法陣が大量に敷かれる。

 おびただしい数の黒い火球がその中心に現れた。



「いや、残念だな……。もはや掌握した」



 ザガンはその身を蝕む炎を払い、両手を広げて薄く瘴気を撒き散らした。

 プルートの作り出した魔法陣がザガンの瘴気に包まれ解体され、消えていく。



「陣を外部から書き直しただと!?」


「そうだ。もはや汝は大規模術式を描けぬ。詰みだな。今度はこちらから行かせてもらおう」



 驚愕を示すプルートに勝利を宣言するザガン。

 両手をかざすザガンの前方に瘴気が集まる。

 瘴気は小さな水のように揺らめき、その色は真っ赤に染まり膨大な魔力を放ち始めた。

 不規則な光を放ち脈動する球体。

 それは際限無く熱量を増加させていく。



「なんだ? それは……。知らんぞ、そんな魔術は……」



 人知を逸し、魔法陣を圧縮したような膨大な情報を内包する赤い球体。

 プルートにはそれがどのように組上がっているのか理解が及ばなかった。

 だがそれがどれほどの被害を引き起こすのか、その推測はすぐに付いた。



「待て! そんなものを解放したら!」


「《グラウンドゼロ》!」



 制止を求めるプルートの声は届かず、ザガンの言葉と共に広がる光。

 爆風は大地を破壊し、熱量は大気を消し飛ばし大破壊が巻き起こる。

 ……はずであった。

 光の奔流が過ぎ去り、その術は周囲に傷痕を残す前に消滅していた。



「ぐ……ぬぅ……。正気か貴様……、どうやったのか知らんが……。あんなものを解放したら、ここら一帯は何百年も人の住めぬ大地に変わるぞ!」



 両手をダラリと下げ、致命的な程多くの魔力を失ったプルート。

 自身の知りうる退魔術式を幾重にも重ね、ザガンの作り出した魔術の中和と緩衝を行ったのだ。



「汝がそうしなければ途中で止めるつもりであったわ。よくぞ押さえてくれたな。どれ? もう一つ止めてくれるか?」



 ぬけぬけと言い放つザガン。

 まるで悪魔のような言葉を発する。

 ザガンは空高く浮かび上がり、再び両手の前に赤い水泡が漂い、魔力を放ち始める。



「そんな物が途中で止められるわけが……。ええぃ! ふざけるのも大概にしろ!」



 プルートは瘴気を操り空中に二対の黒い刃を作り出した。

 それを左右から放ちザガンの両腕を切断する。

 赤い水泡はその力を発動せずに飛ばされ、プルートの足元にベチャリと落ちた。



「ふむ、悪ふざけが過ぎたな。だが我とて今すぐにでも仲間の元に駆け付けたいのだ。ん? どうした?」



 ザガンは切断された腕を再構成し、下降しながらプルートの動向に注目した。

 プルートは下を向き、身動きをやめているのだ。



「なんだ? これは……。いったいどうなって……」



 プルートの気掛かりは一つ。足元に転がる赤い物体。

 魔術式だと思ったが発動を阻止しても消滅せず、切り落としたザガンの腕と融合して物質として落ちてきた。

 石のようでいて水のようでもある。

 不可思議な物質。

 プルートは震える手でそれを拾い上げた。



「おお……、これは……。まさか!」



 宝石のような赤い物質を拾い上げた右手が光り輝く。

 それを中心にプルートの周囲に魔法陣が球体のように形成される。



「くくく……、はーはっはっはっ! そういう事か! なるほどな……。まさかのタイミングだ! 瓢箪ひょうたんから駒とはこの事だな! まさか意思を持って動いているとは奴等も思うまいて!」


「何の話だ? それは我にとって血液のような物だ……。そんな物がどうしたと言うのだ?」



 左手で顔を押え笑うプルートにザガンは困惑する。

 確かに魔道具を作る際の魔力触媒に利用する事もあった。

 しかし未加工で放置すればいずれ消滅する程度の物。

 ザガンはプルートがそんな物に関心を持っている真意を計り兼ねていた。



「血液か。くくく……言い得て妙だが構わんよ。私にはこれで十分だ。感謝するぞ……。私の悲願は、これで成就する」



 膨大な魔力を称えた赤い魔法陣が輝き、プルートの身体が変質していく。

 骨を覆う血肉。指先から物質を伴い、まるで生きた人の身体へと……

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