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七十話  湿地帯の連合

 リヴィアータの首都グロータスより動力車に乗り出発してから二日目の朝。

 ラグナート達は三つ目の町で休憩を取り、いよいよ湿地帯に向けて町の出口にある検問所を通過しようとしていた。



「さて……、こっからが問題だな」


「シトリーさんは何か作戦があると言ってましたね」


「物陰に隠れてるけどどうするんだ?」



 笑顔で話すラグナートだが、イリスとシリルは心配そうにしていた。

 動力車から降り、出口を封鎖している柵に近づくラグナート達。

 そんな彼らに、リヴィアータ国軍の制服を来た検問官とおぼしき男性が話しかけてくる。



「ここから先は立ち入り禁止だ。見たところ軍属でもあるまい?」


「リヴィアータ皇帝ゴルギアート陛下からの依頼だ。この先の駐屯地に援軍で来た。ほれ、申請書と身分証だ」



 強面の検問官に身分証をちらつかせるラグナート。

 続いてシリルとイリスも身分証を提示した。



「確かに。これは失礼しました。少々お待ちください、ここを通る際に許可証を発行する義務がありますので」


「はいよ~」



 慌てて態度を軟化させた検問官に軽く相槌を打つラグナート。

 検問官が手書きの許可証を書いている最中、息を切らせたシトリーが走りながら近付いてきた。



「ラグナート様ぁ~」



 ひたすら甘い声を上げ、ラグナートの胸に飛び込むシトリー。

 ラグナートはシトリーの作戦におおよその検討が付いた。



「なんだよ、付いて来ちまったのか? こっから先は危険だって言ったろ? 良い子だから大人しく待ってろ……。な? 必ず帰って来るからよ……」


「そんな……、貴方と一緒ならどんなに危険でも……。何処までもお供しとうございますわ……」



 ラグナートとシトリーはお互いを愛おしそうに抱き締めている。

 お互い声色まで変える熱の入れようだった。

 突如始まったドラマに唖然とするイリスとシリルに検問官。



「ああ悪いな、俺の女だ。前の町から馬車で付いて来ちまったらしいな。人見知りの激しいやつでな、置いていくのも忍びない。こいつは俺が守るからよ、許可証一つ追加で頼むわ」


