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七十二話  悪夢の主

 ルドガー達ゼラムル教団の信者をシトリーに任せた後。

 ラグナート、シリル、イリスの三名は街の教会前にやって来ていた。



「俺達に感付いて逃げられたら困ると思ったんだが……」



 ラグナートは教会を覆う不気味な魔力を見て呟く。

 相手は逃げるどころか魔神である事を隠す気もないらしい。



「逃げる気がないならシトリーさんを待った方が良いんじゃないですか?」


「いや、もう向こうが待ってくれないようだぞ」



 イリスは体勢の立て直しを進言したが手遅れのようだ。

 シリルは教会内から強い殺気を感じ取っていた。



「ラグナート。この気配は……」


「ああ、懐かしいな……。呼ばれてるようだし……。挨拶くらいは済ませとこうぜ」



 ヴァルヴェールとラグナートは教会から発せられる魔力に心当たりがあった。

 錆びた古い扉を押し開き、中に入るラグナート。

 入ってすぐ目に付いたのは教会の奥、ステンドグラスの下には一振りの刀が刺さっていた。

 その刀を取り巻くように存在するは黒い大蛇。

 人を軽く丸飲み出来るほどの巨大な蛇が、場の空気を異質にしている。


 更に刀の両脇には二名。

 笑みを浮かべるドレス姿の妖艷な美女。

 そしてハーピーと思われる死骸を貪りながら来訪者を見る異形。

 岩のような肌の色をし、人の形をした大柄な魔神。

 無言で中央まで進んだラグナート達に黒い大蛇が語り掛ける。



「早かったな。歓迎するぞ」


「ハジュン……。やはり生きてたか……」



 黒蛇とラグナートはお互いを知っているような口振り。

 シリルとイリスはその事に触れずに三体の魔神に警戒を示す。



「いつからゼラムル教団に居た? 目的はなんだ?」


「この教団に関わったのはここ数ヵ月だ。探し物があってな……。探索を依頼する代わりにアドラメレクの作ったお遊びに付き合ってやることにした」


「アドラメレク? あいつも生きてたのか……。するってーと、大将はヤツか」



 ラグナートとハジュンは世間話でもするように会話を進める。

 敵方の頭目にさえ心当たりがあると匂わすラグナート。

 理解は追い付かないが、イリスとシリルもさすがに気になって来ていた。



「どういう事ですか? 敵……ということで良いんですよね?」


「ヴァルヴェール、お前はアイツを知ってるか?」


「ええ、もちろん。ハジュン、アドラメレク、ゼノン。そこにルーアを加えた四名は千年前のベルゼーブ四魔皇ルインフォース。戦争を引き起こした魔導王レシアスに最後まで付き従った三将の一体……。敵なのは間違いないかと……」



