七十八話 樹海の魔王と山脈の神
様子が一段落した後、無言で見つめ会うザガンとゼノン。
ゼノンは手の平をザガンに向けて雷撃を放った。
その雷撃はザガンに直撃し、真下の湖に流れていく。
続いてザガンのすぐ上に光球を発生させ、そこから断続的に電流を流すゼノン。
ザガンの頭上から足元に掛け、避けるように菱形に流れた電流がとても綺麗な光を放っている。
短い沈黙を挟み、ザガンは指先で頬を掻く真似をした。
見た目的には奥歯を引っ掻いているようにしか見えないが。
「当たってねぇじゃねぇかよ……」
驚愕するゼノンを余所に、ザガンの身体やローブ、放たれる魔力すら元に戻る。
ゼノンの放った雷はザガンの作った結界を通し湖に流れていた。
魔力を帯びているとはいえ基本は電流。
通電箇所を与えて逃がし、ザガン本体は毛ほどのダメージも負っていなかったのだ。
「しくじったわ……。魔力の枯渇を狙ったのだがな……」
作戦が水泡に帰した事で、ザガンは指先を軽く上に向けた。
それに呼応するかのように湖から小さな水玉が浮かび上がる。
それをザガンは指先で弾き、ゼノンに向けて飛ばして見せた。
「うが!」
凄まじい速度で飛んで来た水玉が胸部に直撃し後方に倒れるゼノン。
魔力を含んでいるとはいえ、ただの水鉄砲である。
「て……めぇ……、さっきのは手を抜いてやがったな……」
「まともに相手をするまでもないと思ったのでな」
手加減した事を指摘して憤るゼノンに、ザガンは侮るように肯定した。
それを聞いたゼノンは口元を吊り上げて激昂する。
「上等じゃねぇか! 見せてやるよ! この俺の力を!」
突如ゼノンの上空に巨大な光球が形成された。
湖のある空間の上空は空が見えているが、少し離れた木々がその光球の余熱で煙を発し始めている。
「ありゃマズイんじゃねぇか!?」
「ザガン! 対処方はあるの?」
物理現象の凄まじさにカイラとマトイが慌て始める。
ザガンは顎に指を当て思考するが慌てる様子はない。
「いくらでもあるがな……。それよりも……、こやつの方が気になるな……」
「はぁ? 誰の事だよ! んなもん何度も引っ掛からねぇぞ!」
不自然に視線を泳がせるザガンだったが、ゼノンは気を散らす作戦だと考え一笑に付す。
その直後、上空に存在した光球は弾けるように霧散した。
「な!? どういう事……」
驚きを口にする最中、ゼノンの身体は突然発生した突風に飛ばされた。
ゼノンは無造作に地面を転がり樹に激突する。
「く……、ここでお出ましかよ……。久しぶりじゃねえか? ええ、兄弟」
起き上がりながら空中を見上げ口を開くゼノン。
そこには白いマントをなびかせた、威厳のある銀髪の男が宙に浮いていた。
「騒がしいと思ったら……。ゼノン、山から降りてくるとは珍しいな。いつから放火魔に転職したのだ?」
「冷てぇ言い方だな……。俺とお前の仲じゃねぇか。最近ちょっと野暮用が出来たんだよ」
銀髪の男は冷やかにゼノンを見下ろし言葉を交わす。
二名が顔見知りなのは間違いないが、話の内容とは裏腹に互いの間には言い表せない緊迫感が漂っていた。
「ゼファー殿!」
「ゼファー様!」
「むぅ~」
嬉しそうに声を上げたルーアとワーズ。
対照的にカイラは一人、うなり声を上げながらそっぽを向く。
「おお! ルーア! ワーズ! そしてカイラ……久しぶりだな……」
カイラ達に向き直り親しげに声を掛けるゼファー。
とりわけカイラに対しては一際愛おしそうにその名を呼んだ。
「ハシルカの勇名はこの大陸にまで届いているぞ。破壊竜討伐を成し遂げたらしいな。大したものだ……。すまなかったな……、私が側に居てやれれば……。少しは助けになれただろうに……」