「いや、それはちょっと……。せめて身分証がないと……。身の安全が保障出来ませんし……」



 ラグナートの頼みに検問官は非常に困った顔をしている。

 それは当然の事。何が起こるか分からないからこその許可証。

 最悪を言ってしまえば帰って来なかった時のための身分証だ。

 許可証を出して置いて行方不明、どこの誰だかも不明……

 そんな無責任な話を通してはならなかった。



「てことだが……。どうする?」


「そんな……、身分を示す物なんてわたくし持っていませんわ……。ラグナート様と離れるくらいなら……。わたくしは……ここで命を断ちますわ……」



 ラグナートの問いにシトリーは涙ながらに語る。

 そしてラグナートの腕に抱かれたまま爪先を上げるシトリー。



「駄目! シリルくん!」



 バチンと左手でシリルの顔を覆い、右手で自分の顔を覆うイリス。

 右手の指は自身の目を全く隠せていない。

 ヴァルヴェールはシリルの腰の辺りから小さく顕現し、ラグナート達を凝視している。



「分かりました! 小さなお子さんも通るんです! 町中でそんな行為は慎んでください! まったく……」


「おお、悪いな」


「ありがとうございますわ~」



 折れてくれた検問官にお礼を言うラグナートとシトリー。

 そこで検問官からうっすらと黒いモヤが上がった。

 程なくして、無事許可証をもらう事が出来た四名。



「思考誘導するならいらなかったんじゃねぇか?」


「あら? 御自分で判断したと誤認して頂くためにも必要ですわよ? 御安心を、必要最低限に留めて置きましたので」



 万が一バレた場合でも責任はこの検問官という訳だ。

 ラグナートは強かなに笑うシトリーの肩を抱きながら動力車へと戻った。



「強行突破と変わらないんじゃないかな……」


「細かい事気にしてたら生き残れないって事なのかしらね……」



 シリルとイリスは呆然としたまま二人の後を追いかける。

 こうして無事最初の問題をクリアしたラグナート達は、湿地帯に向けて動力車を走らせた。


 それからしばらくして、動力車を駆るのはシトリー。

 助手席にはイリス、後部座席にはラグナートとシリルが乗っている。



「やはり楽しいですわねこれ!」


「シトリーさん、後でまた私にも運転させてくださいね!」


「ええ、分かりましたわ~。順番こですわよ」



 出発当初はラグナートが運転していたがすぐにシトリーが運転したいと駄々をこねた。

 そこから一、二時間事にシトリーとイリスが運転を請け負っている。



「あの……、俺も……運転したいな……」


「シリル、もう少し大きな声で言わねぇと前の二人には届かねぇぞ」



 こそこそと望みを吐くシリルにラグナートは楽しそうに言った。

 雑談をしながら風を切り疾走する動力車。そこに薄い影が迫ってくる。



「おや? 空から何か近付いて来ますわ」



 シトリーは前を向いたままそう言い放った。

 直後、動力車のすぐ横に人の拳程の石が落ちてくる。



「きゃ!」


「なんだ!?」



 突然の落石にイリスとシリルは困惑していた。

 当たりはしなかったものの、死角からの攻撃に不安を募らせる。



「シトリー、そのまま走らせとけよ。ヴァルヴェール、屋根を飛ばせ!」


「はいな~」



 ラグナートの指示で車内を一瞬で一回りするヴァルヴェール。

 すると動力車の窓から上が綺麗に外れ、後方に飛ばされていった。

 シリルの意志は介入していない。



「ハーピーですわね。どうやらわたくし達に敵意を持っているようですわ」


「殺るか?」


「駄目ですってラグナートさん! 亜人と揉め事を起こさないのが目的なんですよ!」


「いや、その前に俺の意志は何処に行ったの!?」



 慌てた様子もなく冷静に考察するシトリー。考えるのが面倒になったラグナートは剣に手をかけるが、それはイリスが制止した。

 そして完全にヴァルヴェールのおまけ扱いに成りつつあるシリルは心底驚いて嘆息する。


 強襲者はハーピー。人の形に酷似し、足には鉤爪が、手は大きな翼になっている亜人。

 時に魔物と称されるその種族は主に高山に生息している。


 ハーピー達の落石を避けつつ動力車を走らせるシトリー。

 ハーピーは五体程いるが攻撃の頻度は高くない。

 二体のハーピーの首に掛かってる袋から石をくわえて落としてくる。

 ちょうど良い石が確保出来なかったのか、飛んで来るのは主に小石だった。



「風が気持ちいいですわ~!」


「しかし地味な嫌がらせだな~。ちょっと嬢ちゃん、後ろ来てくれ」



 シトリーは何事もないかのように気分よく動力車を走らせている。

 ラグナートはシトリーの横に座るイリスを片手で持ち上げ、すぐ後ろの席に座るシリルに投げ渡した。



「きゃ!」


「おわ!」



 短く悲鳴を上げるイリスに、イリスを抱き抱える形になったシリルも驚く。

 二人は狭い車内で動く事も出来ず、お互い顔を赤らめていた。



「シトリー。運転代われ」


「はいですの~」



 ラグナートが運転席に飛び移ると同時に助手席に移動するシトリー。

 変速装置は最速に入れられ、動力車は次第に加速していく。

 ハーピーとの距離は広がっていくが、徐々に足場が悪くなっていった。

 湿地帯が近付いているのだ。