 イリスとシリルの疑問に顕現したヴァルヴェールが答えをくれる。

 ハジュンは自らの事を語るヴァルヴェールに対し、疑問を抱いたように言葉を紡いだ。



「我を覚えているのか? ヴァルヴェールよ……」


「何を言ってるのですか? 当たり前でしょう。ただでさえキャラが被っているというのに!」



 ハジュンの真意を把握しかねるヴァルヴェール。

 物忘れの激しい子だとバカにされているかのような発言に、首を仰け反らせ憤慨する。



「それに関しちゃ少し思うところがあった……。何か知ってるのか?」



 聞き流しても良さそうな話だがラグナートは食いついた。

 ヴァルヴェールを見ながら暫し考え、ハジュンに問い掛ける。



「同じ時代を生きたアグニスとゼラムルは例外だとして……。ヴァルヴェールは起動者が代わる度に記憶を封印していたはずだ……。何故今回は覚えているのかと思ってな……」


「私が? 記憶を封印? 何のためにそんな事を……」


「ではお前は今まで何度起動者を変えてきた? そして起動者の名前を覚えているのか?」


「それは度々……。シリルに……ゼラム……。それとアグニス……。…………あれ?」



 ハジュンの言葉を受けて記憶を辿るヴァルヴェール。

 シリルとゼラムルの間にさえ起動者は居たはずであったが、何故か思い出せない事に気付く。

 それどころか、自分がどこで知りえたのか分からない情報がある事にさえ気付いた。



「そういう事か……」



 ラグナートは得心がいった。

 アグニスが瀕死に陥った際、狂ったように取り乱して居たヴァルヴェール。

 後にゼラムルが起動した時には不自然な程に落ち着いていたのだ。

 つまりそれは、感情と共に一部の記憶が抜け落ちていたからに他ならなかった。



「そうだ……。ヴァルヴェールは所有者とその周囲に居た人物の記憶を封じている。それはおそらく……」



 長々と語りに入ろうとするハジュン。

 だが痺れを切らしたのか、先程からイリスを舐めるように見つめる女魔神が割って入る。



「ねえハジュン様ぁ~。私そろそろあの子食べたいですぅ」


「メシ……。メシ……」



 ハジュンの隣に居る魔神達は我慢の限界といった様子を見せた。

 岩肌をした魔神もハーピーを食い千切りながらヨダレを垂らしている。



「やれやれ……。ではそろそろ始めるか……。ヴァルヴェールよ、停止しろ」


「な! 待って」



 ハジュンの言葉で、ヴァルヴェールは言語能力共々その力を停止された。

 警戒を強めるも、シリル達にそれほどの動揺はない。予想通りではあるのだ。



「まだ聞きたいことが山積みなんだがな……。残りの魔神やそいつらの目的とかな……」


「目的など聞いた所で意味はないだろう? 残りの魔神なら直に会える。今は目先の事に集中したらどうだ? ウリエルよ」



 頭を掻きながら余裕を見せるラグナート。

 しかし、挑発するハジュンの言葉でその表情を歪める。



「その名で俺を……」



 ラグナートがそう言いかけたのと同時に、突然教会の外に突風が吹き始めた。

 その音と威力は留まる事もなく、加速度的に大きくなっていく。


 やがてステンドグラスが破壊され、そこから緩やかに舞い降りる者。

 白いマントを羽織った銀髪の男が姿を現した。

 暴風を身に纏うかのように男の周囲には強力な魔力が渦巻いている。



「ゼファー……さん?」


「なに!? あれがゼファーだと? マトイ達が呼びに言ってるんじゃなかったのか? なんでこっちに居やがる!」



 驚いたように呟くシリルにラグナートも動揺を口にする。

 目的の一つがこちらに来てしまったというのだ。



「間に合ったようだな……。ラグナート、お前を始末するために用意した策だ。この世界でもっとも厄介なのはお前だからな……。ゼファーよ! それを振るいラグナートを始末しろ!」



