表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/205

七十三話  魔弾の咆哮と憤怒の剣

 教会内の一室で向かい合うイリスとウェパル。

 イリスはすでに腕や足に無数の傷が出来ていた。

 触手をかわしきれずに掠られてしまったのだ。



「貴女良い血の味をしてるのね? 身動きが取れなくなったその身体に牙を立てるのが楽しみだわ……」



 いやらしい笑みを浮かべるウェパル。

 触手から少量の血液を取られ、イリスは気味の悪さに顔を歪めて銃を構えた。



「勝った気にならないで!」


「良いわ、必死なその顔……。ゾクゾクするわぁ」



 決死のイリスが放つ銃弾を、触手で軽く払い続けるウェパル。

 同時にその触手はイリスを貫こうと伸びてくる。

 触手をかわしながらもイリスは懸命に撃ち続けた。



「この触手……、樹木の根にも見えるけど……。魔神っていうのは樹木を操るのが得意なのかしら?」


「あら、これは木属性……。植物の性質を持つ上位魔神たるヴァンパイアの特性よ。他に会った事があるのかしら?」



 イリスの脳裏にシトリーの存在が浮かぶ。

 苦し紛れで適当に問い掛けただけだったが、ウェパルの発言を聞くにシトリーと同様の存在である可能性もある。

 以前シトリーに大敗しているイリスにとって、勝ち筋が全く見えない状態だ。

 イリスは隙を窺うついでに、ウェパルから出来る限りの情報を引き出そうと考えた。



「ヴァンパイア……。ゼラムル教団が持っている吸血鬼の実と関係あるのかしら?」


「随分と物知りね……。良いわ、教えてあげる。どうせ死ぬのだしね」



 イリスとウェパルは攻撃の手を緩めず会話を続ける。

 ウェパルは敗北は有り得ないと感じ口が軽くなっていた。



「ヴァンパイアシード。今から八百年くらい前にゼラムル教団の創始者、アドラメレク様がお作りになった魔導器らしいわ。手軽に木属性の魔神を作る事が出来るの。私も五百年程前に魔神になったのよ」


「木属性? なるほどね。ヴァンパイアは弱点だらけと聞いたけど……。変容した樹木なら納得がいくわ。本来の性質が反転しているのね」


「極論だけど大体その認識で合ってるわ。生き物の体液を養分に出来、陽の光りを浴びずに生存が可能。その代償に綺麗な水や陽の光は毒になる……。そんな種も居るけれど残念ね……。私はどちらも平気よ」