「こいつが湿地を渡れない理由ってなんだろうな~」


「そ……そりゃ沼に……車輪を取られる……からじゃ……」



 悪い顔で笑顔を作るラグナートにシリルが答える。

 シリルとイリスは揺れる車内で身動きも出来ずに苦しんでいた。



「ってことは足場さえあれば、このまま行けるってこったな? なぁシトリー?」


「なるほどですわ! お任せくださいまし」



 ラグナートの考えを察したシトリーから瘴気が放たれる。

 前方の道、動力車の左右、道を作るように樹の根が浮かび上がった。

 根は道の水分を吸い取り、大地は瞬時に固くなる。



「良いねぇ! 沼も頼むぜシトリー!」


「了解ですわ~!」



 テンションの上がっていくラグナートとシトリー。

 だがいくら道が固くなっても鋪装されているわけではない。

 ガッタンガッタン揺れる車内で約二名が瀕死になっていた。


 やがて濁った池のような、淀んだ沼がラグナート達の視界に入る。

 瞬時に沼の表面に幾重にも根を張り巡らせ橋を作るシトリー。

 ラグナートの駆る動力車は減速もせずにその上を走った。



「シトリー、方向は合ってるのか?」


「ええ、このまま真っ直ぐですわ~」


「んじゃ最短距離で行こうか!」



 確認するラグナートに地図を見ながら答えるシトリー。

 ラグナートは沼地に隣接する目の前の森に向かって加速していく。



「ラグナート! 木! ぶつかるぞ!」


「ラグナートさん止まってー!」



 叫ぶシリルとイリスを無視し、楽しそうにアクセルを踏み込むラグナート。

 木々はその幹を左右に倒し、その間を浮かび上がって来た樹の根が道を作る。



「はっはっは! 最高だなシトリー。さすがだぜ! このまま行けば昼飯前に着けるんじゃねぇか?」


「もっと褒めてくださいまし~!」



 止まることを知らない動力車はドンドン森を進んでいく。

 ラグナートとシトリーの楽しそうな叫び声と、後部座席の死にそうな二名の呻き声が風に流されていった。



「うん?」



 ラグナートは突然ドリフトを決めながら動力車を止めた。

 その場所は木々で拵えた簡素な建造物が並ぶ広場。

 そこに多種多様な生物が集まっていたのだ。



「リザードマンにケンタウロス……。空にはハーピー、グリフォンまで居やがるな。どうなってる? こいつら生息域バラバラだろうに……」



 怪訝な表情で疑問を口にするラグナート。

 そこには多種多様な亜人や魔物が集まっていたのだ。

 こうなれば素通りは難しい。ラグナート達は動力車から降りて亜人達に対する事にした。

 ドスン! ドスン! と響く突然の地鳴りに、シリルとイリスは警戒体勢に入る。



「こっちからも来たぜ」



 ラグナートは広場に隣接する左方の森に向かい、顎をしゃくって合図をした。

 そこから三メートルを越える巨人が姿を現す。



「あれはトロールですねぇ。亜人の一種です、知能は低いですが人間くらいなら素手で解体出来る程の怪力を持っていますよ」



 ヴァルヴェールがシリルの肩に登り説明を入れる。

 亜人を刺激しないことが目的の一つである以上戦うわけにもいかない。

 そもそもこの足場の悪い場所での戦闘は出来れば控えたいと誰もが考えていた。



「ニンゲン……、ナニシニキタ!」



 声を荒げたトロールは地響きと共にラグナート達に近付いてくる。

 折れた大木を肩に乗せるトロール。その様子から明らかに敵意を持っていた。



「オレタチ、カンタンニハ……クワレナイ!」



 トロールは言い放ち、ラグナート達が返答をする前に攻勢に出る。

 両手に持った大木を迷いなくラグナートの頭部に向かって降り下ろしたのだ。


 大木はラグナートの頭に直撃し、粉々に砕け散った。

 ラグナートは微動だにせずに立っている。ダメージなど毛ほどもない。

 トロールは怯え、広場の亜人達にも動揺が広まっていった。



「あぁ?」



 ラグナートが興味なさげに一瞥すると、トロールは大地に膝を付く。

 先程の敵意は一瞬で消え、その目は恐怖に怯えている。

 トロールは震える声を精一杯振り絞った。



「ゴ……ゴメン……ヤッパリ……カテナイ……。セメテ……アイツラハコロサナイデ……。タスケテ……」


「殺しゃしねぇよ……。俺達はここを通りたいだけだ」



 すでに戦意を喪失したトロールを捨て置き、ラグナートは広場の亜人達に目を移した。

 その佇まいから放たれる威圧は凄まじく、誰もが言葉を飲む。



「ここの亜人や魔物は随分と知性が高いようだが……。さて……耳と口があるのなら……。話し合いをしようか……」



 極悪な表情と口調で話すラグナートに、亜人達だけでなくシリルとイリスさえ怯えを感じている。

 そんな中で、人がトカゲになったような姿をしているリザードマンの集団が前に出て来た。

 ハーピーも空からラグナート達を包囲している。



「おまえが死んだらおまえの仲間達はどうなる! 我等にはおまえ程の力はない……が、ただ食われるだけではない!」


「そうだ! 森のデカブツに借りなど作らない! おまえは一体でも仲間を連れてこの場を去れ!」



 トロールを逃がそうとするリザードマンやハーピー。

 上半身が人で下半身が馬の姿をしたケンタウロスも周囲に展開。

 鷲の頭にライオンの体、大きな白い翼を持ったグリフォンはトロールを救おうとジリジリ近づいてきている。



