六十九話 待機組のお茶会 後編
ファシル帝国の属国は六つ存在したようだ。
ベルゼーブ、リヴィアータ、アズデウス、ベルフコール、シャイダン、マムモン。
今居るこの大陸にはかつて、ベルゼーブ、リヴィアータ、そしてファシル帝国があり、今のリヴィアータ帝国にはその三ヵ国の情報が断片ではあるが集まっているらしい。
もちろん国家機密だが、おそらく神の国と呼ばれたファシルの情報をもっとも多く持っている国なんだとか。
更に天使兵器は階級ごとにそれぞれ管理している国が異なったという話も聞けた。
ベルゼーブには五級天使兵器と三級の一つである解魔書。
リヴィアータには四級天使兵器と三級の一つである光神鎧。
アズデウスには八級天使兵器と二級の一体である閃光を纏う者。
ベルフコールには九級天使兵器と二級の一体である言霊を祓う者。
シャイダンには六級天使兵器と三級の一つである闘竜眼。
マムモンには七級天使兵器と二級の一つである天空を纏う者。
そしてファシル帝国には第一級四大天使。
それと二級の天空を祓う者、閃光を祓う者、言霊を纏う者の三体が保管されていたようだ。
これらはほとんどリリスさんからもたらされたお話しだった。
残る精霊神器に関しては、作られた当初から世界各地に散り散りになっていた模様。
神の国と呼ばれたファシル帝国はその王が天の亀裂へと消えた後……
王が残した災厄の対処法である第一級の天使を起動した。
その天使、暴走した人を模し守る者ウリエル……
つまりラグナートの手により、ファシル帝国はほぼ壊滅する事となった。
その後ただの人の国となり、徐々にその権威が薄れていったファシル帝国。
もはや天使兵器を制御する術がない事も忘れ……
兵器を保有する属国がファシルに成り代わろうと争いが始まった。
「そして三千年以上前になりますが……。人々の歴史に残されていませんが大きな戦争が起こります。文明そのものが崩壊する程の争い……。竜や魔神、天使兵器……。多くの者が消滅しました……。そしてついにファシル帝国は完全に滅びます。一級天使は危険と判断され、開封もされずに立場の弱い国に押し付けられました。残っていた未起動の天使兵器も制御の術がないので散り散りに……。属国であった国はいつしかその事実を忘れ去りました。兵器を手放し平和を望み歩んだ国……、野心を燃やし滅ぼされた国もありますね」
紙芝居を持ちい表情豊かに長々語るリリスさん。
確かどんなに遡っても二千年くらい前の情報しかないと聞いていたが……
この巨乳メイドやたらと詳しいな。
そこで俺は冗談めかしたカマを掛けてみる事にした。
「リリスさんは随分詳しいのですね? 実は天使だったりします? 第二級だったりして」
「はい! 二級……は残念ながらもう二体しか残ってませんよ~。私は六級天使です! 起動は早かったのですが、その後大分休眠状態が続きましたがね~。リヴィアータには百年前くらいからお世話になってます~」
なるほど、詳しいはずだ。
少し疑問が生じたが俺の問い掛けにサクサク答えてくれるリリスさん。
むしろヴァルヴェールより物知りだ。
ゴルギアートが信頼してこの場に置いているのも頷ける。
「六級ってどれくらいの強さなんだっけ?」
「アズデウスで何体か戦ったが、ほとんど神器頼りだったからな……。ガルドの屋敷では第二級天使に倒されてしまったし。聞く限り、少し手合わせした限りでは魔神クラスなのは間違いないだろう」
「ルーアちゃんの考えではあの時は中心部に居た僕達より、外周部に居た方が危険な術だったらしいよ? 建物ごと跡形もなく消せる力なんてあの時の僕には防ぎようがないし」
実力が気になった俺にセリオスとハミルが答えてくれた。
どうやらその時点から、天使ルーアは俺達に協力してくれていたようなものだったらしい。
あっさり倒せたから弱いと断言するわけにもいかないのだろう。
あの天使反則だったしね。
