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七十七話  壮絶なる茶番劇

 魔王の住まうという樹海にて。

 グロータスの街から出発し、その日の内に樹海に到着したザガン達。

 ワーズの背に乗り駆けてきた事により、想定より早く辿り着いていた。

 樹海の手前で簡易テントを張り、夜を明かしてから樹海に乗り込む一行。

 奥へ奥へと進んで行く事で、カイラはあることに気付いた。



「見つからない……というか……」


「うむ……『樹海』だったな……。どうやって探すのだ?」



 嘆息したようなカイラにルーアも同調する。

 アソルテ館のある森、どころではない。

 大都市が丸ごと楽に入ってなお余裕がある程の広大な土地。

 樹海に入ってすぐにゼファーの寝蔵があるはずもない。

 ろくに道もなく目の前には樹、樹、樹……

 日中だというのに射し込む光も少なく薄暗い……

 こんな場所でたった一人を探すなど、少し考えれば不可能だと気付きそうなものだった。



「もう疲れた~! お腹すいた~!」


「マトイ。ウゴイテナイ。クッチャネ。クッチャネ」



 マトイはガードランスの頭の上に乗り愚痴を溢している。

 しばらく大人しくしていたが、精神安定剤代わりであったオヤツが尽きたのだ。



「すぐそこに湖があるな。そこで休憩してはどうだ? これ程歩いては身が持たんだろう」



 遥か上空まで飛んで様子を見ていたザガンが木々の間から降りて来た。

 ザガン、ガードランス、マトイはともかく、カイラとルーア、ワーズには疲労の色が見てとれる。



「カイラ様……、確かにこの辺りで一度休んだ方が良いかと。我も慣れない道で少々……」



 ワーズは直進出来ない道で慣れない歩き方をしたようで、疲労とストレスにより脚がガクガク震えていた。

 その姿は生まれたての小鹿を彷彿とさせる。



「お、おう、それじゃ休憩すっか」



 さすがに可哀相だと感じたカイラ。

 少し拓けた場所にある小さな湖の前で休憩を取る事にした。

 数時間ぶりに肌で感じる陽の光りに癒されながら、湖の畔で座り込み、携行食を口にして一息入れたカイラ達。



「ふ~、さて……もう諦めて戻ろうぜ」


「何しに来たんだ! せっかくここまで来たんだ、せめて夕暮れまでは探すぞ!」



 帰還を勧めるカイラをルーアが嗜めた。

 カイラは余程魔王に会いたくない様子を見せる。



「そもそも~、見間違いの可能性すらあるんじゃねぇかな?」


「フィルセリアから来たと言う物腰の柔らかい銀髪の男。頻繁に現れては笑顔でペットショップや子供用の玩具売り場に顔を出し、悲しげに風を纏ってこちらの方角に飛んで行く……。そんなおかしな人物ゼファー殿以外にはいまい」



 都市伝説の一つとでも言いたげなカイラに、ルーアは入手した詳細な情報を告げる。

 現れる度に局所的な竜巻が発生し、洗濯物が飛んだり道が汚れたりと、街の人々にある種の恐怖を植え付けているという話だった。

 自然災害に取って付けた噂と言うには生々しい情報である。

 その言葉を聞いてブルリと震えるカイラとワーズ。



「どのみち私はそろそろラグナートの所に向かわないと……。あんまり遅くなると先に行ってるかさっさと帰るよアイツ。むしろ私が来る事忘れてると思うんだよね」



 マトイはこの場からの移動を提案する。

 予定ではすでに樹海から出て、大回りでベルゼーブ領に向かっているはずだったマトイとザガン。



「そうだな……。三日掛かると言っていたが所詮人間の感覚だ。ラグナートとシトリーにとって休憩など暇潰しと同じ。イリス達が居ることを考えても、すでに目的地周辺に居てもおかしくないだろう」