「いえ、もとはと言えば私共のせいでゼファー殿の存在が……」
「は、お前なんか必要じゃなかったぜ!」
大事な時に助けに行けなかった事を嘆くゼファー。
フォローを入れようとするルーアを遮り、カイラは苦言を呈した。
「カイラ! なんて事を!」
「ははは! 良いのだ。相も変わらずで安心した」
ルーアは嗜めようとしたが、それをゼファーは軽く受け止めた。
マトイは地上に降り立ち、背に乗ったルーア達も降りて来る。
その側にゼファーも降り立った。
そしてゼファーはおもむろにワーズを抱え抱き締める。
「おお、よしよし元気にしてたかワーズよ!」
「はい! はいぃぃ! ごぶ! ご無沙汰して……おりま……、死……ぬ……」
「お、おおすまん……、つい」
嬉しそうなゼファーの熱烈な包容を受け、舌を出してバタリと倒れるワーズ。
熱が入り過ぎた事を謝罪したゼファー。今度は顔をカイラの方に向けて笑顔を作る。
「や、やめ……来るな!」
一瞬でカイラの懐に入ったゼファーはメキメキとカイラを抱き締め、頭を撫で回した。
懸命に脱出を試みるカイラだったが、恐ろしい力で拘束され身動きが出来ない。
「大きくなったなぁ……。よしよし……」
「潰……れ……やめ……」
ゼファーの包容に抵抗むなしく絞め潰されるカイラ。
良い歳をしての恥ずかしさもあるだろうが、それ以上に苦しさで声さえ出せていない。
その体勢のままでゼファーはルーアに視線を移す。
「ところでルーア、孫はまだか?」
「何故私に言うのですか!」
ゼファーの質問に真っ赤になって叫ぶルーア。
一方のカイラはそれどころではなく瀕死であった。
「なんだ……、まだなのか……」
物凄く悲しそうな表情へと変わるゼファー。
その報告を心待ちにしていると言わんばかりに項垂れる。
「そもそも私とカイラは……」
「まあ待て……。お互い積もる話もあるだろうが……。そこのドラゴンと騎士、そしてゼノンと戦っていた魔神は味方と言うことで良いのだな」
「は、はい!」
否定しようとするルーアを、急に真剣な表情を作ったゼファーが遮った。
その出された結論にルーアは戸惑いつつも返事を返す。
ゼファーはカイラを解放してゼノンに向き直った。
「なんだゼファー。その珍生物、お前の知り合いだったのか?」
「珍……生物……だと?」
薄笑いを浮かべるゼノンの言葉にゼファーは怒りをあらわにする。
呼応するかの如くゼファーを取り巻く魔力が高まっていく。
「魔力を持って媒介も無しに操れる。ハーフエルフでも無さそうだしな……。珍生物以外の何者でもねぇだろ?」
「貴様……、それ以上我が子を愚弄する事は許さんぞ!」
事も無げに良い放つゼノンに敵意を向けるゼファー。
周囲の穏やかだった風が急激に荒れ始める。
「我が子? どっかから拐って来たのか? なんだよ……、家族ごっこがしてぇなら……」
「私の血を分けた実の息子だ!」
ゼノンの言葉を遮りゼファーが声を荒げる。
それを聞いたゼノンは口を開けたまま絶句した。
「……は? マジか? 嘘だろ……は……ははは……」
しばらく固まっていたゼノンは、ゼファーとカイラを交互に見つめ空笑いを溢す。
信じられない出来事を目の当たりにしているかのように。
「この身体……、ガキが作れるのか? 知らなかったぞ、驚きの新事実だ! なるほど……、それなら下級とはいえ竜天魔法を行使出来る事も納得できるな」
「どういう意味だ? 詳しく聞かせてくれ」
一人納得しているゼノンに軽い口調で割って入るザガン。
カイラの素性を大分前から気に掛けてはいたのだ。
「さ~て……、どうすっかな……。俺に勝てたら教えても良いぜぇ」