「おかしいですね……。どれも縄張り意識の高い亜人や魔物ばかりなのに……。比較的他の種族に嫌われてるトロールを庇うなんて……」



 ヴァルヴェールはこの状況が異様だと考えていた。

 どれも徒党を組むような種族ではないのだ。


 そこに手を前で組んだまま優しく微笑むシトリーがラグナートを追い越し、リザードマン達に近寄っていく。

 シトリーからは膨大な瘴気が溢れ出す。

 目の前のリザードマンや周囲にいるケンタウロスも地に倒れ、空を飛ぶハーピーやグリフォンでさえもゆっくりと降り立ちそのまま大地に平伏した。



「なんだ……これは……。我等は……戦うことすら……出来ないのか……」



 ぽろぽろと涙を流すリザードマン。

 他の種族も悔しそうに震えていた。



「戦う必要なんかねぇよ。俺達は戦いに来たんじゃないからな」


「何やら御事情がある様子……。よろしければお話しを伺ってもよろしいですの?」



 ラグナートとシトリーは戦意が無いことを強調する。

 後方から見ているシリルとイリスにとってはこれこそ異様な光景だった。


 恐ろしい闘気を放つラグナートに膨大な瘴気を放つシトリー。

 この二人が立ち並んでいる周囲には倒れた亜人達が泣いているのだ。

 これでは殲滅したようにしか見えない。


 いまだ怯えた様子のリザードマン達は事情を話し始めた。

 亜人や魔物達のほとんどは湿地を抜けた先、例の立て籠り現場近くの森や旧ベルゼーブ領の山に住んでいたと言う。


 ところがこの数ヵ月、森に入って来た人間が亜人や魔物達を補食し始めたのだそう。

 山に住んで居たハーピーやグリフォンも同様。彼等は結託しここに逃げ込んでいた。

 他にも多彩な種族が居るようだが、恐怖に怯えた者や数が激減した種族は隠れていてもらい、戦う意思を示した者だけで対人間の防衛線を作っていたのだ。


 凶暴にして粗暴であったトロールの集団も大半が狩られ、生き残った者も負傷で動くことが出来ない。

 怪我をした者等をグリフォンやハーピーがこの場に連れてきて保護してくれたそうだ。

 このトロールはその恩義を受け、偵察や露払いのため単独で周囲を見回って居た。



「ゼラムル教団の魔神でしょうね……。魔神になるのは圧倒的に人間が多いですから。恐らくは餌が足りなくなった事で、人間以外にも手を付け始めたのでしょう」



 この状況を冷静に分析するヴァルヴェール。

 教団にまだ人が居る事は分かっているので、勝手に人間を食べる事が許されていない下位、中位魔神が相当数居ると考えたのだ。



「人間? 魔神がですか?」


「もちろん元人間以外の魔神も居ますよ。変質した者、もしくは変質そのもの……。それが魔神という存在です。元は魔物や小動物も居ますし、中には植物や媒体のない者も居ますよ。ここの亜人や魔物達だって広い定義で言えば魔神なんです。彼等の場合は変質し、もしくは変質させられた者が繁栄した存在で魔力がない種族も居ますね。そう言ってしまえば酷く曖昧ですが例えばリザードマンはキメラのようなものでトロールなんかは霊的外因で、あ、キメラというのは……」



 うっかり質問を投げ掛けたイリスの周囲を、グルグル回りながらヴァルヴェールは嬉しそうに喋り続ける。

 助けを求めるイリスの視線、シリルは我関せずを貫きその視線をかわした。



「アンゼン、ナイ。オマエタチ、カエルバショアルナラカエレ」


「我等の敵でないと言ってくれるなら干渉してくれるな。我等にとって人間はもう敵なのだ。たとえ絶滅しようとこの歩みを止めることは出来ない……」



 トロールやリザードマンは涙を溢し訴えかける。

 ラグナートは踵を返し、動力車に向けて歩き出した。



「俺達は先に行かせてもらうぜ」



 そんなラグナートの前にトロールが立ちはだかる。

 トロールは震える身体を押し警告してきたのだ。



「コノサキ……アブナイ……。オマエタチモ……タベラレル……」



 懸命に訴えるトロールはラグナートが一瞥すると再び膝を地に付ける。

 トロールが自分達をも庇おうとしてると気付いたラグナートは、再び踵を返して亜人達に向き直った。



「おまえ達を襲ったのは人間じゃねえよ。俺達はこの先に行っておまえ達を脅かす存在を始末してくる。人間が……、俺達がおまえらの敵じゃない事を証明してやる」


「貴殿方のお住まいも取り返して見せますわ。だから安心して待っていてくださいまし」



 宣言するラグナートとシトリー。その闘気と瘴気が溢れ出して場を圧倒する。

 魔物達は力なく泣き出し、ついには頭を下げ始めた。

 闘神様、魔王様と崇め出す者さえ現れる始末。


 偵察なんて状況ではなくなった瞬間。

 このままでは人と亜人は全面戦争になるだろう。

 そもそもこの弱りきった優しい亜人や魔物達を見捨てる事など、ラグナートやシトリー達には出来はしなかった。

 ラグナート達は動力車に乗り、道を空ける魔物達の中央を威風堂々と通り抜けていく。



「なあ、これ……俺達って……」


「それ以上言っちゃ駄目よシリルくん。きっと……、きっと大丈夫よ……」



 シリルとイリスは思い描いた言葉を飲み込んだ。

 この先、活躍の場がある事を信じて……

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