 ハジュンはそう指示すると凄まじい瘴気を放ち始めた

 ゼファーはハジュンの居る場所に刺さっている鍔のない刀を手に取ると、刀は一瞬だけ輝いた。

 ゼファーはその刀の切先をラグナートに向ける。



「ウェパル。お前はそっちの女を、モラクスは水竜の主を始末しろ」


「あっはははは! 待ってましたぁ!」


「メシ……、メシ……、メジィィ!!」



 ハジュンの号令で狂ったように笑い、瘴気が洩れ出すウェパル。

 モラクスも片言の台詞を吐きながらハーピーの死骸を投げ捨て、瘴気を溢れさせた。



「こいつはやべぇな……。ゼファーとか言うヤツも相当だが……。オマケの二体も上位魔神だぞ……。おまえらは撤退しろ。ここは俺が……」



 予想外の状況に危機を覚え退却を促すラグナート。

 だがシリルは剣を構え、イリスは二丁拳銃を抜いた。



「ヴァルヴェールが居なくちゃ何も出来ないと思われるのは癪だな」


「少し私たちを見くびり過ぎじゃないですか? オマケくらいは分けてくださいね」



 全く臆していないシリルとイリスに驚きをあらわにするラグナート。

 そう、彼等は一流の冒険者としてここに存在している。

 そしてようやく、待ちに待った出番なのだ。



「は……、上等! 抜かるなよシリル! イリス!」


「ああ!」


「はい!」



 ラグナートの掛け声にシリル、イリスは覚悟を持って答えた。

 戦闘体勢に移行したラグナート達は即座に行動を開始する。


 魔神達に銃弾を浴びせ掛けるイリス。

 ウェパルは瘴気を黒い触手に変えて操り、器用に弾丸を弾いている。

 岩のような体表を持つモラクスには弾丸が通らない。

 ハジュンには弾丸が当たる寸前で、身体に穴が開きかわされていた。

 話の流れで敵かどうかあやふやなゼファーにも数発撃ち込んでいたが、身に纏う暴風により軌道を変えられて当たらない。



「こっちは任せろ!」



 シリルは襲い掛かる爪をかわしながら、モラクスに斬撃を加えていった。

 しかし全く刃が通らない。いくらヴァルヴェールでも封印状態で上位魔神を切るのは難しいようだった。


 ラグナートとゼファーの剣がぶつかり合う。

 ゼファーにまとわり付くように動くハジュンの瘴気と、ゼファーの起こす暴風が周囲に吹き荒れた。



「チッ! それにしてもすげぇ魔力だな……。こいつはまさか……」


「その通りだ。操らせてもらっている。殺しても構わんぞ? もっとも……我とゼファー。同時に相手にするとなるとそれすら難しいだろうがな」



 ラグナートに対して挑発を続けるハジュン。

 更にゼファーが指先で宙を切ると、風が渦を巻き教会内を蹂躙する。


 全員が教会内に吹き荒れる突風に動きを抑制されていた。

 ラグナートも魔力は無効化しているとはいえ、制御を失った突風により上手く動く事が出来ないでいる。



「堪らないわね……。ねぇ? 場所を移しましょ。お互い巻き込まれるのは嫌でしょ?」


「ええ、望む所よ!」



 ウェパルの出した提案をイリスは即座に飲んだ。

 荒れる戦場で戦況は読めない。ここに居てもラグナートの足手まといになるのは間違いないと判断したのだ。

 イリスは左の奥にある扉に走り、ウェパルはそれを追った。



「メダマ! アシ! シンゾウ……ヨコセェェェ!!」


「誰がやるか!」



 叫びながら素手で教会の壁を破壊するモラクス。

 その猛攻を避け続けるシリルであるが、ヴァルヴェールの加護のない状態では一発でも直撃したら終わる。

 だからといって、諦める気は全くなかった。



「こっちに来い! 相手になってやる! ラグナート! 出来ればゼファーさんは……」


「分かってる! 殺さねぇようにするよ! 出来ればな!」



 シリルはラグナートにそう頼むと悔しそうな顔をし、教会の出入口から外に出る。

 モラクスは獣のように四つん這いになり、シリル目掛けて駆けて行った。


 教会に残るラグナートとゼファーの剣が何度も交差する。

 イリスとシリルの安否に心配を募らせるラグナートだが、今は信じるしかない。

 虚ろな目をしたゼファー。そしてハジュン相手に油断など出来なかった。



「その剣……、お前の能力で作ったもんかと思ったが……。違うようだ……な!」



 ラグナートは鍔迫り合い状態からゼファーを弾き飛ばす。

 反動で大きく後退するゼファー。



「いいや。お前に対抗できるようにゼファーの能力を使い、空気中や土中の塵で肉付けさせただけだ。魔力で作っただけの刃などお前には無効だからな」



 ハジュンは異現魔法を用いて武具を形成していた。

 だが元が魔力そのものであれば、ラグナートに攻撃を加えた瞬間に解体されてしまう。

 なのでゼファーの力で物質を集め、固定化させてあると語った。



「はん! そんなもんじゃ俺は切れねぇぞ! まさかコイツだけで俺を倒せるとは思ってねぇだろうな。ハジュン、お前の力は俺には通じねぇだろ?」


「そうだな。だがお前の力も我には通じぬ。剣など切り結び時間を稼ぐ為のものだ。それに……」



 鼻で笑ったラグナートはハジュンと言葉を交わしながら突貫する。

 踏み込みの速度は必殺と呼べるほどに速く、ラグナートの斬撃がゼファーの腹部を浅く切り裂く。

 その瞬間、ラグナートのすぐ横に風が巻いた。



「ぐあ!」



 突然の空気の爆発で吹き飛ばされるラグナート。

 そのまま教会の壁に叩きつけられた。

 切り裂いたはずのゼファーはゆらゆらと揺らめき、その姿は霧散する。



「お前に直接干渉しなければ良いのだ。空間に置いたまやかしでも十分に効果がある。しかし手を緩める余裕があるとは、さすがは最高位の天使殿だな」



 小馬鹿にしたように先程とは違う場所に現れたハジュンとゼファー。

 ハジュンは言わば魔力の塊が意思を持った存在。

 夢魔の上位存在と言い換えてもいい。

 意図的に物質を避ける事も出来るので、そういった戦法に出られるとラグナートにこれを討伐する手段はない。



「相変わらず面倒なヤツだ……」



 ラグナートは立ち上り、ハジュンとゼファーに剣を向ける。

 どのみち長期戦は避けられぬと感じたラグナートは、溜まっていた疑問を投げ掛けた。



「幹部はあと七名居ると聞いた。さっきの奴等を含めても足りないな……。残りはどこだ? 上位魔神に匹敵する協力者とは誰だ」


「幹部? ああ、アンドラスの事か? そんなものアレを踊らせる方便に過ぎん。肩書きをやったら面白いくらい増長してな。上手く情報を流してくれただろう?」



 返ってきたハジュンの言い草からすると、つまりそれらは知られても良い情報。

 むしろ知らせたい情報だったという事になる。



「言っただろう……。これはアドラメレクの遊びだと。しかしあながち間違ってはいない……。先程の者達も数百年を生きし魔神……。アンドラス等より余程強力な個体だ。それ以外にも我に比肩する者が他に三体居る……。協力者も含めればこの世界を制圧するのは容易だろう」


「なら何故そうしない。船を壊したり待ち構えたり……。御大層な事を言う割りには随分とせこいんじゃねぇか?」



 愉悦に浸るように饒舌に語るハジュン。

 ラグナートは含みを込めた笑みでハジュンを挑発してみた。



「分かりきった事を言う。人間の援軍など無駄でしかない。アドラメレクがわざわざ餌を無駄にしたくないと指示した事だ。光栄に思え、この策はお前一人を警戒しての事。マトイやクリムゾンシアーなど我等にとっては眼中にもないのだからな」


「ははは……」



 ハジュンはラグナート一人のみを敵と認識していると言い切る。

 それを聞いたラグナートは肩の力を抜き、小さく笑う。



「なるほど……。そりゃ光栄だ……。これ程あいつらを舐めていてくれるとはな……。後悔させてやるよ……」



 お返しとばかりに小馬鹿にしたような笑みを浮かべるラグナート。

 危機的状況ではあるが、付け入る隙は十二分にあると確信していた。

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