 ウェパルの話からなんとか攻略法を探ろうと考えていたイリス。

 しかしわざわざ作った魔導器だけあって、その辺りは対策済みであると分かり嘆息する。



「そう……、だったら……」



 息を吐き呼吸を整え、込めた弾を全て捨てるイリス。

 部屋を走り回り触手を避けながら弾を込め直した。



「もっと強力な弾丸でもあるのかしらぁ?」



 ウェパルの触手を避けきったイリスは仁王立で立ち止まり、再び二丁の銃を構える。

 それを見たウェパルは前方に黒い触手を壁のように配置する。

 イリスはウェパルを狙わず、部屋の両壁に向けて発泡した。



「あはは! どこを狙って……」



 ウェパルはあらぬ方向に撃ち始めた事でイリスが錯乱したと感じた。

 しかし弾丸は壁に跳ね反り、ウェパルに向けて襲い掛かる。



「ぐ! あが、が! 何故? 跳弾!? こんな脆い壁でそんな……」



 ウェパルは触手でガードしようと試みたが、縦横無尽に飛び交う弾丸全てには反応しきれない。

 少しずつ、だが確実にダメージを負わされていった。

 ウェパルは床に跳ねて転がった弾丸に視線を移す。



「これは……樹脂?」


「そうよ、特殊加工した樹脂に攻性魔力を纏わせて打ち出したの。鉛の弾丸よりもこっちの方が好みかと思ってね」



 金属音もせず床や壁に跳ねた弾でカラクリに気付いたウェパル。

 イリスの所持している銃は火薬を使わずとも魔力を打ち出せるのだ。

 その特性を利用した戦法である。

 魔力で存在を維持する程の魔神ならば、魔力を削り取るだけで効果があると判断したのだ。



「この程度じゃ大した痛手にもならないわ! ぐ! う……だけど……。この……地味なのは見た目だけにしときなよ小娘ぇぇぇ!」



 ウェパルは痺れを切らし、触手を解いて銃弾の飛び交う中イリスに飛び掛かる。

 イリスはウェパルの爪先で腹部を少し傷つけられたが、その攻撃を体を捻りながらやり過ごした。



「チッ! 浅いか……。ちょこまかと小娘が……。あ……が……?」



 再度攻勢に出ようとウェパルは踵を返すが、そこで不自然に視界が揺らぐのを感じる。

 自身の体を見ると、胸元から腰に掛けてパックリと切られていたのだ。

 ウェパルの胴体は分裂寸前のところで繋がっている。

 その原因は、いつの間にかイリスの右逆手に握られていた小剣。

 イリスは片方の銃を落とし、スカートの下、太股に付けて隠し持っていた剣で切りつけていたのだ。



「魔剣ルベーロ。地味で悪かったわね。お洒落は見えない所からよ? お・ば・さん」


「こ……のぉぉぉぉぉ!」



 薄笑いを浮かべるイリスに激昂するウェパル。

 その傷口はジュクジュクと再生していった。

 逆上したウェパルは恐ろしい形相で瘴気を解き放つ。



「ヴァンパイアクイーンとまで呼ばれたこの私が……。この……乳臭い小娘がぁ! 眠れ! 泡沫の夢に溺れてる間……、お前の腹を裂いて臓器を一つずつ順番に啜ってやるよぉ!」



