六十五話 天の塔
良好な関係が築けそうなこの状況。俺もホッと胸を撫で下ろすが……
だがリヴィアータ帝国がゼラムル教団と繋がりがないとなると、得心がいかない事が出てくる。
「失礼ですが皇帝陛下、今までゼラムル教団への対策はどのように?」
セリオスが言うように、世界最大の軍事国家であるリヴィアータが、今までゼラムル教団をのさばらせていた事に違和感を感じるのだ。
何も掴んでいなかったという訳ではないだろう。
「そちらの言い分は理解できる。しかし情けない話だが、それどころではなかったと言うのが実情だ」
「ゴルギアート様ぁ!」
ゴルギアートの言葉をガルシアさんが声を荒げて止めに入る。
それはもう凄まじい勢い。ガルシアさんの喉が枯れそうだ。
「良いのだ、保身に走って情報を出さねば後々の禍根を残す事になりかねん」
ゴルギアートはそう言うと困ったようなガルシアさんに指示し、リヴィアータ国土の地図を持ってこさせた。
さっそく地図を広げ、現在の状況を説明し始める。
「ここが今いる地点、リヴィアータの首都グロータスだ。西の方角にある旧ベルゼーブ領に奴等の本拠地があると睨んでいる」
「するってーと憶測か? 近付けない理由があると?」
確証がないと言いたげなゴルギアートにラグナートが問い質す。
俺は分かっている体を装い、ただ神妙な面持ちを作る事だけを意識した。
小難しい話などどうせ分からない。出来る男である雰囲気だけ纏って置くのだ。
「そうですな、この大陸はリヴィアータ帝国が支配していることになっていますが、実際は国土の半分以上は人間では介入出来ない領域になっているのです」
説明を始めるゴルギアートの話を適当にまとめると、この大陸には亜人と呼ばれる種族や魔物、魔神が多く住み着いているのだと言う。
ドワーフやハーフエルフと呼ばれる人に近しい意思疎通能力がある種族などは、この国で普通に暮らしている者も居るが……
中には食料や生活圏の違い、または意思疎通が難しい者などは各々がコミュニティーを作って暮らしているらしい。
はぐれが人に危害を及ぼせば話は別だが、大人しくしている以上はこちらからは手を出す事は難しい。
近隣同士の小競り合いはあるようだが言ってしまえば鎖国のようなもの。
暗黙の不可侵を破り手を出せば、危険を感じた多種族が協力して攻めて来る事も考えられるとの事。
「加えて北の山脈には昔から神と呼ばれる者や竜が住まうとされ、南の樹海には近年強力な魔神が住み着き始めたそうだ。正直頭が痛い。まあこの二つは今のところ被害もないし信憑性に欠ける部分もあるが……、警戒しないわけにもいかんだろう」
考慮する事案が山積みだと頭を抱えるゴルギアート。
どうやら四面楚歌で迂闊に動けないのが現状のようだ。
「なんとかの塔ってのは使えないのか?」
「天の塔か……。どれ程の威力があるのかは知らんが、おいそれと使えば他国も黙ってはいまい。皇帝陛下もその辺りを懸念しているのだろう」
俺は無言を続けて無能がバレるのが怖く、軽く案を出してみた。
だがその華麗な妙案はセリオスに一蹴される。
使われるのは心底怖いが、使う分には頼りになると感じた俺は浅はかだったようだ。
「うん? 天の塔か? あれに攻撃能力はないぞ」
「ゴルギアート様ぁぁぁ!」
横からしれっと答えたゴルギアートにまたもガルシアさんの叫びが響く。
国家機密と思われる情報をホイホイばらす皇帝に胃が傷んでいるのだろう。
「どういう事だ? 大陸を飛び越え攻撃出来るんじゃ……」
「出来んぞ? いうなればハリボテだ。そうだな……、各国揃っても居ないし残りの話は会議ですれば良いだろう。少し時間もあるし天の塔まで行ってみるか?」
俺とゴルギアートの会話に魂の抜けた表情を浮かべるガルシアさん。
彼の胃はそろそろ穴が空くんじゃなかろうか。
とりあえずそんな訳で、歴史的建造物を見学する事になった。
どうやらホテルの入口に乗り物を手配してくれるようで、ゴルギアートとガルシアさんは準備のため部屋を後にする。
その間、俺は出掛ける前に心配しているというイリスに顔を見せに行く事にした。
「フレム! 良かった……。良かったよ……」
「イリス……ごめん。心配かけた……」
アーセルム組に用意されたと言う待合室に入った瞬間、飛び掛かってくるイリス。
イリスは顔を俺の首元に掛け、可愛らしくドンドンと胸を叩き続けた。
申し訳なく謝罪をする俺の体はその拳で揺れまくる。
「イリス……さん? 痛……いよ? とても……」
見た目は可愛らしいだろうが攻撃力はとても高い。
一叩きする毎にあばらが軋み、肺が潰れそうな感じがする。
声を絞り出すのも難儀する高威力だ。
「心配したんだから……」
「ああ……悪かっ……」
イリスは謝罪途中である俺の腕を捻り、転ばせた上でその腕を胸元で固め、両足で体を押さえ付けた。
息の根を止めに来ているとしか思えない。
「し・ん・ぱ・い! したんだからね!」
「すみませんでした~! 気を付けます~! 待って! 間接が! 間接が!」
悲しそうな声からやや怒声に変わっているイリス。
俺は必死に謝罪し、釈放を訴えるが痛みと共に肌の温もりで気が遠くなる。
成長したなイリス、そう色々だ!