「じゃ~やっぱり私達はもう行かなきゃだね」



 ザガンの言葉を聞いてリュックからオルゴールを取り出すマトイ。

 樹海はもう飽きたと言わんばかりに出発準備をしている。



「俺達も帰ろうぜ~」


「だから駄目だって! あれだけの事を言っておいて、シャルディア様や他国の王族になんて報告する気だ!」



 完全に帰宅モードのカイラに使命感丸出しのルーア。

 そこに仲裁とばかりにワーズが割って入る。



「我もゼファー様にお会いするのは賛成だ。だがなルーアよ……」


「なんだ、私が悪いのか? お前はカイラの味方で私の味方にはなってくれないのか?」



 興奮気味で半泣きのルーアがイジケ始めた。

 後数秒で本泣きに移行するのは確実である。



「そ、そうではなく……。帰り道を覚えている者が居るのか?」



 ワーズの発言に静まり返る一同。

 かれこれ数時間も樹海を歩いている。

 獣道すらろくに見当たらない道なき道を歩いていたのだ。

 当然の如く迷子になって居た事に気付く一行。



「ゼファー殿は居なかった! よし、帰ろう! マトイ、私達も樹海の外まで送ってくれ」



 迷いを捨ててルーアは即座に決断した。

 マトイはこの場所からなら楽に上空から脱出出来る。

 そのマトイがこの場より去れば、生きて帰れないかもしれない。

 何せ食料すらろくに残ってはいないのだ。

 むしろマトイが全部食べきってしまった。



「いや~残念だ。顔くらいは見たかったがな~」



 そう言うカイラは立ち上り、その顔は清々しい笑顔で満たされていた。

 それを制止するように、突然ザガンが反応を示す。



「待て、向こうから何か近付いて来るぞ。凄まじい魔力……。これが件のゼファーか?」



 これを聞いて清々しい笑顔を作っていたカイラはみるみる内に憔悴していく。

 無言でうずくまり、地面を見つめ始めた。



「向こうから見付けてくれたか……。とは言え、最初からそれを当てにしてたのだがな」



 肩の力を抜きホッと胸を撫で下ろすルーア。

 とりあえず手ぶらで帰る事は避けられそうだと安堵する。



「待って、この感じ……」



 マトイが言葉を発すると同時に木々の合間から現れた男。

 相手もマトイ達に気付いており、薄い笑みを浮かべ声を掛けて来た。



「いよう! こんな場所で何やってんだ? おたくらピクニックかなんかか?」



 髪は肩口まで無造作に伸び、少しボサボサだがその貫禄のある顔立ちのせいか気品すら感じられる。

 大きな槍を肩口に担ぎ、その柄は美しい白で刃は少し曲線を描き金色に輝いていた。

 薙刀のような形状をした武器を持った金髪の男。



「ゼノン……、なんでアンタがここに……」


「知り合いか?」


「千年前に私達と敵対してたベルゼーブの皇帝、魔導王レシアスの側近の一体だよ。ラグナート以上のバトルマニアでしょっちゅう喧嘩吹っ掛けて来てたんだ」



 真剣な表情のマトイはルーアの問いに対し簡単に説明した。

 詰まるところは敵という認識で間違いはない。



「久しぶりだなマトイ。しかし、何でも何もこっちのセリフだが? こんな所に何のようだ? 本当にピクニックってこたぁねぇだろ? まさかお前達もゼファーに会いに来たとかか?」


「と言うことはアンタも? 何のために?」



 ヘラヘラと締まりのない顔をしていたゼノンは、マトイの言葉で真剣な眼差しに変わった。

 その気配に敵意の色が表れ始める。



「冗談だったんだがな……。お前らあいつの関係者か? どのみちゼファーはこっちで引き取る。お前らはさっさとリヴィアータから手を引くんだな」



 ゼノンの言葉を受けてマトイ達に緊張が走る。

 こちらの立場を知られている。それが表す事はつまり……



「汝……、ゼラムル教団の者か?」


「御名答。お互い目的は同じようだな。そんでお前らもゼファーが見付けられないと……。困ったよな……、とりあえずお前ら……。ちょっと泣き叫んであいつを呼んでみてくれよ」