 ウェパルの瘴気が波のようにイリスを包もうと襲い掛かる。

 防げないと悟ったイリスは意を決し、左手を前に出して叫ぶ。



「ブラッドルージュ!」



 イリスの左手にはめてある指輪が光り、瘴気を吸収し始める。

 以前シトリーから貰った指輪ブラッドルージュ。

 時が経つにつれ徐々に反応しなくなっていた魔道具であったが、なんとか起動する事が出来た。



「なんだそれは? 魔力を吸収……いや、これ……わぁ!」



 ウェパルは精神が混濁する感覚を覚え、しゃがみ込んで身動きが取れなくなっていた。

 何が起きたか分からずうつむいているウェパルに、イリスが疲れたように説明を入れる。



「吸いとった魔力に干渉出来るらしいわ……。今、貴女の瘴気を通して丸ごと貴女に返してる……。自分の力……、効果あるのね?」


「舐めるな小娘! こんなものすぐに……いえ、干渉程度なら魔力を強めればお前の精神力なんかじゃ!」



 打開策を思い付いたウェパルから、コウモリのような黒い翼が広がった。

 纏う瘴気も徐々に色濃くなっていく。



「ええ……、その通りだわ。でも時間切れよ」



 イリスの言葉を受けて顔を上げるウェパル。

 イリスの両隣には二丁の銃が宙に浮き、銃口が獣の口のように広がっている。

 それらは剣と共に黒い光を放っていた。

 更に頭程の大きさの黒く光る弾が無数にイリスの周りに漂っている。



「三器共鳴、獣魔剣ケルベロス……。これが私の切り札よ!」


「な!? 待て!」



 イリスはしゃがみ込むウェパルに向け、タクトを振るように剣を降り下ろした。

 剣の指令により五十発もの光弾が、驚愕するウェパル目掛けて降り注いだ。


 爆音と粉塵を巻き上げ、大きく抉れた地面。

 粉塵の晴れたその場にウェパルの姿はない。

 避けられたとも思えないが、粉々になったとも考えにくかった。



「逃げられた……。う……、でも助かったかも……。もう限界だわ……」



 両膝を付きその場にしゃがみ込む傷だらけのイリス。

 相当なダメージは負わせたはずであり、すぐに仕掛けて来る事はないだろうと推察される。

 次は勝てるか分からない。

 満身創痍。ギリギリの勝利であった。



 ーーーーーーーーーー



 教会からかなり離れた街中でモラクスと対峙するシリル。

 ヴァルヴェールを封じられたシリルは苦戦を強いられていた。



「クワセロ! クワセロォォォ!」



 モラクスの爪を避けながら切り返すシリル。

 モラクスの動きはけして遅くはない。

 しかし度重なる死地を越えたシリルにとって、モラクスの攻撃は単調で読みやすい。

 だがシリルの攻撃も効いてはいなかった。



「固いな……。どこか脆い場所は……」


「ハァ……ハァ……。ハラヘッタ……」



 シリルはなんとかモラクスから勝ち筋を探そうとしていた。

 ハジュンと呼ばれた魔神程ではないが、それでもかなり上位の魔神。

 作られた魔神なのか。それとも変異に耐えられず精神が壊れたのか……

 シリルの目にはとても不安定な存在に映る。

 食欲を押さえきれずに暴走しているようにしか見えないのだ。

 どちらにせよ、今のシリルには攻撃を加え続けるしか手がない。


 突然モラクスが倒れ込むように両手を地面に叩き付ける。

 スタミナ切れにより力尽きたのかと考えたが、シリルの足元の地面が揺れた。

 足を取られたその瞬間を狙い、モラクスの牙がシリルの左足を掠める。



「ぐあ!」



 一瞬の油断。痛みで膝を付くシリル。

 大地に干渉する能力があったようで、口元に付いた血を舐めながらモラクスは悦に浸っていた。



「ウマァ……イィ……」



 口が裂けんばかりの笑みで振り返るモラクス。

 完全に勝ち目はない。シリルはこのままでは負けると悟っていた。



(結局威勢の良いことを言っておいて、ヴァルヴェール無しでは何も出来なかった……。皆……すまない……)



 孤独と絶望から、シリルは仲間達の姿を思い浮かべる。

 カイラ。ルーア。ハミル。ワーズにガードランス。そしてユガケ。

 シリルの脳裏に皆の声が響いて来る。


 ヴァルヴェールでなんとかならないか?


 ヴァルヴェールに聞いてみよう。


 ヴァルヴェールさんに頼んでみたら?