散々バカにされたのが悔しかったのか、ゼノンはここぞとばかりに出し惜しみする。
可哀想な人を見る目がゼノンに集中していた。
「ならばゼファーとやらに聞くまでだが……。見たところ汝と同等の魔力を持つこの男は我等の味方のようだぞ? 汝もまだ力を隠しているようだが……。それでもこの期に及んで、汝に勝機があるとは思えんな」
ザガンはゼファーを横目で見ながら発言する。
ゼファーが来る前でさえ対処は可能と考えていたザガン。
加えてゼノンと同等の戦力が加わった以上、敗北は有り得なかった。
「ふん、決めつけんなよ……。なあゼファー、こっちに付かねぇか。そうすりゃお前の息子も見逃してやるぜ?」
「寝惚けてるのか? 目的はなんだ? お前の事だ、どうせろくな事はすまい」
「ラグナート……。いや、お前にはウリエルと言った方がいいか? ヤツを始末する。現状でもやれないことはないだろうが念のためだ。そのための戦力としてお前の力が欲しい」
交渉を踏まえたゼノンの勧誘を蹴るゼファー。
しかし続くゼノンの言葉にゼファーを除く全員に動揺が走った。
「なん……だと?」
「ふざけないで! ラグナートがアンタなんかにやられるはすないでしょ!」
「ラグナート。ヤラセナイ」
ルーアにマトイ、そして今まで大人しくしていたガードランスでさえ怒りをあらわにしてくる。
大声で、しかも名指しで大事な仲間を始末すると言われたのだ。
誰もが黙っていられる訳がなかった。
「ゼファー様! ラグナートは味方です!」
「そんなヤツの言葉に惑わされんなよ!」
息を吹き返したワーズとカイラもこれに応える。
こちらも黙って寝ている訳にはいかなかったようだ。
「だ……そうだ。悪いが興味もない。そもそもそんなものに乗ると思ったのか?」
ゼファーはカイラ達から意見を受け取るとゼノンを睨み付ける。
そして再度ゼノンへの協力を明確に拒否した。
「思ってねぇよ? 一応聞いといただけだ……。残念だがお前の意思とか関係ねぇんだわ」
「なんだと?」
あっけらかんと答えるゼノンにゼファーは違和感を感じる。
その時、辺りに広がる異様な気配をその場に居る者全てが感じ取った。
「なに! この魔力は!?」
「なんという威圧感……。これは……」
「来るぞ! 上だ!」
マトイ、ルーアは異常な魔力と気配に身を竦めた。
それはカイラの声が響くと同時に上空から飛来する。
大きな音を立て、木々を薙ぎ倒し降り立った白銀に輝く巨大な竜。
その姿は巨竜形態のマトイよりも大きく猛々しい。
その背にはザガンによく似た、骨にローブを纏った者が立っていた。
「何をモタモタしている。おまえの役目は吸血小僧の始末と天使の回収だけだろう」
「おお、悪いなネプトゥヌス。こいつ中々見付からなくてな~。思いの外時間掛かっちまった」
巨大な竜、ネプトゥヌスの問い掛けに笑みを浮かべたまま応えるゼノン。
ゼノンの仲間、つまり敵の新手が来襲したのである。
「上位……竜族……。闘竜……ドラゴンロード……」
上位竜族の存在を予想していたはずのマトイは震えながら呟いた。
覚悟を決めて来たはずなのに、その身体から震えが止まる事はなかった。
「なんだ……あれは……」
ルーアの視線の先は竜の背に居る魔神。
おそらくはザガンと同種の存在と考えられた。
しかし明らかに異なる点が一つ。
他者との共存を拒む異形の力。耐性の低い者ならば見ただけで発狂する程の魔力を一切の容赦なく垂れ流している。
「こやつらなど捨て置け。急がねばハジュンのヤツが機嫌を損ねるぞ」
「へいへい、仰せのままに~。それじゃプルート、ゼファーへの指示はよろしくな。やっぱこいつ言うこと聞かねぇや」