「ムフー、経験が違いますからね~。そこいらの六級天使と同じにされちゃ~困りますね。第六級天使エクスシア最強ですよ私は」
自信満々に語るリリスさん。とりあえず凄く強いのだろう。
そんなリリスさんを見ながら何故かゴルギアートは溜め息をついた。
「だから……問題なのだろう? まさか天使兵器を停止させる魔道具があるなど初耳だぞ」
これだけ情報を持っていたゴルギアートが知らないと言う魔道具……
そういえばヴァルヴェールも知らないって言ってたな。
「リリスさんは天使兵器に指示を出せる神器だか魔道具の存在は知らなかったのですかね?」
「いや~さすがに分かりませんね~」
俺の質問に即座に答えるリリスさん。
こうなると天使兵器に命令を下せる神器だか魔道具だかの正体が分からなければ、リリスさんにも下がってもらうしかない。
つまり、天使兵器がいくらあってもダメなのだ。
「遠征組が帰って来るまではフレムの持つ破壊竜の紅剣。それとジュホン帝国の三種の神器に期待だな。当主奪還を計画してたのならば、持って来ていない事はないだろう」
ゴルギアートの熱い視線が俺に刺さる。
俺には期待するなよ? なんなら貸すぜこの剣。
セリオスの剣やエトワールの魔導書も中々のもんだし、アガレスも居るのだが……
セリオスが黙ってるからそれは伏せておこう。
グレイビア王国代表が随分大人しいのでふと横目でフォルテを見つめると、フォルテ、ついでにボルトの爺さんは口を開けて唖然としていた。
「え、え? ちょっと待てよ……。天使って何? 兵器? じゃ何? ひょっとしてあのラグナートって、大昔グレイビアの軍を率いてシャイダン王国に突貫した覇王ラグナートなの? 同一人物なの?」
「じいには着いていけません……」
面白いくらい狼狽えているフォルテ。
フォルテとボルトは天使兵器について何も知らなかったらしい。
ラグナート達から話を聞いた俺達ですら知らなかった情報が満載なのだ。
ファシル帝国に関係する国以外なら仕方がないことだろう。
それにしてもラグナートさん二つ名多いな。
「内密に頼むぞフォルテ殿。この場に居る者を信頼しての事だからな」
大変威圧感のある笑顔で口止めをするゴルギアート。
皆ペラベラ饒舌に語っていたが、国家機密どころか世界に秘匿するべき内容だろうからな。
「分かってるよ。信頼して……って良く言うね。誰に言っても信じやしねぇよ、こんなとんでもない話」
フォルテは苦笑しながら呟いた。
それもそうだろうな。いくらなんでも話が大き過ぎる。
事実をいくつも目の当たりにしなければとても信じられる内容じゃない。
「しかし……。いや~、ウチの騎士団が来れないとなるといよいよグレイビアは価値がねぇな……。せっかく参加したってのに……」
フォルテは椅子に体を預けながら軽口を叩いた。
グレイビア王国は純粋に軍備増強のために参加したようだな。
「いや、そんな事はないぞ。大国グレイビアが参加してくれた事で民の不安も緩和される」
「大国ってもウチは資源だけでデカクなったようなもんだからなぁ……」
「坊っちゃま、そのような事を仰られてはお父上がお嘆きになりますぞ」
ゴルギアートのフォローにも納得しないフォルテ。
ボルトの爺さんはそんなフォルテの態度に口を尖らせていた。
「事実じゃん。あ、そうだ、これなんかに使えねぇかな?」
フォルテはそう言ってボルトの爺さんに持たせていたトランクを指差す。
トランクを受け取って雑に開いたフォルテは、中から一冊の本と拳くらいの大きな宝石をテーブルに置く。
「坊っちゃま!? これは我国の国宝ではないですか! へ、陛下に許可はお取りになったのですか!?」
「許可~? いらねぇよそんなん」
「しかし! 国の宝を勝手に……」
見るからに慌て始めるボルトの爺さん。
どうやらフォルテは国宝を勝手に持ち出したようだ。
フォルテのどうでもいいと言わんばかりの態度に、ボルトの爺さんは言葉を詰まらせる。
王子ってどこもこんな感じなのだろうか?