なんとか死ぬ前に解放してもらい、ホテルの外へ出る俺達。
天の塔へはゴルギアートとガルシアさんが俺とセリオス、イリスの三名を連れて行ってくれる事になった。
ハミルは法王に連れられてお説教の続きだそうだ。
ラグナートはグレイビア皇太子の警護に戻らなくてはならないし、天の塔がなんなのか察しは付いているらしい。
「さて乗るが良い、我が国が誇る最新鋭の動力車だ!」
ゴルギアートが自慢気に見せたのは金属質な乗り物、四つの歯車を持つウチで使っているスターアーセルム号に似た乗り物だ。
なんでも近年魔導力学の提供を受け、工業技術と合わせて作られたという画期的な乗り物らしい。
革新的な技術というのは大体、行き着く先は同じという事だろう。
さっそくガルシアさんの運転で天の塔に出発し、途中祭壇らしき物に目が止まる。
「あれは何ですか? 見たところ象徴と呼べる程大切に整備されているようですが……」
「あれは神々の王が降臨したと言われている祭壇だ。昔から名も知らぬ神や天使を崇拝する者も多くてな。取り壊す事も出来なく祭壇だけは残しているのだ」
気になったのであろうセリオスの問いにゴルギアートが答える。
ここは元々ファシル帝国であったそうで領地接収の際、首都を移したのだそうだ。
この場所にそういう伝承の祭壇が置かれていた理由は分からないそう。
俺はその祭壇を何処かで見掛けた事があるような気がした。
この辺りの風景には全く見覚えがないので違う場所だと思うのだが……
まあ今はどうでも良い。ともかく早く目的地に着いてくれないと、何か思い出す前に違う何かが口から出てしまう。
迷う心配はないと安心していたが、乗り物酔いという危険が俺には残っていたのだ。
そうして息も絶え絶えで、なんとか天の塔の眼前にやって来た。
やはりデカイ、そして高い。
動力車から降りた後、ガルシアさんが塔に近付き何やら入口で操作をしている。
すると塔の入り口が開いたではないか。人力ではなく自動で開いたのだ。
俺には分かる。おそらくは竜天魔法というヤツだろう。
そして俺達は塔の中に足を踏み入れた。簡素でほぼ何もない金属質な空間。
その奥にある小さな部屋に五人が入り、扉が閉まると何やら浮くような感覚を覚えた。
なんと自動で頂上に上がっているのだそうだ。
これも竜天魔法なのだろうな。
「この塔は魔術的な物すら一切使ってないようですな。何の目的で作られたのですか?」
「気付いたか……。そなた達、天の亀裂というものを知っておるか?」
セリオスとゴルギアートが当たり前のように語る内容。
ここまでの不可思議な現象は魔法じゃないらしい。
天の亀裂ってなんだっけ?