 ヴァルヴェール……ヴァルヴェール……ヴァルヴェール……


 思い返す声に、身体中が小刻みに震え出すシリル。

 ヴァルヴェール頼りなのは分かっていた。

 この状況も自分だけではどうにもならないだろうと理解している。

 それでも、温厚なシリルの心には怒りが芽生えた。

 それは仲間への怒りでも、ましてや眠っているヴァルヴェールに対してでもない。

 己の不甲斐なさに対しての憤りだ。



「……ふふ……、ふふふ…………。俺は……。俺は……、ヴァルヴェールのオマケじゃねぇ!」



 叫びながら駆け出したシリル。

 迫り来るモラクスの爪をしゃがんでかわし、顎を剣でかち上げる。

 モラクスの肩に剣を打ち付け、身を捻り胴を打ち付け、剣を振りかざし頭を打ち付けた。



「切れないなら、叩き壊すまでだ!」



 何十もの斬撃を叩き込んでいくシリル。

 モラクスの攻撃する隙など一切与えなかった。



「……ここだぁ!」



 幾度も攻撃を繰り返し、シリルはモラクスの腰の辺りに少しだけ浮いた肌を見付ける。

 シリルはそこに剣を挿し込み、全力で切り払った。



「グワァァ!」



 岩肌が少量剥ぎ取られ、声を上げて地面を転がるモラクス。

 ようやくダメージを与えられた瞬間である。

 それでもシリルは警戒を怠らない。こんなものはすぐに修復されるだろう事は分かっていた。

 加えて決め手がないのは変わらないのだ。


 上位魔神と一言でいっても多種多様である。

 だが実体を持つ魔神なら一つ明確な基準は存在した。

 全うな手段ではトドメをさせないということだ。

 普通に考えれば手足を落とせば行動不能。

 心臓や頭を潰せば死に至る。

 それらが決定打にならない者、魔力により存在を維持する者が上位の魔神と呼ばれている。

 つまりそれは魔力の源がヴァルヴェールであるシリルにとって、モラクスを倒す手段が存在しない事を意味していた。



「くそ……。結局はヴァルヴェール待ちなんだよなぁ……」


「ニンゲンハ……クワレルタメ……、ソンザイスル……。コロス……。シネ……。クワセロ……」



 シリルの抵抗が激しい為か、徐々に異様性に拍車がかかるモラクス。

 そのモラクスから瘴気が溢れ出し、避ける間もなくシリルは包まれた。



「く……、これは……」



 油断していた訳ではないが、シリルにはもはや瘴気に抗う術がない。

 虚脱感に支配されたシリルの身体は為す術なく地面に崩れ落ちた。



「ムダダ……。ムダダ……。ムダ……ムダ……。オマエハ……シヌ……。クワレテシヌ……。オマエノナカマモ……ミンナシヌ」



 モラクスはよだれを滴ながらシリルに近寄っていく。

 薄れゆく意識の中、シリルの脳裏に聞いた事もない声が響いて来た。



(無駄? 何がだ……)


(おまえ達が勝ったとしても、そこに希望はない。誰もおまえ達を讃えはしない……。最後に必ずおまえ達は絶望する。だから……戻って来い…………ル)



 二人の男の声と共に、シリルの中に知らない感情が沸き上がってくる。

 それは見た事もない場所、見たこともない者。

 全身を刻まれ、血塗れで倒れる男が映る。

 張り付けにされ、何本もの槍が突き刺さった少女が見える。

 シリルの目の前で涙を流しながら頬笑む女性……

 その者も光に包まれながら破裂して霧散した。


 最後に残ったのは悲しみ、絶望。

 そして耐え難い程の憤怒の念。


 瘴気をものともせず立ち上がるシリル。

 モラクスはシリルから立ち上る異様な気配に戦慄していた。



「オマエ……、メシ……ジャナイ……。オマエ……ナンダ……」


「仲間は……失わない……。失わせない! もう……二度と!」



 怯むモラクスに向かって駆けるシリル。

 シリルの身は一足でモラクスの間を通り抜ける。

 直後、モラクスの身体は真っ二つに両断され左右に弾け飛んだ。

 その切り口は黒い炎のように揺らめき、瘴気を噴出しながら砂になりやがて消えた。



「勝った? ……のか?」



 自分の感情と自らの起こした行動に理解が追い付かないシリル。

 先程の激情は消え失せ、魔神を倒した事への感動が沸き上がってきた。



「ふう……。終わり……ましたね……」



 ニョロリとシリルの肩口で声を上げるヴァルヴェール。

 シリルは剣を構えたまま、膝を付いて落ち込んだ。



「あれ? どうしましたシリル? おーい!」



 声を掛けるヴァルヴェールに、シリルはなんの反応も返せない。

 自分だけの力で勝てたと感動したすぐ後で、最後の一撃はヴァルヴェールの力が宿って居たと気付いたからである。

 魔力無しで勝てる訳がないので、ある意味当然ではあった。



「いや、何でもない……。早くラグナートやイリスの加勢に行こう。どうせまた止められるんだ……。不意打ちの一撃で強烈なのをお見舞いしてやろう……」



 半泣きのシリルは気持ちを切り替えて教会に走った。

 そんなシリルを見ながら、ヴァルヴェールの心に微かな動揺が走る。



(私の力は働いていなかったはず……。シリルはどうやってこんな強力な魔神を倒したのでしょうか? それに……顕現した瞬間に感じたあの懐かしい魔力の残り香は……。あれは私の……)


「俺はオマケじゃないもん……。ちゃんと戦えるもん……」



 ヴァルヴェールはブツブツと泣き言を言うシリルを見て考えるのをやめた。

 不思議なくらい簡単に、風に溶けるように疑問が消えていく。



「ま、気のせいですね! 大丈夫ですよ! シリルは強い子ですから。皆分かってます! さあ私達の力を見せ付けに行きまっしょう!」



 他にも何か気掛かりがあったような気もしたが……

 ヴァルヴェールは気持ちを切り替え、ハジュンに一撃食らわせるため、シリルと共に教会に急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