時間の無駄とでも言うように、異形の魔神プルートは争う姿勢を見せなかった。
ゼノンは親指でゼファーを指差した後、ネプトゥヌスの背に飛び乗る。
「最初から分かりきっていた事だろうが……。だからコレを持っていけと言ったのだ。ではゼファーよ。私に付き従え」
「な……に……?」
異形の魔神プルートは小さな黒い杖をゼファーに向け指示を出した。
間を置かずゼファーの足はゆっくりとゼノン達の元に向かっていく。
「ゼファー殿!?」
ルーアを筆頭に皆がゼファーの異変に動揺する。
敵の指示に素直に従うゼファーの行動が理解出来なかったのだ。
「く……、何を……した! 体が……言うことを効か……ぬ……」
「ははは、逆らえるのかよ。大したもんだな。これしきの指令じゃ精神は縛れねぇってか?」
表情を歪めるゼファーの言動に、ゼノンは面白そうに笑い称賛を投げ掛ける。
この行動はゼファーの意思ではなかったのだ。
抵抗はしているがその意思に反し、ゼファーの足は一歩一歩確実にゼノン達の元に向かっている。
「面倒だな……。ゼファーよ、自由意思を禁ずる」
プルートが言葉を紡ぐと、いとも容易くゼファーから意思の光が消える。
ゼファーの身体は風を纏うと飛び上がり、ネプトゥヌスの背に乗った。
それを確認したネプトゥヌスは翼を広げ宙を舞う。
「ま、待て!」
「ゼファーに免じて見逃してやるよ……。こいつらもお前らなんぞに興味は無さそうだしな」
声を上げ制止するカイラにゼノンは冷やかに告げた。
もはや決着がついたと言わんばかりに。
「成り損ないの天竜が……。殺す価値もない」
マトイを一瞥して飛び去るネプトゥヌス。
去り際のその一言にマトイは奥歯を噛み締める。
「あの竜……、先程天使と言ったな……。ではゼファー、そして同種の力を感じたゼノンと言う者も天使兵器か……。おそらくは以前相対した天使ルーアと同格……、第二級といったところ……」
「そんな事関係ねぇだろ! マトイ! 行くぞ! あいつらの好きにはさせねぇ! あいつを……取り返す!」
冷静に考察するザガンの言葉を遮り叫ぶカイラ。
ゼファーを奪われたその表情は怒りに満ちていた。
「追う……追うよ! 上位竜族……、あんなやつに……私は負けない!」
再度決意を固め、巨竜形態に変容するマトイ。
その背に全員が飛び乗り、ネプトゥヌス達を追撃する為の翼が天を舞う。
がむしゃらに見えるくらい猛烈な速度で空を行くマトイは……
先んじて飛び立ったネブトゥヌスを容易く補足した。
「あいつら着いてくるぞ? せっかく見逃してやったのによ……」
「ふむ……、あの魔神がラグナートと合流するのも厄介か……。面倒だが一応始末しておこう……。ゼファーよ! この方角を真っ直ぐに進め! その先に居るこの杖と同種の魔力を持つ者と合流するのだ!」
溜め息をつきながら面倒そうにぼやくゼノン。
プルートはゼファーに命令し、それを聞いたネプトゥヌスは減速する。
ゼファーはそのまま飛び立ち、急速に反転したネプトゥヌスはマトイを狙って口から衝撃波を放つ。
「うわ!」
マトイは光の衝撃波を旋回してギリギリでかわす。
ネプトゥヌスはマトイを一瞥すると急降下して地上に降りた。
その背から降り立ったゼノンが含み笑いを浮かべ、挑発するように手招きをしている。
「誘っているな……」
「ああ……、ゼファー殿は後回しだ。まずはこいつらを倒すぞ!」
ザガン、ルーアの言葉を受けてゆっくりと下降するマトイ。
こちらにしてみれば正直、ゼファーをけしかけられたら打つ手がなかった。
挟撃される恐れもあるので応じるより他にないが、好都合であるのも事実。
マトイ達は地上に降り立ち、三体の脅威と対峙する。