「神話……ですよね? 確か神々の王様が天の亀裂を覗いたら突然人々に危害を及ぼすようになったとか……」
俺が思い出す前にイリスが説明してくれた。
確かにそんな話を以前聞いた気もする。
「まさか! 実在するというのですか!」
「そのまさかだよ……。さあ、そろそろ着くぞ」
驚きをあらわにするセリオス。
ゴルギアートに促され、俺達は到着し開いた扉から小部屋を出た。
部屋の中央にはまるで見えないガラスが割れているように、空間に亀裂が走っている。
なんだかとても面白い光景に、酔ってフワフワしていた俺の頭も即座に回復を見せたではないか。
「触れるなよ! どんな鋭利な刃物より簡単に身体が千切れる」
ちょっとワクワクして足早に進んだ俺に注意をするゴルギアート。
俺はピタリと静止した後ゆっくりと後退し警戒する。おお怖い。
ゴルギアートの話ではこの塔は空に出来たこの亀裂を隠し、観測するために建造されたのだそうだ。
二千年程前からの記録しかないが、この亀裂は当時から徐々に閉じていった。
ほぼ点と呼べる程小さくなっていたが、千年程前の戦争時に拳程の大きさまで戻ってしまったのだという。
そこからまた少しずつ小さくなっていたのだが……
「どう見ても二メートル以上あるよねぇ。おまけに枝分かれしてるし……」
俺は興味深く慎重に亀裂の周囲を周りながら観察した。
見れば見るほど不思議で面白い。芸術的でさえある。
「そうなのだ……。ほとんど無くなりかけた矢先……。今から十五年程前にまたも広がりを見せた。そしてこの一年足らずの間で計三回大幅に広がる瞬間があったのだ。亀裂の縮小も数ヶ月前に止まってしまった。原因は不明のまま、何が起こるかも分からん。良からぬ事の前兆でなければいいのだが……」
神妙な面持ちで話すゴルギアート。
訳の分からない物が、これまた意味不明の現象を起こしているのなら恐怖しかないだろう。
何故連れて来た? 怖いから帰ろう?
「十五年前と言えば、確か我が国でも不可思議な事件があったな。今のアソルテ領から魔物が溢れ出し、カリオペの町になだれ込んだ事件。こちらの原因も今だ不明だ」
「それ多分ザガン達の喧嘩が原因だ。きっと魔物達は怯えて逃げ出したんだろう。でもいくらなんでもここまで被害来ないんじゃない?」
セリオスがその当時起きた事件を口にするが、それは関係ないだろうと俺は返答する。
その言葉でセリオスは口を開いて絶句しているようだ。
当時どの程度の結界を張ってたか知らないが、シトリーの結界内に生息してた奴等が逃げ出したのだ。
討伐は相当てこずったのだろう。
「魔物を一掃出来たと思えば……。いや思えぬな、彼等はそんな前から面倒事に絡んでいたのか……」
眉を潜めたセリオスは顔を押さえブツブツ呟いている。
俺は関係ないぞ。文句は彼等に言ってくださいね。
「何の話だ? 魔物の集団を怯えさせるような者がアーセルムには居るのか?」
「そうそう、それを言っておかないと。気の良い魔神達が居てね? そいつらをここに呼びたいんだけど。頼りになるよ?」
疑問を浮かべるゴルギアートに俺は簡単に説明をした。
良いタイミングで家族アピールが出来たと言えるだろう。
その直後、ガルシアさんばりに声を荒げて止めに入るセリオスくん。
「フレムゥゥゥ!! ちょっと待て! その話はまだ……」
「向こうがこれだけ情報明かしてるのに、こっちだけ手の内隠すのはどうだろうかと? どのみち想像以上に敵は厄介そうなんだから、早いとこ呼んどかないと」
「それはまぁ……。うん……、そうだな……」
俺の安易な発言になんとか納得してくれたセリオス。
一瞬迂闊だったかなと思ったが、言っとかないと後々説明出来ないしな。
「魔神だと!? にわかには信じがたいが……。おまえがそう言うなら信用するしかないか……。……む? なんだこれは!?」
ゴルギアートも無理矢理納得をしかけた時、突如彼の持つ魔力レーダーが鳴った。
集団で小鳥が鳴くような騒がしい音だ。どうやら異常反応を示したらしい。
「Eが一、Cが三、Bが一、そしてAランクが四体! それになんだ? 測定許否の反応もある! 速い! 西から城下の町に侵入したぞ! ……バラけた! 雑貨店、食料品売場、服飾店、その場でグルグルと回る者! 奴等の目的が分からん!」
皇帝陛下大パニック。
それはそうだろう。いきなり高速で魔神とおぼしき一団が城下の街に侵入したと思えば、統率性もなく訳の分からない行動を取るだなんて怖過ぎる……
だが俺やセリオスは心当たりがあるので落ち着いている。
いや、本当に申し訳ない。
「セリオス……、これ多分……」
「待てと言ったのに……」
空笑いしながらセリオスを見ると、再度頭を抱えて溜め息をついていた。
確かにこちらの連絡を待っていたら数日掛かってしまうだろうが……
いくらなんでも来るの早過ぎだろう。
チノレに何か持たせていたと仮定しても、数が多いのが少し気になるが。