 目を吊り上げて含み笑いを浮かべるゼノン。

 その身体からは戦意が漏れ出していた。



「アンタ戦いたいだけじゃん! そもそもなんでこんな事に協力してんのさ! アンタ人間なんか食べないでしょーが!」


「そりゃ仕方ねぇのさ……。俺もこんなこたーしたくねぇんだがよ……」



 怒鳴るマトイにニヤケながら飄々と答えるゼノン。

 自分の意思ではないと言いたげではあるが、態度がそうは言っていない。



「俺の力は知ってるよな? 常勝無敗、向かうところ敵無しの俺だ。死にたくなけりゃさっさと泣きわめいてゼファーを呼びな!」


「は! 随分な言いようじゃねぇか」



 マトイが警戒している以上相応の実力者なのは間違いなかった。

 だがゼノンの脅しに強気な態度を崩さないカイラ。



「何が敵無しよ。いつもゼラムやラグナートにボコボコにされて逃げ帰ってたくせに……」


「死ななきゃ負けじゃねぇんだよ! いいか? 己が負けだと思った時が真の負けだ! つまり……俺はまだ一度も負けてねぇ!」



 マトイの呆れた声に胸を張り堂々と返すゼノン。

 そのゼノンの豪気な台詞に皆静まり返る。



「こやつ……、多分バカだろう……」


「あ、ああ……。これはカイラを凌ぐな……」


「一緒にすんな!」



 ザガンとルーアを筆頭に唖然とする一行。

 カイラのみ引き合いに出された事にご立腹だった。



「ふ……、アンタは一度私にも負けてるでしょ? 忘れたとは言わせないわ!」



 勝ち誇った表情を浮かべるマトイの発言に驚く様子を見せるゼノン。

 ゼノンにとってその敗北は全く身に覚えなかったのだ。



「何!? いつだ! いつ俺がお前に負けたんだよ!」


「ほれあの時よ。ベルフコールのお祭りで……」



 ゼノンは記憶を辿る。マトイの言った祭り。

 それは千年前のベルフコールの建国記念祭……

 思い出したように突然目を見開き膝を付くゼノン。

 その身はわなわなと震えていた。



「そうだ……、俺は……あの時……。だがあれは!」


「負けは負け、勝ちは勝ちよ! 十人前一セットのテラーヤキソバを私が五つ。アンタは二つしか完食出来なかったわ!」



 悔しそうに項垂れるゼノンに偉そうにふんぞり返るマトイ。

 その場の緊迫感は流れていった。



「敵……なんだよな?」


「う~ん……」



 いきなり緊張感が欠落して付いて行けないカイラとルーア。

 警戒を解いて良いかの判断さえ迷う程であった。



「そもそも一セット食えたら無料って企画だ! 店主は涙目だったろ!」


「知らないわ、あんな企画……出す方が悪いのよ」


「この……悪魔め……」



 ゼノンは見下すように小首を傾げ、血も涙もない発言をするマトイに驚愕する。

 もう止めてくれと号泣する店主の横で水を飲むようにヤキソバをすすり飲む、そんな人間形態のマトイの姿をゼノンは思い出していた。



「とにかく! あんなの勝負の内に入らねぇ! お前ら全員痛め付けてやっから覚悟しろ!」



 すくっと立ち上り仕切り直すゼノン。

 もはやただのチンピラにしか見えなくなる発言である。



「しかしいくら何でも我等相手に一人とは、随分余裕があるではないか?」



 多勢に無勢である事を指摘するワーズ。

 そのワーズを見ながら鼻で笑うゼノン。



「は! いぬっころが、何言ってやがる。マトイと最上位アンデッド以外は木端じゃねぇか。ちゃっかり数に入ってんじゃねぇよ!」



 ゼノンの発言に顔を引きつらせるカイラとルーア。

 ワーズ共々、暗に戦力外と言われたのだ。



「ほほぅ……。言うじゃねぇかおっさん……」


「目にもの……見せてくれる……」



 怒りを抑えるカイラは手の平に火球を作り出し、同じくルーアは転魔の杖を構えた。

 ゼノンは訝しげにカイラとルーアを見やる。

 下位とはいえ竜天魔法を行使している男。

 そして見覚えのある杖を持った女。



「なんだぁ? その魔力……、人間じゃねぇのか? いや、人間だよな……? こりゃ~とんだ珍生物も居たもんだ。そっちは転魔の杖……、んじゃお前が噂のルーアモドキか? どちらにせよ……、そんなんじゃ相手にならねぇよ」