「国の宝だぁ? 人一人とこんな玩具を天秤にかけるまでもない。グレイビアの宝はグレイビアの民だ! これで一人でも助かるなら……。こんなもの薪にでもしてやれ!」
これがフォルテの主張。ゼラムル教団の暗躍による被害者は、グレイビア王国でも相当数が出ているのだそうだ。
自分のやり方で王制が弾圧され、国の在り方が代わろうとも、この件は解決しなくてはならないと先程フォルテは語っていた。
「数年前までただの鼻垂れだったのだがな……。私も人の事は言えぬが……、認識を改めようフォルテ王子」
「酷い言われようだな……。確か歳変わらねぇよなセリオス……。ま、確かにおまえから見たら俺なんて赤子も同然か」
「いつの間にか……ご立派になられて……。坊っちゃま……。いえ、フォルテ様。じいは嬉しゅうございます……。この身果てるまでお供いたしますぞ……」
結構な悪口を言いながら称賛するセリオスに空笑いを浮かべるフォルテ。
ボルトの爺さんは止めどなく溢れる涙を拭っている。
「男子三日会わざれば……か。若者の成長とはかくも喜ばしいものよ」
ゴルギアートも感嘆の意を示していた。
俺は先程の口喧嘩の末、先んじてフォルテの主張を聞いている。
なのでフォルテの実直さが評価されて素直に嬉しい。
「ところでこれらは何なんだ? どう使ってどういう効果があるんだ?」
「ん? 知らん! 本は昔隣国として存在したシャイダン王国の宝だったらしいが、使える奴も分かる奴も居なかったからな。今聞いた流れだと天使兵器ってやつじゃなさそうだが……。宝石に関しちゃ昔からグレイビア王国に伝わる加護の石らしい。事実は怪しいがな」
どんなカッコ良い効果があるかとワクワクしていた俺の期待をバッサリ切り捨てるフォルテ。
使えたら良いな的な気分で持ち込んだだけのようだ。
「魔導書と魔石ですよね? よろしければこちらでお調べしてもよろしいでしょうか? 戦力になるものかも知れませんし」
「そりゃ助かるわ。魔導国家に見てもらえるのは心強い」
シャルディアの提案にあっさり国宝を手渡すフォルテ。
俺はそんな決意のフォルテをよそにお菓子をパクついていた。
「それにしてもこの茶菓子上手いな……。ウチで作った味に似てる」
そう、味どころか見た目までそっくりだ。
ザガンの奴、実はリヴィアータにも住んでいた事があったのだろうか?
「さっきドクロの人が差し入れてくれましたよ~。フレムが世話になっているって言って」
にこやかなリリスさんの発言にセリオスの体がびくつく。
あのやろう普通に挨拶に来てやがった。
仮面まで外しての丁重な挨拶だ。
帰ったら説教だな……
「そ、そっか~。あ、このコーヒー美味しいですね! リリスさんが淹れてくれたのですか?」
事情を知らないのはおそらくリリスさんとフォルテにボルトの爺さんくらいだが、三人に興味を持たれる前に、俺は豪快に話題を変えることにした。
俺には説明が難しいのだ。
「わー嬉しいです! あ、私の事はリリィとでもお呼びください。フレムさんの彼女さんと名前が似てるのは不便ですもんね」
「「彼女じゃない!」」
手の平を合わせ微笑むリリスさんに、俺とフォルテは同時に叫んだ。
おそらくイリスの事を言っているのだろうが……
どうしてそんな結論に行き着くのだろうか?
あと何故かフォルテを殴りたい。
「……ったく」
ふて腐れたようなフォルテ。その視線が俺の横に座るハミルに移った事に気付く。
ハミルはフォルテの方を見ながらも、俺の袖口をキュッと掴んでいる。
フォルテとハミルは視線を交わしゆっくりと、そして両者大きく頷いた。
何やら暗黙の同盟が組まれた気配を感じる。
「大変だなフレムよ」
「何がだ? セリオスよ」
セリオスはそう言いながら薄笑いを浮かべていた。
ともかくこのお茶会の収穫はファシル帝国、天使兵器の新たな情報、グレイビア王国の魔道具二つという事だ。
和やかな雰囲気だったから良いものの……
小難しい作戦とか戦闘訓練とかこの先言い出さないか不安である。