 笑みを浮かべるゼノンから膨大な魔力が迸る。

 大気が渇き、空気中に放電が巻き起こった。



「く! カイラ様! この者、口だけではありません!」


「ワア。スゴイ」



 ワーズは警戒を促し、ガードランスもそうは見えないが戦慄していた。

 緊張感が薄れた事で危機感も無くなっていたが、本当にゼノンは全員を相手にして勝つ自信があるようだ。



「ふむ、これはいかんな。マトイよ、皆を連れて空中に離れていろ。厳しいが……我が相手をしよう」


「なに言ってんの!? 無理だよ! 確かにアイツはバカだけど、下手したら上位竜族に匹敵する! ラグナートやゼラムルですらアイツを倒しきれなかったんだから! 全員で……戦うべきだよ」



 一人で相手をしようとするザガンにマトイは注意を発した。

 マトイも上位竜族だが、何故か単騎では敵わないと言いたげな言い回しをしている。



「なに、ただの様子見だ。強力なればこそ、初見のカイラ達には対策を練らせる必要があるだろう」


「あん? 一体で俺の相手をしようってか? 舐めてんなお前……。一体ずつ始末して欲しいってんなら別に構わねぇがよ」



 ザガンはゼノンの承諾を受け、フワリと宙に浮く。

 渋々納得したマトイはルーア達を背に乗せ、ザガンとゼノンから離れた。

 ザガンは湖の上空に移動し、湖の畔に立つゼノンと向かい合う。



「こちらから行くぞ! 《アクアセルペンテ》!」



 ザガンは手の平をゼノンに向けて呪文を唱える。

 すると湖の水が多数の蛇のように立ち登りゼノンに襲い掛かった。



「下らねぇ」



 ゼノンの身体から雷が迸り、向かって来る水の蛇を弾けさせる。

 それと同時に弾けた水滴を伝い、雷がザガンを感電させた。



「ぐわぁぁぁぁ!」



 絶叫するザガン。雷光が轟き、それが収まるとザガンの身体から瘴気がユラユラと立ち昇る。

 纏う黒のローブも所々擦り切れたようになっていた。



「それで終わりかよ? 思ったより大した事ねぇんだな。んじゃ今度はこっちから行くぜぇ!」



 意気揚々とゼノンは槍の先を上空にかざす。

 遥か上空に光輝く光球が現れ、ゼノンが槍を降り下ろすと同時にそれは雷となってザガンを貫き、湖の水は弾け上空に吹き上がった。



「ぐぎゃわぁぁぁぁ!!」



 身体を仰け反らせ叫び声を上げるザガン。

 その姿はもはや半透明、骨やローブはボロボロで息切れをしている。



「ハァ……ハァ……。なんという……力だ…………」


「ザガン!」


「おっと! 今更助太刀は無しだぜ!」



 空中で力なく項垂れるザガンの援護をしようとするマトイ。

 それに対してゼノンは左手を振り、空中に雷撃を発生させ妨害した。



「うわわっ!」


「ぬ、大丈夫か!」



 マトイの飛んでいる周囲に一瞬だけ張られた電撃の膜。

 ザガンは心配したが、多少の痺れを与えるだけの威嚇だったようだ。



「余所見……してんじゃねぇよぉぉ!」



 ゼノンは再び雷光を轟かせ、雷撃をザガンへと落とす。

 その瞬間ゼノンは怪訝な表情を浮かべた。



「こやつは我が相手をすると言っておろうが! 下がっておれ!」



 先程のように湖の水が吹き上がってはいるのだが……

 攻撃された事に気付いてないかのように会話を続けるザガン。

 ゼノンはもう一度攻撃を仕掛けた。



「うぉぉぉぉぉ!!」



 叫びながら両手で槍を掲げるゼノン。

 更に強力な雷撃を空中に形成しザガンに直撃させる。

 湖の底が数秒間露出するほどの衝撃。

 ザガンは身動ぎ一つせずにゼノンを無視し、心配するマトイ達の方向を向いている。

 その光景にゼノンのみならず、マトイ達も呆然としていた。



「……おい!!」


「なんだ? ピカピカと鬱陶しい!」


「俺……今攻撃したぞ? 当たったよな?」


「なに?」



 ゼノンの言葉に首を傾げ考えるザガン。

 そしてザガンは左の手の平に拳をポンッと置いた。



「……うぎゃぁぁぁぁぁ!」



 身体を仰け反らせ再度叫び声を上げるザガン。

 突然何もされていないのに、ザガンの身体やローブの一部が燃え尽きるように大気に溶け出していった。

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